彼の思慕は果たして実るのか

2626

第1話 彼の思慕は果たして実るのか

 父が死んだらしい。ラドバルド共和国との戦争の最前線で死んだ所為で遺体も何もなかったそうだ。部下の魔族の人達2人を撤退させるためにたった1人で残ったから。

戦死証明書を持った下級官吏が来る前に、私はその事を知っていた。

魔族の人達は念話ができる。それなりに遠い距離でも、一瞬で思いや感情をやり取りできるのだ。

前線にいた同胞から、そりゃあもう悲痛な絶叫や慟哭を受け取った魔族の人達が、いきなり卒倒したり泣き叫び始めたので、私は『さては天変地異!?』と驚いたから。


 私は男爵だった父の娘である。弟が1人いる。伯爵令嬢だった母は早くに亡くなったが、母の家族は葬式にも来なかった。まあ仕方ないよね、『成り上がりの男爵』に『由緒正しい伯爵家の娘』が駆け落ち同然で結婚して子供を2人も作ったんだから。



 このベルトハルト帝国は厳格な身分制度があり、魔族が奴隷、その上に人間の平民、人間の貴族、皇族となっている。

貴族や皇族はとても偉いらしくて、平民や奴隷を殺しても咎められはしない。

要するに身分が違えば人間じゃないって思っているのだ、連中は。


 父は黙っていたけれど、私や弟は貴族や皇族をこれでもかと恨んでいた。一応貴族の端くれの『男爵』だけれど、これは父が軍功を挙げまくった結果、渋々嫌々与えられただけだ。

貴族になりたきゃ分かっているだろうな?って大金もぼったくられたし。

 それでも父は貴族の端くれにならなきゃいけない理由があった。

領地が欲しかったのだ。魔族の人達が落ち着いて暮らせる土地が、このベルトハルト帝国にはどこにも無かったから。



 魔族の人達について説明しなきゃいけない。彼らは元々、私達の祖先の『魔王』に仕えてくれていた臣民だった。人間とはちょっと違った異形の容姿をしていて、ほとんど不老不死、魔力や体力は無尽蔵……なのだけれど、致命的な弱点がある。

『聖』の力を強く持つ人間の命令に逆らえないのだ。

ちなみに絶大な『聖』の力を持っていた『勇者』はベルトハルト帝国の初代皇帝です。


 300年前に『魔王』が『勇者』に惨殺され、魔族の人達が平和にのんびりと暮らしていたこのファフリノ大陸は人間に侵略され、それからずっと魔族の人達は奴隷として迫害されてきた。あまりにも酷い迫害が3世紀続いた所為で、もうベルトハルト帝国には3万人強しかいない。最盛期には100万人いたのに。

その事を知っている上に先祖が『魔王』だった私達は、何とかして魔族の人達が平和に暮らせる世界が欲しくて、何とかして貴族に食い込んで領地を貰おうとずっと頑張ってきたのだ。

で、念願叶って父は男爵になれた。

それに伴って、ド田舎で瘴気まみれで恐ろしい魔物もうじゃうじゃいる、本当に最悪の立地だけれど、どうにか狭い領地を貰えた。

そこに魔族の人達に少しずつ住んで貰って、開墾と浄化と魔物退治を10年かけてやって貰った結果、ド田舎で狭いけれども魔族の人達の安全に暮らせる村が生まれて、何とかこのまま平和に暮らして行けたらと思っていた矢先。


 父が死んだ、死んでしまったと魔族の人達が阿鼻叫喚で泣き叫び始めたのだ。


 300年以上の国境だったサブライ山脈を越え、ベルトハルト帝国がラドバルド共和国へ一方的に仕掛けた侵略戦争に、父も出征していた。

少しでも爵位を上げて領地を増やして……と頑張っていたのが良くなかったのだ。


 『由緒正しい伯爵家の娘』をたぶらかした『成り上がりの男爵』を殺してしまえ。

 奴隷ごときを庇っている卑しい男を殺してしまえ。

 

 ……そんな根強い侮蔑と徹底的な殺意がある事は、父が一番知っていた。

 それでも往ってしまったのだ。

 かつての臣民、今の領民達のために。



 「マリー姉さん」

 弟のバーディスが顔を真っ青にしていたけれど、取り乱しはせずに私に訊ねる。

「……金がないわ。男爵位を継ぐには……金がまず要る」

私は既に金勘定をしている。

父の事を思ってこの世の終わりのように泣き叫ぶ村人達を見ていると、どうしてか悲しみの感情が引いていく。

私達は父のためにこんなにも嘆いてくれる彼らを、絶対に守る義務があるのだ。

「母のオルゴールを売りましょう。あれは高値で引き取って貰える」

一瞬だけバーディスは唇を噛みしめた。

母が亡くなってから残されたたった一つの形見。

悲しい時、寂しい時、辛い時、いつもあのメロディで慰め励まされてきた。

「それでも足りない、どうすれば……」

このカルム村の特産品である魔物の希少部位、瘴気に耐えてきた森林から採取した魔木材、特殊な薬効のあるレアハーブ、魔蚕から採取した魔絹、魔族の人達が魔物の体からコツコツと精製している魔石……はダメだ。

