秋人編 第二話

「“粛清”してやる――!!」

 そう言われ、脳天めがけ振り下ろされる黄金の腕。

 恐怖を抱く間隙もなく、黄金の腕は俺の脳天を叩き割る――はずだった。


「秋人!!!!」


 瞬間、黄金の腕は大きく横にズレ、俺のすぐ横の空間を空振りし、そのままコンクリートの床を叩く。


「椎名...!!」


 恰幅のいい男子生徒に突進し、無理矢理黄金の腕の軌道を変えたのは、俺と同様、腕を縛られた椎名だった。


「秋人!!逃げろ、今すぐ!!!! っうぐぅ...」

「邪魔しやがって!!雑魚が!!」


 椎名はすぐ体制を立て直した恰幅のいい男子生徒に蹴り飛ばされる。

 幸い、足に綺羅びやかに光る金は見えなかったので、今度は単純な蹴りだろうが、しかしそれも今回だけの話しで、すぐ椎名も俺と同じように“粛清”といって殴られる...いや、殺されるだろう。

 ...しかし、俺はそれを見捨てた。助けなかった。

 そんな椎名の意思を汲んで、一目散に、光が漏れる所へ走った。


 ――読みが外れてなければ、あれはきっと...!!


 読みが当たったか、すぐにそれは開いた。

 空いたのは硬い鉄製のドアで、外に出ると、そこは廃校舎の裏の使われなくなった倉庫だった。


(椎名...!)


 運良く、追っ手は来てないらしい。

 俺は急いで椎名を助けるべく、職員室へ向かった。



「――ってことなんです!!!どうにかしてください!」


 俺は頭に渡されたタオルをかけたまま職員室中に聞こえるほどの声量で叫ぶ。

 うちの職員室は他校よりよっぽど広いと専ら話題の高校だが、それでもその大きな職員室を静まり返すには十分な叫び声だった。


「とは言ってもね...先生たちもくがね君には頭を悩ませているのだけど...」


 ――異能者だから、勝算はない。立ち向かいたくもない。

 先生は言葉を濁し、口ごもりながら話してはいたが、言いたいことはつまりこういうことだろう。

 しかし――無理もない話かもしれない。先生だって一人個人の人間だし、何より恰幅のいい男子生徒...くがねというらしい生徒の異能はかなり強力だった。それに、先ず異能を持っている時点で通常の人間は勝てることはほぼない。やつなら...くがねなら勝つ負けるは死ぬか生きるかに直結するだろう。異能というのは、それほどまで強力な力なのだ。


「そう、ですか...」


 仕方が、無いのか...

 俺が落胆したその時だった。


「...ただ、椎名君を逃がすことはできるのでは?」


 横から口を挟んできたのは、朝も俺を助けてくれた赤ジャージの体育教師だった。


「我々一般人は異能者のくがねには歯もたちませんが、それでも大人が何人かいれば生徒一人連れて帰ることくらいは出来ますよね?」

「それに、子供一人が立ち向かってるんですよ?我々1人1人が向かうより圧倒的に危険です」


 体育教師がそう言うと、俺が話しかけた教師は口ごもり、下を向いた...だが、すぐ俺の方を向くと、力強く頷いてくれた。


「行こう。人数はこっちで集めるよ」






「をぉぉぉぉぉぉ!!逃げんじゃねぇぞ!!!!」


 先陣を切った体育教師が雄叫びを上げながら体育倉庫に突撃して、ドアを開ける。そして、その後ろから3人男の先生と俺がついていった。

 中を見ると未だ黄金に腕を光らせたくがねと血だらけ痣だらけで見てもいられないほど傷ましい姿をした椎名だった。


「椎名!!」


 俺は咄嗟に飛び出してしまいそうになったが、近くにいた教師に抑えられる。


「秋人君は後ろに下がって。先生たちが椎名くん保護してくるから」


 そういってなだめる先生

 その瞬間だった。


「じゃまするんじゃねぇぇ!!」


 ドアの奥からくがねが黄金に輝かせた腕を体育教師向けて振りかぶって来る。

 が―― 間一髪、体育教師がどこからか取り出したバットでその腕を弾いて見せる。もうお前がナンバーワンだよ。


くがね君は私がじっくり教育しておきますよ...先生方は早く椎名くんを!!」

「貴様ぁぁぁ!!」


 体育教師の予想通りか、くがねは体育教師に釘付けになり、椎名一人持って行けるくらいの隙を作ってくれた。

 俺と先生たちは急いで椎名を担ぐと、急いで体育倉庫を離れる。


(椎名...!!!)


