第8話 寄り添ってくれる優しさ
「ごめん、遅くなって」
「そんなの気にするな。それより、ちゃんと見つかったのか? 長靴はあるみたいだけど、傘はどうした?」
「ええと、傘は……」
どうしよう。壊されてたなんて言ったら、佐久間くん怒るかなあ?
「傘は……今日は元々持ってきてなかったから」
咄嗟にそんなウソをついてしまって、佐久間くんに怪訝な顔をされる。
そうだよね。さっきは持ってきたって話してたのに、おかしいって思わないはずがない。
ボクは誤魔化すように、早口で言う。
「く、靴と傘、貸してくれてありがとう。もう、大丈夫だから」
泣きそうな顔を見られたくなくて、佐久間くんに背を向けてから、見つけてきた長靴に足を入れる。
さっきまで雨に晒されていた長靴の中は湿っていて、とても気持ち悪かったけど、我慢して歩き出す。
「今日はありがとう。じゃあ、また明日」
振り返りもしないで、ぶっきらぼうな挨拶をすると、返事も聞かないで外へと向かう。
だけどその時、突然肩を掴まれた。
「待てって。なに勝手に行こうとしてるんだよ。傘もないのに、濡れて帰る気か?」
「これくらい平気。小降りになってきたし」
「バカ言え、まだ結構降ってるじゃないか。送ってやるから、オレの傘に入っていけよ」
「でも、佐久間くんとは帰る方向が違うし。ボクは本当に大丈夫だから」
「そんな顔で大丈夫なんて言われても、信用できねーよ!」
泣いてるってバレてた!
いちおう顔をふせて見られないようにしてたけど、そんなんじゃ誤魔化せなかったみたい。
佐久間くんはボクの肩を掴んで、抱き寄せてくる。
「一人で帰ろうとするなよな。傘くらいかしてやるから、入っていけよな」
「でも、方向が……」
「どうでも良いんだよ。さっきオレから傘や靴借りたんだから、少しは言うことを聞け!」
うっ、そう言われると、断れない。
佐久間くんは先に外に出て、持っていた傘をさす。
「さっさと来いよ」
「う、うん」
少しためらったけど、言われた通り傘に入れてもらって、二人して歩いていく。
この傘はそう大きいわけじゃないから、二人で使うにはちょっと狭くて、このままじゃ佐久間くんが濡れちゃうかも。
せど少しだけ傘の外側に行こうとすると……。
「離れるなよ、濡れるだろ」
「うわっ!」
肩に手を回されて引っ張られ、ピタッと密着する。
たしかにこの方がぬれにくいけど、恥ずかしくないかなあ?
気まずさとか恥ずかしさとか、色んな気持ちが混ざりあって、変な気分。
佐久間くんはボクの家の正確な場所を知らないから、案内しつつ歩いていって、やがて見えてきたのは少々古目の、二階建てのアパート。
あそこの105号室が、ボクの家だ。
部屋の前まで送ってもらうと、ボクはようやく傘から出る。
「佐久間くん……今日はありがとう」
「どうってことねーよ。それよりお前、一人で大丈夫なのか?」
「うん、平気。お母さんが帰ってくるまでには、いつものボクに戻るから」
ボクの家は母子家庭。お母さんは今日は仕事で出掛けていて、夜まで帰ってこない。
だけど今回はそれが良かった。
少し前まで泣いていたボクは、今も酷い顔をしているだろう。
今のうちに顔を洗って、気持ちを落ち着かせておけば、お母さんに心配をかけることも無い。
だけど佐久間くんは、そんなボクを呆れたように見る。
「そうじゃなくてよ。お前あんなことされて、大丈夫かって話だよ。いや、大丈夫なわけ、ないよな。泣いてたしよ」
ううっ、やっぱり泣き顔を見られたのは良くなかった。
佐久間くんは心配そうな、そして怒ったようにしていたけど、ボクは慌てて笑顔を作る。
「もう本当に大丈夫だから。さっきは、変な所を見せちゃってごめん。あれくらい、なんともないよ。ボクは平気だから、気にしないで」
心配をかけちゃいけない。これ以上甘えたらいけないって思いながら、精一杯の強がりを口にする。
無理をしているって自分でも分かってるけど、このまま頼りっぱなしじゃ、弱くなってしまいそう。
いつ終わるか分からないイジメに耐えなきゃいけないから、虚勢でもいいから言葉にしておきたかった。
たけど。
「……オレは平気じゃねーよ」
そんな呟きが聞こえた。
だけど佐久間くんは、表情一つ変えず、それ以上は何も言わずに、ボクに背を向ける。
「じゃあな。暖かくしとけよ」
「うん……佐久間くんも、風邪引かないでね。明日また、学校で……」
挨拶をして、後ろ姿を見送る。
てっきりイジメについて何か言われるかと思ったけど、そんなことはなくてホッとした。
この前騒ぎにしたくないって話をしたとき、ボクの事情を知って、分かってくれたのかな。
「佐久間くん、ありがとう……」
佐久間くんがいてくれてよかった。
もしもボク一人なら心が折れていたかもしれないけど、彼が寄り添ってくれてるおかげで、辛くても我慢できるもの。
彼は本当に優しいよ。
佐久間くんの心遣いを感じながら、ボクは家の中に入っていく。
けど……。
まさか彼に裏切られるなんて、この時は思っていなかった。
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