野心の始まり

 暑くてまともに思考が纏まらないまま時間が過ぎる中、俺は一分ほどで咆哮を上げるのだけは止めることが出来るようになったが、それでも吹き出ていく汗はすっかり俺の足元に水溜まりを作っていた。

 ノルヴァスと呼ばれていた男は最後に笑顔で「頑張ってね」と心にもない言葉を吐き出してから去っていく。

 俺にとってはそれは呪いの言葉だった。。

 こんなことがあと二十九分、しかも五分毎に違う痛みが襲うというプレゼントを前に気がおかしくなりそうだが、こんな時だからこそ俺は提案してみた。


「女王陛下。このような状況で申し訳ありませんが、貴女のお話を教えてくれませんか? 多少気が安らぐと思いますから…」

「……分かりました。それで貴方が多少なり助かるなら。私はメメ・ファンと申します。本来であれば女王を名乗っていました。一か月前にライノルドが王位を簒奪するまで。もう知っている通り奥にいる赤い竜が私の父です。竜に変えられたのです。隠居していた所を襲われたと聞きました」


 汗が噴き出る中でも俺はそっと赤い竜を見てみると、あれが前任の王だとは思えなかった。

 というか全く似ている部分がない。


「城下町に突然現れた赤い竜を引き連れたライノルドはあっという間に城を制圧、衛視達を捕獲しながら奥へと進み、最後に…私は国民の安全と引き換えに陥落を受け入れました」

「い、今…衛視達を捕まえたと言いましたけど……衛視達は今?」

「おそらくこの上の階で魔力などの抽出されているでしょう。ライノルドは私達一族が使える周りのエネルギーをコントロールする力で、体内にある魔力などの力そのものを絞って抽出しているようです。これは禁忌とし父は私に「生物に使ってはいけない」と何度も言い聞かせてくれました」

「なぜ? …!?」

「だ、大丈夫ですか? 今度は鳥肌が…」


 寒くなってきた。

 次第に寒さで痛みが走り、実際に冷えているのか肉体に付いていた汗が塩の結晶へと変わり果てる。

 次第に吐き出す息も白くなっていき、全身が寒さで白くなっていく気さえする。

 無論褐色肌が変わっているわけではないが、寒さでおかしくなりそうだった。

 流石に痛みで悲鳴を上げることは無かったが、それでも上げそうなほど痛い。


「つ、続きを…早く…」

「はい。環境を操る力が私達の固有アビリティでこれは竜から授けられた固有アビリティだと聞いています。ライノルドは「自分こそ王にふさわしい」と何度も父に直談判したそうですが、父は「お前には欠けているものが多すぎる」と反対し、私が選ばれました。一度は嫌がった身でしたが、それでも多くの国民から頼られて行きながら、悩みながらやりくりしていく内にやりがいを見つけることが出来ました」

「そこでライノルドが?」

「ええ。ライノルドは抽出する装置とそれを薬品に変える技術者を雇っていましたが、その技術者こそあのノルヴァスと呼ばれていた男でした。あの男がライノルドとライ司祭に接触したことで復習が現実になったそうです」

「復習?」

「はい。ライ司祭は元より父との仲が悪く、そういう意味で二人の目標が一致して始まったこの復讐。多くの人を巻き込んで…今度はどうしました?」

「き、気にしないでくれ…」


 今度は雷が体中を走っているような痛みがやってきた。

 ノルヴァスがどういう経緯で接触したのかはメメ女王にも分からなかったらしく、ここに閉じ込められて一か月。

 ずっと食事をしては寝るだけの寂しい生活、同時に上の階から聞こえてくる悲鳴と竜になった父の叫び声を聞きながら苦しんでいたそうだ。

 そんな話をしている間に今度は風に切り刻まれていくような痛みが走り、その後は岩で削られるような痛みで悶える。

 もうメメ女王陛下の話では気が紛れなくなりそうになるが、同時にこの痛みこそ魔術で与える痛みではと想像に居たり、同時に魔術とは『妄想の具現化』であるという意味を理解できた気がした。

 それでも痛みに耐えられそうな気がしない。


「はぁ…はぁ…」

「大丈夫ですか? 後…五分だと思います」

「ということは最後にぃ!?」


 暑い、寒い、痺れる、切り刻まれる痛み、削られる痛みが同時に襲い掛かってくると、体もそれに反応するように汗が噴き出ながらそれが体温で凍っていく。

 そうだ通貨くだけでも無視しようと思い自分の意志で痛覚を切ろう試みる。

 すると、次第に痛みが引いていくのが分かり、汗は止まらないし寒さによる息の白さも変わらないが、先ほどより楽になった。


「大丈夫です。それよりそろそろ仲間が救出作戦を開始するはず。俺も動きますから…」

「私の事は…お気になさらず」

「駄目です」

「父をおいて逃げることが出来ないのです。国民の全ては自分達を襲った竜が前任の王だとは知りません」

「それでもです。意識を取り戻す方法はあるはずです。違いますか? それともここで諦めますか?」


 すると上の階から爆発音とそれに続くように戦闘音が地下三階にも聞こえてきた。

 俺は手錠をまずは解除する為に魔力をコントロールしてから、鍵を解除する。


「どうして?」

「あらかじめ騎士団に頼んで俺の腕にだけこの金属の耐性を作ってもらったんです。流石に全てのアビリティの封印を解けるわけじゃなく、あくまでも魔術全能だけ微かに使える状態にしてもらったんです。さあ。脱出しましょう」