 後ろの体育倉庫ではまるで教師と生徒との乱闘とは思えない様な金属音がずっと鳴り響いていた。あの体育教師も無事であればいいのだが...


 その後、椎名は保健室へ無事連れて行かれたが、保険医が椎名の悲惨な姿を見るなり救急車を呼び、事後10分も経たぬ内に椎名は病院へ連れいていかれた。

 その後、俺も大事を取ってと直ぐ帰され、椎名への恩返しに買ったメロンパンは虚しくも俺が一人無言で食べることのなってしまった。


 そんな忙しなく、痛々しい一日を過ごした夜。

 俺はやっと一息、布団の上で部屋の天井を眺めながら考え事をしていた。

 考え事と言っても、それは振り返りでも考察でも何でもない。それはただの、怒りに似た虚しさ。

 椎名が俺を助けたがために、椎名は大怪我をし、俺が今無事であることに対するやるせなさ。

 そして、また助けられなかった無力な自分への行き場のない怒り。

 自分にもっと力があれば。もっと勇気があれば。椎名も...助けられたのかもしれない。そう思うと、自然と拳に力が籠る。

 ふと、くがねの顔が思い浮かぶ。


 ――異能...俺にもそれがあれば...それが発現すれば...


 そんなときだった。

 突然、変な感覚に襲われた。それは単純で、形容し難い感覚...感情?

 なんというか、今なら...どんな欲望も...いや。違う。

 どんなものでも出せる。生み出せる。“創造”できる...

 ...石?

 石って、何だ?

 俺は勢いよく起き上がる。

 握りしめていた手のひらの中には...何もなかった。

 何もなかったが、そこには。確かに視えた。


 無色に光る、きれいで透明な石が。


 何もない。でも...どういうことかと、目を擦ってもう一度手のひらを見てみる。

 ...自分の目を疑い、目を擦る。こんなのまやかしでしかない行動だ。――でも...

 そこには、ないはずなのに見えるものが、ついには存在していた。


「うわっ!?」


 俺はそれに驚き、後ろに飛び退く。


「なんだ...これ」


 そう言っておきながら俺はなぜか全てを理解していた。

 この石は俺が出した...いや、“創造”したもので、この石は、持つものの望むもの、願ったもの、終いには想像したものへ姿を変える、いわば千別万化の石だ。

 俺は石を持ち、試しに...そうだな、林檎でも願っておこう。

 すると、たちまち石は渦巻きながら姿を変え、気がつけば、それは真っ赤で美味しそうな林檎に変化していた。

 恐る恐る、試しに噛って見ると、それは甘くてみずみずしくて...それはただの美味しい林檎だった。

 ...突然起きた訳の分からない現象だけど、俺はそれを理解していた。何が起きたかわかっていた。だけど、飲み込めない。信じられない。夢かもしれない。勘違いかもしれない。

 ...しかし、いくら頬をつねっても、いくら現実逃避をしても、それは現実で、本当だ。


 俺は、能力者に...異能の血に目覚めたのだ。ついに、成ったのだ。


「ふは、ふはは、ふははははははは!!!!」


 気分が昂る。昂揚する。気持ちがいい。

 嬉しいだなんて幼稚でありふれた言葉では収められない。形容出来ない。

 いや、最早言葉で表すことすら出来ない。大いなる喜び。


 俺が思ったことは一つ。

 やることは一つ。

 力を手に入れたんだんだ。絶対的で強力な力、異能。それを手に入れられたんだ。選ばれたんだ。ならばやることはたった一つ!!!


