無制限の悪夢

 翌日に俺はアンヌが言っていた場所へと足を運び、そこにある天然の洞窟に手を加えたような場所へと入り込むことになった。

 見張りは無く外には人っ気が無い場所だが、奥からは多くの人間の気配を感じて警戒を表にしそうになる気持ちをぐっと堪える。

 中はひんやりとした空気が流れていて、奥に進むにつれて冷気が漂っているような気がするが、それも一つの大きな金属製のドアの前までで終わった。

 奥からはっきりと感じる殺気に似た気配、こちらがやってくるのを待っているという感じの視線や気持ちを体で感じ、覚悟を決めてドアを開ける。

 金属製の両開きの大きなドア。

 三メートルを超えるオーク族が出入りすることを想定されているかのような巨大なドアをゆっくりと開き、奥へと入っていくと中には多くの兵士が銃口を、奥にはアンヌが言っていたガタイの良い強面の大男と肥っているアーノルド司祭と同じ司祭服を着ている男、そしてそんな司祭にのど元にナイフを突きつけられている女性。

 女性の方は口に猿ぐわを付けられており、喋ることが出来ないまま何かを俺に訴えているような、そんな空気を感じた。


「そこまでだ。元勇者ジャック。そこから先に進むことは許さない」

「なぜ。俺が勇者だと? まだ世間的には俺が生きていることは喋っていないはずだが?」

「別に。此処に来る者が居るならそれはアンヌ自信を除けば君が最有力候補だからね。ちなみに私は本部で司祭をしている『ラン司祭』だ」

「私はファン王国国王であるライノルド・ファン。一か月前に王位を受け継いでいる」


 ファン王国は女王がトップだったと記憶しているので、やはり王位簒奪が起きていたということになる。

 ライノルドと名乗っていたガタイの良い強面の男は腰から抜いた大きな剣を抜き、口を封じられている女性に対して刃先を向ける。


「剣を捨てろ。服をパンツ以外全て脱げ。武装していないと証明しろ。出なければこの先の人質の無事は補償しない」

「言う通りにしろ! 騎士団が来たらどうするかと思ったが、お前程度なら人質作戦で攻略できる」


 ここは作戦通りに言う通りにするしかないので、剣を投げ飛ばしそのまま一枚一枚と服を脱ぎ捨てていく。

 パンツ一枚になった状態で褐色肌が露出されるが、別段恥ずかしいとは思わなかった。

 するとオーク族が俺に近づいてきてそのまま背負っていた金属の物体を『ガチャン』という音と共に降ろした。

 Tの字のに伸びている金属の板を組み合わせて作られており、端っこには鎖が通っている穴があけられている。


「その上に立ち自分の両足と両手に拘束具を付けるんだ。抵抗するなよ? お前が最大の脅威なんだ…」


 全員の緊張が一層高まり、俺は黙って金属の板の上に乗りまずは両足に拘束具を付けてから両手につける。

 そうして待機しているとオークが足元の鎖を引っ張って俺の足を真横に向けた状態で固定させた。

 そうしていると、俺の両腕を今度は真上へと持ち上げていき俺の体はTの字で拘束される結果になる。

 アビリティを封じる金属が使われているようで、そのままオークは俺を引きずりながらライノルドと名乗る男の元へと歩いていく。


「よし。このまま下へと降りるぞ。お前達も職場に戻れ! 近日中に薬品を完成させる」


 ライノルドの叫び声で一斉に動く人々の中、フードを深めに被っている細身の男と思われる人物がライノルドに話しかける。

 

