再開した幼馴染
すっかり雨は上がり駆け足になっていた足の血を癒しながら周囲への注意を決して怠らないアンヌは、同時にポケットの中へと手を突っ込んで荷物を探る。
最低限しか持ち歩かない主義ではなく、捕まっていた時彼女は荷物のほとんどを奪われてしまっていた。
武器と服だけは取り戻してから逃げ出したが、それでも全ての荷物を取り戻している暇はなかったのだ。
それでも途中で奪った食料、最低限の携帯食料を食いつなぎ、途中で川の水を飲んでここ数日を凌いでいたが、それもいよいよ限界に近い時が来た。
それでも、アンヌは漸くの思いでノアの村までたどり着こうとしている。
夕方から夜にかけてには到着できると己の心に言い聞かせ、折れそうな気持を奮い立たせてから最後の携帯食料を口に放り入れた。
すっかり惨めで哀れな姿になったと思っているアンヌ、幼い少女の姿だがそれでもアンヌは幼女と呼ばれる姿よりマシだと思えたのだ。
彼女が教会に立ち寄らない理由、それは逃げ出した状況にこそ意味がある。
勇者が邪神討伐に向かったと聞いて嫌な予感を走らせたのも、それが理由であることを彼女だけが知っていた。
彼女の肉体が幼くなった場所に居てはいけない人をはっきりと見てしまったのだ。
教会本部がある『アルノシア島』に居るべき司祭の一人を確かにこの目で見て、ある大男と話しているのを見てしまった。
「何を話しているのか分かりませんが…でも急いで勇者の邪神討伐を止めないと。あれは邪神討伐すら何か仕組んでいる」
アンヌは再び走り出す。
いったん落ち着いてから俺は自宅でじっくりと手元にある一枚の鑑定書という名の紙を上から下へとしっかり確認する。
固有アビリティである『神々の加護』は無視し、その下にある『魔術全能』から始まり『高速自動再生』『肉体最大強化』『威圧』という項目が異常に気になってしまう。
「魔術全能から…えっと。魔術に対するあらゆる能力と魔力の無制限の行使とそれを可能にする無限の魔力とそれを可能にする肉体の形成と反動で肌が褐色に変色する。ああ。それで褐色肌なのか」
う~ん。
特に困らないからいいかな、この村では目立つけど。
「高速自動再生? 自動再生とは違うのか? 高速ってことは…無制限に永久的な再生と常に肉体をクリーンな状態を維持する能力。もはやチート。次は肉体最大強化…これはもはや見るまでも無いけど。身長や骨格の強化だろうな。そして、最後の威圧だ。これは聞いたことがある。眼光や体から威圧感を放ち続けるというやつだな。同時に多少なりの魅力も放つはずだ…こそこそできない」
昔は出来たんだよな…こそこそ。
よく学校の学生寮から逃げては近くのスパに入り浸っていたころが懐かしく、それがもはやできないとなると少しばかり寂しい。
まあ、憧れの筋骨隆々の大男に成れたと思えば何一つデメリットに感じない、むしろなぜ多くの最高位のジョブの中からこれが選ばれたのか、むしろこれが選ばれないと俺は死んでいただろう。
魔神の拘束自動再生のアビリティがあるから俺は生きている。
自宅へと一旦持ち帰ろうと思って広場から退散しようとするが、無論村人がそんなことを許すわけがなく、もう夕方前からお祭り騒ぎ。
俺は村長に頼み一旦教会への報告を辞めてもらった。
正直教会に言えば絶対に俺を島へと戻そうとするし、そこから何日監禁紛いの扱いを受けるか分かったものじゃない。
数日は大人しくゆっくりと過ごすつもりでいるし、その後自分で教会本部へと向かう気でいる。
村長は一言「分かった」としか言わなかった。
きっと俺の気持ちを最大まで組んでくれたし、それこそ村長もこのお祭りムードを台無しにしたくないのだろう。
幸いこの村は教会が無い村だし、俺が言い出さないと困りはしない。
村中で篝火が焚きあがり、あっという間にお祭りが始まると飲め食え騒げの大騒ぎへと発展していく。
「ねえねえ! ジャックお兄ちゃん! 敵との戦いの話を教えて!!」
「ずるい! 僕も聞きたい!」
十代前後の幼い子供達が俺の周りに集まってくるわけだが、子供には威圧が通用しないのか、いや違うなと言い聞かせる。
