ザ・スティールタイム

お白湯

ザ・スティールタイム (台本)



-登場人物


-怪盗ハックルハック=怪(女)

-アンブレラ伊藤=ア(不問)

-風間総一郎=総(男)

-風間千早=千(女)



千「今は無き老木である恋桜が、咲き乱れる様子を収めた1枚の絵画がある。その絵画に描かれていた物は桜の木だけではなかった。散りざまも絢爛たる美しい花。鳴き声遠くその姿も愛でられる鳥。桜の花びらを散らす風。夜を彩り闇を照らす月。その絵画が収めたものは『花鳥風月』。」

千「画家の名前は風間総一郎。美しい風景画を好んで描き、数々の賞を取り、美術界で輝かしい成功を収めた彼にも悩みはある。花鳥風月よりも素晴らしいとされる作品が描けなかった事である。」

千「そんな彼の個展に一通の手紙が届く。それは犯行予告であった。手紙の内容はこうだ。」

怪「予告状。今日の夜、花鳥風月を頂戴しに参上致します。怪盗ハックルハック。」

千「個展は急遽取りやめられ、花鳥風月は自宅へと移送が決まったのだった。」

*

総「僕の名前は風間総一郎。油彩の風景画家だ。美術界では、僕の事を現代のクロード・モネと呼ぶ。今日は個展の日だったが、僕の1番の作品である花鳥風月に対して予告状が届いた為、念には念を入れて個展は中止にしたのだ。何やら最近、巷を賑わせている怪盗のようでメディアがこぞって僕の元に取材に来ていたのだった。」

総「如何に人気がある怪盗であろうと、盗人である事には変わらないのです。僕は僕の財産を護ります。そして、美術界の財産でもあるこの花鳥風月を護ります。決して、盗人などに屈してはならんのです。」

怪「ふふーん。ねぇねぇ。アンちゃん。Twitterのニュース見て見て。風間総一郎さん、凄いやる気になってるみたいだよ。今回の警備は今までで1番だって。警察もやる気が違うみたいだね〜。」

ア「現代名画が相手となれば、警察もおちおちしてられないわけですな。ハック。わたくし達の目的は花鳥風月を頂戴する事。ダメですぞ。遊びすぎては。」

怪「分かってるよ。アタシに任せて。でも、この絵なんだか、おかしいね。確かに名前の通り花鳥風月は花鳥風月だよ。美しい物を随所に集めた絵なんだけど、普通全部が揃う事なんてあるのかな?」

ア「はて、創作とは無い物を描くから、美しく見えるのかも知れませんな。現実的な絵よりも、理想を追求した結果なのかも知れませんぞ?」

怪「それが逆に違和感を感じさせるんだよ。今まで、総一郎さんは現実にある風景を、叙情的に描く事で有名な画家さんなんだ。でも、この絵だけはタッチこそ同じであるにも関わらず、コンセプトは全く違うんだ。」

ア「確かに桜の季節なら空は霞むものだし、満月の夜にウグイスと言うのも、おかしな取り合わせですな。」

怪「まあ、でも綺麗な事には変わりはないよね。それじゃあ、まずは風間家の一人娘の千早ちゃんに変装して潜り込むよ。へーんしん!とぅ!」

怪【千】「うんうん、いい感じだね。アンちゃんも折り畳み傘に変形してね。」

ア「了解しましたぞ!チェンジ!スニーキングモード!」

ア「説明しよう!わたくし、アンちゃんことアンブレラ伊藤はスニーキングモードになることにより、折り畳み傘に形状を変化させ、いつでもどこでも忍ばせられる、持ち運びに便利な雨の日の強い味方になるのであーる!」

アは着替えで身長だけが変わる

怪【千】「さーて、準備完了!いざ、花鳥風月を頂戴しに行っくよぅ!」

ア「レッツゴーですぞ!」

千「お父さんはいつでも孤独を愛しているような気がしている。犯行予告が出ているというのに、今も自室のキャンパスに向かっているのだろう。そんなお父さんの姿を見ていたお母さんは何年か前に、この家を出ていった。私も一緒に着いて行く事を考えたが、当時高校3年生だった私は美大への受験を考え、残る事を決めたのだった。」

