あの街

わちお

ここは一体

『小さい時から僕はやんちゃに育っていました。田舎だったので周りは森や川だらけ。よく虫を捕まえたり魚を取ったりして遊んでいたんです。

僕の住んでた村は小さくてみんな顔見知りでした。そんな村ですが、この村の爺ちゃん婆ちゃん達はみんなよくこんな事を言います。

「あんまり森の奥行くでねえぞ。あいつらに連れてかれっから。」や、「その寺さ入るでねえよ。食われちまう。」昔はただ怖かったので素直に従っていたのです。爺ちゃん婆ちゃん達はまるで「言ったことを忘れるな」と言わんばかりに口癖のようにこの怪談のような噺を口にします。大人になった今となっては僕らを自然の脅威から守り、良い子でいさせるための言いつけだったのだと理解しましたがね。

 などということをたった今思い出しました。僕の頭はまだ整理できていないんです。「ここ」は一体どこなんでしょうか。

 大人になって埼玉で一人暮らしを始めた僕はその日残業で終電に乗って帰ってきました。疲労で意識が朦朧としていたのかいつも降りているはずの駅をフラフラ歩き回り東口から降りてしまいました。その後間違いに気づき引き返したもののコンビニに寄ろうと南口からもう一度出ました。そのあと北口に回ってトイレを済ませた後、いつも通り西口をくぐって帰りました。ちょうどその瞬間に日を跨いだくらいの時間です。

東、南、北、西の全ての出口をまたいで駅を出た時でした、周りがおかしいことに気づいたのは。いつもと視界が違うんです。なんだか赤みがかっているというか、濁っているというか、うまく表現出来ませんがなんだか嫌な空気を感じました。すぐ帰ろうと思った直後、どこからか変な音がしました。「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ......」という男性の唸り声のような、夜中に外で聞くにはあまりに気味の悪い声です。すると、なんだか体調も悪くなってきました。足も動かなく、気だるさに襲われました。よく見ると建物の灯りもいつもより少なく、いや今この時もまさに周りの建物の灯りが一つ、また一つと消えていっていたのです。あまりの体調の悪さと気味の悪さに僕は慌ててタクシーを呼びました。こんなところにはもういたくありません。帰ってカップラーメンでもすすって寝ようと固く決意しタクシーに乗り込みます。そうして運転手に「藤見ヶ丘公園までお願いします。」と伝えたんです。藤見ヶ丘公園は僕の家の真ん前にある公園です。すると運転手がなにか聞き返してきたがあまり聞き取れず、いや、聞き取ることを身体が拒否したのかもしれないです。拒否しないと僕の精神はおかしくなってしまうかもしれないから。しかし2度目ははっきりと聞こえてしまった。確かに運転手は「あ?たjまtやdpさたjまならgfpむjやわjまuなら!なま?」と言っていました。僕は今までの出来事の累積もあり怖くなって車を飛び出しました。その後歩いて家に帰りましたが道中聞こえてくる声も全て同じように聞き取れない声でした。文字も同じく何が書いてあるのかさっぱりわかりません。

 ですがなんとか家の近くまで着いて僕は一瞬安心した後再び絶望しました。そこから先には全く知らない家と知らない道、そして見渡す限り大量の寺がずらっと並んでいたのです。道はうっすらと赤い灯籠で照らされて、誰もいないお祭りのような雰囲気でした。音は全くしません。何も考えることができなくなった僕は咄嗟に警察に電話しました。最後に残ったわずかな僕の希望は電話越しの「jなかnまhめkbfらhpむね、gwまuvならkや、なltがや?なま?」という声によって断ち切られました。

行くあてを失い、立ち尽くすしかできなくなった僕に前方から誰かが近づいてきます。灯籠が照らす一本道のはるか奥ですがゆっくりと僧のような人が歩いてきます。僕はもう動くことが出来ません。すると上からも声がしました。先ほどの低い唸り声です。「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ......!!」さっきよりも大きく聞こえてきました。

空に何かいる。

直感でそれだけはわかりました。でも上は見たくなかったんです。見上げたらいよいよ取り返しがつかないことになるんじゃないかって、そんな言葉では説明できない感覚だけが自分の体に緊急信号を送っていたんです。そのはずなのに、なぜだか僕は抗えなかったのです。言葉の通り何かに引っぱられるように、誘われるように気づいたら上を見上げていたのです。僕はその場で動けなくなりました。そして、そこで思い出したんです。昔の言いつけのことを。そして不思議とその場では違う理解をすることが出来たのです。

きっとなんでもよかったんです。その「なにか」を認識させられれば、怖いと思わせられればなんでもよかったんです。爺ちゃんも婆ちゃんも、僕達に本当に伝えたかったのはその怖いと思った「なにか」を決して忘れることなく記憶しておけ、ということだったんです。

そして僕はその存在を忘れていた。欠けた記憶によって出来た隙間が僕をここに連れてきた。

上を見ながら、まるで走馬灯のようにこんなことを思いだしました。上にいる「あいつ」がまた声を出します。「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ.........!!!」

上から僕を見下ろしていたのはとてつもなく巨大で真っ赤な』










日記はここで途切れている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの街 わちお @wachio0904

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