第9話 暴かれたイジメ

「それじゃあ、これから先生たちはちょっとお話があるから。綾香ちゃんは少しの間、教室で待っててくれるかな?」

「はい……分かりました……」


 担任の先生の言葉に、ボクは小さな声で返事をして、部屋を出る。


 ボクが今までいたのは校長室。

 ドアを閉める前に部屋の中を見ると、担任の先生と校長先生。

 そしてボクの、お母さんの姿が見えた。


 今日は授業参観でもないのに、どうしてお母さんが学校にいるのか。

 理由は簡単、呼び出されたからだ。ボクがイジメにあっているから、その事について話したいって。


 ボクはイジメのことは先生に言わずに、我慢しようって決めてたのに。

 イジメの件は、急に明るみになったの。

 ある日突然先生から「最近困ったことない?」とか、「綾香ちゃんが嫌がらせを受けてるって聞いたんだけど」とか言われて。

 先生にバレたという事実に、ボクは愕然とした。


 イジメをしていた中井くんたちも呼び出されて、そのせいか今日は何もされていないけど……。

 最悪だ。

 何もされなくなったのはいい。だけどそのかわり、イジメられていたことが、お母さんにバレてしまったのだから。


 何をされても先生にイジメのことを話さなかったのは、お母さんに心配かけたくなかったから。


 ボクが小さい頃にお父さんは亡くなっているから、お母さんは一人でボクを育ててくれている。

 毎日遅くまで働いて、夜勤のある日は夜に出掛け、会えない日も多いけど。それでもいつもボクのことを気にかけてくれているお母さん。

 だからこそ余計な心配をさせたくない。イジメられているなんて、知られたくなかったのに。


 なのにボクの思いとは裏腹に、イジメの話は家に連絡されてしまった。

 お母さんは仕事があるのに、放課後になって学校にやってきて、ボクと一緒に校長室に通されて、先生たちから頭を下げられた。


 校長先生は、「辛い思いをさせてすまない」、「気づくのが遅れてごめん」って言ったけど、そんなのどうでもいい。

 どうせなら、ずっと気づかないでいてくれた方がよかったのに。


 ボクは先生に言われた通り、もう誰もいない教室に行くと、自分の席につく。

 だけど思い出すのはイジメのことを知った時の、お母さんの悲しそうな顔。

 あんな顔させたくなかったのに、どうしてこうなっちゃったんだろう?

 そもそもどうして、イジメのことが先生にバレたの?


 誰かが気づいて、告げ口した? いや、誰かじゃない。

 きっと大抵の子はイジメに気づいても、関わるまいとスルーするだろう。ボクとしては、そうしてもらった方がよかった。

 だけどそうしなさそうなヤツを、一人知ってる。


 アイツが……アイツがバラしたのか?


 ──ガラッ!


 不意に教室の扉が開く音がして、驚いてそっちに目を向ける。

 一瞬、お母さんたちが来たのかなって思ったけど、それは違って。

 そこには思いつめた表情の佐久間くんが立っていた。


「小林……」


 彼らしくない、とても辛そうな顔。

 小さな声で名前を呼ばれた瞬間、頭の中で何かが弾けて、疑惑が確信に変わった。


「佐久間くん。君が先生に、話したの?」

「……ああ」


 言い訳もせずにアッサリ認めたけど、ボクの胸の奥で熱くて嫌な感情が、ふつふつと芽生える。


 黙っておいてって言ったのに。

 ボクは椅子から立ち上がると、彼につかみかかった。


「どうして話したりしたの! 話さないでって言ったよね!」


 騒ぎを大きくしたくない理由を、佐久間くんには打ち明けていた。

 ボクの家は母子家庭。唯一の家族であるお母さんには、絶対に心配をかけたくなかった。


 だから前に佐久間くんが先生に相談しようって言ったときにこれを打ち明けて、分かってもらえたはずだったのに……。

 なのに裏切った!


