シアワセの旅

埴輪メロン

秋人編 第一話

「使えねぇ、なっ!!」


 制服を着崩したそいつはそう言い捨てると俺の右頬を思いっきりぶん殴って来た。

 右頬に響く鈍い痛み。その衝撃で俺は横に仰け反り、そのまま倒れ込んだ。


「使えないも何も、お前らに従順になる気がないんだよ...」

「なんかいったか?フザケんじゃねぇぞ!」


 そう言うと、倒れ込んだ俺の腹を蹴ってくる。

 そのままもう一発入れるため、足を振りかぶった。

 ――が、その瞬間、奥からPLLLL!!と耳をつんざくような高いホイッスルの笛の音が聞こえた。


「そこ!!何をしてるんだ!!」


 笛の音の主は誰が呼んだのか、赤ジャージを着こなし、右手には竹刀を持った、まるで漫画でしか見ないような生徒指導の体育教師だった。


「ッチ!」


 俺を殴った不良生徒は体育教師の顔を見るなり一目散に逃げだしていった。

 それを許さなかった体育教師も怒鳴り声を上げ、竹刀を振り回しながら不良生徒を追いかけていった。


「大丈夫か?秋人」


 と、横から聞き慣れた、声が聞こえる。

 寝っ転がったまま横を見ると、親友の椎名が息を切らしながら手を差し出していた。

 俺はその手を取り、立ち上がると「平気だよ」と言い返す。


「なら良し。あいつ等もホント飽きないねぇ」

「そうだな。最近は場所も選ばなくなって来て」


 俺は制服についた土を払いながら、今立っている体育館の横から見える教室の窓を見上げる。


「椎名があの熱血教師呼んでくれたのか?」

「ああ、そうだよ。たまたま教室から外眺めてたら殴られてるお前が見えたもんだから」

「よく呼んでくれたな。もしバレたら...君も標的にされるかもしれないんだぞ?」

「ああ知ってるさ。でも、見殺しよりマシだ」


 椎名はそうキザなセリフをさらっと吐いて見せる。多分本人は素で言ってるのだろう。こいつはそういうやつだ。


「もうすぐ昼休みも終わる時間だな。昼飯食べたか?」

「いや、食べれてない」

「買いに行くか」

「いや、生憎持ち合わせがなくてね...」

「取られたのか。いいよ、奢ってやる」

「いや、いいよ。こんぐらいは我慢するさ」

「なんて言って。お前最近まともに昼飯食えてないだろ?今日くらいは奢るよ」


 椎名はそういうと俺の手を掴み、無理やり購買へと連れて行く。

 購買につくと椎名は残ってたパンをさっさと掴み、そのまま直ぐ買うと、それを俺の手に押し付けた。


「ああ、ありがとう...」

「いいってことよ。150円くらい安い安い!ほら、さっさと食っちゃいな。昼休みが終わっちまうよ」

「ん、じゃあ遠慮なく...」


 そう言って奢ってもらったパンに齧りつく。本音、カツアゲのいい標的になってしまった都合上、昼を買う金がなかったり、まず持ってきてなかったりしていつも腹をすかしていたのだ。それに対してこれは普通にありがたかった。


 そんなこんなで昼休みも終わり、残りの二時間、授業を受け、その日は何事もなく終わった。


 その日の夜――

 俺は布団の中で考えた。

 今日の恩返しをしたい、と。

 今日に限った話ではないが、椎名にはよく助けられている。だから...たまには俺からもなにかできないかな、と。


 ...メロンパンでも奢ろう。ちょっと高い、とびっきり美味いやつでも。




 次の日、俺は朝からパン屋へ出向いてその店の看板商品のメロンパンを買って急ぎ足で学校へ向かった。

 しかし――椎名の席には誰もいなかった。

 一瞬、遅刻という超平和的な文字が頭に浮かびはしたが...椎名に限ってそんなことはない。アイツはここ一年間、無遅刻無欠席を貫き通しているのだ。そんなやつに限って、遅刻だなんてことはない。

 俺が困惑していたその時だった。昨日の不良が今度は仲間を引き連れ、椎名の机の上に花瓶をおいてったのである。


「――ッ!!待て!!!」


 そのまま引き連れてきた仲間と花瓶を見て談笑してる不良に対して俺は声をかけた。いや、かけた、というより叫んだって表現のほうが正しいのだろうか。

 威力も、声量もない恫喝。なんとも情けない恫喝だった。

 不良たちはそれに気がつくと、連れてきた仲間とともにこちらに近づき、囲んできた。


「何だ?文句でもあんのか?あ?」


 不良は当然怖気もせず、俺を逆に威嚇してくる。

 それに反論し、椎名について問おうと思ったが...