 俺は両足の拘束を解いてから地面に着地する。

 汗で全身おかしくなりそうだが、この不快感を耐え抜き鍵を魔術で開けてから女王の牢屋も開放し、拘束具も解除してから部屋から一旦出る。

 すると大きな部屋の対面のドアが同じタイミングで開き、俺の腹に俺の剣が刺さった。


「誰が逃げていいといった!? 貴様わざと捕まったか!?」

「今頃気が付いたのか? わざわざ捕まりに行く馬鹿が居るわけないだろう?」


 メメ女王は俺に「だ、大丈夫ですか?」と聞いてくると、俺は女王に「大丈夫ですよ」と言って彼女から少し離れて壁を背にする。

 すると、ライノルドという男は地面を強く蹴ってから俺の体に突き刺さった大剣を俺の体ごと壁に突き刺した。


「貴様は殺す!! この俺の計画を邪魔しやがって!」

「その前に聞きたいことがある。どうして聖女を狙った? 探りを入れたからが理由じゃないだろう?」

「…フン。バレたからだ。俺の娘が聖女に選ばれた時からいずれ殺すと思っていたが、俺達がしようとしていることに気が付いた。だから…」

「体の生体エネルギーを抽出してそのまま殺したのか!? 他の三人の聖女と一緒に!? 自分の娘を!?」

「父親に歯向かうからいけないのだ! この父に!! 聖女に選ばれそうになった時、辞めておけば!!」


 そんな理由を娘を殺す父親がいるものか、俺は突き刺さった剣など全く気にせず前に一歩踏み出すと、突き刺さっている部分から更に血が流れていく。

 痛みが走るのを俺は痛覚を無視することで克服、男の目の前まで歩み寄る。

 そして、強く睨みつけてから俺は右手の平に魔力を集めて力一杯ライノルドを叩いた。

 力だけでは証明しようのない力でライノルドの体は壁に強く打ち付けられ、俺は腹に刺さった己の剣を抜いて振りぬく。

 剣は淡い光と共に俺に何かを語りかけているような気がするが、俺はもう一人ライ司祭の方を強く見つめると、ライ司祭は俺の体と振りぬいた剣が淡い光を放ったところで何かに気が付いたのかしゃがみ込んで俺の方に指を指したまま動かない。

 だったら無視をするだけだと、剣を強く降りぬいて刃先をライノルドに向けた時、ライノルドはポケットから一つの便を取り出した。


「ふざけるな…ただのヒューマン族の大男が!」


 そう言って便の中身を全部飲み干して見せると苦しみ悶え始めた。

 さっさと切りつけようと思って地面を強く蹴り剣を振り下ろすと、ライノルドの右腕がありえないほどの大きさへと変貌し、俺の体を力一杯反対側へと吹っ飛ばした。

 全身に強く打ち付け、女王は俺の方を見ながら「大丈夫ですか?」と尋ねて一歩前に出ようとするが、それを俺が阻止て剣を向けなおすのだが、そこに居たのはもはやライノルドという男をモチーフにしたただの人型の化け物だった。


「ラ、ライノルド? あ、貴方……その姿は!?」

「ウガルァァ!!!」

「下がるんじゃ!メメ!」


 一人の美女が突然その場に現れ、女王を馴れ馴れしく名前で呼び、その上角まで生やしている。

 無論女王も女王で「ど、どなたですか?」と真剣に問い尋ねるが、俺はその時漸くその美女の正体が分かった。


「貴方のお父上ですよ! ドラゴン族は単一で種を残すのでみんなメスなんです! ドラゴン化した際に女性に変換しているです」

「お父様なのですか!?」

「そうじゃ。このナイスバディはわしの体じゃ! もみ放題!」

「お父様ですね」


 落胆する女王、どうやらあれが素の性格らしいと思うと正直残念な気がしてならない。

 しかし、素早く真顔になる元国王は真剣な眼差しでライノルドだった化け物を見る。


「この状況はなんじゃ!? 洗脳から解放されてみてみれば、何故ナーガ族と化け物化しているライノルドが成立するんじゃ!? そして、何故あのナーガ族はパンツ一丁なのじゃ!? ま、まさか!? メメ!」

「ち、違います! あの方が此処から脱出する為にわざと捕まりに来たのです。その際に服を奪われたと…それよりナーガ族とは?」

「知らんか? あれはナーガ族じゃろう? 顔を覆う外れない鉄製の兜、褐色肌に背の高い筋骨隆々。ナーガ族の男性の特徴じゃ」


 俺がナーガ族?


「待ってくれ! 俺はヒューマン族の両親に生まれたんだ! ナーガとかいう種族じゃない!」

「………それはナーガじゃと思うが。それよりライノルドは何をした!?」

「知らない。瓶の中身を飲み干した!」

「ま、まさか他者の魔力を無理矢理体内に入れて暴走させたのか!? グヌヌ…馬鹿者が…人体抽出にまで手を出したかと思えば。そこのナーガ人!」

「ジャックだ! 元勇者のジャック!」

「ジャック! 殺してやってくれんか? ああなったらもう助からん!」


 そういう話なら俺は本気を出さない理由にはならないと剣を向けて走り出していった。

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