第十七話『お魔力、お魔力、ギュッと込めて』

 火吹きトカゲの尻尾は、結局の所殆どギィ君が食べてしまった。

 食わず嫌いというか、食べ物になった瞬間に見方って変わるよなぁなんて思いながら、最初は恐る恐る手を出したと思えば、いつのまにかぱくついているギィ君を見ているとなんだか少しほっこりして見ているだけでお腹が膨れた。

 かくいう私も幾つか食べてみたけれど、実際美味しい、コリコリしていて、少しだけ芯の部分を噛むと熱い。どうやら食材になって尚燃え続ける魔物のガッツが料理を美味しくさせているようだ。

「めーわくかけちゃったからねぇ! いっぱい食べてってねー!」

「イケルゼ!」

 ケミィの返事にスイお姉さんがツボっている。

 実際、壺の中に食べ物が吸い込まれていく風景は確かに面白い。

「ねぇケミィ。それ一体何処に行くの? 収容されるわけじゃないんだよね……?」

「ナゾダゼ!」

 謎らしい。でも途中で中身を確認してもケミィが吸い込んだ食べ物は存在していなかった。

「本来使い魔は食事を必要とはしないので、娯楽ですな。ご好意が身に沁みます」

 元々は路銀が殆ど無かったので、ケミィとカサギさんには食事を我慢して貰っていた。

 だけれど今日はサービスという事でドンドン火吹きトカゲの尻尾焼きが運ばれてくる。

 というか在庫処分なのでは無いかと思うくらいには運ばれてくる。流石に乱獲しすぎたのかもしれない。

 けれどその生命を無くしても焼かれる火吹きトカゲは本望であろう。美味しく食べてあげようと思った。

「しっかし、上手いこといったねぇ」

 旅をするうちに、私達の関係性もそこそこ変わってきた。私もいつの間にか敬語が取れて、ギィくんもだいぶ、良い意味で私を雑に扱ったり、大事に扱ったりしてくれる。

 これが恋だの愛だのと言うつもりはまだ無いけれど、なんだかんだ良い関係性だなぁと思いはじめていた。

「だなぁ……でも同じ所に長く留まるのは厳しいかもな」

 そう言って、ギィくんはチラリと右奥の席を見る。そこにはこちらをジロジロと見ている冒険者達のパーティーがいた。さっきの騒動で目立ったのは間違いないが、睨まれる筋合いは無い。

