秋人編 第八話

 ――俺は。


 鞘から、刀を抜いた。

 月光に照らされ、妖しく、美しく光る刀身。


「んなとこで死んだら、椎名にもっと失礼だろうがよ!!」


 そう高らかと宣言すると、ジイさんは満足したように微笑んだ。


「第一の鬼門突破、か。フッ、ならいい。かかってこい!秋人ォ!!!」


 刀の柄を両手でガッチリと掴むと、そのままくるりと身を回し、刀に身体の回転エネルギーと、ありったけの力を乗せ横一閃、胴に向けて文字通り刀身を振り回す。

 まるで品のない、野蛮な一撃。

 しかし、それに対し、ジイさんはまるで軽蔑したような態度を取ることも、そんな表情も行動もする素振りもなく、ただ満悦したように口角を上げながら、俺の一撃を刀で流すように受け止める。

 そのまま、どこか乱雑ながらも流れるような動きで縦一閃。反撃をしてきた。

 俺はそれを後ろに跳躍することで回避する。

 しかしそれに対し、ジイさんはまるで糸に引っ張られたかのような、綺麗な跳躍で追撃。

 が、それも紙一重。刀の刀身をしっかり構え受け止める。


 ――まるで、殺陣つくりものでしか見ないような大胆で剣術にしてはなんだか品に欠ける動き。しかしそれが、それこそが鬼哭流であった。

 アクティブで、動きが荒く、剣を持たない、巨大で強力な相手を想定して考えられた、正に『鬼狩り』に適した動き。

 そんな、まるで人間の剣撃かと疑うような人間離れした動きで攻防を繰り返す。


「ほらほらぁ!!んなもんなか秋人オォォ!!」

「ジイさんこそ...ッ!耄碌もうろく...ッ、したんじゃねぇの!?」


 力の差は歴然だった。

 乱雑ながらも、一つ一つの動作が鋭く研がれた鬼月と、まだまだ何かが足りないような、力任せにも見える秋人。

 鬼月の威力は本物で、コンマ一秒でも油断をしよう物であれば、首と体が仲違いしてしまいそうであった。


(クソっ!!木刀のときは五分五分だったのに...!!)


 真剣になった瞬間、一向に届きそうにない防戦一方の剣に悪態をつくしかなかった。

 そんなそんな時だった。


「はぁ...まだ気づかんか。まだ捨てれんか、お前は」


 突然、ジイさんが攻撃をやめて、話し始めた。


「まだ甘いんだよ、お前は」

「鬼哭流の本髄は“無情”だ。相手が誰であれ太刀筋を抜くな。殺せ。それが親友であっても、大切な人間であっても、家族であっても!!...一度殺す、と定めた人間は殺せ。ただ、無情に、無心に!!」

「おめぇはそれができてねぇんだよ。捨てろ。情とか言う、自らを締める鎖を!!これは殺し合いであって、稽古なんて甘っちょろいお遊びなんかじゃねぇんだよ!!」

「――ッ!!」


 捨てろったて、どうすれば?人間、そう簡単に切り替えられるもんじゃない。切り捨てられるもんじゃない!!


「次はもうないぞ。今度こそ、それをやってみせろ!」


「じゃなきゃ死ぬぞ?」


 ――別に、これまでも本気じゃないと思っていたわけではない。

 だけど、今回は本気なんだなって思った。

 普段のジイさんからは想像もつかない、その鋭い双眼からは

 まるで蛇に睨まれた蛙のような気分にさせられるような、今にも胸を貫いてしまいそうなほど鋭い殺気がむけられていた。

 瞬間、背中に走る寒気、怖気。それは正に「死」の恐怖そのものなのかも知らなかった。


「ッ!!!」


 防衛本能、反射神経、それらに全てを任せ、なんとかジイさんの一撃を受け止める。


(重いッ...!!)


 命辛辛、自分の全てを以ってジイさんの連撃をなんとか受け切る。


 どれだけ受けても、どれだけ避けても。

 ジイさんの剣撃は終わる気配が、止める気がない。

 そんな状況に、少しだった。

 少しだけ、苛つきを覚え始めていた。


 ――ああもう、キリがない!!!


 腹の中の煮えたものが大きくなるにつれて。

 もう、情も、何も、忘れ始めていた。


 ――ああ、イライラする。こっちだけこんなにやられているのは面白くない!!!


 それが、頂点に至った時。

 気がついた時、俺の太刀筋がジイさんの頬をかすっていた。


「...ほぉ」


 その勢いに乗って、身体をひねり、胴に――!!!!!!!


「やめだ」


 瞬間、俺の刀は空を舞っていた。

 なぜか?簡単。

 ジイさんがありえない程の力で、俺の刀を弾き飛ばしたからであった。


「できたじゃないか。俺が動いていなけりゃ、お前。普通に顔面串刺しコースだったぞ」


 そういうジイさんからは、殺気もなにもかもが消え、いつものジイさんに戻っていた。


「これが鬼哭流の極意だ。誰であろうと、殺すときは殺す。ゴミのように、虫のように。ただひたすらに、無心に」


「....ビビったぁ」


 そういう俺の声は

 ものすごく間抜けだった気がする。






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