最終話

 1年後。


 歳をいくつ重ねても、自分の作った曲を褒められるのは嬉しい。特に今、全国の中継につながったうえで曲を披露するのは格別だ。


「今日の放送で今年イチバン話題になったアーティストが決まるってよ。なんか大層なことやってるけど、別に俺らは自分たちのやりたいようにやってただけっていうか、そのやりたかったことに結果がついてきただけっていうか……。そこまで大切なことでもないって感じだよな」


「それもそうだよ。こうして番組に出られるようになったのも、僕がミスして本名で曲を作ってしまったのが原因なんだし。知らぬ間にネットで騒がれてさ。『あの消えた天才が帰ってきた』なんて言われてたし」


「でも少し嬉しかったんだろ? 自分のことを覚えてくれた人がいたって思えて」


「そりゃあ嬉しいさ。今の今まで、僕はだらけて怠けて、ひまを持て余して、何か一つでも情熱をかけられるようなものも一時期はなくしてしまっていたんだから」


「そうだな。でも今はある」


 赤兎のその言葉は僕の体を軽くする。


 ステージ上に何台もある照明は僕たちだけを照らして、この世界の全ての人が僕たちに注目するように仕向けているかのように思えた。


 体の底から震えてきた。しかしこれは緊張や恐怖からではない。楽しみだと思えている証拠の武者震い。


 心の底から感謝した。自分を受け入れてくれる人たちに。あのとき、自分で自分を嫌いになりかけていたときに仲良くしてくれた彼女たちに。僕を好きでいてくれるあの子に。


 ステージ側から見えるモニターに赤兎が映し出された。そうなるとすぐに僕たちの番になる。


 僕ではなく赤兎を見てほしい。僕の声ではなく曲を聞いてほしい。僕は後ろでただ機械を動かしているだけでいい。それでいい。それがいい。


 そうして、僕たちの世界に入っていく。




 ☆☆☆☆




 曲を披露したあとはそのまま食事会に移る。そしてその食事会をしている最中に今年のアーティストを決める祭典『ジャパンズアーティストアワード』が始まるのだ。


 赤兎は皿に盛られた肉たちをガツガツと口に入れていく。少々下品にも思えるが、僕のような庶民からすれば美味しそうに食べている姿はまさしく少年のようである。僕もドレッシングをベチャがけしたサラダをガツガツと食べた。


「やあ、ちょっといいかな?」


 食事の最中に話しかけてきたのはどこか見覚えのある人物。その人の後ろには僕のよく知っている男女二人が立っている。


「君たちの曲は素晴らしいよ。特に作曲をしている君。前にも会ったことがあるよね? 覚えているかな?」


「あー、何となく」


 僕は適当に答える。その様子を見ていた赤兎はニヤニヤしている。


「ひどいなぁ。ほら、君が前に所属していたバンドがデビューするってときに話しただろう? 今はマネージャーをしているんだ」


「へー」


「それで、よかったらなんだけど前のバンドメンバーと話をする気はないかな? 君やうちのバンドの今後を話したいんだ。君にとって悪いことでもないと思うんだ。だから……」


「じゃあ、僕のマネージャーの方に伝えてくれるかな」


「分かったよ。それじゃ――――――」


「まぁ、門前払いされると思うけどね」


「ッ……。そ、それじゃ」


「はい、それじゃ。んで、後ろの君たちは何しに来たのかな?」


 僕は高圧的に入ることにした。今までのこともある。それに僕の中の最低な部分がそうしろと命令してくるのだ。さあ、どう出る。


「ひ、久しぶり慎吾……。なんか見ない間に変わったな……」


「ちょっと話をしない? 大切な話なの」


「ここでしてくれ佐藤。あと僕は変わってないよ田中。僕は変わらない。君たちが僕を追い出してそれから時間が経っているだけ。見ない間にって、それ君たちが言う? 見捨てた間に、の間違いだろ?」


 赤兎はまたニヤニヤしていた。


「いや、だから……」


「佐藤。君たちが僕に話しかける理由はだいたい分かるよ。バンドに戻ってこないかっていう誘いだろ? さっきのマネージャーだってその話で来てたはずだ。それかもしくは共同での楽曲作りとかだろ?」


「あ、あぁ、そのとおりだ……」


「断る」


 言葉をつまらせる二人。僕は追撃する。


「理由を教えてあげるよ。はっきりと言うが、僕は君たちのことが死ぬほど嫌いなんだ。僕を見捨てた後、療養中だった僕に連絡すら一つもしないで、いざ僕が有名になったら話しかけてきてさ。キモいんだよ正直。だから君たちは嫌いなんだ」


 ニッコニコの顔ですごいこと言ってる。二人は何も言えない様子だった。


「赤兎からは何か言いたいことある?」


 飯を食う赤兎はそれを中断してまで僕の方を向いてくれた。


 そして二人に向けて中指を立てる。両手で。咀嚼しながら。


「僕の前から消えてくれ」


「れ、連絡先とか……」


「消えてくれ。あと僕、籍を入れてるから。女性との連絡は控えてるんだ。特に君と連絡はしたくない」


 性格的にあまりしたくはないのだが、なぜだか本能的に僕も中指を立ててしまっていた。


 僕は食事に戻る。




 ☆☆☆☆




 家に帰ってきた。厳密には家ではなく借家というわけでもなく、部屋を借りているということにもなるのだが、一体どういう判定なのかが全く分かっていない。


「ただいまでーす」


「おかえり慎吾くん。あれ? 赤兎くんも一緒? ご飯は食べてきたんじゃないの?」


「食べましたよ。こいつが晩酌したいって言ってきて」


「お久しぶりっす咲さん。ほら、これ見える?」


 ちらりと見せたのは高いワイン。咲さんの好きなやつだ。


「まさか一緒に飲めと?」


「そういうこと。ほら上がれや慎吾」


「いやここ僕の家……じゃないけど、多分僕の家みたいなもんだ!」


「リビングでみんな待ってるから行きましょ」


「ひゃっほーい!」


 賑やかな家だ。たしかに奥のリビングの方で時雨さんと雪斗さんが騒いでる声がする。梨花さんの高い声も若干するな。


「おっとー! なんとここで赤兎さん登場ー! いえーい!」


「お久しぶりです!」


「お久ー、体にお絵かきしてるお兄さん」


「なによ? もう飲んでるわけ?」


 すでに飲んでいるようなテンションだもんな。あんだけハイテンションならアルコールが入ってしまうとどうなるかが気になるところではある。


 さて、僕も向かうとするか。


「あ……」


 二階から階段で降りてくる人がいる。お風呂に入ったのかもうパジャマ姿だった。きれいな青色の髪は僕の好きな色だ。それにその髪の色を持つ女性のことも僕は好きだ。


「おかえりなさい」


「ただいま」


 番組見た、と彼女。どうだった、と僕。


「アイドルが可愛かった」


「光葉の方が可愛いよ」


「最近はあまりツッコまなくなったね」


「予想外の返答で光葉のほっぺたを赤くすることにハマってるんだ」


「赤くなってない」


「ホント?」


「先にリビングに行くので、それでは」


「待ってよー」


 二人の左手の薬指。同じ形の銀色の装飾品がキラリと光った。

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突然東京から呼び戻された僕(24歳・無職)、美人な女子だけが住む下宿の管理人をさせられる。【共同生活は色々と大変です。】 戸松 @bluedoor

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