星誕祭!

ネムリブカ

第1話「嘘吐きのうじむし」

キイィィィィン!!!!


 乱雑で、不可思議な音が頭の中に鳴り響く。なんか...こう、気味の悪い感じが...あれだよ...言葉にできないぐらい気持ち悪いってことだ。そんな感じで頭をぐらんぐらんってぶん回されてるみたいな感じがしてずっと止まらなかった。


 だんだんと、いつの間にかそんな痛みが強くなってって、閉じたまぶたの隙間に入り込んだ光が広がり始めていた。目を開ければ...証明をギラギラと光らせた電車が、自分のことを照らしながら仁王立ちしているのが見える。


 「なんで?」そんな疑問しか頭に浮かばなかった。頭の中はただ真っ白になって何にも考えれなくなって、考えることも面倒くさくなってくる。次第にゆっくりと誰か男の声が聞こえたかと思えば、おびただしい数の物音や騒音が耳の中へと直に流しこまれた。正直、最悪な気分でゲロ吐きそうになるかと思った...


 少しずつだが、周りの音もはっきりと聞こえてると、足音が自身の近くへと近づいてきているのが明確に感じとれた。増えるばかりで何にもわからない情報に嫌気が差した俺は、そっと目を閉じてそのまま引きずり込まれるように深く眠ってしまった...


 目を覚ませば、まだあの頭を揺らすような痛みは残っていたが、かなり楽になっているのがわかった。何が起きているのかもわからないが、とりあえず体を起こしてみると自分がベッドの上にいるのがわかる。そして、周りを見渡せば仕切りのような物が横に置いてあるのを見て、ここが病院であることを察していた。


 (病院か...じゃあさっきのは夢じゃなくて現実なのか。クソ!...金なんてねぇよ...)


 自分の体をまじまじと眺めれば、包帯が巻かれていたり、点滴が打たれているだけで、恐らく電車でひかれたであろうはずの自身の体に痛みは無く、特に大量に血が出ているようにも見えなかった。


 「おはようございます。起きたんですね。すみません...少し離席しておりました。」


 突然話しかけられ、少し「ビクッ」としながら顔を上げると、ナースさんがニコニコと微笑みながらメモのようなものをとっていた。丁度良いと思い、自身の身に何が起こったのかについて、少しイラついた様子で聞くと、少し驚いた顔をした後にとても丁寧な言葉で教えてくれた...


 「何で俺はこんなことになったんだ?」


 「えっ?...なるほど...では私の口から説明しますね。」


 「まずあなたは、電車にひかれました。」


 「...」


 その言葉を聞いたときは、まさに察していた通りで「でしょうね」としか感想がでなかったが、逆にそれ以外を考えることの方が難しい...それよりも、今は怪我が全く無い方が気になっている。


 「それに、怪我の件ですが...ひかれた現場にはあなたの血液があったらしいんですけど...これといった怪我は全くなかったので、とりあえず点滴となんとなく包帯だけ巻いときました。」


 「...」


 「雑過ぎじゃないか?」と、腹の底から出そうになった言葉を押し込め、その他の事件の詳細や誰かに突き落とされた可能性は低いことなどについては伝えられたが、それでも怪我のことについては納得いかなくてしょうがない...


 「これって...異能ですか?」


 「さあ?体が再生するタイプの異能者はいるらしいですが、前はこういった怪我の再生はなかったんですか?」


 「いや、全く」


 「本当に突然発現するんだな...」とも思ったが、「電車にひかれたときに発現」なんてあまりにも丁度良すぎるタイミングで起きたのが幸運だった。しかし、まだ頭が痛くてしょうがない...再生の異能なのに、こういった痛みは軽減してくれないのだろうか。


 「あと...その後に事件が起きたんです。」


 「事件?」


 それはあまりにも予想外の言葉だった。てっきり、代金についてでも言われるのかと思ったが、まさかの電車事故と同時に「事件」...つまりは誰かが俺がひかれたのに紛れてちゃっかり悪さを働いていたということだ...


 「はい。テロ集団が例の電車事故と同時に駅を襲撃に来たらしいです...今は警察が追っていて逃走中らしいですが、全く足取りが掴めないとのことです。」


 「えっ?」


 あまりにも警察の調査状況を知りすぎているとも思ったが、それ以上に壮大な話しで動揺を隠しきれなかった。まあ...最近理由もわからないテロ活動がかなり増えてきているのも事実だ。正味現実的に受け取れきれてはいないのが本音ではある。


 「うっ...」


 急に頭の痛みが強くなってきた...起きてから時間がたったせいで感覚が覚醒してきたのだろう。グラグラとまた、気持ちの悪い感覚が蘇ってくるような感じがする...いや、事故のときよりももっと強力になっているようにも感じる。


 「気分の方は...良くなさそうですね。」


 看護師さんの声もかすれて聞こえてくる...頭の中で聞こえる声が反響し始め、脳みその中を搔き回すように揺らしている。


(あれ、視界が赤く...)