ベルトハルト帝国からの税金が凄まじすぎて、いつだって払うだけで精一杯なのだ。

いや、税金だけならまだ良かっただろう。

軍役に付かない魔族の人達へ課される特別税、奴隷解放代……他にも沢山ある理不尽な重税、それだけでカルム村はいつだって青息吐息だった。しっかりとした収入はあるのに、出て行く方が多すぎて。


 「バーディス、出征できる?」

16才の少年に、たった1人の弟に、残酷な事を言っている自覚はある。

だが、他に手段がない。

戦に往けば、一時金が貰える。

その代わり、死んでも遺族は何も貰えない。

バーディスは即答する。

「マリー姉さん、後を頼みます」

「無事にとは言わないわ。目が無くなっても手が無くなっても足が無くなっても……必ず生きて帰ってきて」

父の死の情報を得て、パニック状態だった友達のアンネがそこで我に返った。アンネは魔族で、私と同い年だったのもあって、ずっと仲良くやってきた。

先ほど、私達に父の死を知らせてくれてからも、泣きじゃくっていた。

「バーディス、マリー、何を考えているの?!」


 そうなると、今度はこの狭くておんぼろの領主館(と私達は便宜上呼んでいる)に魔族の人達が詰め寄せてきた。

 「お願いします、オレ達を売ってください!少しは金になると思います!」

 「絶対に往ってはダメです!」


 私達はしばらく黙っていた。


 いい人達ばかりなのだ。

 あまりにも過酷な人生を歩んできたのに、性格がちっともひねくれていない人ばかりで。

 父が出征する時も土下座してまで2人も付いて行ってくれたくらい。

 元々は私達の祖先が勇者なんかに負けちゃったから、こんな酷い目に遭わせているのにね。


 マリー姉さん。

 ええ、バーディス。


 私達は『1人だけ』バーディスへの同行を許可する事にした。



公式に父の死が知らされるまで、まだ数日の猶予はある。

貴重な働き手がこれ以上減るのは望ましくない、けれど魔族の人達の気持ちを蔑ろにはしたくない。

あの父でさえ、戻れなかった激戦なのだ。

だから『1人だけ』。


 「なあ、それって俺が行ってもいいか?」


想定外の予想外の声がして、領主館が倒壊しそうなほどに詰め寄せている魔族の人達をもそもそと押し分けて、彼は私達の前に出てきた。


 「俺って傭兵だし、少しは役に立つと思うんだけれど」


 彼はフリードという名の傭兵だ。人の身長ほどある巨大な白剣を背負って、父の出征後にこのカルム村へやって来た。

大事な捜し物があって、それがこのカルム村にあるとか……。

だが彼はここに来てから一度もその白剣を振るっていない。

いつの間にか、魔族の人達に混ざって斧を振るって木こりをやり、魔蚕の食べる腐桑の葉を集め、その内に私達と飲食を共にし、いつの間にか凶鶏の啼く前には弓矢を背負って出かけて、夕方には退治した巨大な魔物を背負って帰ってくる毎日を送っている。

「フリードさん、お気持ちは嬉しいのですがお断りしますわ。貴方も間違いなく最前線に飛ばされて……」

もしゃもしゃと黒い蓬髪を掻きながら、彼は首をひねった。深い空のような青い目がしょぼしょぼと自信なさそうに瞬いて、

「いや、俺はそれなりに強いから、バーディス君を守れると思うんだけどなあ」

「でも……」

「それに俺ならさ、この村から働き手が減る訳じゃないじゃん。ただでさえ重税でピーピーなんだから、そこは強がらなくたっていいんじゃないかなあ」

「でもフリードさん、僕達の父でさえ……!父は本当に強かったのに」

バーディスはそこで一瞬だけ泣きそうになったが、歯を食いしばって耐えた。

事実、そうだ。父は本当に強かった。先祖返りと言うのか、『魔王』に近しいほどの怪力を持っていた。母と出会ったきっかけだって、美貌の母に振られた事を逆恨みした当時の皇太子が凶悪な魔物を母へけしかけた、それを父だけの力でねじ伏せたからだ。