この子達や村の人達は俺が威圧なんて放っていないと分かっているのだ。
俺は子供達に俺の戦いの記録を語りだし、子供達は一つ話すたびに複数の質問が飛び交い一向に話が進まないが、それでも楽しく飲み食いが出来た。
子供達が持ってくるオレンジのジュースや肉の串焼きも食べていて飽きなかったし、何より帰ってきてよかったと思える人時だった。
子供達に語り続けること三時間、飲んだり食べたりを繰り返していたが、流石に飲み物を飲みすぎたと身震いを覚えた。
子供達も夜遅いと親御さんに連れられて家へと帰っていき、俺はこっそりと祭りから抜け出して草むらへとかけていく。
この際野ションでもいいと思っての行動で、一頻りすっきりさせてから「ふう」と落ち着くとそのまま祭りに戻ろうと踵を返そうとしたとき少し離れた草むらが確かに揺れて何か乾いた枝を踏む音が聞こえた。
小動物だろうかと思っているが、にしてはやけに音が大きかった。
時刻は夜に入ろうとしていた時で、村の大人達は更に騒ぎを出しており、俺も含めてお酒がすっかり入っている。
多分顔が出ていたら間違いなく俺の顔は赤いだろうが、問題なのはそんな時刻に子供か? と思った点である。
心配になって俺はふと草むらをかぎ分けて音の正体をその目で見た。
カールが掛かったフワッとした金髪に赤いカチューシャ、元々は清楚な上下の綺麗な服だろうけれど身の丈に合わなかったのか途中で千切っている。
腰には不釣り合いな一般サイズのレイピア、足元は何も着けておらずその癖に足元は綺麗だったりするのでおかしい。
普通足に何も着けていないと傷なりでボロボロになっていてもおかしくはないが、ていうか何処かで見たことがあるかと思っていたがアンヌに似ているんだ。
最も俺の知っているアンヌは百八十センチの巨体だったはずだ。
「え、えっと…わ、私! あの…」
慌てたようにあたふたと両手を振りながら何を訴えようとする素振り、その幼い声以上にインパクトがあったのはレイピアである。
聖女に選ばれたときに彼女が教会から貰った特注品の装飾は見間違いようがない。
「ま、まさか…!?」
アンヌは夜が更け始めてきた中、何とか村を迂回する形で入ってきた。
小麦畑で身を隠しながら進んでいく中で、心の中では「こんな形で幼くなった事が役に立つなんて」と皮肉を口にした。
遠目にもわかるほど村はお祭り騒ぎ、アビリティの一つである『長距離傍受』で音を確認するのだが、その時本気で絶望した。
中途半端に傍受した音の中には確かに『勇者が邪神を討伐した』という内容があったからだ。
「そ、そんな…もう終わった?」
本気で絶望仕掛け涙を流しそうになっている中、誰かが近くまでやってきたのが分かり身を屈んで隠す。
すると音からそこで立ちションしていると分かり立ち去りたい気持ちで一瞬足を一歩下げると、乾いた枝を踏みぬいて音を鳴らし体制を少し崩して草むらを動かした。
アンヌは「やってしまった」と思って身を屈みながら俯いていると、野太い「誰かいるのか?」という声、草をかき分ける音と共に褐色肌の大男が出てくる。
顔は黒い金属製の兜を被った筋骨隆々の二メートル越えの大男、凄い威圧感を全身から放っているのだが、アンヌは幼い身になったことで耐性が無くなったのか本気で恐怖した。
とっさに何とか言い訳の言葉を探っていると、タンクトップ姿で露出している両腕、両肩から両手の甲にかけて伸びている刻印が…勇者の刻印が見えた。
(え? 勇者の刻印? 前任の勇者は百年前だし今代の勇者は小柄のジャック。こんな大男じゃない。でも…勇者の刻印を持っているし、でも野太すぎるし大きすぎる。でも…)
アンヌの心は認めている。
この大男はジャックなのだと。
「ま、まさか…アンヌ!?」
「ま、まさか…ジャックなの!?」
「どうしたんだ!? その体!?」
「どうしたのよ!? その体!?」
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