「アイツらの視線、結構怠いぞ。今夜の宿、大きい部屋を一つにするか……」

 怠いとはどういう事なのだろう。魔法使い同士で何か感じる物でもあるのだろうか。

 私自身、魔力感知のまの字も無いから良く分からないが、ギィくんは妙に真剣な顔をして、冒険者達を睨み返していた。


「じゃあスイお姉さん! ごちそうさまでした!」

「ん! ツボツボちゃん! またおいで! トリトリくんもね!」

 名前には納得していないが、出来ればまた会いたいなぁと思いつつ、私達は冒険者ギルド兼酒場を後にして、宿を探す。

 ギィくんは相変わらず真面目な顔で歩いていた。

「魔法の類?」

「あぁ……なんか魔法で見られてんだよなぁ……。雰囲気的に雑魚っちゃ雑魚なんだが、あまり暴れると面倒だし、さっきから放っておいてるんだけど、どうしたもんかな」

 ギィくんは空に向かって軽く手を伸ばして、くるりと円を書いた。

 するとパキンという音が鳴る。

「よし、ちょっと走るぞ!」

「もう! 急だって! 食べたばかりなのに!」

 おそらく追跡魔法を解いたのだろう。私達はギィくんのアシストで足が早くなるサポート魔法をかけてもらい、宿屋まで全力でダッシュする。

 そのまま急いで部屋を取り、ベッド四つの大部屋を借りて、やっと一息ついた頃には、私よりもギィくんの方が疲れていた。


「吐きそう……」

「だから食べたばっかりだって言ったのに……」

 私は普段からよく運動をしているけれど、ギィくんは一応魔法使いだ。腕っぷしは強いのかもしれないけれど、基本体力は何気に私の方が勝っている。

「とりあえず簡単に診たげるよ」

「いや……回復魔法は自分で……」

 確かに回復魔法は便利ではあるけれど、魔法には使い慣れという物がある。

 だからこそ、こういう時は私の出番なのだ。

「回復魔法っていうけどね、ギィくん吐き気止めの回復魔法なんて詳しく知らないでしょ」

「それは……そうだが……」

 回復魔法については、魔力に任せて大雑把に全てを回復する事も可能ではある。

 だけれどそれだと使用魔力と実際の回復の効率が悪い。だからこそ、使い慣れをして的確に患部を回復させるという技術があるのだ。

 特に私のような魔力許容量の少ない魔法医は、その使い分けに全身全霊を以て向き合ってきた。

 とはいえもう前職ではあるのだけれど、それでも昔取った杵柄というやつだ。

「ほら、こうしたら私くらいの魔力でも、簡単に、ね?」

 吐き気に効く回復魔法の種類、使うべき最適な位置と、治すために必要な最低限の魔力。それを把握出来るのは、私が出来損ないだったからこそでもある。

「意外だな……ちゃんと回復魔法使うのか……というか凄くないか?! ほぼ魔力減ってないだろ!」

 急に元気になって一安心かと思ったら、妙なテンションで私を見ている。

 おそらくこれは私の魔力量を見ているのだろうなぁと思いながら、妙な気まずさを覚えて私は目をそらした。

「そりゃ元魔法医ですし、魔力量が少ない魔法医なんてそもそもいないわけで、それでもやってくには工夫がいるんだよ……」

「セチガレェゼ」

 ケミィの語彙がちょっと進化しているけれど、なんか口が悪いのが心配だ。

「ですが驚きました。実際許容量に対してほぼ魔力が減っておりませぬな。トリス様、実は魔法を使う方の才能には恵まれているのでは?」

 カサギさんも妙に持ち上げてきて、少し困る。

 魔法に関しては知識だけで、ハッキリ言って出来損ないだとばかり考えてきたから、そんな事は考えたこともなかった。


「いやいや……処世術というか。私なりにまぁ……敷かれたレールを走る為の努力というか……」

「それにしたってさっきのは常人に出来ることじゃねーぞ。トリス、お前ほんとに持ってるかもな」

 大魔法使いのお墨付きまで貰ってしまった。

 私は本当にただ省エネでやらないと魔力が尽きるだけなのだ。

「持ってないってば……こうしないとすぐお仕事出来なくなっちゃうから……」

「なぁ、その感覚ってどのレベルの回復まで意識して使えるんだ?」

 ギィくんの真剣な表情に、私は嫌々通っていた元職場の事を思い出す。

 彼は結局、大魔法使いという凄い身分でありながら、魔法大好き人間だという事が最近分かった。

 だからこと魔法のことになると、私の錬金術に対する興味の強さに近いレベルで食いついてくる。

「んー……裂傷? 剣とかでズバっとやられた感じまでなら、同じくらいの魔力で治せたっけなぁ? 仕事嫌すぎてあんま覚えてないや……」

「いや、それ結構凄い事してるからな? 使用魔力の圧縮って、だいぶ高度な技術だぞ……」

「自覚が無いとは何とも……」

 ギィくんとカサギさんに何とも言えない顔で見つめられて、私は思わず赤面してしまう。

「いや、いやほんと……魔法は無理だってぇ……ケミィ助けてぇ……」

「イケルゼ!」

「いけないよ!」

 まさか三対一なのだろうか。

 こんな事でギィくんの魔法好きに火をつけてしまうとは思わなかった。

 実際、私の魔力許容量が凄く少ないのは事実、魔法使いとしてやっていく素質は誰から見ても無いと思うのだけれど。大魔法使いが真剣な顔で言うのだから、観念して話を聞くしか無い。