 正直、今でも信じられない。しんがりに1人残された程度で、父が死ぬなんて……信じられない。

「そうだな、噂通りならお二人の親父さんは強かった。正しく『魔王』みたいにな」

ぎょっとした私達にフリードさんは穏やかに微笑みかける。

「俺は『魔王』の味方さ。安心しなって」


 フリードさんは白剣の柄から小さな小刀を抜いた。同じ真っ白な鋼の色をしていた。

「一つ、頼みがある。マリーさん。この約束を守ってくれるなら、俺もバーディス君を守り抜けるぜ」



 「これがギーディ・オルハートスの戦死証明書です。同時にカルム男爵位は棄爵となります。もし爵位を継承したければ継承に関する諸費50万ダーを来月末までに支払ってください」

下級官吏はうんざりした顔で書類を渡してきて、それから命令するように言った。

「50万ダー……ですか」

予想していたより金額が多い。

30万ダーまではかき集めた。

悔しい、バーディスを出征させるしかないのか!

「僕が、出征します。出征手当はいくらですか?」

「ふむ。君は今何歳ですか?」

「18です」

……嘘を言わせてしまった。

「ならば成人していますね。成人には30万ダー与えられます」

「分かりました」

おかしい。私は青くなった。

バーディスは緊張していて気付いていないが、出征手当は父が20万ダーだった。

「父は20万ダーの出征手当を頂きました。どうして増えているのですか?」

決まっている。戦争が激化しているからだ。

下級官吏の不機嫌な顔が全てを物語っていた。

「……余計な質問はしない方が賢明ですよ」

間違いない。激戦になっているのだ。これではバーディスまで……!

頭が痛い。心が痛い。吐きそうなくらい頭が、心が。

でも涙さえ出せなかった。


 私は、たった1人の弟を犠牲にしてでも魔族の人達を守らなきゃいけないのだ。


「大丈夫だって」

下級官吏がこの村から去って行った後に、フリードさんの脳天気な声がした。

「俺がいるから、何とかなる」

「……父が、もし、生きていたら」

「いや、生きているよ?あの怪物が死ぬ訳ないって」

「でも、しんがりにたった1人……」

父は安易に捕虜の立場を選ぶような人ではない。

私達や魔族の人達がカルム村にいるから、絶対に選べるはずがない。

「マリーさんが俺との約束を守ってくれるなら、心配ないさ」



 バーディスが往ってしまった。フリードさんも共に往ってしまった。

……それと引き換えのように、皇帝サクラディス7世がこのカルム村へやってくると大騒ぎになった。

と言っても皇帝の行幸には時間がかかる。皇帝に相応しい迎賓館を建てるために魔族の人達が夜も昼もなく酷使され、何の労賃も払われない。

悔しい、悔しいとアンネも呟いていた。



 豪華な馬車が長い列をなして、警護の近衛騎士達、それに随行する贅沢な服を着て良い馬に乗った高位貴族達、でっぷりと太った高位聖職者達……。

私は迎賓館の近くで夜明け前から平伏して到着を待たされていた。

貴族達が平伏する魔族の人達に気まぐれに振るうムチの音、高位聖職者達が何てみすぼらしい村だろうと嘲っているのを遠くで聞きながら。

みすぼらしい村でも、父や母や弟との思い出があって、みんなで作ったみんなのための居場所だ。

貴様らに嘲られるいわれは何もない。

怒りで全身が煮えたぎるが、耐える。

ムチを振るわれているみんなの方が、痛いから。


 やがて……バラの花びらをまき散らしながら巨大な馬車が止まった。赤い絨毯が地面に引かれて……金銀と宝石で飾られた靴が私の近くまでやって来て、そのつま先でぐいと顎を無理矢理に上げられる。

肥え太った醜い矮躯の男、これでもかと着飾っているが陰険な性格だけは隠れていない。

「ほお……朕を拒んだあの女にそっくりじゃの」

「……」

黙っている。身分が下の私が許可無く発言すれば、それだけで処刑に値する罪にあたる。

「よし、朕の妾の1人としてやろう」

「……発言をお許しいただけませんか、陛下」

「お?ようやく朕に媚びを売るか」

下劣で気持ち悪い男だ。

「私はこの村の領主ですので、領主の仕事を弟に引き継ぐ間だけの猶予を頂けないでしょうか。その後で必ずお側に参ります」

「ホーホホホホ!」

皇帝は嗤った。居並ぶ着飾った貴族達も、高位聖職者達もつられるように嗤った。


 「そちの弟も従者の3人も既に死んだと言うに、誰に引き継ぐのじゃ?」


「……」

冷静にならなければ。

私は魔族の人達を守るんだ、この居場所を守るんだ、どんな手段を使っても!

