第十六話『れっつかんふー!』

 ギルドに戻った私が手にする予定のお金は、路銀どころの騒ぎではなくなっていた。

「いや、全部倒すって……何? いや冗談でしょ? ツボツボちゃんがやったの? それとも恥ずかしがり屋の彼?」

 流石に指名手配もされていないという事でご飯くらいは食べていこうと、ギィくんとカサギさんも誘ったのだけれど、ギィくんは警戒してだいぶ深めのローブで顔を隠していた。カサギさんはギィくんの肩に小さなカササギになってとまっている

「えぇ……まぁ……、皆で頑張りました。沼の状況はとりあえず確認してもらえたら、それと尻尾、すみません、冷凍保存です」

 ケミィの中からトン、と氷に包まれた火吹きオオトカゲの尻尾を出した。

 それを見てスイお姉さんが吹き出す。

「そりゃ100本越えてるならそれが正解だけども! しばらく入荷しなくて良くなっちゃったよ!」

 私は厨房の仲間でケミィを連れていき、魔法具である所の氷結箱の中にひたすらトカゲの尻尾を詰め込み続ける。

「一個一個が大きくて入らないね! いやー、困った困った!」

 実際、尻尾の大きさに比べて、氷の部分が多い。氷結箱には入って20個といった所だった。要は氷が邪魔なのだ。氷結箱に入れて置けば冷凍して新鮮さは保てる。

「一個ずつ溶かすのも手間だねぇ……いやまさか全滅させてくるとはこっちも思ってないからさぁー」

 その話がカウンターの前にいたギィくんにも聞こえていたのだろう。彼は無言で厨房に入ってきて、冷凍箱の様子を見る。

「全部溶かしゃ、入るか?」

「溶かせたらね、でも相当手間よ?」

 それを聞くと、ギィくんは私とケミィを見て、小さく溜息を吐いた後、冷凍箱に入れた氷のキューブに包まれたトカゲの尻尾をケミィの中に戻し始めた。

「トリ……ツボツボ。お前はケミィの中にある大事なモン……燃えたら困るモンを全部出しとけ」

 ギィ君のツボツボ呼びは非常に不服だったけれど、この場で本名を呼ばれるわけにはいかないので仕方がない。スイお姉さんは隣で爆笑していた。

 私はケミィの中から剣と、普段持つには重い道具だけを取り出した。他は大体自分で持ち歩いている。

 だけれど、今回の状態を見る感じでは、ケミィは相当の量の道具を持ち歩けるようだ。

 なんせトカゲの尻尾キューブ100体分以上をその口の中に入れているのだから。

「準備出来たか? ケミィ、今からお前ン中を全力で燃やすが、お前って中身燃えても平気だよな?」

「イィ?!……ケル、ゼ」

 世にも物騒な提案と、それを飲み込むケミィを私は不安気に見つめていると、ギィ君がケミィの口の中に手を突っ込んだ。

 その口の中から、ぱぁっと赤い色が広がる。

「我が右手は炎神の残す灰を掴んだ。豪炎の下、世界は焼き爛れても尚、灰は熱を帯び、燃やす、燃やす」

「え? お兄さんなんか凄そうな事言ってるけど大丈夫なのツボツボちゃん。厨房ドッカンとかは流石に路銀がパーだよ?」

 焦ったスイお姉さんがこちらを見るが、結果は私にも分からない。だけれどギィ君が自分から協力してくれている以上、おそらくは何かしらの方法があるのだろう。

「炎神の灰よ、再びこの掌で火花と化せ……」

 ケミィから溢れる赤い光が強く輝き、スイお姉さんは既にカウンターの方まで逃げていた。

「……イフレイ」

 それを見て溜息を吐きながら、ギィくんは詠唱を終え、魔法を唱える。それと同時にケミィの口からボフンという水蒸気があがる。


「ツボツボ、とりあえずケミィの中に山程ある水を流してくれ」

 本当に仕方のない事だけれど、私はツボツボ、私はツボツボなのだ。仕方がない。

 スイお姉さんも何事も無かった事を安心したようで、こちらに恐る恐る戻ってきた。

「お兄さん凄いね……! 何したの? 何したの?」

「氷を、溶かした」

 なるべく口数も少なくしているらしい。それはそれで新鮮だった。

「デテルゼ」

 それにしてもケミィから出る水が止まらない。

 氷を溶かしたという事は、つまりこの中にはあの100体を越えるアイスキューブ分の水が入っているのだろう。

「これ、先に氷結箱入れた方が良くないかな……?」

「濡れていいなら構わん」

「じゃあ私やるよ! 水仕事は得意得意!」

 スイお姉さんはなんというか、私よりも大人なのに可愛い。

 安全だと思えばもうケミィの口の中にも手を突っ込んでいる。

 とはいえ、ギィくんが手を入れている所は見ているので危険だとは思わなかったのだろうけれど、ケミィの性格的にそれを許さなかったらどうなったのだろうと思うと少し怖い。

