元勇者は追放される

 アンヌは正面に集まっていた武器を持っていた群衆をレイピアによる突進攻撃で全て吹っ飛ばし、更に奥に向かおうとする。

 しかし、それを後ろから付いてきていた騎士の一人が食い止め少しだけ落ち着かせようとした。


「落ち着きなさい。下から彼の魔力をはっきりとかんじる。もう先頭に入っているはずだ。あのアビリティなら負けないだろう。それに彼は…」

「? なんですか?」

「アンヌ。質問だ。彼のご両親は本当にヒューマン族なのか?」

「はい。そのはずです。ですがどうしてですか?」


 アンヌの疑問に騎士は答えなかった。

 だが、騎士達は邪神と勇者、そして勇者が迎える末路とその結末の生末を知っていた。

 だからこそ、ジャックは死ぬという予想が絶対だったのだがから、だがそれが裏切られたという状況は最高司祭すら混乱させるには十分な内容だったからだ。


「知りたいんっスけど。どうして勇者って現れて大体は死ぬんすか?」

「勇者というジョブは選ばれた時から肉体は急速に死へと向かうらしい」


 アンヌはドアを開いて奥に向かおうと思ったその両手の動きを止めてそっと後ろにいる騎士に向けた。

 大きく開かれた瞳の奥には「説明しなさい」という気迫を感じてしまう突入メンバー達。


「…最高司祭から聞かされたことだが、本来ジョブという言葉は我々ヒューマン族しか使わないと。他の四種族はもとより生まれ持った才能があるからと。だが、それがない人間がこの力で満ちた世界で生きるためにはそれを受け止める『器』が居るんだと。その器こそ『ジョブ』なんだと。アビリティはそのためにあるが、それでも本来は無い力を使っているわけだから、予想を超える力は体が受け止められない」

「それがどうして…」

「邪神を倒すようなレベルの能力を行使できる勇者は役目を終えると同時に肉体が持たなくなり死ぬ。例外を除いて」

「例外ってなんスか?」

「勇者がヒューマン族以外から選ばれた場合。その唯一のケースが『ナーガ族』から選ばれた場合なんだ。その場合のみ勇者は助かる。ナーガはもとより体内に無制限の魔力を有する」

「それって…ジャック君の?」

「そうだ。ナーガ族の特徴は『褐色肌』で『高身長』で『男性のみ筋骨隆々』で『頭部には金属の兜を付けて外せない』ことなんだ」

「!? それって…! 今のジャック君!」

「そうだ。そもそも魔を有するジョブは存在しない! もし存在するならそれは種族固有ジョブと呼ばれているものでしかなく。ナーガ専用のジョブだ! 彼はナーガ人という事になる」


