【エピローグ】月と陽

 星麗が、外に出たいと言った。


 なんでも、窓から見た外の世界が、とてもキレイなのだそうだ。興味はあったが、あいにく私は、星麗のように自由に動ける立場にない。


 祓い屋の家系に生まれたにも関わらず、私は祓いの力を持たなかった。だが、双子の妹の星麗は、歴代でも類を見ない、天賦の才を宿していた。


 しかし、その力を発揮するためには、私がいなければいけないらしい。私が今こうして生きているのは、星麗のおかげなのだ。そうでなければ、生まれてすぐに死んでいた。

 

 そんな星麗の頼みだから、聞いてあげたい。だが、勝手に外に出ていいのだろうか。


 うんうん唸っている私に焦れたのか、星麗がくいっと袖を引っ張ってきた。


「ねえ香麗!行きましょうよ~」


 ぐずって上目遣いに見つめられてしまった。私がこの顔に弱いことを、星麗に熟知されてしまっている。ならば心を鬼にすれば良い話なのだが、それができない。


 理由は単純。妹が可愛すぎるからだ。


 というわけで、簡単に篭絡されてしまった私は、星麗の手を引いて外に出ていた。

 夜の闇の中、キラキラと柔らかいものが降っていた。雪だ。


 月明かりに照らされて、辺り一面銀色に光っている。空の黒と地面の白がきれいに溶け合い、幻想的な光景になっていた。


 虎雹国と華信国の境目になっている崖まで来た。星麗の術で下に降りて、冷たい川の水に触って遊ぶ。水は氷のように冷たくて、指先の感覚がなくなりそうだった。


「見て、香麗!こんなに真っ赤になっちゃった!」

「ちょっと星麗⁉やりすぎだって!」


 満面の笑みで腕を突き出した星麗の指先は、冷たい水に浸したせいで赤くなっていた。私がそれに慌てても、当の本人はきゃらきゃらと笑っている。


 星麗は、普段は大人たちに囲まれて術を磨いている。ただ、それがまだ10歳の星麗には、窮屈でしんどいものでもある。私だって、そんなことをされたら辛くて泣いていたかもしれない。


 だからなのか、星麗は私と会うと、いつも全力で甘えてくれる。


 父は私たちを娘と見ておらず、ただの駒だと思っているところがある。母は私たちを産んですぐ、どこかに行ってしまった。もしかしたら、当主に殺されてしまったのかもしれない。


 どれだけ甘えても許してくれる存在というのは、星麗にとって貴重なのだろう。それに私を当てはめてくれるとは、本当に嬉しい限りだ。


 ふと、星麗が空を見つめていることに気が付いた。目線を遠くに投げて、何かを見ている。


「星麗?」


 私もつられて上を見た。そして、ハッと息を吞んだ。


 雪の精だ。


 透き通るような銀色、いや、水銀色の髪が風に乱され、色鮮やかな衣を着ている少女が、崖の上にいた。


 少女もこちらを覗き込んでいるようだ。顔の詳細は見えないが、目を引くには十分の雰囲気があった。


 水銀色。白銀色。


 どちらも、色合いは似ている。同じ銀でもたくさん種類があって、どちらもその内の1部だ。


 そして、私には与えられなかった色でもある。一族の者はみな、銀色の髪をしている。


 それなのに、私は黒髪で生まれた。母の髪色と同じらしい。

 そして、同じ腹から出たはずの星麗は、一族の中でも特に珍しい、白銀色の髪をしていた。


 それが、私はうらやましかった。

 どうあがいても、手に入らない色。同じ時間、同じ場所から生まれたはずなのに、なぜこんなに違うのだろう。


 気が付くと、水銀色の髪をした少女はいなくなっていた。


「見て、香麗!流れ星よ!」


 星麗が無邪気な顔で空を指さした。つられて空に目を移すと、光の筋が幾重にも夜空を駆け巡っていく。


「一緒にお願いごとしましょうよ!」


 いつも明るく笑っている星麗。一族から煙たがられて、いつも俯いている私。


 正反対の双子。忌み子。


 でも、星麗はいつも私の隣に来てくれる。こんな私を、頼ってくれる。甘えてくれる。


 私の願いはただ1つ。星麗が幸せになること。ただそれだけだ。


 夜空を流れる流星に願いを込める。こんなことで願いが叶うなら、人生簡単なことなのだが。


 隣を見ると、星麗は未だ真剣に目を閉じて願い事をしていた。

 何をそんなにお願いしているんだろう。


 一族でも強大な力を持つ星麗は、大体の願いは叶えてもらえる。もちろん制限はされるが、欲しいもの、やりたいことは、ほとんどできるはずだ。

 私と違って。


 ようやく星麗が目を開けた。星麗を見つめていた私を見て、にっこりと笑う。


「えへへ、お待たせ。じゃあ帰ろっか」


 照れたように笑った星麗の真意は、その時はつかめなかった。




 その数時間後、星麗は朝日に照らされながら死んだ。その時、星麗が肌身離さず持っていた扇に、彼女の力が移った。

 扇を手にしたとき、星麗の声が聞こえた。


『いつか、香麗そのものを見て、支えてくれる人が現れますように』

『香麗がこの先、幸せに生きていくことができますように』


 涙が溢れて止まらなかった。


 星麗が死んだら、私は一族の者たちに殺される。生きていくことはできない。私は、星麗がいたから、生かされていただけなのだから。


 そう思っていたのに、私は生きながらえた。


 星麗の願いは、私のことばっかりだ。もっと自分のことを願えばよかったのに。


 それでも、こうして生きながらえてしまったならば、勝手に死ぬことは許されない。


 双子の妹の最期の願いなのだ。何の力も持たない私に甘えて、頼ってくれた妹の願いを、姉の私が叶えなくてどうする。


 幸せに生きるとはどういうことなのか、まだ分からない。


 それでも、自分の気持ちに正直になって、自分にまっすぐ生きていこう。星麗に恥じぬ生き方をしよう。


 また会えた時に、胸を張って、生き抜くことが出来たと伝えられるように。



 星麗のもう1つの願いの意味が分かるのは、星麗の死から数年後、浅黒い肌に黒髪を持つ少年と、王宮で出会ってからだった。

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玉石王宮譚 霜月日菜 @shimohina

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