第11話 ボクらの行方

 お母さんが学校に呼び出されて、佐久間くんとケンカをした次の日。

 ボクはまた校長室に呼び出された。

 今度は中井くんたちも一緒。彼らに謝らせて、ボクと仲直りさせるのが目的みたいだけど……。


「ごめんなさーい」

「もうしませーん」 


 一応、中井くんたちは謝っているけど……絶対に反省なんてしてないよね。

 これ以上怒られるのが面倒だから、謝ったフリをしているだけ。

 なのに先生ときたら。


「小林さん。みんなも二度とこんなことはしないって言ってるから、もう大丈夫よ」


 ボクは何も答えられなかった。

 本当に大丈夫なの? ほとぼりが冷めた頃、また懲りずにちょっかいを出してくるかもしれない。

 だけど先生は、もう終わりにしたかったのだろう。


「さあ、握手をして仲直りしましょう」


 そんなことを言ってきたけど、その瞬間すごく嫌な気持ちが込み上げてきた。

 握手って、中井くんたちと? 今までさんざんイジメてきて、苦しむボクを見ながら笑っていた彼らと手を繋げって?

 そんなの……。


「……嫌です」

「えっ? ちょっと、小林さん!?」


 先生は戸惑っているし、中井くんたちも顔をしかめているけど、嫌なものは嫌なんだ。

 ボクは彼らのことが嫌いだ。そんな奴らと、どうして握手なんてしなくちゃいけないの?


 たとえ中井くんたちが本当に反省していたとしても同じ。先生に言われたからって、仲直りなんてできないよ。

 抱いた怒りも苦しみも、ボクだけのもの。彼らを許すかどうかを決めていいのは、ボクだけなんだ。


「ボクは仲直りがしたいわけじゃありません。向こうだって、そう思ってるんじゃないですか?」

「で、でもねえ。同じクラスの友達なんだから……」

「友達じゃありません」


 中井くんたちを見ると、面倒くさい、さっさと終わらせろって、目で訴えてきてる。

 ほら、やっぱり彼らだって仲直りしたいとも友達とも思ってないじゃないか。

 これだけは、意見が合ってるみたい。


 その後校長先生の「もうケンカもイジメもしないように」という言葉でしめられて、ボクたちは部屋を出ていく。

 これで少なくとも表面上は、この件はおしまいだ。


 そうして教室に戻った後は、何事もなかったみたいに次の授業が始まって。次の休み時間には中井くんたちは、さっきあったことやボクのことすらも忘れたみたいに、楽しそうにおしゃべりしていた。

 けど、全部どうでもいい。彼らとは、二度と関わりたくなかったから。

 それよりも……。


 ボクは休み時間にはいつも本を読んでるけど、今日はそれをせずに一つの席に目を向ける。

 するとその席の主……佐久間くんもこっちを見ていて、目が合った。


 ──っ! どうしよう、何か話した方がいいのかな?


 お互い、気にしあっているのは明らか。だけど何をどう話せばいいのか。

 結局この時は何もしゃべれずに、次の授業も終わって、やがて昼休みに突入。

 だけど頻繁に目が合うものの、ボクと佐久間くんは話ができないまま。

 ああ、もう。どうしてこんな、もどかしい思いをしなくちゃいけないの!?


 するとその時。


「おーい、大変だー!」


 教室の外から、一人の男子が中に入ってきた。

 そして彼は興奮ぎみに言ってくる。


「美術室にあった石膏像が壊れてる! 先生が犯人探しやってて、さっき美術室使ってたオレたちが疑われてるみたいだ!」


 は、なにそれ?

 たしかにさっきの授業で、ボクたちは美術室を使った。

 ボクの書いた絵は、自分でも悲しくなるくらいヘタクソだったけど……って、今はそれはどうでもいい。

 直前に部屋を使っていただけで疑われるなんて、たまったもんじゃない。


 彼の発言で、教室の中がザワザワと騒がしくなっていく。


「おいおい、冗談じゃねーぞ」

「男子の誰かじゃないの?」

「いや、そもそもオレらが授業受けてた時は、石膏像壊れてなかっただろう」


 犯人は誰かとか、石膏像が壊れたのはいつかとか。そんな話で教室内はもちきり。

 まてよ。この空気、前にどこかで……。


 するとさっきまで席に座っていた佐久間くん。何を思ったのか立ち上がって、こっちに向かって歩いてくるじゃないか。


 そしてボクの席まで来て、口を開く。


「小林、あの……」

「昨日のこと、ボクはまだ納得してないからね」


 佐久間くんの言葉をさえぎって、先手を打つ。

 彼は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐにまた話を始めた。


「ああ。けどオレも、間違ったことはしてねーから。小林がどう思っても、これだけは譲れねー」


 どうやら佐久間くんは、ボクと同じで相当頑固だ。

 意見はぶつかり合って、ボクも彼も少しの間黙っていたけど、この沈黙には耐えられない。

 しびれを切らして、ボクが口を開いた。


「それで、本題は? どうせまた、事件の話をしにきたんでしょ」

「あ、ああ、そうだ。小林、お前に解決してほしい事件があるんだけど……協力してくれるか?」

「……まったく、しょうがないなあ」


 お互い探り探りでぎこちない会話だったけど。

 最後の一言を言った瞬間、胸に詰まっていたものが取れて、息ができた気がした。


 佐久間くんってば、魂胆が見え見えなんだよ。

 声をかけにくかったところに事件が起きたもんだから、話すためのきっかけに使ったな。

 まあボクもモヤモヤしてて嫌だったから、丁度よかったんだけどね。

 石膏像には悪いけど、いいタイミングで壊れてくれたよ。


 すると佐久間くんはそんなボクの考えてることを読んでるみたいに、ニヤニヤと笑ってる。

 な、なに? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなよ。

 すると……。


「やっぱり良い奴だな、小林って」

「バカ、そんなんじゃないって。それより、さっさと行くよ佐久間」

「ああ……って、佐久間?」


 キョトンとしながら、自分の名前を口にする。

 いや、これは名前を言ったというより、さっきのボクの言葉をリピートしたのだろう。

『佐久間くん』じゃなくて、『佐久間』って呼び捨てにしたのを。


「べ、別に良いでしょ。ボ、ボクは君のことを許してないんだから、呼び捨てで十分だろ……って、笑うなー!」

「わりぃ。けど、それで呼び捨てってお前……」


 コイツ、人が本気で怒ってるっていうのに。

 この無神経でデリカシー0のアンポンタン!

 ダメだ。心配してくれたお母さんとには悪いけど、コイツとは仲直りできる気がしない。

 まあいいや。それよりも事件だ事件!


 急いで教室を飛び出すと、後ろから佐久間もついてくる。


「別に佐久間は来なくてもいいのに」

「そう言うなって小林少年。オレたち、探偵団だろ」

「は? 何を勝手に。というか、少年ってなんだよ少年って!」


 憎まれ口を叩いたけど、なぜだろう。彼とまたこうして話せるのが、すごく嬉しい。

 ボクは怒りながら、佐久間はなぜかおかしそうに笑いながら、二人して廊下を歩いていく。


 彼のことを友達と呼べるかは、まだわからないけど。

 後にボクたちは、周りからこう呼ばれるようになる。


 朝霧小学校の、少年探偵団と。




 ※本編はこれで終わりですがもう1話、佐久間視点の番外編があります。


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