「この男をどうするおつもりで? いった通り神々の加護を持っている奴は抽出しても最悪な劣化版だけ抽出されるだけ」

「そんなこと分かっている。こいつには別の薬品のテストをしてもらう。パッと見た感じ頑丈な肉体を持っているようだし、少々無茶をしても大丈夫だろう」

「なるほど。では私は部屋に戻らせてもらいます」


 何処かへと消えるフードの男、それを忌々しそうな顔で睨みつけるライノルドとラン司祭、あの男だけは纏っている雰囲気がまるで違う。

 石造りの床は適当に作られているのか、オークが俺が乗っている拘束具が引きずるたびに振動がお知りにやってくる。


「おい! デカブツ! 背負え!!」

「態度のでかい奴隷だな。オーク。背負ってやれ。五月蠅くて叶わない。後であれを許可してやる」


 オークは仕方なさそうに俺を背負うとようやく不快な振動から解放され、そのまま地下三階まで連れていかれた。

 地下三階の一番奥、天井につけられた明かりだけが唯一周囲を照らしており、オークは片手で大きなドアを開く。

 すると先ほどの部屋より更に大きな一室へと辿り着いた。

 部屋中に付けられている戦闘痕を見る限り、アンヌが言っていた戦っていた場所はここの事だろう。

 そして、更に奥のドアを開けるとそこには三つの牢獄が用意されていた。

 一番奥には真っ赤な竜が閉じ込められており、俺は入ってから右側の部屋へと連れていかれる。

 俺の対面の部屋には幸薄そうな真っ赤な髪の女性が、ぼろ布を着た状態で両手足を拘束された状態でへ垂れ込んでいる。


「ライノルド。もうやめてください! お父さんを元に戻して!」

「ふん。これだから姉上は困る! まだお前には役立ってもらうからここにいるだけだ」


 姉弟で一番奥にいる竜は姿を変えられた父親ということが分かった。

 ライノルドの指示のもと俺の体は部屋の中心にぶら下がっている状態になってしまう。

 なかなか惨めな姿だ。

 少なくとも女王陛下の前でする姿じゃない。


「その人をどうするつもりですか!? まさかその人まで抽出を!? 辞めなさい! 貴方は人体に対する抽出の危険性を知らないのです!」

「黙っていろ! こいつは抽出しない。そもそもこの部屋はそのために作られていない。こいつは薬品のテストだ。オーク。好きなようにやれ」


 そう言ってライノルドはオークに拷問用に作られている鞭であるキャットオブナインテイルと呼ばれるものを手渡す。

 もう、それを見ただけでこれから起きることが想像できたが、案の定オークは力一杯に俺の腹めがけて無理を振りぬいた。

 鋭い痛みを歯を食いしばって耐え抜くが、微かに漏れる「うわぁ」という音はオークをその気にさせたようで、そこから三十分近くの鞭打ちという拷問が始まる。


 自動高速再生が機能していないのでこの三十分近くの鞭打ちで、体中が蚯蚓腫れ状態になり、蚯蚓腫れを探す方が難しい状態になっている。

 ライノルドはすっかり黙り込んだ俺の首元に薬を打ち込んでから「三十分後に来る」と言って全員を引き払ってから出ていった。

 女王陛下は策に手をかけて俺に話しかけてきた。


「大丈夫ですか!? 今薬を…」

「ええ。なんの薬か知りませんか?」

「いいえ。多分ここで作っている薬の一つだとは思いますが…」


 女王陛下は考え込むようなそぶりを見せた時、フードを被っている細身の男が現れた。


「今打ち込まれた薬は拷問用に開発された奴さ。肉体が受けている傷口に様々な痛みや苦しみを再現させるというものでね。先ずは五分間の熱地獄。まるで焼き鏝を押し付けられたような痛みが走り、その五分後に傷口が冷えていくんだ。それはまるで吹雪の中裸でいるような痛みらしいよ。その後更に五分後に傷口に雷に打たれたような痛みが走り、その更に五分後に風で身を切り刻まれるような痛みが、その五分後に今度は岩で皮膚を削られるような痛み、最後にその全てが同時に襲ってくる」


 実に楽しそうにこれから起きる出来事を話し出すその顔がまるで見えないが、最後とばかりにフードを外すと、真っ白な髪に顔の右側に不気味な刺繍が掛かれている不気味な顔つきの優男が現れた。


「普通途中でショック死するんだが、君は体が頑丈なうえ封じられているアビリティのおかげで中は無事だ。だから死ぬことも出来ないままひたすら痛みを絶えないとねぇ!?」

「ノルヴァス! その人を痛めつけてなにをするつもりですか!?」

「言ったでしょ? 薬品のテストらしいですよ。言っておきますけど。僕は関係ないですからね。この人がこの後やってくる仲間も僕には関係のない話だ」


 驚きでノルヴァスと呼ばれていた男の方を見る。


「ははぁ!! 安心すると良い! 言わないからさぁ! そろそろ彼らを始末しようと思っていたんだよ!」

「貴方の目的は何ですか? 一か月前貴方がやってきて全てが変わり果てました」

「言ったでしょう? そもそもこの計画の基礎はあの二人が復習という名目で始めていたもの。それを僕好みに、そして僕達の目的に沿う形に変えているだけさ! それはそうと…ジャック君だっけ? 汗凄いよ?」


 ノルヴァスの言う通り俺の体は恐ろしい量の汗を搔き始めているのだが、それだけ今熱いのだ。

 周りに炎を近づけられているような、己の身が炎で燃えているかのような気がする。

 次第に焼けるような痛みが増していき、耐えられなくなった俺は雄たけびを上げた。


「ウオォォォ!! ガアァァ!!! アアアアア!!!!」

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