秋人編 第四話

「んぁ...」


 おぼろな意識の中、目を閉じていたことも認識しないまま目を開ける。

 ゆっくりと開かれたまぶたの隙間からは、

陽の優しくも眩しい光が眼球に注がれる。

 少しずつ、光によってもやがかかった意識が覚醒すると同時に目も慣れてきて、気づいた時には、木製の和風な天井が視覚的情報の殆どを占めていた。

 そこで初めて自分は寝ていたことに気がつく。しかし、見たことのない天井に、いつもの布団で寝ていないことは察しがついた。


 まだ重い瞼をこすりながら体を起こし、改めて自分の状況を見直すと、やはり自分は見ず知らずの所で寝ていた。

 周りを見渡すと、障子と木の壁で囲まれた小さな和室で、そんな部屋の真ん中に敷かれた敷布団に俺は寝ていた。


「こ、こは?」


 未だ晴れきらない意識が何があったか、これまでの記憶を思い出すのを阻む。

 頭を抱え、少しずつ思考を回し、何があったか記憶の中を模索する。


「確か...俺は...」


 椎名が病院に送られて、それで、くがねに復習しようとして...

 それで...?

 思い出そうとする。だけど、思い出したくない。思い出しちゃいけない。

 そんな気がする。でも、何があったか。進めてしまった思考はもう止まらなかった。


 ――思い出すべきではない!!


 そういう自分の深層意識を振り切って、無数の記憶の棚の中から一つを引き出し、中を覗いてしまった。


「そう、だ。そうだった...な」

「はは、ははははhaha...」


 そうだ、壊したんだ。俺が、あの街を。くがねごと。潰してしまったんだ。


 途端に猛烈な吐き気が昇ってくる。

 吐く手前、一瞬働いた理性がこの和室は汚させまいと体を障子を開けた先へと追いやる。


「んぶっ...グェッ、おえええええええええええ」


 障子を開けた先は幸いふちになっており、その先の庭に、のぼってきてた胃液をびちゃびちゃと音を立てて撒き散らす。


「はぁ...はぁ...っぷ、おえぇ...」


 のぼってきたものをすべて吐き出し、残りの唾液やら涙やらを落としていると縁の奥からドタドタと足音が響く。


「お、おい!!!大丈夫か!?!?」


 そう言って駆けつけ、背中をさすってくれたのは、街で乱暴にも起こしてくれた男だった。


「はぁ...はぁ...えぇ...まぁ、なんとか...」


 吐く物吐いてすっきりしたおかげかそれなり整理ついた俺はまだ整わない呼吸のまんま答える。


「それならいいが...あーちょっと待ってろ。水持ってきてやる」


 そう言って男は再びふちをドタドタと、今度は慌ただしい音を立てて消えていった。

 俺は顔を上げ、口についた吐瀉物やよだれを腕で拭うと、尻もちをつくように後ろにへたり込む。


「一体なんなんだよ...もう...」


 再び縁がドタドタと振動すると、男が水が入った湯呑みを持って走ってきた。


「ほら、水だ。これ飲んで一旦落ち着け」


 俺は無言で湯呑みを受け取り、湯呑みの中の水をすべて飲み干す。口に含んだ水は口の中に残るゲロの味を洗い流してくれた。


「すいません...ありがとうございます」

「平気か?」

「ええ、まぁ。所で、此処は...?貴方は...?」

「ん、ああ、そっか。まともに説明も何も出来てなかったな、あの時は」

「あの時...?ああ、そっか。僕、学校で...」


「...お前は悪くないぞ。罪悪に苛まれるだけ辛いだけだ」

「...えぇ、まぁ。そうです、よね」


 ――...それでも、やってしまったのは


「ま、どうせお前みたいなやつの考えることはわかるぞ。どーせ「でも僕の能力が引き起こしたことだし」とかそんな屁理屈がつらつら並べられてるんだろうけどよ」

「だとしても、お前のせいじゃない。お前は悪くない。いいか?人間正直も大切だか、なにかになすりつける図々しさや逃げるずるさも必要なんだ」

「....そう、ですよね」


 男が言うことは最もだろう。実際、能力が全て悪くて僕はなにも悪くない、だなんて話は別に間違ってはないのだから。


 ...そうだ。僕は...悪くないんだ。突然暴走する能力が、能力をつかわせたくがねが悪いんだ。


 そう思ってくると少しづつ気分の悪さも罪悪感も少し和らいだ気がする。


「それでいいんだよ」


 男は少し晴れた僕の顔を見ると、満足そうな顔をして肯定してくれる。


「で、そんなとこ悪いんだんが、いろいろ話を聞かせてくれないか?色々聞きたいことがあるんだが」

「あ、ええ。平気ですよ」

「というかまだ自己紹介してなかったな。俺は鬼泣 鬼月おになき きつきって言うもんだ。ま、よろしくな」

「...僕は、僕は九竜 秋人きゅうりゅう あきとです」


 男...鬼月は僕の名前を聞くと一瞬、驚いたような反応をしたように見えたが、すぐ少し柔らかい普通の顔に戻る。


「秋人、ね」

「えっと、それで聞きたいことって...」

「ああ、そうだ。昨日...お前がまで暴走する前、何があったかってのを聞きたいんだが...平気か?」

「まぁ多分...平気です」

「そしたら、思い出させるようで悪いが、何があったか、できるだけ細かく教えてくれないか?」

「あ、ハイ。えっと、先ず何処から話せばいいいですかね...?」

「能力が発現したのは最近だって言ってたよな。そしたら、能力が発現したあたりから話してくれ」


 そうして、鬼月さんには異能が発現するまでの、くがねや椎名のことや何があったか、事細かに喋った。

 異能が発現してからは物事が突然動き始めた為、そこまで話すことはなかったが、鬼月さんはそれを興味深そうに聞いていた。


「...所で、その椎名くんとやらは何処の病院へ?」

「...わかりません。けど、僕がいた街にはそれなりに大きい病院があるので、多分、そこに...」

「そうか。すまなかったな」

「しかし――何故椎名のことを?」

「いや、病院と聞いたからな。もしかしたら、お前の暴走から逃れられたんじゃないかとおもってな」

「いや、無粋だった。すまんな」


 そうして、また二人の間に沈黙が流れる。


 ――椎名...そうか。もしかしたら...幸運な君のことだ。逃れられてたり、しないかな...


「...お前、これからどうするんだ?」

「え?」


 突拍子もない話題に僕は困惑する。

 ...確かに、これからどうしようか。身寄りは...僕がすべて破壊したから...


 悩んでる僕を見て鬼月さんは微笑む。


「んなこったろうと思ったよ」


「お前、俺の弟子になる気はないか?」


「...え?」


 僕は突然の提案に素っ頓狂な声を漏らす。


「ま、名目上はな。俺は剣術にはそれなり心得があるし、お前も何もなくここに住み込むってのも、どうせ性分とかでどうこう言うんだろ?」

「え、えぇ、まぁ...」

「まぁ、こっちも丁度うちの剣術の継承者がほしかったところだ。こっちとしても都合がいいしな」

「...ってことだ。どうだ?」

「あ、え、まぁ...」


 突然の話すぎて僕は口ごもってしまう。

 しかし...そんな考えることはないのかもしれない。

 どうせ、ここで断っても何があるわけでもない。


「...よろしくお願いします、鬼月さん」

「師匠と呼んでもいいんだぜ?」








 To Be Continued――

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