湖畔の女

月浦影ノ介

湖畔の女




 これは会社員のFさんという、三十代前半の男性から伺った話である。


 Fさんの友人にYさんという人がいた。地元が同じで、中学からの付き合いである。

 Yさんの趣味はソロキャンプであった。夏の暑さと虫が嫌いということで、秋から冬のシーズンの間だけ、連休のたびにあちこちのキャンプ場に出掛けては、一人でのんびりとキャンプを楽しんでいる。


 それは数年前、秋もそろそろ深まりかけた、十一月初旬のこと。

 Fさんのスマホに、Yさんからメッセージが届いた。東北地方のある湖畔のキャンプ場に、ソロキャンプに来ているという。メッセージには美しく紅葉した山々と、それを鏡のように映す湖の写真が添付されていた。


 「へぇ、良いなあ」 

 「だろ? この時期のキャンプはやっぱ最高だ」


 メッセージから、Yさんの意気揚々とした表情が浮かんでくる。


 「それとついさっき、すっげえ美人と知り合いになったぞ」


 Yさんによると、湖岸で写真を撮っているとき、すぐ近くに女性が立っているのに気付いたという。長い黒髪に白いダウンジャケットを着て、一人でじっと山々の景色を眺めていたそうだ。

 その横顔があまりに美しいので、Yさんはつい声を掛けてしまった。


 「迷惑がられるかなと思ったけど、凄いにこやかな対応されてさ。あっという間に仲良くなって、今夜テントにお邪魔しても良いですかって言われたぞ。もちろんOKした」

 「マジかよ。ナンパ大成功じゃん」


 うらやましい奴めと思ったが、Fさんは少し疑念を抱いた。

 

 「ところでその美人、ソロキャンで来てるのか?」

 

 キャンプがブームとはいえ、女性のソロは珍しい。たいていはグループか、彼氏や旦那と一緒なのがほとんどだ。


 「詳しくは聞かなかったけど、なんかこの近くに住んでるようなこと言ってたぞ」


 ということは地元民か。しかし有料のキャンプ場に勝手に入り込んだりして大丈夫なのだろうか?

 そう思ったものの、余計な詮索をして水を差すような真似はせず「まぁ、上手くやれよ」とだけ返した。


 「おう、またあとで連絡するわ」


 Yさんからそうメッセージが返って来たが、しかしこれが彼との最後のやり取りになった。

 その翌日、Yさんがテントの中で死んでいるところを、キャンプ場の管理人によって発見されたのである。

 

 死因は凍死であった。Yさんは寝袋に入ったまま、まるで冷凍庫に閉じ込められたかのようにカチカチに凍っていたという。

 

 それを聞いたFさんは驚いた。寒くなって来たとはいえ、まだ十一月である。凍死するような時期ではない。それにYさんは経験豊富なキャンパーなので、防寒対策もしっかりしていたはずだ。

 しかし他に外傷などもないことから、Yさんの死は変死扱いで終わってしまった。


 あとで知ったことだが、Yさんが死んだキャンプ場のある地方には、昔から雪女の伝説が残っているという。


 出会った者を凍り付かせて死に至らしめる雪女・・・・その容貌は見惚れるほど美しいと謂われる。

 

 Yさんが出会った長い黒髪の美人とは、ひょっとしてその雪女ではなかったのか。

 

 Fさんはそう思ったが、しかしそんな話を信じてくれる人がいるはずもなく、友人の死の謎は今も残ったままだ。



                 (了)



 

 


 


 

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