「あのな? お前のその回復魔法の意識を、攻撃系の魔法に切り替えるとするだろ? するとだな。例えば今日俺が使ったような高度魔法も撃てるくらいになるんだよ。流石にだいぶ魔力は消費するだろうが。想像出来るか?」

「いや想像出来ないって! 出来るわけ無いでしょうに! あんなの天変地異の類じゃない! かっこいいなーって見てたよ私!」

「けど実際そうなんだよ。許容量少ないヤツが無理に魔法を使おうとして辿り着いた先が魔力圧縮って……。トリス、お前俺でも結構難しいと思う事やってんだぞ……」

 言われなきゃ気付けない事も多いとはいうものの、当たり前になりすぎていて気付きもしなかった。

「学校でも習わなかったしなぁ……」

「習うわけねぇだろそんな高等技術。契約魔法を習わねーのと一緒だっての。魔力圧縮は技術の問題で相当鍛錬がいるモンだし、契約魔法は魔力量の問題で使えるヤツが少ない。ケミィはお前が沢山の壺に毎日触れてたから生まれた奇跡みたいなもんだ。なんでずっとコイツ元気に浮いててトリスも元気なのかなって疑問ではあったんだが……」

 要は、ギィくんの言う所によると、本来使い魔は主の魔力を使って顕現しているのでそのうちに魔力量の限界が来るだろう。それはカサギさんも知っていたみたいだけれど、二人して言いにくくて黙っていたというのだ。でもその実、ケミィは元気に今日も浮いている。

 その理由が、分かったというわけだった。


「要は、トリスは無意識で圧縮した魔力をケミィに送り続けていて、ケミィ自体があまり多く魔力を食わない使い魔だったから、上手くやれてるって事だ。相性最高じゃねーか。すげぇな……」

「テレルゼ」

 実際照れる。ケミィにいなくなられるのは非常に寂しいし、だったらこの技術も悪くないと思えてきたりもしてしまうのだけれど、実際の所無意識でやっている事なので実感は沸かない。

「ちなみにもし私が魔力を使い切っちゃったらどうなるの?」

「俺が魔力を供給する。ケミィも仲間だからな」

「……テレルゼ」

 実際照れるのだ。そういう事を真顔で言わないで欲しい。

 けれど、嬉しかった。魔法について認めてくれた人は、初めてかも知れない。

 それが大魔法使いなら、尚更嬉しい。しかも旦那さんである、名ばかりではあるけれど。

「じゃあやるか! 特訓!」

 バチンと言う音と共に、急に部屋が静まり変える。


――もしかして変なスイッチが入ったのではなかろうか。


 それからのギィくんは饒舌になって止まらなくなり、結局次の日の朝、空に手を上げて魔力感知をしている私がいるのだった。

「あれぇ……?」

 覚えてしまった、というか無理やり覚えさせられてしまった。

 最低限身を守る為の魔力感知と、追跡外しの魔法、それに、簡単な攻撃魔法も圧縮魔力で撃つ練習をさせられた。殆ど寝てないままのテンションで宿を出た私は、半分笑いながらたかだかと空に手を上げる。

 というか、流石に夜中の間ずっと魔法を使っていたら、いくら圧縮していても魔力は切れかけているのが分かる。

「あれぇ……? ねぇギィくん」

「ふぁー眠、なんだ? もう一泊してくかぁ……?」


――魔力感知に、何かが引っかかっている。

「ねぇ、なんか、凄いでっかいのがひっかかってるんだけど……?」

 その言葉に、ギィくんはこすっていた目を見開いて、すぐに臨戦体制を取る。

「寝てる場合じゃねえわ。トリス、剣の準備しとけ」

 ギィくんの視線の先には、昨日こちらを睨んでいた冒険者と、黒いローブを着てニヤついている。明らかに私達を敵視している魔法使いがいた。

「もー! 寝てたら元気にやれたのに!」

「でも、寝てたらやられてたかもしれん」

 言い合いをしつつも、私達は一歩前に進みながら、その手に炎を、そうしてその手に剣を携えて、笑っていた。

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魔法使いの担当医 けものさん @kern_ono

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