「テレルゼ」

 いらぬ心配だったみたいだ。


 ポコポコと尻尾を氷結箱に入れていくスイお姉さんを見ながら、ギィくんはまんざらでも無い顔をしているようだった。スイお姉さんはケミィから尻尾を運ぶのが楽しくなっているらしく「ほっほっ」と言いながら元気に運搬作業をしていた。

「やっぱり凄いね……トカゲ倒した時もそうだけどさ。近くにいるとより強く分かるよ」

「そりゃあな。弱いわきゃねぇさ。でもま、強さだけでもやってけねぇ」

 それはおそらく、自分が勇者パーティを追放された事を言っているのだろう。

 私が近くで目にしていた、あれだけ強いギィ君でさえ、多人数の暴力や悪意の前では無力なのだ。

 それがどうしてか、はがゆく感じた。

「よっし終わった! それじゃ報酬ね! 火吹きオオトカゲ一匹討伐の報酬に尻尾の数を掛けてっと! そんでサービスに……100匹分サービスしたらうちの店潰れちゃう! でもまぁいっか! そーいえば報酬はギルドから出るからうちかんけーないんだった! あははははー」

 相変わらず豪快で可愛い人だなと思った。でもいいのだろうか、相当怒られるのではないだろうか。ちょっとだけスイお姉さんが心配になる。

 とはいえ報酬は報酬だ。ドッサリとした報酬袋を、幾つかに分けて貰う。

 一番大きな物はケミィの中に入れて、私とギィくんで多すぎない程度のお金を分ける。これで贅沢品の一つくらい買ってもバチは当たらない程度の余裕は出来た。ギィ君様々というか。スイお姉さん様々というか。色んな要素が上手く噛み合ってくれてホッとした。

「んじゃ! 食べてってよ! せっかく取ってきてくれたんだし!」

 その言葉に、ギィくんが一瞬ピタリと固まる。

 そうしてスタスタスタとギルド兼酒場から出ようとするところを私はローブを引っ張って止めた。

「一期一会、でしょ。食べていこーよ。お腹も空いたよ」

「その通りですぞ、主」

 私達を引き留めようとカウンターから出てきたスイお姉さんがまたも爆笑していた。

「いや、鳥ちゃんも喋るんかい! じゃあ君はトリトリくんね!」

 有り難い、非常に有り難い。スイお姉さんの素晴らしきファインプレー。

 ギィくんの赤面を見ながら、久々に思い切り笑わせてもらった。ありがとうスイお姉さん。


 私達はツボツボとトリトリです。


「んじゃー、座って待ってて、ツボツボちゃんはお酒ー……飲めない歳?」

「いえ、一応飲める歳ではありますが……あまり強くはないので……」

 酔って失態を晒すわけにはいかない。特に今の状況だと疲れも溜まっているし、酔ってしまうのが怖い。

「俺は貰うよ、歳は平気だ……地酒がいいかな」

「いいねぇ! うちのは評判良いんだ! 楽しみにしててね! トリトリくん!」

 その言葉に何とも言えない顔をしながら、トリトリくんは溜息を吐く。

「トリトリくんはお酒飲むんですねー」

 非常に良い心地だ。トリトリくんは少し私の事を睨んでから、カサギさんを肩から降ろして、小さく呟いた。

「まぁ……一期一会だからな。俺は飲める方だし、土産って感じでもない。ならまぁ、地酒くらいのもんだろ」

「しかし主、ツボツボ嬢と一緒に飲めないのは何とも寂しい話ですな」

 カサギさんもまた何とも素敵な事を言うものだ。律儀にツボツボ嬢と言っているのは、まぁもうカサギさんなら笑って許そう。

 私達が夫婦という事であれば、一緒の物を飲むというのは憧れる。

「俺が飲んで平気そうなら一口やるよ、それでいいだろ? 思い出ってのはそういうもんだろ」

 ギィくんが少し遠い目をして、嬉しい事を言ってくれた。

 きっと、彼にもそんな思い出があったのだろう。それが悲しい過去になってしまっているのならば、悲しい。

「アレぇ? 珍しい顔がいんなぁ? 姉ちゃんに、コイツぁ兄ちゃんかぁ? 男の癖に顔も出さねえなんて情けねえなぁ!」

 酔っ払っているのが、その声のトーンで一発で分かった。

「なぁんだこれぇ? 玩具かぁ?」

 大柄で目にアイパッチをした、強面の男性。おそらくは冒険者、ギルドで報酬を貰い酒を飲んでいた最中に、珍しい私達に絡みに来たという所だろう。カサギさんは静かになり、ケミィもまた、何発か殴られたにも関わらず、何も言わずにフワフワと浮いていた。空気が読めるツボで私は嬉しい。でも逆に私がケミィを殴られてプッツリと来そうなのを堪えていた。でもケミィが黙っているのだ。私が黙らなくてどうする。