「首を洗って待ってろよ。くがね...!!」


 復讐だ。






 次の日の学校。

 当然、椎名は学校に来ることはなく、体育教師も当分は療養で休みだという。

 その日は椎名がいない分とすごく暇だったが、それ以上にとても楽しみだった。

 アイツと殴り合う事が。アイツを殴れることが!!

 そして永遠とも思える一日の授業が終わった放課後。俺は自ら昨日の体育倉庫へ赴く。それは、奴を、いや、奴らを...そうだ、そうだな。『粛清』してやるんだ。俺が、逆に。

 俺は力強く体育倉庫の扉を開ける。昨日に続き、二回目の突撃だ。

 昨日と違うことは一つ、今日は俺一人。単騎突撃だ。

 でも俺には勝機があった。

 昨日までの弱い自分じゃない。力も手に入れ、負ける気がしない。

 気づけば昨日までの俺からは想像できない、不敵で、狂気的な笑みを浮かべていた。

 体育倉庫に入ると、くがねはいなかったが、その代わり、堂々とタバコをタバコを吹かす、絵に書いたような不良生徒が5人ほどいた。

 不良達は突然入って来た俺を見るなり、その中のひとりがタバコ片手にずいずい近づいてきた。


「んだ?お前」


 そう不良が話しかけてくるが、その時、すでに俺の手には透明に光る石が握られていた。


「んだお前。舐めてんのかよ」


 黙り切る俺に苛ついたか、持っていたタバコを俺の額に押し当てようとしてくる。無論、火はついたまま。

 しかし、タバコの熱が俺の額に届く前に不良は腹を抑え、倒れ込んだ。

 俺の手には石が姿を変えた金属バットが握られていた。


「お前っ!!」


 異変に気づいた他の不良たちも各々体育倉庫に転っているバットや持ち込んだであろう鉄パイプや角材を手にこちらへ向かってきて、そのまま四人がかりで殴りかかって来た。

 が、既に俺の手にはさっき出したバットともう一つ――


 ――...この輝く石の使い方は昨日、異能が発現したときに色々試してみて色々理解した。だから――


 不良たちは武器を持って文字通り猪突猛進してくる。

 瞬間、彼らの足元から巨大な輝く石が地面のコンクリートを破り、生えてきた。


 ――多分、俺の能力はこの“何にでも変化する輝く石を生み出す”能力だと思う。

 輝く石は願ったものに変化するまで時間が少しかかったり、石を出す時間があったりと少し使いづらいところもない訳では無いが、生み出す石の大きさ、場所は限度はあれどそれなり自由に出せる。だから――


 突然地面から生えてきた巨大な輝く石に吹き飛ばされた不良たち。それに追い打ちをかけるようにその石は巨大な樹のムチに形を変え、未だ空中を舞っている不良に木の打撃を入れる。

 不良は壁に打ち付けられるとそのまま動かなくなった。


「残りは...くがね、やつだけ...」


 そうぼやいた瞬間だった。


「俺がどうしたって?ビビリの弱虫が」

「!?」


 気づくと、後ろにくがねがポテチ片手に立っていた。――右手を黄金色に変えた姿で。

 瞬間、顔面に人生で受けたことも想像したこともない衝撃が走る。それが、くがねの黄金の腕から繰り出されたストレートであることに気づくのに数秒はかかった。


「...異能に目覚めたのか。お前」


 くがねは吹き飛んで倒れた俺に近づきながら話しかけてくる。


「だけど..まだまだ生まれたての雑魚。今度こそ“粛清”されるんだな――!!」

「――ッッ!!」


 くがねは黄金に染めた腕を思い切りふりかざして来る。

 デジャヴ。だけど...今回は違うッ,,,!!


 吹っ飛べ――――ッッッッ!!!


 くがねの足元に先程同様大きな輝く石を生み出そうと手をかざしたときだった。 


 ――何だ、これ...!!!


 手の先から出そうとした石以上の熱い力が腹の底から手のひらへ濁流のように流れてくる。制御できないほどに。

 形容できない程の力の奔流。

 本能的に手のひらから溢れそうな力の波を押さえつける。だが...無理だった。

 その瞬間。世界は紫色の綺麗で怪しい世界に変貌を遂げたのだった。




 To Be Continued――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る