*

ノック・ドア

総「なんだ?」

千「お父さん。」

総「あぁ、千早か。」

千「お父さん、今日はもうやめといた方がいいよ。もう描くのはやめて休もう。」

総「まだダメなんだ。これではまだ…花鳥風月を超える事が出来ないんだ。」

千「もうそんな事いいよ。怪盗だって来るって言ってるんだよ。」

総「そんな事とはなんだ!父さんがどれほどこの作品に思いを込めているか、お前は分からないのか!」

千「…ごめんなさい。でも、お父さんその絵を描いてから、ずっとそればっかり…。今日はもう…。」

総「あぁ、すまない…。千早。心配かけて悪いな。」

千「あ、うん。」

総「大丈夫だ。描き終わったら、ゆっくりしよう。」

千「うん、私はそろそろ休むね。あまり無理しないで。おやすみ。」

総「あぁ、おやすみ。」

総「すまない。千早。でも、これだけは譲れないんだ。心配をかけて悪いとは思ってるが、この絵だけは、どうしても描き終わらないといけないんだ。」

千「お父さんとは最近ずっとこんな調子である。こんなやり取りは日常茶飯事で、私にとって花鳥風月は、いつからか嫌悪の対象となっていたのだ。いっその事、あの絵が無くなってくれたらどれだけ良いかと…。そんな時に舞い込んだ怪盗騒ぎだった。」

*

怪「さぁて、潜入成功。順調順調。ここが倉庫だね。わお。すごい。見て見て、アンちゃん。絵がいっぱいだよ〜。」

ア「声が大きいですぞ。お目当ての品を頂戴して、早々に退散致しましょう。」

怪「アンちゃんはお堅いな〜。せっかく現代のモネのお宅にお邪魔してるんだから、少しは観光したってバチは当たらないよ。」

ア「だから、遊びは程々にと来る前に釘をさしておいたのに、あなたって方は。」

怪「ねぇねぇ、これだけやたら紙に包まれている絵があるよ〜。ふむふむ。これ、花鳥風月ってメモ書き付いてるよ。」

ア「ハックお手柄ですぞ。これを持って早いところ…って、あぁ!そんな雑に包装開けたら絵が傷付いてしまうでしょ!」

怪「大丈夫、大丈夫。中身を確認しなきゃ。どれどれ?」

ア「現代の至宝をそんな扱いするんじゃありません!あなたという方は、いつもいつも無茶なことばかりして。見届けるわたくしの身にもなって頂きたい!いいですか。怪盗たる者、華麗でありながら繊細に、そして、蝶のごとき儚い調べで夜を舞い、猫のようにしなやかにくぐり抜け、粉引きのように誰にも悟られず頂戴する。あなたにはその自覚が足りない!わたくしは先代さまにお仕えしていた時から、この身を全て怪盗に捧げてきました。…。」

怪「なにこれ!?これじゃ、まるで全然違う絵みたい!」

ア「ん?どうされましたか?」

怪「見て、この絵。」

ア「なんと!これが花鳥風月?まるで不吉の象徴…。しかし、この構図は展示されていたものと変わらないような…。」

怪「うーん。桜はもう散り際でほとんど花は咲いてないし、血のような赤い月。枝には鳥がいるけど、なんだろ?描かれているこれは虫?なんか枝に付いてる。なんだか空も仄明るいというか…。」

ア「そして、何よりもこの木に横たわっている白骨ですな。」

怪「…不気味としか言いようがないね。」

ア「ふむ。どうやらこれは調査が必要そうですな。」

怪「ふふふっ。もう1枚の花鳥風月。誰の絵なのか。そして、どんな意味が込められているのか。アンちゃん!ワクワクだね!」

ア「そんな輝いた目をして、また余計な事にまで首を突っ込むのだけは、勘弁願いたいですぞ。」

怪「分かってるよ。アタシに任せて。この絵は少し置いといて…っと。あ。」

ア「あー!」

怪「っとととと。」

転ぶ音

怪「イタタタ。良かった。絵は無事だった。」

ア「もう、そそっかしいと言ったら無い。大丈夫ですかな?」

怪「大丈夫。さあ、調査に行くよ。」

ア「待ってください。ハック。今の物音で誰かが近付いて来る気配が…。隠れますぞ。」

ノック

総「おーい、誰かいるのか。物音が聞こえたぞ。誰かいるなら、出てこい。もしかしたら、怪盗か?いや、これだけの警備があるんだ。入れるわけがない。それに花鳥風月は自室にある。…まてよ。怪盗の狙いがあの絵という事も…。いやいや、考えすぎか。うーん、しかし…。」

