五品目「炒飯」花音side

 今日も換気扇からたまごの匂いがする。いまでもまだ那月ちゃんが部屋にいてくれることに、しあわせを感じる。最近は玄関を開ける前に、今日のたまご料理を当てられるようになってきた。

 いつもより香ばしい、ごま油の匂い。高火力で炒める音。今日の夕飯は、炒飯だ!


「花音ちゃん、おかえりなさい。夕飯時間かかるから、先にお風呂入っちゃって」

 那月ちゃんは前より少しだけ、お母さん感が増した。今日の朝だって、襟がよれてるとか、歯磨きはしたのだとか、言ってくるようになった。

「はーい」

「今日は炒飯と、たまごスープだから」

「やった、すぐ洗って出るわ」

 那月ちゃんのことで言えば、もうひとつ大きく変わったことがある。それは大学生ではなくなったということだ。いまはずっと夢だった小説家の仕事を、この部屋でしている。大手の出版社が主催するライトノベルの新人賞で受賞したのだとか。

 受賞作は『ケースワーカーと作家のたまご』というタイトルで、私たちの関係にエンタメ性をプラスして書き上げたものだって彼女は笑っていた。私のことが作中を通して、日本中で売られていると思うと恥ずかしかったが、それでも嬉しかった。


 シャンプーをしながら、私は考える。那月ちゃんがこの部屋を出ていくときが来るのだろうかと。私はこの先、恋愛をするつもりはない。だから、那月ちゃんが満足しているのであれば、一緒にいられる。でも彼女はまだ、若いから。いつかは出ていってしまうかもしれない。

 ふーって私は息を吐いて、泡を流した。さみしさとアプリコットの香りが充満して、その時になったら考えようってことにした。

 お風呂場はいつしか、もくもくと白くなっていて、結構長い間、入っていたことに気づく。早くでないと、那月ちゃんが待ってる。


 いただきますっていう頃には、炒飯が冷めていて、那月ちゃんは少し悲しそうな顔をした。

「あの、ごめんね」

「すぐ出るって言ったのに」

「ごめんよー」

 彼女の膨らむほっぺたを、私は人差し指でつつく。

「つつかないで」

「那月ちゃん、やらかーい」

「やめてってば」

 そういう言葉とは正反対に、彼女の頬は緩んでいる。私は彼女が好きだった。歳の差はあっても、同性でも、彼女が愛おしくしてしかたなかった。

「炒飯おいしい」

「そう? ありがとう」

 炒飯は肉のあんかけがかかっていて、舌にやさしくねぎ油が残る。彼女のたまご料理はどれも絶品だ。


「あのさ、言いたいことがあって」

 隠さないことにした。私の恋心は、オムライスの下に眠らせておけるほど、安らかな感情じゃなかったのだ。

「なに?」

「わたし、那月ちゃんのこと好きなの」

「え?」

「ずっと前から言おうと思ってたけど。同性だし、引かれるかなとか思って。言えなかった」

 彼女は炒飯を食べるレンゲを置いた。これが最後のチャンスだった。失恋してもいいから、自分の気持ちをぶつけようと思った。あの日のたまごのように。

 春の草原で流れるようなやわらかい静けさあと、彼女は笑って言った。


「わたしも、ずっと好きだった」


 こんな関係がいつまで続くかはわからない。それでもいまは、ふたりでたまご料理を毎日囲んでいたいって思った。明日の夕飯はなんだろう。

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上品なたまごの割り方 秋冬遥夏 @harukakanata0606

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