 アンヌは前に一歩踏み出して「ありえません!」と威嚇するように叫ぶが、騎士は決して引くことは無い。


「アンヌ様がどう言おうと結論は変わらない」

「だって私はジャックのご両親を知っているし、ジャックのご両親から生まれたばかりの写真を見せてもらったことがあるの! ジャック君は生まれつきのヒューマン族よ!」

「ですから。教会上層部も混乱しているという話をしているんだ。種族転生なんて聞いたことがない。場合によっては…」

「なんっスか? その嫌な言い方」

「彼は大陸追放になるかもしれない。種族を偽るという事は許されないことだ」


 アンヌは騎士に食って掛かろうとしたとき、アンヌを押しのけて誰かが飛び出てきた。

 アンヌは驚いてみてみると、騎士がライ司祭を右手でしっかりととらえていた。


「は、離せ! 殺されたくない!」

「殺さない。話を聞きたいだけ…」


 訳の分からないことばかりを言い放つライ司祭、その跡を追うようにメメ女王と竜になってしまった元国王が現れた。

 突然現れた状況に誰もが驚く中、元国王が「逃げるんじゃ!!」と叫んだ。


「あのナーガ人…この施設ごと全部吹っ飛ばすつもりじゃぞ!? 逃げろ! まずい…始まるぞ。ナーガが使う最上級無属性爆発呪文『メビウスインパクト』じゃ!」

「全員逃げろ!!」

「で、でも! ジャック君が!」

「安心せい! ナーガはあの程度は死なん! あれの頑丈さは異常じゃ!! ほれ、逃げるぞお嬢ちゃん!」


 美女に手を引かれて逃げていく中、足元が大きく揺れてく。

 その揺れは激しく高ぶるようなレベルへと高まっていくのだが、洞窟が崩壊しそうなほどの揺れにアンヌも流石に逃げたほうが良いと判断した。

 いったい何が起きているのかまるで理解が出来ないまま、洞窟を出た瞬間に洞窟が激しい発光と衝撃と共に洞窟を吹っ飛ばす。


「はぁ…やっぱりナーガ人だったのか? あれは」

「勇者がナーガ人とは儂は聞いていなかったが? 種族協定はどうしておった?」

「貴方は誰っスか?」

「儂か? 儂はファン王国元国王であるリアン・ファンじゃ。今はこんな美女じゃがな。儂も種族転生してしまったわい」


 騎士が絶句するのが目に見えた一同、一緒に突入したディフェンダーの面々ですら絶句しているのだからショックは計り知れない。

 アンヌは目の前で起きている出来事が脳内で処理しきれないまま、洞窟のあった方向を見る。

 そこには大きなクレーターと爆炎が上がっており、その中からジャックが大剣を握りしめたまま現れた。


「ジャック!」


 無傷なまま現れるジャックに飛びつくアンヌ、ジャックはそんなアンヌは抱きしめると、騎士は遠距離通信端末を取り出し最高司祭に事の詳細を報告した。

 ジャックはふと後ろを見る。


「すまん。やりすぎた。これでは追撃しようもないな…アンヌ? 背が縮んだか?」

「え? 嘘!?」


 リアンは長い金髪を後ろに無理矢理縛ってからアンヌをジッと見つめると、じろじろと見ていき、最後に胸を触ったところでジャックとアンヌの平手打ちを両方の頬に受けることになった。


「じょ、冗談じゃよ! うむ。どうやらお嬢さんは生体エネルギーが少しづつじゃが漏れ出しておるようじゃ。しかも…あと一か月ほどで全部漏れ出すぞ」

「父上! 私が!」

「抽出で強引に開けた穴は儂等ではどうしようもないぞ。これはナーガ族の範疇じゃよ。あれは様々な力に精通している一族じゃからな…それもあの騎士の動き次第じゃが…」


 リアンの言う通り騎士は最後に「分かりました」と通信を切ってからこちらを向く。

 その目を見たアンヌは嫌な予感に駆られてしまいジャックとリアンの前に立ち塞がろうとするが、それを押しのけてジャックの前に立つ。


「ジャック・アーノルド。リアン・フォン。最高司祭と教会の最終決定を通告する」

「はいはい。勝手にせい。どうせ自国民を殺している時点で犯罪者じゃ」

「俺もだ。何を言われるか分からないが、覚悟はしているつもりだ」

「ジャック・アーノルド。リアン・フォン。種族偽造の疑いが掛かっている。選択肢は二つ。今日中に『大陸から追放される』か『教会で逮捕されるか』だ」


 メメが憤慨したように前に出る中、それをディフェンダーの面々が止める。

 これにはアンヌも納得が出来ないという顔をし、騎士に突っ込んでいくが騎士はそんな彼女を人睨みで黙らせる。

 ジャックは「その前に」と一言聞いた。


「俺の家族はどうなる?」

「追放なら無罪放免。捕まるなら一緒に拘束だ」


 ジャックの中にある選択肢は消えた。


「ジャック・アーノルド。アーノルド姓を捨てて大陸追放を受ける」

「リアン・フォンも同じくじゃ。勝手にせい。じゃが、そこのお嬢さんはどうするつもりじゃ? 彼女…死ぬぞ。ナーガしか治せん」

「なら私も付いていきます!」

「……最高司祭からは『アンヌの治療を優先せよ』とのことだ。勝手にすると言い。ただし! 二人は今日中にでも船で出て行ってもらう。急いで飛空艇がやってくる。乗ってくれ」


 大きな音が周囲へと響き渡り俺達は上を見る。

 大きなプロペラを複数個と大きな風船のような物体を付けている飛空艇、メメは父親であるリアンの方へと手を伸ばして助けようとするが、リアンは手をヒラヒラと振るだけ。


「国民を頼んだぞ? 今更儂がおったらお前さんが困るだけじゃ。今ここにいるのはお前さんの国を襲った犯罪者であるドラゴン族のリアンじゃよ」

「ですが! 父上! こ、こんなのあんまりです!! 国として頑固抵抗の!」

「やめい。国が困ることを選ぶんじゃない。儂等の事は気にすることじゃないぞ。何…何処かには居場所があるわい」


 女王は全く納得が出来ないという顔をし、ジャックは一旦アンヌの方を見る。

 ジャックの両手には簡易式の手錠がされる。


「ジャック!」

「後で会おう。先にナーガの大陸に言っているよ…母さんと父さんによろしく伝えてほしい」

「分かった…後ですぐ追いつくからね!? 大人しく待っていてよ! 助けてくれるんでしょ!?」


 飛空艇に乗るジャックはアンヌの方を見て叫ぶ。


「ああ! 勿論だ!!」


 元勇者は大陸追放を受けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る