佐久間side 番外編・名探偵と探偵団

 ※このお話は8話と9話の間のエピソードになります。


 商店街の一角にある『ラーメン雪だるま』は、オレの行きつけのお店。

 オレの家には母ちゃんがいなくて、父ちゃんと二人暮らし。その父ちゃんも時々仕事で帰りが遅くなるから、オレはよくここで夕飯を食べてるんだ。


 今日も雨の降る中、夕方になってラーメン雪だるまにやってきたオレは、いつものようにカウンター席に座ってラーメンを注文する。

 しばらくして運ばれてきたラーメンは、相変わらず旨い。旨いんだけど……。

 なんでだろうな。今日は食べる手があんまり進まねーんだ。


 いや、原因はハッキリしてるか。

 泣いてる小林の顔が、頭から離れねーんだよ。


 小林綾香。

 ちょっと前までは全然話さなかった、同じクラスの女子。

 だけどこの前教室で花瓶が割られる事件が起きて、オレが犯人にされそうになったとき、助けてくれたのが小林だった。

 それから話すことが多くなったけど、最近のアイツは元気がない。

 当たり前だよな。中井たちから、イジメられているんだもの。


 花瓶事件のときの真犯人は中井だったから、大方そのときのことで小林を逆恨みしているんだろう。

 ふざけんじゃねーよ。悪いのはお前だろうが。


 本当なら、先生に相談したい。いや、先生なんて頼らずに、オレが中井をぶん殴ってでも、小林をイジメるのをやめさせたい。

 だけどそれをやめろって言ってるんだ。イジメられてる、小林自身が。

 小林は母ちゃんに心配かけたくないから、騒ぎを大きくしたくないって言ってて、オレは仕方なく言われた通り黙ってるけど……。

 ああっ、本当に今のままでいいのかよ!


 今日なんてアイツ、長靴や傘を隠されて、雨の中探してたんだぞ。

 小林のやつ、口では平気だなんて言ってたけど、やっぱり本当は辛いのか泣いてて。すぐ中井の家に乗り込んで、とっちめてやりたかった。

 けどそれじゃあやっぱ騒ぎになって、小林の件も先生にバレるかもしれねーし。

 もどかしすぎるけど小林の事情を知ってる以上、動くに動けねーんだよな。


「くそ、どうすりゃいいんだよ……」


 ラーメンをすするのを止めて、箸を置いてため息をつく。

 すると……。


「どうした恭助、今日はやけに元気ねーじゃねーか」

「あ、兄ちゃん」


 カウンター席のトナリに座って声をかけてきたのは、高校生の兄ちゃん。

 と言っても、オレの兄貴ってわけじゃない。オレと同じラーメン雪だるまの常連客で、よくここで飯食ってるうちに、いつの間にか仲良くなっていったんだ。

 そしてそんな兄ちゃんは、一人じゃない。高校の制服を着た兄ちゃんたちが全部で4人、次々とカウンター席に腰を下ろしていく。

 みんなオレのことをよく知ってる、兄貴分たちだ。


「なんだ、悩みでもあるのか? テストで悪い点を取ったとか」

「バカ。恭助が今さら、そんなことくらいで悩むかよ。きっとアレだ、女子からみだ」

「まさか好きなやつができたのか? それとも、彼女と上手くいってないとか? 最近の小学生はやるなー」


 思い思いにしゃべる兄ちゃんたち。

 だけど。


「もう、そんなんじゃねーって!」


 たしかに小林は女子だけど、兄ちゃんたちが思ってるようなことじゃねーから。

 そしたらカウンターの奥からこのお店の店長、雪丸さんも顔をのぞかせてきた。


「なんだか盛り上がってるね。おじさんもまぜてくれないか」

「もう、おじさんまで……」


 このお店は、店長も客も揃いも揃って話好きなんだよなあ。

 ラーメン雪だるまの店長の雪丸さんは、オレの父ちゃんの幼なじみ。小学校の頃からの友達だそうで、オレにとってはおじさんみたいなものだ。


 しかしどうしよう。みんなオレの話に、興味津々。

 小林には止められてるけど、学校とは関係ないここで話すくらいならいいよな。


「実はオレの友達なんだけどさ。最近イジメにあってて……」

「は、イジメ? そういうことするやつ、どこにでもいるんだな」

「おいおい、マジの悩みじゃねーか。誰だよ女子がらみなんて言ったやつは?」


 騒いでる兄ちゃんたちは置いといて、話を進めるぞー!