怪【千】「待って待って、お父さん。」

総「千早!どうした。もう寝たんじゃないのか?」

怪【千】「ここの絵は大丈夫かなと思って、見に来ちゃったんだよね。あ、ははははっ。」

総「ここには近寄るなと言っておいたはずだ!怪盗は警察に任せて、お前は早く寝なさい。」

怪【千】「う、うん。ごめんね。それじゃあ、おやすみなさい。」

ドア

総「…はあ、僕は何をやっているんだ…。」

怪【千】「うひょー。おっかないお父さんだねー。」

ア「間一髪バレませんでしたな。」

怪【千】「危なかったねぇ。さてさて、次はこの部屋を調べちゃお。しんにゅ〜。」

ア「あ、またそんな軽率に。」

ドア

怪【千】「せ〜こ〜。」

ア「ほほう。この部屋も絵が沢山ですな。」

怪【千】「すごいねー。ここの絵は風景というより、ファンタジー画みたいだね。」

ア「ふむふむ。ここの絵も総一郎氏が、手掛けているのですかな?」

千「…うーん。お父さん…?」

怪【千】「ここってもしかして、千早ちゃんの部屋!?どうしよ!起きてきちゃう!へーんしん!とぅ!」

千「お父さん?どうしたの?」

怪【総】「悪いな。千早。起こしてしまって。」

千「こんな遅くに何かあった?…もしかして!怪盗が出た!?」

怪【総】「っ…!いやいや、そういう事じゃないんだ。…えーと、そう!ちょっと絵を見に来たんだよ!」

千「え?私が描いた絵を?」

怪【総】「う、うん。そうだ。千早の絵を見に来たんだ。いやー、良い絵じゃないか。」

千「…ありがとう…。でも、私の絵じゃダメだから…。」

怪【総】「そんな事はない。素敵な絵じゃないか。お父さんは好きだぞ。」

千「そんな風に思ってくれてると思わなかった…。てっきり私の絵なんか、好きじゃないのかと思ってたよ…。」

怪【総】「とても綺麗な絵だ。父さんには真似出来ないなぁ〜。あはは〜。」

千「…そっか。絵の方は…順調?」

怪【総】「もちろんだよ。じゃあ、そろそろ父さんは自分の部屋に戻るから、これで失礼するよ。」

千「…おやすみなさい。」

怪【総】「おやすみなさい。」

ドア

千「お父さんが私の部屋を訪れるなんて、いつ以来だろう。それも絵を見に来るなんて、不自然な話だ。一体どういう風の吹き回しだろうか。なんだか憂鬱は無くならない。早く夜が明けないだろうか。」

*

怪「なんだか引っかかるんだよねー。千早ちゃんの絵って、なんだかどこかで見た事あるような。」

ア「色んな絵を盗んで…ゲフゲフ、失敬。頂戴して参りましたから、その中に似た作品でもあったのではないかと…。いや、しかし妙ですな。本当にコレクションの中の絵と似たタッチだったり、構図だったりの物がありましたぞ?」

怪「あ、やっぱりアンちゃんも思った?そうなんだよ。千早ちゃんの作品ってどっかで見たことあるような気がするんだけど、確か以前に、頂戴した絵もそんな感じだったような気がするんだよね。」

ア「ふむ。もう少し調べる必要はありそうですな。」

怪「次は、えーと…。お!明かりが漏れてる部屋があるね。どれどれ?…これは!」

ア「どうなさいましたか…!?」

怪「あったりー!花鳥風月だ!やったね!お宝ゲットー!」

ア「んー?変ですぞ?花鳥風月の隣には描きかけの絵がありますが、さも真似て描いてるかのような…?…ハック、足音が近付いてきますぞ…!身を隠さないと…!」

総「ん?ドアを開けたまま来てしまったか。僕はどうやら疲れているようだな。さて、絵の続きを描くか…。」

怪【千】「お父さん。」

総「おわっ!千早いたのか。絵を描くのを止めに来たのか?それなら止めんぞ。あと少しなんだからな。」

怪【千】「今日は怪盗が来るって言うからお父さんが居ない間、見守ってたんだよ。」

総「そうか。ならいいが…。さっきはすまなかっな。怒鳴ってしまって。」

怪【千】「大丈夫。気にしてないよ。」

総「それと絵の開封をしたなら、元に戻しておいてくれないか。あの絵は…。父さんは見たくないんだ。」

怪【千】「ごめんなさい。どうにもあの花鳥風月が気になって、見に行ってしまったの。」

総「そうか。気にかけてくれる気持ちは嬉しいが、あの絵だけは…。いや、すまない…。この絵を…、恋桜をきちんと仕上げるまでは閉まっておかなければ、ならないんだ。」

怪【千】「それだけ恋桜に思い入れがあるんだ。」

総「あぁ、恋桜は母さんとの思い出だからな。お前が小さい頃、一度画家を辞めようと思った事はあった。全く絵が評価されなくてな。食ってくのにも苦労する時があったんだ。」

