最初、大して仲の良くなかった父の仇討ちに何故そこまで……と、動機に腑に落ちない部分があったのですが、最後まで読むと納得しました。主人公が、心の底で「この方向はだめなんだ」となんとなく理解していながらも、吸い寄せられるようにして運命のいたずらに翻弄されていく物悲しさ。仇討ちの一幕を通じて、人間の弱さ儚さがきっちり描かれた良作と感じました。
月浦先生の持ち前の表現力で丹念に描写された江戸の風景。一見賑やかな街並みで藻掻く主人公の揺れる心。そして、迎える運命の、なんという業の深さ……。一本の時代劇映画を観た気分になりました。極上の読書体験をありがとうございました。
江戸の庶民によって爽快な復讐譚として語り継がれる事件も多い「仇討ち」という風習ですが、厳格なルールは封建社会の生み出した歪みそのものを象徴するかのようで、追う者・追われる者ともに人生を狂わされることも多かったようです。本作は、そんな美談として語ることのできない、「仇討ち」という奇妙なシステムの呪縛に囚われた者たちの「無惨」を骨太な筆致で描いた時代小説です。江戸時代に侍として生まれたゆえに呪いを受けた者たちの結末をぜひ見届けてください。オススメします。