芋売る男
「にいちゃんたち、うちの店はどうや?」
3人が振り向くと、そこには1人の男性が立っていた。オレンジのシャツと茶色のネクタイ、えんじ色のスーツを着た怪しげな風体。某食いだ〇れ人形を薄めたような顔をした中年の男。怪しげな関西弁風の言葉遣いも相まって、あの人形が動き出したようにも見える。
男の後ろには小さな釜を積んだリヤカーと「石焼き芋」の文字。どれもこれもポップに色づけされて、ちょっと見ただけでは焼き芋屋とは分からない。
「えーと……焼芋屋さんですか?」
人見知りの他の2人が黙っているので、マシロは仕方なく尋ねた。男は胡散臭い丸眼鏡を両手でクイクイ押し上げながら、歯をむき出してニカッと笑った。
「そう。うちの焼芋は美味いでぇ!」
マシロは母の言葉を思い出していた。『駅前はネタの宝庫だけど、中には本当に危ない人もいるから、嫌な予感がしたらすぐ逃げなさい』と。
危ない人なのかどうかは分からないのだが、なんとなく怪しいとは思う。四角い眼鏡と丸い眼鏡が探り合う横で、タクマの腹が大きな音を立てた。それを聞いた男のやけに赤い唇が弧を描き、ひょいと伸ばした手で釜の中から大きな芋を1つ取り出す。
「まあ、騙された思って食べてみい。それはタダでええから」
ホカホカと湯気の上がる焼芋を三等分して渡してくるので、思わず受け取ってしまった3人。タダほど高いものはない。マシロ、祖父の教えである。しかし空腹と好奇心には抗えず一口齧る。口いっぱいに広がる香りと、ねっとりした甘み。
「美味い!!」
三者三様の声が上がる。男は満足そうに頷きながら、スーツの腕を組んだ。猫舌のマシロは少しずつ芋を齧りながら、男に話しかける。
「ところで、おじさんはどうしてスーツなんですか?」
「この色、焼芋屋さんぽくないか」
「うーん……そう言われればそうかもしれなくもないですけど」
「どっちやねん」
「どっちかってーと、お笑い芸人みたいや」
タクマは一口で食べてしまった芋の皮を、寂しそうに見つめながら呟く。トオルは芋の味が気に入ったようだ。財布を取り出して男に話しかける。
「3個ください」
「おっ、太っ腹やな、にいちゃん」
「バイト代入ったので。ほら、君らに奢ってやるよ」
「ありがとうごぜえます、トオルさま」
「一生ついていきますぅ」
「やめろ。その代わり今度奢れ」
トオルは苦笑して、大袈裟に感謝してまとわりつく2人を躱す。徐々に打ち解けて来た雰囲気の中、マシロはかねてより疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「あの……焼芋屋さんて、夏場は何してるんですか?」
「……知りたいか?ほんまに?」
男は辺りを見回し、急に声を潜める。まるで誰かに聞かれるのを恐れるように。そんなに危ない話なのだろうか。男の様子に思わず芋を食べるのをやめた3人は、迷った末に恐る恐る頷いた。好奇心には勝てない。
「分かった。にいちゃんたちには特別に教えてやる」
男はますます声を潜め、釣られた3人は顔を近づけていった。が。
「って、言うのはウソでぇ!オレ、あの店のオーナーやねん!趣味でリヤカー引いとるんですわ!にいちゃんたちみたいな恥ずかしがりやさんもおるでな!夏場はソフトクリームもあるから良かったら来てな!」
キーン。
耳鳴りを残したまま、男が去って行くのを呆然と見守る3人。その先には、例のお洒落上級者が行くIMOの店があったのである――。
「はああああああ?」
〈終〉
焼き芋ロワイヤル 鳥尾巻 @toriokan
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