怪【千】「…それでも続けたんだね。」

総「そうだ。普通に働く事と離婚する事の選択を迫られるような場面もあった。母さん側の家の事情もある。そして、画家としてのプレッシャーに、父さんは追い込まれていたんだ。」

怪【千】「…うん。」

総「そんな時にあの恋桜の下で母さんは言ったんだ。キャンパスに向かう父さんの姿をずっと見ていたいって。一緒じゃなくなっても、父さんには変わらないで欲しいってな。その言葉は母さんの本心だったのか、はたまた父さんを励ますためのものだったのか。今となっては分からないがな。」

怪【千】「そんな事があったんだ。だから、今も描き続けているんだね。」

総「…まあ、そういうのもある。今日はもう遅い。お前は早く寝なさい。」

怪【千】「うん、分かった。ありがとう。それじゃあ、そろそろ寝るね。」

ノック・ドア

千「お父さん。入るよ。え?」

怪【千】「あ。」

総「え?」

千「なんで…私がいるの?」

総「一体、どういう事なんだ?」

少しの間

怪【千】「お父さん!この人、怪盗だよ!早く捕まえなきゃ!」

千「どういう事?え?え?はぁ?何言ってるの!?」

怪【千】「早く捕まえなきゃ逃げられちゃうよ!」

千「この人こそ怪盗だよ!お父さん!」

怪【千】「この偽物!アタシが本物の千早!お父さん!信じて!」

千「何言ってるの!私が本物だよ!お父さん!分かるでしょ!」

総「…ふふっ。…あははは。そうか。怪盗か。まさか本当に入ってくるとはな。こんなチャンスが巡ってくるとは、僕も捨てたもんじゃないな!」

怪【千】「千早ちゃん、危ない!」

千「え?」

振る音

怪【千】「怪我はない?」

千「あ、ありがとう…ございます。」

怪【千】「ナイフなんてどこから!」

総「はははっ!いいか。絵師はな、鉛筆を自分好みの太さにする為に、ナイフの一つぐらい持ち歩いてるものなんだよ!怪盗のせいにして2人とも、亡き者に出来れば一石二鳥だ!大人しくしていれば、痛くせずにあの世に送ってやる!」

千「ちょっ!お父さん!?」

怪【千】「パニック起こしてるぅー!」

振る音

受け止める音

ア「助太刀しますぞ!」

総「な、なにぃ!?」

怪【千】「アンちゃんナイス!」

千「きゃ!傘が喋った!」

総「喋る傘がなんだって言うんだ!傘に何が出来る!」

ア「そんじょそこらの傘とは違うところを、見せ付けてやりますぞ!ハック!チェンジ!ステッキモード!」

ア「説明しよう!ステッキモードとはアンちゃんことわたくし、アンブレラ伊藤が傘の姿を捨てステッキに進化し、怪盗にお決まりなアイテムへと変貌を遂げるのであーる!」

怪【千】「アンちゃん、やるよー!とぅ!」

怪「見境も無い輩には、この怪盗ハックルハックが、こらしめちゃうよ!」

総「ぐっ!生意気なっ!」

バトルの尺少しあり(アドリブ)

ア「うぅぅぅぅ!そんなにぃぃぃ!振り回さないでぇぇぇ下されぇぇぇ!」

千「お父さん!もうやめて!絵ならもう全部あげるから!お願いだから争わないで!」

怪「アタシにも、もう1つの花鳥風月の謎が分かりましたよ。倉庫に仕舞われたもう1つの花鳥風月を描いたのは、あなたですね。総一郎さん。それだけじゃない。本来の花鳥風月は仕舞われていた方で、ここにあるのは偽作ですね。」

総「…くっ!ここにあるのが本物の花鳥風月だ!倉庫の絵は偽物だ!あんな絵が本物な訳ないだろ!」

怪「違いますね。なら、今あなたがやろうとしていることはただの殺人です。しかし、そうでは無い。あなたがやろうとしているのは、隠蔽ではありませんか?偽作の花鳥風月の作者が娘さんの千早ちゃんだと言うことを!」

