神無月の異形行路
りんざき
神無月の異形行路
あ。いっけねぇ、落ちちまったたか。イタタタ……。
ぽかぽか陽気の縁側に誘われて、ちっと休憩のつもりだったが、うっかり寝入っちまったらしい。腰をさすりながら起き直り、顔を上げると。
明るいはずの空は暗闇に。ギラギラとした無数の極彩色の光が無表情に見下ろす中、ザッシュザッシュと音を立て、夥しい数の死びとや化け物の群れが目の前を横切っていた。
顔の皮膚が青黒く爛れた者、頭に手斧を叩き込まれて血塗れになった者、真っ黒な布で全身を覆い、大鎌を手にしたドクロやら、口から鋭い牙を生やした異装の男やらが、目を剥きながら、叫びながら、或いはゲタゲタと耳障りな笑い声を上げながら、半ば押し流されるように右から左に流れてゆく。
「オジサン、そんなとこ座ってると危ないよ」
頭上から伸ばされた手をありがてぇと思いながら掴み立ち上がれば、目の前には口が耳まで裂けた長髪の女。
「うわわわ、うわーーーっ!!」
思わず手を振り払って逃げ出そうとしても、後から後から湧いてくる異形の群れに押し流される。
右を向いても左を向いても化け物ばかり。
昼下がりの縁側で居眠りをしていたはずが、何でこんなことに。
突然の事態に、初めはただただ驚き慌てるだけだったが、じきに別の意味で胸の鼓動が高鳴ってくるのが分かった。
何故なら、みんな楽しそうだから。
あっちの獣面も、こっちの血塗れ男も、みんなみんな体の内側から陽の気が吹きあがっている。笑っている。耳を圧するざわめきも興奮と喜びに満ち溢れるようで。
狐狸妖怪の類は嫌いでない。むしろ、目一杯夢想の世界に翼を広げ、何なら自分で化け物を考え出しては悦に入るほうだ。浮かれ歩く異形の群れに感化され、高揚していく自分がいる。
(地獄の祭りなら、それも一興)
少し向こうの高みからキーンという鋭い音が聞こえてきたので見上げると、化け物どもに向かって何やら大声を出している男がいた。この行進はどこからどこへ向かっているのか、流れを見るのにちょうどよさそうだと思い、群れをかき分けて男の方へ。
ピカピカと艶のある奇妙な筐体に辿り着くと、猿のように飛びついてよじ登った。
「あっ!ちょっとあんた、何してる?降りなさい!!」
高みにいる男と同じ、奇妙な青い衣を身に着けた連中がわらわら出てきて怒鳴ってきた。いいじゃねえか、ちょっくら見せてくれたって。
しかし、四方八方から伸びてきた手が着物の裾を引っ張って――
(……ああっ、落ちる……――!!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気がつくと、土の上で大の字になって転がっていた。見慣れた縁側と庭の木がぼんやりと目に映る。
(………夢……??)
暖かな昼下がりはとうに過ぎ、毒々しいような夕日がたなびく雲を紅く染め上げている。驚くほど空気が冷えていて、思わずくしゃみが出た。
四六時中化け物のことばっかり考えてっから、妙な夢見ちまったのかもしんねえな。こないだも版元依頼の大作をこなしたとこだったし。だが、しかし……。
面白い。
夕暮れ時が見せる地獄の夢だったかもしれねえ。自分が、世間が知る怪異とは違い過ぎる。それでも描きとめねばおられない。顔の焼けただれたあの男も、穴のあいた奇妙な面をつけた奴もみんなみんな……。
勢いをつけて起き上がり、着物についた土をぱんぱんと払い落とした。そして、縁側から仕事場に入りこむと、畳の上にどっかと座り込み、猛然と墨をすり始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あんたねぇ、石燕の真筆だっつーから見せてもらったけど、大嘘つくのも大概にしな。紙や墨は確かに時代がついてっけど、どう考えたって変でしょ、これ。贋作にしても酷過ぎだぁね」
「で、でもっ!これはウチに江戸時代から伝わる家宝で、ご先祖様がその…石燕?そうそう、鳥山石燕って人から譲り受けたって言い伝えがあってですね!ホラ、なんとか百鬼夜行とかいう絵、あれにそっくりじゃ……!」
「ダメダメ。あんた、ホラー映画とか観ねぇんですかい?あたしゃ、カミさんが好きでよく付き合わされたから知ってっけどね。これ、エルム街の悪夢のフレディって奴でしょ。で、こっちが13日の金曜日のホッケーマスクで、これがたぶんドラキュラ伯爵だぁね。これじゃどこの骨董屋も相手してくれねぇよ。通報はしないでやるから、さ、とっとと帰った帰った」
「そ、そんなぁ……」
( Halloween Parade ・ Fin )
神無月の異形行路 りんざき @rinzaki
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