だが皇帝は私が口を開こうとした瞬間、私を蹴り倒した。

「この村は今日、この時を以て廃村とする!魔族共は奴隷とし、精々、死ぬまで働け!」



 「もういい!」絶叫したのは私の背後にいたアンネだった。私を抱きしめて、「もうマリーだけ辛い思いをするのは嫌だ!」

「そうだ!」

念話によって瞬時に伝わったのだろう、魔族の人達が次々と私を庇いながら叫ぶ。

「マリーは良くやった!」

「そうだ!」

「もうオレ達のために苦労する必要なんて無い!」

「もういい!もう十分だ!」

私は呟いていた。無念だった。本当に、無念だった。

「みんな……!」


 近衛騎士達がすぐさま剣をかざして襲ってくる。

「無礼者共!」

「相手は奴隷だ!」

「皆殺しにしろ!」



 みんなが殺されようとした、その時だった。


私は『約束通り』に、カルム村の大地にフリードさんから渡された白い小刀を突き刺した。


――ズシン!ズゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!


凄まじい振動が辺りを襲った。

地震!?

「「うわああああああああっ!?」」

あまりの振動に立っていられず、誰もが地べたに転ぶ。

これは……地震じゃない。

古代魔法による……空間の共振動だ!


――辺りが白い光に包まれた。



 「お、成功したぜ!マリーさ~ん!」

どこか間の抜けているフリードさんの声、直後に抱きしめられて、私は意識を取り戻す。

――ここはどこ!?

私はパニックになった。

空に浮かぶ……カルム村?

「ここはラドバルド共和国の首都ラドバルディアの空中庭園の一角さ。古代魔法で空に浮かんでいるんだ、凄いだろ?」

「私の娘に触れるなああああああああああああああ!!!」

直後フリードさんが吹き飛ばされて……あれ、あれ、父さん!?

死んだはずの父さんが私を立たせてくれる。

ここは……天国なのだろうか?

「父さん、落ち着け!」

……どうやら私はもう死んだらしい。

バーディスまでやって来た。

「私、死んだのね……」

そう思うと、気が遠くなってきた。

「姉さん、落ち着いて。全員生きているから」

何だろう。

色々と理不尽と驚きが襲ってきて頭が混乱している。

「……説明してくれるのね?」

「ああ!勿論。まず俺が何をしたかって言うと……」

フリードさんが立ち上がって説明を開始した時、空間魔法を駆使したのだろうか、威厳のある男が突如やってきた。

護衛として、屈強な魔族の人達を連れている。

「おや。フリードリヒ、お前はカルム村の住人を丸ごと連れてくるとは言っていたが、ベルトハルト帝国の皇帝以下も丸ごと連れてくるとは」

「アルの兄貴、そっちは巻き添えってか、間違いなく事故だぜ。でも良いだろ?」

「ああ、良い交渉材料になる」

そして男は指示を出した。彼に従う魔族の人達は近衛騎士を簡単に制圧し、一網打尽に捕縛してしまった。

「朕に何をする!?朕はベルトハルト帝国の――」

皇帝サクラディス7世がしつこく喚いていたが、手錠をかけられてしまう。



 「さて。……貴女がマリー姫殿下であらせられるか」

それから男の人は私達にかしずいて、戸惑う私に告げた。

「私の名はアルベリヒ・デズモンド、フリードリヒの兄であります。『魔王』ジークハルト陛下の四天王が1人デズモンドにして、今はラドバルド共和国の大統領を務めております。ジークハルト陛下が『勇者』によって卑怯にも騙し討ちされた際には、大姫君や他の四天王や家臣をまとめ、サブライ山脈を越えてラドバルド王国に亡命致しました」

「……私達の先祖の……四天王だったのですね」

「はい。『魔王』ジークハルト陛下が『約束の力』の成就を私、デズモンドに託し、姫君達と婚姻の後に共有する……その約束を果たす前に、我々は亡命するしかなく、小姫君は混乱の中で行方不明となりました。そして……300年も過ぎた今、隣国との戦争の中でようやくジークハルト陛下と小姫君の御子孫を見つけ出す事が出来たのです」

そこでデズモンド大統領は安堵したように息をついた。

「……約束の、力……?」

私は呟く。

「下級魔族の者は『聖』の力に弱い。それこそ狭域の『念話』しか出来なくなるほどに、完全な人の姿を保てないほどに弱体化してしまう。……それの対抗策です。四天王の中で私が最も秀でていた古代魔法を駆使し、結界として『聖』の力への抗体を与える。このラドバルド共和国の全域に展開してございます。もはや発動者たる私の生死に関係なく、永劫に続く結界です」