 オレは小林がイジメにあってること。助けてやりてーけど、騒ぎを大きくしたくないから止められてることを、簡単に説明する。


 みんな真剣にオレの話を聞いてくれて、全部話し終えた後、雪丸さんが口を開いた。


「なるほどねえ。お母さん想いのいい子じゃないか。そんな子をイジメるなんて、許せないね」

「でしょう。だからオレ、どうにかしたくて。けど小林は何もするなって言うし、余計なことしない方がいいのかなあ。アイツしっかりしてるから、オレが何もしなくても自分で何とかするかもしれねーし」


 小林は頭がいいから。腕っぷしじゃ敵わなくても、もしかしたら頭を使って中井のやつをやり込めるんじゃないかって気が、ちょっとだけする。

 アイツは朝霧小学校の小林少年。名探偵だ。

 余計な手出しは、必要ないのかもしれない。


「小林くんだっけ。その子はそんなに、しっかりした子なのかい?」

「そりゃあもう。アイツはスゲーんだ。前に教室で花瓶が壊された事があって、オレが犯人にされかけたとき、小林が犯人を突き止めたんだ。先生でも分からなかったのにだぜ」


 それだけじゃない。校内で起きたいくつもの事件や謎を、小林は次々解いていってる。

 本人は大したこと無いなんて言ってるけど、普通はできることじゃねー。アイツは自分のこと、低く見すぎなんだって。


「なんていうかさ。江戸川乱歩の小説に出てくる、小林少年みたいな名探偵なんだ」

「なんだ恭助、お前江戸川乱歩なんて知ってるのか?」

「それくらい知ってるよ。うちにも本あるし」


 兄ちゃんが入れる横槍に答えたけど、まあ読んだのは最近なんだよな。

 小林が面白いって言うから、読んだんだけど。


 すると今度は、おじさんが口を開いた。


「小林少年。『少年探偵団』で活躍してた子だね。懐かしいなあ、おじさんも恭助くんくらいのとき、恭助くんのお父さんと一緒に、探偵団を作って遊んでたよ」

「探偵団? おじさんや父ちゃんが」

「ああ。やってたのは近所を探検したり、なぞなぞを出しあったりするだけで、探偵団なんて名ばかりだったけど、みんなで一緒に何かをするのは楽しかったなあ」


 たしかにそれは、ちょっと楽しそう。

 知らない場所を探検するとか、ワクワクするしな。


「一人で鮮やかに事件を解決する名探偵もカッコいいけど、おじさんは仲間のいる探偵団の方が好きだったな。たまにはケンカすることもあったけど、いつの間にか仲直りしてて、毎日バカやってたよ」


 そしておじさんは真顔になって、じっとオレを見る。


「一人ならただの名探偵だけど、二人なら探偵団になれる。君がその小林くんとことを友達だと思っているなら、孤独な名探偵にしちゃいけない。気になるなら、放っておいちゃいけないよ。君たちは、探偵団になるべきなんじゃないかな」

「探偵団……」


 それってスゲーカッコいいけど、小林はそれで喜ぶなかな。

 そもそも勝手にアイツのこと友達だって思ってたけど、向こうがどう思ってるかなんて聞いてなかったし。


 だけど、おじさんの言う通りだよな。

 やっぱり、放っておくなんてできねー。


 やっぱり今度、先生に相談しよう。

 小林は怒るかもしれないし、こんなのただの自分勝手なのかもしれねーけど、それでもだ。

 絶対に一人で我慢させたりしねー!


 おじさんの言葉を噛み締めて、ラーメンのスープを飲み干す。


 小林を孤独な名探偵にしないため探偵団になるって、オレは決めた。



 END




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小林少年と佐久間くん ~少年探偵団ができるまで~ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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