「っうぐ、あの、」


 昨日殴られた傷が疼き、恐怖が声帯を支配し、うまく声が出ない。


「んだよ?俺等に歯向かったこいつが悪いだろ?お前も“粛清”してやろうか?」

「粛清...?粛清だと...?」

「んだよ、当然に決まっているだろう」

「お前も粛清されたくなければこのガキも諦めるんだね。お前への罰はもうやったんだからよ」


 そう言うと不良はまた仲間と談笑をまた始めた。

 粛清...?椎名は一体全体何をされてるんだ?誰に?


 ――俺を助けたから?


 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、俺の胸の内にははちきれんばかりの怒りが湧いて出てくる。俺が弱いから...?虐められる程...?...いや、それでもあいつは助けてくれた。己にかかる不運も顧みず!!だったら俺も助けるんだ...助けるんだ!!!

 気がつけば俺は不良を殴っていた。いつ、どんなふうに殴ったかは覚えていない。俺は椎名程利口じゃないから。ただ固めた拳を不良の頬に打ち込んだ...


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 叫びながら俺は不良とその仲間を殴る。

 不良が殴り返してきても、倒れても、叫んで怯まず殴った。

 正直、自分自身こんな度胸のある事ができるとは思わなかった。こんな事ができる自分がいるなんて...

 しかし、突然頭に鈍い衝撃が走り、俺の意識はブラックアウトした...





「―ろ!!――ろ!!!さっさと起きろ!!!」


 靄がかかり、朧気な意識の中で響く、聞いたことのない男の怒号...

 それが誰なのか、それはなぜなのか。それを思考するような頭も働いてない。ただ本能的に目を開けようとしたその瞬間。

 顔に突然冷たい水がかけられた。

 その冷たさと、突然水をかけられた驚きで瞬時的に意識は晴れる。

 何が起きたか把握するため、目を開けるのを遮る水を手で拭おうとしたが手が動かない。手が後ろで縛られているらしく、身動きができない。

 仕方がなく、目に多少水が入るのを我慢しながら無理やり目を開けると、そこは薄暗く、体育用具など、様々なものが多く乱雑に置かれた狭い空間だった。


「ここは...?」

「ふん、やっと起きたかのろまが」


 と、突然正面から野太い声が聞こえてきた。

 俺は首を動かし、声の主を見ると、そこには制服を着崩した恰幅のいい男子生徒が空のバケツ片手に座っていた。

 その男子生徒は俺と同じ中学生か疑うほどに巨漢で、とにかくデカかった。


「お前...誰だ」

「誰か?そんなことは関係ない。今から殴り殺される相手の名前を聞いて何になる」

「んなっ...」


 その瞬間だった。

 男子生徒が立ち上がり、腕に力を込めると、その腕はみるみる金色に変わっていき、次の瞬間には生きてる証拠の肌色は消え去り、その腕全体がまるで黄金の像のような、金色の腕へと変わっていった。


(こいつ...まさか...!!)


 ――異能者。

   またの名を異血者、能力者――


 この世界には稀に奇妙な血を持って生まれる人間がいる。

 その人間は物理法則、自然法則など知ったこっちゃないと言わんばかりの顔で、平然と、当たり前のように人間離れした能力を有す。

 それは、火を手から生み出したり、氷を変幻自在に操ったり。

 はたまた、自らの脚力を爆発的に上げたり、ただ滑舌を良くするだけのしょぼい力だったり。


 体を、黄金に変える能力だったり。


 彼らはどんな力であろうと、科学でも、数学でも証明できなない、正にファンタチックな力を有すのである。

 そんな彼らは端的に言う「勝ち組」で

 そんな彼らは幼稚に言う「強者」なのだ。

 通常の人間は彼らには勝てない。なぜなら、彼らは人間を超越した、また別の存在...


 そんな人間が、今

 気弱で非力な秋人の前に立ちはだかっているのである。


「“粛清”してやる――!!」


 身動きの取れない秋人に向かって振り下ろされる黄金に染まった巨大な腕。


 金とは。

 その黄金に輝くきらびやかな見た目から、装飾として飾るためや身分を示すため使われたため、その物質自体の脅威はまるで知られたことではない。

 何より、金で作られた剣など武器はコストが高いのに対し、鉄より脆く、希少性が高いことから好まれることも使われることもなかった。


 しかし、それでも金は金属で、固くて、重い。

 ――金塊を、見たことがあるだろうか。

 あれは価値の高い、金の印として使われそして盗まれ...純金でできたあの金塊の重さは想像の比ではなく、盗むためには相当な準備が必要なほど実はものすごく重くて、質量があるのだ。


 その塊を思いっきり人間の頭にぶつけてみろ。

 人間の頭蓋骨程度、容易く割れるのは想像に難しくないだろう――


 黄金に染まった手が脳天に振り下ろされる中


 秋人は苦しまず、一瞬で逝けることを祈るしかないのであった。





 To Be Continued――


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