第10話 友達

 たどたどしい声で言葉を紡ぐと、校長先生がこっちを見る。


「君……怖い気持ちも分かるけど、はっきり言った方が良いよ。イジメられているってちゃんと認めることは、別に恥ずかしい事じゃ……」

「違います!」


 自分でもビックリするくらい大きな声を出して、先生たちやお母さんは驚いている。

 だけど、もう勢いは止まらない。


「い、今のは、ケンカしてただけです。イジメじゃありません。さ、佐久間くんはボクの……と、友達……です」


 詰まりながらではあるけど、自分の気持ちを言葉にする。

 先生たちは困った様子だったけど、一応は分かってくれたみたいで。押さえていた佐久間くんを放してくれた。


「確認するよ。この子は友達で、ケンカはしていたけどイジメじゃなかった。それでいいかい?」

「はい……」


 小さい声で返事をする。

 さっきまでケンカしていた相手を庇うだなんて変だけど、黙っているなんてできなかった。


 そしたら、お母さんがそっと頭を撫でてきた。


「分かったわ。先生、綾香がこう言ってるんですから、間違いありません。子供なんだから、ケンカくらいすることもありますよ。あんまり叱らないであげてください」

「う、うむ、事情は分かった。けど君も、誤解されるような事をしてはいけないよ」

「はい……すみません」


 校長先生の言葉に、元気の無い声で返事をする佐久間くん。

 ボクはそんな彼を直視することができなくて。

 結局佐久間くんとはごめんなさいも、サヨナラのあいさつもせずに、この日はそれぞれ帰って行った。



 ◇◆◇◆



 学校から外に出ると、今日もまた雨。

 ボクは新しく買ってもらった傘を差して、お母さんと二人、並んで歩く。


 だけどこういう時、何を話せばいいんだろう?

 心配をかけてごめんなさい。

 仕事をお休みさせてしまってごめんなさい。

 謝らなきゃいけないことがたくさんあるのに、声が出ないや。

 だけど黙っていると、お母さんの方から話しかけてきた。


「ごめんね。綾香が苦しんでいるのに、気づいてあげられなくて」


 とても悲しそうなお母さん。

 こんな顔させたくなかったから、秘密にしていたのに。


「お母さんは悪くないよ。ボクの方こそごめんなさい。たくさん迷惑かけちゃって」

「ううん、全然迷惑だなんて思っていないから。ただ、一人で悩みを抱えるのって凄く辛いでしょ。言いにくいことかもしれないけど、できれば相談してほしかったかな。お母さんじゃ、頼りないかもしれないけど」

「違う。そんなこと、無い」


 あわてて返事をしながら、ふと思い出したのは佐久間くんの言葉。

 イジメられてるのに相談もされなかったらどんな気持ちになるかって怒っていたけど、彼の言う通りだ。

 ボクのやったことは、間違いだったのかな。


 だけどうつむいていたらお母さんが、今度は少し笑った。


「辛い目に遭わせちゃったわね。でもね、イジメられていたのは悲しかったけど、少し安心したこともあるの」

「安心って?」

「さっきケンカしていた男の子、佐久間くんって言ったっけ? あの子がイジメてるって疑われた時、綾香庇ったでしょ。先生に向かって、違いますって声を上げて」

「う、うん……」


 改めて言われると恥ずかしい。

 先生相手に生意気なことを言ってしまったんじゃないかって、不安になる。

 だけどそんなボクとは裏腹に、お母さんの声は穏やかだ。


「綾香は昔から、思っていることを口に出すのが苦手だったよね。なのにちゃんと自分の思ってることを言ったんだもん、ビックリしちゃった。綾香にもちゃんと、必死になれる友達がいたのね」

「あ、あれは本当のことだから。イジメてないのに勘違いされたら、嫌だろうし……」


 荒めて言われると、なんだか恥ずかしい。

 そしてもう一つ、ボクには引っ掛かることがあった。


「それに……もしかしたら、友達じゃないかも。あの時はついああ言ったけど、佐久間くんがどう思ってるか、分からないし」

「あら、そうなの? でも綾香は、佐久間くんと友達になりたいって思っているのよね。でなきゃ咄嗟に、友達だなんて言えないもの」

「そうかな? でも、ケンカしたし……」

「いいのよそれくらい。ケンカしないのが友達なんじゃなくて、ケンカしても仲直りできるのが友達なんだもの。綾香も佐久間くんにも大事にしてるものがあるんだから、ぶつかることがあっても仕方ないわ」


 確かにあの時。佐久間くんは頑なに意見を曲げようとはしなかった。

 それにボクだって。彼の言うことも一理あるかもしれないけど、せめて前もって何か言っておくくらい、できただろうに。

 やっぱり、勝手に話したことは許せない。

 だけど……。


「落ち着いたら、もう一度佐久間くんと話してみたら。もっとたくさん、言いたいことがあるんじゃないの?」

「うん……」


 ちゃんと話せるかは、分からないけど。

 なにせボクはコミュ障なんだ。


 そんなことを考えながら、前に佐久間くんに送ってもらった時と同じように、お母さんと一緒に雨の中を歩いていった。



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