「なぁ~、なんか言えよなぁ。つまーんねぇよぉ姉ちゃん!」

 酔っ払っているのは分かる。酔っ払いの相手は、するだけ損なのも分かる。だけれどその言葉の節々には悪意が見え隠れしていた。要は嫌がらせ、憂さ晴らしの類。

 周りを見渡してみると、普通のお客さんらしき人は目を伏せ、冒険者らしき人達は溜息混じりに首を振っている。


――つまりはよくいる、厄介客かぁ。

 無視を決め込むのも、悪手ではあるけれど、刺激するのも面倒だ。どうしようかと考えていると、不意に冒険者は私の腕を掴んだ。

「なぁ姉ちゃんよぅ! 黙りこくってるんなら喋らせてやろうかおい!」

 脅し、明らかに自分の方が優位に立っているのだと思いこんでいるからこそ出る安易な言葉だ。

 私は彼よりも弱いだろうか。掴まれた感触で言えば、軽く振りほどける程度だ。とはいえそれが本気だとは思えない。振りほどいた時点で、騒ぎになるのは確実。

 そうしてそういう事をしてしまった時に、本当に困るのはスイお姉さん。

 正直、スイお姉さんにはだいぶ助けてもらった。だからこそ、此処は穏便に事を済ませたい。

 脅される程度で済むならば、まぁ良いだろうと、口を開こうとした瞬間、ギィくんがフードの下からギロリとその大男を見た。

 軽く机を叩いてギィくん側に視線を注目させてから、ローブのフードをずらし、確実に冒険者の目を見て、見たことの無いような殺意の目を見けて、たった一言だけ、然と聞こえる透き通った声でハッキリと、だけれど事が荒立たないくらいの音量で、言葉を向けた。

「そいつぁ俺の嫁だ」

「あぁ? 今更かっこつけても遅……」

「……離せ」

 その圧は、腕を掴まれている私にも伝わる程の物だった。

 始めて、ギィくんを少しだけ怖いと思った。同時に、心強いとも思った。

 私の為に怒ってくれているとしても、それも、静かで、熱い怒り。彼から溢れている感情は、それだけで魔法のような気配を感じ取れる程の力が籠もっていた。

「あ……あぁ……」

 冒険者が私の腕を離す。それと同時に、私達の机にコトンと注文した料理と飲み物が置かれた。

 瞬間、ゴガン!! という音が鳴り響き、冒険者が思い切り金属のトレイの"角"で殴られているのが見えた。強襲といっても差し支えない。

 一応はやめてくれていたタイミングだったのだけれど、おそらく強襲者はそれを知った上で、冒険者に攻撃を加えている。

 脳天への武器トレイ攻撃の後、怯んだ冒険者の顔面を思い切り強襲者の拳が捉えた。

 冒険者も、流石に歴戦とは言わずとも冒険者としての矜持があるのだろう。即座に拳を撃ち込むが、その全てがトレイで受け流されていく。

「れっつ、かんふー!」

 もはや一人舞台、周りは皆観客と言った感じで、強襲者は冒険者の顔面にもう一度殴打を入れ、後ろへ倒れかけた頭をトレイの皿部分で支え、そのまま動けない冒険者の腹部に思い切り蹴りを入れる。そうして、強襲者ことスイお姉さんは結局、自分で騒ぎを起こし、動けなくなった冒険者の首根っこを掴んで「ごめんね! しばいとくから! ごゆっくり!」と言ってカウンターの方へと消えていった。


――凄い物を見た気がする。


「ねぇ、今の……」

「……すげぇな、うちのパーティにいたっておかしかねぇぞ」

 それ以上に、私としてはギィくんが放った圧の方が凄かったのだが、スイお姉さんの劇的な打撃技の連打についても驚くしかなかった。


 ちなみに酒場フロアでは拍手が巻き起こっていた。世界には知らない事ばかりだなぁと思いながら、ギィくんがトカゲの尻尾を前に固まっているのを見て、私はちょっとだけホッとしながら、少しだけ笑った。

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