千「もう…止めてっ…!」

総「違う!花鳥風月は偽作でもなんでもない!これは列記とした僕の作品だ!」

怪「それはどうでしょう?最初、見た時からおかしいと思ってたんですよ。明らかに春を描いた作品でしたが、絵にある全てが符号する場面というのは、まず有り得ないのですよ。桜が咲き乱れ、色が付いた風が吹き、曇りない空の満月と、夜に活動するウグイス。これらが集まるのは幻想なんです。あなたが描く絵というのは、とても現実的な絵が多い。それに比べ、倉庫の絵は実に現実に則している。桜は花が少なく、大きく赤い月、色味のない風、そして、枝に虫を刺す鳥。」

総「…はははっ。そんな物を僕が描くわけないだろ。仮にも僕は現代のモネだよ?白骨なんてある方が幻想じゃないか。」

怪「そうですね。白骨は幻想でしょう。しかし、それにも意味がある。恋桜に横たわる意味というのが。そうでは無いですか?」

総「うるさい、黙れ!では、あの絵のどこが現実的だというんだ!」

怪「まず、桜が少ないのは狂い咲きだからです。そして、月というのは低いところでは、赤く大きく見えます。空が仄明るく描かれているのは明け月だからです。次に、色味のない風ですが、色なき風という言葉は、俳句の季語にも存在します。最後に、これが分かりづらかったのですが、あの鳥はモズですね。モズの習性には枝に捕えた獲物を刺しておく、はやにえというものがあります。これらから導き出される答えは一つ。秋の明け方という事なんです。この絵は、実際に見れる光景なんです。あなたは奥さんと離婚した後、恋桜の前でこの光景を見たのではないですか?」

総「…。くっ。それが、どうして、この花鳥風月が僕の描いたものでは無いことに、繋がってくると言うんだ。」

怪「それは簡単ですよ。アタシにしか分からない事です。千早ちゃんのお部屋にお邪魔した時に、作品を見させて頂きました。千早ちゃんは実に素晴らしい才能の持ち主ですよ。偽作を描く能力がですね。実際にアタシが頂戴したコレクションの中のものと、遜色無いタッチで描くんです。それは絵を持ってる人のお墨付きです。だから、この絵を実際に見た時にピンと来ました。この作品は千早ちゃんの作品だとね。あなたの負けです。総一郎さん。話に集中しすぎましたね。」

総「…はっ!ステッキを持ってない!」

ア「そりゃぁぁあ!」

総「ぐはっ!」

怪「やったぁ!上手くいった!」

総「くそぅ…。」

千「お父さん!」

怪「アタシがお宝を前に手を抜いたら、それは国益を損なうのさ。」

*

千「来ないで!」

怪「千早ちゃん、アタシはこの絵を頂戴するよ。」

千「この絵は…この絵は…。美術界の財産なの…。これがないとお父さんはダメになっちゃう…。」

怪「それこそ幻想だよ。総一郎さんを狂わせて来たのは、他ならぬこの絵のように思うんだよね。」

千「分かってた…。分かってたけど、お父さんを止められなかった。絵描きの意地だけでここまで生きてきたお父さんを、止められなかったの。だから、この絵だけはお父さんから取らないで。…お願い。」

怪「アタシは怪盗だよ?お宝を頂戴するのが仕事。それにそろそろタイムリミットみたい。これで失礼させてもらうよ。」

千「…な、なんで、本物を取っていかないの。この花鳥風月は偽作なのに。」

怪「それはね、千早ちゃん達に一番大切なのは現実だからだよ。千早ちゃんには、これから自分だけの絵を描いていく現実をプレゼントさ。それじゃあ、総一郎さんにもよろしく!アンちゃんいつものお願い。」

ア「お任せを!」

千「え?ちょっと!?」

怪「それではアデュ!」

千「あ!…飛び降りちゃった。…傘が回りながら飛んでる…!」

怪「じゃあねー!」

ア「のほほほ〜!」

千「ありがとう…。」

怪「怪盗ハックルハックはいつでもあなたの憂鬱ごと頂戴しに参ります!花鳥風月、確かに頂きました!」

千「こうして、花鳥風月を巡る真相は闇の中に葬られ、私達だけの秘密となった。それからというもの、父は画家を辞めた。これからは私が画家として、頑張る番だと思っている。それと変わった事が二つ。少しだけ父との会話が多くなり、少しだけ父が優しくなったのだ。だから、私は感謝しなくてはならない。私から幻想を盗んでいった怪盗に。きっと彼女は今日も何かを狙っているのだろう。」

ア・怪、笑いで終わる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ザ・スティールタイム お白湯 @paitan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