ああ、丁度良くそこにサンドバッグがあります、とデズモンド大統領は私や魔族のみんなを微笑んで見渡し、皇帝共を冷たい目で見た。

「もうあなた方はそこの『皇帝共』にいくらでも危害を加えられますよ」


 「……おい」最初に動いたのは父だった。「貴様、どうしてカルム村にいた?」

捕縛されている皇帝の前に立ち、巨躯で圧倒しながら恐ろしい声音で訊ねる。

「ぶ、無礼であるぞ、男爵ごときが!――ぶべっ!」

父はあっさりと皇帝の頭を踏みつけて地面にのめり込ませた。

「父親のひいき目で見てもマリーは美人だ。皇太子だった貴様を拒んだヴァネッサによく似ている……だからだな?」

「ギーディさん!それだけじゃない!」アンネが叫んだ。「あたし達を奴隷に戻すって……!」

魔族の人達が同時に叫んだ。

「オレ達を庇ったマリーを足蹴にしたんだ!」

「そうだ、そうだ!」

「コイツらだけは許しちゃ駄目だ!」


 「ああ、殺してはいけませんよ」デズモンド大統領は微笑んだ。「殺さなければ何をしても結構です」


 壮絶な悲鳴と哀訴を伴奏に、デズモンド大統領はフリードさんを小突いて説明を続ける。

「フリードリヒは私と同じく四天王の1人で、小姫君の騎士でした。妹同然に可愛がっていた小姫君を失った事をずっと悔やみ、魔族の秘宝である『双剣』を持って陛下と小姫君の血を引く者の御子孫を探して300年の間……ベルトハルト帝国を彷徨っていたのです」

「これ……宝物だったのですね」

私は握りしめていた白い小刀を、ようやく手放せた。指が痺れていたけれど、すぐに治った。

「ええ、御子孫のみが扱える秘宝です。封印されている古代魔法によって、周辺一帯ごとの『転移』が可能になるのです」

「……フリードさんの持っている大きな白剣の方へ、この白い小刀の周辺一帯が……飛んだのですね」

「はい。今回はカルム村の皆様が暮らせるように空中庭園の一角を用意してありましたから」

それで私は天国に来たと二重の意味で勘違いしたのか……。


 「なあマリーさん」

フリードさんがおずおずと口を開いた。

「約束を守ってくれて……ありがとう」


『本当に辛くなったり、みんなを守れなくなったら、思いを込めてこれを地面に突き刺して欲しい。何も悪い事は起きないから、どうか俺を信じて欲しい』



 「これから私達はどうなるのかしら」

私は念のためにフリードさんに訊ねてみた。

「まずは戸籍だ、うん。カルム村のみんなの戸籍と、後は……ベルトハルト帝国で頑張っている同胞の分を」

「皇帝達を人質に交渉するのね」

「ああ。同時に戦線に圧力をかけて、今なら講和できると思わせて、代価に同胞の移住を推し進める。その辺は義姉さん……じゃなかった大姫君が恐ろしく強いから、任せる事になるかな」

「このラドバルド共和国はどんな国なの?」

「最初は人族が多かったんだけれど、魔族と共生していく内に混血が起きて、今は純粋な人族はほとんどいない。治安はそこそこ良いし、資源はあるし、土地も豊かだと思う」

「そう。じゃあみんなでお邪魔しても大丈夫かしら」

「大歓迎!」

とフリードさんは笑った。それから、私の手をそっと握ろうとして――返り血まみれの父とバーディスがすっ飛んできた。

「叩きのめすぞ害虫!!!」

「マリー姉さんに近寄るな!!!」

フリードさんは手を引っ込め……もしゃもしゃと蓬髪を掻いて、泣きそうな顔をして言い訳した。

「『何も』していないのに!」

その瞬間、フリードさんは父とバーディスに恐ろしい剣幕で詰め寄られる。

「「『何を』するつもりだった!」」


 およそ100年後、混乱期のベルトハルト帝国で恐ろしい病が流行り、人口の8割が亡くなった。国を維持できなくなったため、自然と帝国は瓦解し、いつしかラドバルド共和国の属領となっていた。

属領を支配したのはかつての『魔王』の子孫の一家であった。


その一家には忠実に使える魔族の騎士がいるが……彼の思慕が実るかどうかは果たして……今でも不明である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼の思慕は果たして実るのか 2626 @evi2016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