 もちろん佐久間くんは悪くないって、頭では分かっている。ボクのことを心配して、言ってくれたんだって。

 だけど、この気持ちは理屈じゃ抑えきれないかった。


「佐久間くんも、お父さんと二人暮らしでしょ! 心配かけたくなかったボクの気持ちが、分からなかったの!?」


 感情のまま、思いの丈をぶつける。


 佐久間くんには、お母さんがいない。

 病気か事故で亡くなったのか、それとも別の何かがあったのかは聞けなかったけど、お父さんと二人で暮らしているって、前に教えてもらったんだ。

 ボクの家と似ている。だから親近感も覚えたし、ボクの気持ちも分かってくれるって思っていた。信頼していた。

 なのに……。


「あれで助けたつもり!? あんなのただの迷惑だよ! ボクがイジメられてるって知って、お母さんがどれだけ悲しむか、ちゃんと考えた!? こんなことになって……全部、佐久間くんのせいだ!」


 ──違う、彼は悪くない。

 悪いのはイジメてきた中井くんたちで、ボクが言ってることはメチャクチャ。

 だけど筋の通ってない八つ当たりだって分かっていても気持ちをぶつけずにはいられなくて、ボクはうつむいたまま握った拳を佐久間くんの胸に振り下ろす。

 それはとても弱くて、痛みなんてほとんど無いだろう。だけどボクは何度も、弱々しい拳を叩きつけた。


 佐久間くんは黙ったまま、しばらくそれを受け続けていたけど、やがて……。


「……言いたいことは、それで全部かよ?」


 発せられた声に顔を上げると、佐久間くんは熱のある目で、じっとボクを見ていた。


「全部言い終わったよな? だったら今度は、オレが言わせてもらう! オレがやったことは迷惑かもしれないけど、それじゃあお前はどうなんだ!? 誰にも相談せずに、いつまで我慢する気だったんだよ!」

「それは……」

「ナイショにしてればいいって、本気で思ってたのか!? いったい何回、教科書やノートを破られた? 鉛筆を折られた? 傘や長靴を失くして帰って、お前のお母さんが何も気づかないって思ったのかよ!」


 彼の言葉が、ボクの心を容赦なくえぐっていく。

 傷ついてるのはボクなのに、佐久間くんはいつもの優しさなんて微塵も見せず、さっきボクがしたみたいに、次々と気持ちをぶつけてくる。


「頭がいいのは、小林だけじゃねーぞ。下手なウソで、誤魔化せるもんか! お前だって、母ちゃんの気持ちを考えたのかよ! イジメられてるのに何の相談もされなかったら、どんな気持ちになると思う? そっちの方が傷つくんだからな!」

「──っ! 君に……君に何がわかるんだ! 人の気も知らないで!」

「お前には言われたくねーよ! 勝手に一人で背負い込んで、助けたくてもダメだって言うしよ!」

「助けてくれなんて頼んでない!」


 ボクも佐久間くんも、感情のまま言葉をぶつけ合う。

 言葉だけじゃない。ボクはまたしてもポカポカと佐久間くんを叩く。

 佐久間くんは反撃こそしてこなかったけど、鋭い眼差しを向けられて、すごく苦しかった。


 どれくらいそうして争っていただろう? 

 放っておけばいつまでも続きそうな悲しいケンカだったけど、終わりは唐突に訪れた。


 涙をこぼしながら声にならない声をあげていると、不意にボクのものとも佐久間くんのものとも違う太い声が、耳に飛び込んできた。


「君たち、何をしてるんだ!?」


 ハッと声のした方に目を向けると、そこにはさっき校長室で別れたはずの先生や、お母さんの姿が。

 どうやら話が終わってボクを迎えに来たらしいけど、先生たちの表情は険しい。


 校長先生と教頭先生が慌てたようにこっちへ向かって来たかと思うと、力任せにボクと佐久間くんを引き離した。


「何をやっている、止めないか!」

「まったく、何を考えているんだ」


 ボクらが暴れないよう、がっしりと腕を掴んで放さない。

 そして校長先生は佐久間くんと、担任の先生を交互に見る。


「こんな時に何てことを。小林さんをイジメていたというのは、彼ですか?」

「えっ? それは……」


 担任の先生は戸惑っている。

 そりゃあそうだろう。むしろ佐久間は、イジメのことを先生に言ったのだから。


 そしてこれには、ボクも焦る。

 佐久間くんがイジメ? それは違う!


 ボクは佐久間くんがバラしたことを、決して許したわけじゃない。

 けどそれでも、彼は中井くんたちとは違う。

 さっきまであんなに恨んでいたのに、彼に冤罪が掛けられるってなったとたん、胸の奥がザワついていく。


「綾香、大丈夫だった?」


 駆け寄ってきたお母さんが、暖かい手でボクの肩をつかんできたけど、ボクはそんなお母さんよりも先生たちに向かって言った。


「ちっ……違います。い、イジメられていたんじゃ……ありません」


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