世界って、残酷だよね

ナナシリア

残酷な世界の結末は

 授業終わりの塾の教室。


 まだ五分しか経っていないにも関わらず、教室に残っているのは俺を含めて三人だけだ。


 俺はこれからやらなければならないことを想像して、緊張感が高まっていくのを感じた。


 教室の残っている三名、男子二人と女子一人のうち、俺でないほうの男子が帰る準備を終えた。


 俺と、女子はまだ帰る準備をしていない。


 男子はゆっくりとした動きで――いや、それほど遅く動いているわけではないのに焦りからゆっくりに感じられただけなのかもしれないが――バッグを背負い、教室から出て行った。


「……」

「……」


 女子が帰る準備をするのを眺める。


 早く言ったほうがいいのだろうが、自分が告白をするという状況のイメージがつかず、言葉が出てこない。


 女子が教科書をバッグにしまう。


 緩慢な動作から、俺が話し始めるのを待ってくれているのだろうと分かった。


 彼女は別に人を急かすようなことはしないと分かっているが、逆に俺の中で焦りが生まれてきた。


 女子が帰る準備をし終わった。


「それで、話っていうのは?」


 何か言わなければ。


 いきなり告白しなくてもいい、何か。


 そう思う心はあれど、どう切り出せばいいのか分からない。


 伝えたい気持ちも、それを伝える言葉も決めてきたはずなのに。


「察しついてるんじゃない?」


 ああ、逃げた。


 いや、まだこの場から立ち去っていないのだから、この後、今すぐ伝えればいい。


「ん? 何が?」

「話、の内容」

「ん?」


 どうやら察しがついているか否かについては、あくまで誤魔化すつもりのようだ。


 では、言わなければ。


 でもやっぱり、まだ言葉が出ない。


 『失敗したら』。『嫌われてしまったら』。


 そんな憂慮は家を出る時に置いてきた。


 失敗したり嫌われたりするのが怖くて言い出せないのかといえば、そうではないと思うが、だからと言ってなぜ言い出せないのかもわからない。


「その……」


 彼女は何も言わず、聴く姿勢を見せてくれる。


 急かすでもなく、呆れて帰るでもなく。


 その姿勢を見て、覚悟を決めた。


「俺は、キミのことが――」


 緊張感に溢れて、続く言葉は明確に浮かんでいるのにうまく言葉を吐き出せない。


 何度もシミュレーションした言葉を、ただ口に出すだけ。


「好きです付き合ってください」

「棒読みかよ」


 彼女はクスッと笑った。


 その笑いは決して嫌味な感じではない。


 凝り固まった空気を解そうとする、気遣いの籠った笑い方。


 だから、まだ見込みはまだあるかのように思われる。


 しかし、また空気が凝り固まった。


「ごめん、けど……」


 ごめんけど、と脳内で繰り返し、そのあとにごめん、という言葉を真っ先に認識した。


 断られたのか。


「私、彼氏いるんだよね」


 予想外だった。


 断られるのはもちろん想定の範囲内ではあったのだ。しかし、風の噂によると、彼女は別れたばかりだということだったのだ。


 予想外ではあったが、納得はできる。


 彼女の人柄に惹かれる人はいくらでもいるだろう。


 もしくは彼女のほうから告白したのかもしれない。そして、彼女となら付き合ってもいいと感じて付き合ったとか。十分あり得る。


 様々なシミュレーションが脳内を駆け巡る。


 早鐘を打つ心臓の音も、もはや感じられなくなっていた。


「そっ、か……」


 この事実を受け入れられないわけじゃない。


 今から冷静になった状態で考え直してみれば、彼女は俺にとって高嶺の花だったようにも思えるし、むしろ妥当だろう。


 でもやはり、何か胸に残るものを感じる。


「でも君と話すのは楽しいよ」


 ああ、なんて優しいのだろう。


「……ありがとう。じゃあ、俺もう帰るね」


 俺は、その独特な緊張に溢れた空気感が居た堪れなくなって、逃げるように立ち去ってしまった――

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世界って、残酷だよね ナナシリア @nanasi20090127

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