秋人編 第七話
「お前にも味わせてやる!!何もかもなくなった絶望を!何も残されなかった虚しさを!!総てが!凡ても!!全て!!破壊され尽くした、恐怖を!虚無を!!」
ああ、きっと。
仕方がないんだろうなぁ。
目を瞑った。
数秒後に来るであろう結末を、受け入れるために。
――だが、その未来は、いくら待っても来ることはなかった。
何があったか?恐る恐る目を開けてみると、もう一人のスーツ姿の女が椎名の剣を手で牽制して、止めていた。
「こいつはあの〈鬼泣かせ〉の弟子。今此処であいつに喧嘩を売るような真似をするのは得策じゃないわ」
「だ、だが...!!」
「これは貴方個人で済まされる話ではないかもしれないのよ!!感情的にならないで。それに、今度また機会があるのだから、我慢なさい」
「っ...ッチ!覚えてろよ!!次はお前の首を必ず落としてやる!!!」
そう言って椎名は大太刀をしまうと、颯爽と人混みへ、女と共に消えていった。
そこから、何時間たっただろうか。
飲みかけの紅茶の水面にリフレインし続ける椎名の顔。
ただ何を考えるわけでもなく、ただ何を思うのでもなく。
ただ何を考えているのか理解しないまま、ただ何を思っているのか分からないまま。
ただ冷めた紅茶を眺めていた。
人間、心に本当に大きな亀裂が走った時。
混雑して、混乱して、ショートしそうな
きっと今がそうなのだろう。
もう、何も考える気力も、何を思う気力もない。
紅茶の水面に反射する光は俺のなんとも言えない醜い顔を映し、心は椎名の顔を映す紅い液体をただ眺めるしかなかった。
結局、数時間たってから、仕事終わりのジイさんに見つかって、声をかけられ初めてそんな状態から回復した。
気づけばあたりは黄昏に染まり、人の往来も減っていた。
「親友が、ねぇ...」
「ま、よかったじゃねぇか。生きてたんだろ?死んでたと思ってた野郎が」
「あ...うん...」
すっかり意気消沈してしまった俺に、事情を聞いたジイさんは慰めようと言葉を投げかけるが、どうにも俺はなぁなぁな返答しかできなかった。
「はぁ...取り敢えず、此処でうだうだしてても仕方ない。一旦帰るぞ」
その日。俺はその言葉だけしか、まともに返答はできなかった。
その日の夜。
なんだか寝れなかった俺は、気がつけば、稽古によく使われる広い中庭に出ていた。
夜空には、皮肉なほど綺麗に満月が浮かんでおり、中庭は足元が明確に見えるくらいには明るかった。
――俺から、全てを奪った癖に!!!
(はぁ...一体、俺は...どうすればいいんだろうな)
...いっそ、死んでしまえば。
俺はなんとなく、手元にあの時全てを飲み込んだ、あの石の欠片を『創造』する。
今となっては、練習も重ね、過去すでに『暴走』したということもあり、またあんな惨状が繰り返される可能性はほとんどない。
ただそれでも、
別に俺だってそんなに死にたいわけじゃない。だけど、酷い正義感に似たようなものに、どうしても心が押しつぶされそうになってしまうのである。
「...フッ。もし、そんなんで死のうものなら、きっとジイさんは腹が
「俺がどうしたって?」
「!?」
すると俺の後ろには、まるで突然現れたようにジイさんが立っていた。
「...いつからいたんだ?」
「ついさっきだよ。お前が中庭にいるのが見えたんでな、様子見ってやつだ。...昼間の話。まだ尾を引いてんのか?」
「...まぁね。生きてた、ってのは嬉しいさ。嬉しいんだけど...」
「ま、あんだけの惨状だったんだ。ああもなるだろうよ」
「で、どうせお前のことだ。自分が死んじまえば万事解決、だなんて思考が頭ン中回ってんだろ?」
「んぐ..」
「図星か。...はぁ〜しょーもねぇな。が、まぁそうもなるのも仕方がないか」
「まぁ、ちょうどいい機会だ。鬼哭流の極意ってやつををお前に教えてやろう」
「極意?」
「ああそうだ。鬼哭流の本髄といっても過言じゃない、これまでお前には教えてこなかったことだ。....いや、教えたくなかったが正しいな」
「ま、これに関しては習うより慣れろのほうが一番わかり易い。ちょっと待ってろ」
そう言って、ジイさんは道場の方へ小走りで向かうと、一分もしないうちに帰ってきた。...右手に、一振りの真剣を持ってきて。
そして、それを無造作に投げて、俺に寄越す。
「抜け。そして、本気でかかってこい」
「え?」
「真剣勝負だ」
そう言うと、ジイさんは腰から、刀を抜く。
そこからあられるのは、朱色に妖しく光る刀身を持つ、妖刀、『暁』。
その発言に俺はたじろいだが、それでもじいさんは言葉を連ね続けた。
「勝敗は当然――」
「どちらかが、死ぬまでだ」
「ッ―――じょ、冗談だろ?んな突然....ッ!!」
真剣勝負なんて初めてだった。言われたことも、考えたこともなかった。
だから――怖かったんだ。
今から、この人に
...いや、きっと、何があったとしても、ジイさんの剣が、もしくは俺の剣が、相手の喉元を掻っ切るなんてことはないだろう。そうだ、これは木刀が一段階アップグレードしただけで、これはただの
だけど、どうしても。俺は刀を鞘から抜くことを躊躇ってしまう。
――だって、ジイさんの目も、声も、姿勢も、気配も、何もかも。
本気で、マジで、俺を殺しに来ているのだから。
俺に殺されに来ているのだから。
手を抜く気配なんてない。視線は俺の得物と、首元に固定される。
「――だから、そんな思考が浮かぶんだよ。「俺が死ねば〜」だなんて甘ったるい思考が、発言が!!!俺はもう得物を抜いて、いつでもお前を殺れる。お前は自分を殺そうとしてる人間に向かって、そうして呆けているのか?」
「選べ。今、此処で、お前はそうして首を斬られるのを待つ阿呆面かいた自殺志願者になるか、苦虫を噛み、心を押しつぶし、情を捨て、心から刀を抜いて俺に抵抗するか。今お前にはその2つの道しかありゃしないんだよ」
「これが、鬼哭流の本髄だ。殺そうとするなら、躊躇いなく殺せ。抵抗しろ。それが、誰であろうと。刀を抜け。振り下ろせ!!!」
その言葉に。
俺は、まだ納刀された刀を左手に持つ。
――俺は
To Be Continued――
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