 目から血が流れているのだろう...あまりの激痛のせいか、うめき声が漏れているのにも気づくこともできずに頭を抱え込んでいる。ひしめいているかのような痛みを感じながらも、ただただ再生の不便さにキレそうになってた...


 (クッソが...使えねぇじゃねぇか!)


 「うぉぉ...!いてぇ...」


 「顔を上げてください...早く。」


 看護師さんは医者を呼ぶ様子もなく、せかすように俺に話しかけてきた...たぶん応急処置のようなものがあるのかもしれないが、全くもって鬼畜だ。イラつきながら質問責めした仕返しかとも思った...とりあえず指示に従って前を向いて見れば、血のせいで見づらいが、すぐそこに、そうすぐそこに看護師さんの顔があった。


 「なん...だよ...」


 「大丈夫です。落ち着いて、身を委ねてください。」


 いつの間にか看護師さんが自分の体の上に跨がっていることに気づいたときにはもう遅く、なぜか俺はこの人に唇を奪われてしまっていた...「は?」それしか頭に浮かばなかったが、痛みでそれ以上は考えられなかった。正直めっちゃ嬉しかった...


 (あれ、なんか...もしかしてこれ!舌入れられてる!?)


 あまりにもありがた過ぎるこの状況に感謝しかなかったが、それはそうとして、早く医者を呼んで欲しい気持ちでいっぱいであった...


 (せめてもっと良い感じのムードが欲しかっ......んっ!?)


 看護師さんとのありがた過ぎる時間が唐突に始まった訳だが、このままにしとく訳にもいかないため手で彼女の体をどかそうとした時だった...


 更に口の中へ、何か大きな異物のようなもの入れられ、口が膨れるほど押し上げられたと思えば、水のような流動体を喉へ流し込まれているかのような感じがしているのだ。無理矢理喉の中へと異物を入れられる感覚は、あまりにも気分の悪いものだった。


ゴクッ


 「ゴホッ!ゴホッ!んだこれ!」


 別にそれはゲロの味がしたわけではないが、水だとか酒でもなんでない、例えるなら、よくわからないフルーツの味をしたジュースを飲んだような感じだった。すると、俺の目から流れ出す血の量が更に増していっていることに気付いた。


 「点テキ...キイテキたな、ようやく。」


 一瞬だけ、彼女の声にノイズが入ったかと思えば、人が変わったかのように声も喋り方も別物になっていた。


 さっきよりも強まっていく痛みに耐えながらも、こいつがどんなツラしてんのか見るためだけに、力を振り絞って顔を上げてみれば、視界に写ったのは紺色の短い髪を生やしたまさに美女って感じの人だった。


 ナース服もいつの間にか彼女の立派な腹筋が見えた少し...いやかなり際どい服装になっていた。


 「なんだ...さっきよりもカワイイじゃねぇか...安心...したぜ...ゴホッ!!」


 「強がっても全くカッコよくないわよ。」


 正直本当にただの強がりだ。点滴のだけでもかなりヤバかったのに直接ぶち込まれたせいで今度は本当に死ぬかと思うぐらい酷く、声も出せない。


(たぶん仕切りは置かれてはいるがこの部屋には俺以外に患者がいない可能性が高い!というかなんでこいつは俺を襲ってやがんだよ!これでジョークとか言われたらぶん殴るレベルだ!クッソ、心の中のツッコミが止まんねぇ!) 


 「!?」


 「そろそろかしら?タフだと時間がかかるわね。」


 突如、軽めのジャブを頭に喰らったかのように脳みそが大きくグラついた。つい気を緩めてたら気絶しそうな勢いで焦ったが、火事場の馬鹿力なのか頭も体もよく動かせるようになってきた。


 (あんまり女相手にこんなことしたくはねぇが...これしかない!)


 「あっぶな!よく動けるわねアンタ...」


 俺はこいつの顔を掴もうと手を伸ばしたが、あっけなく躱されそのまま限界を迎えて意識が離れていく感覚に耐えれずに、またもや気を失ってしまった...


(またかよ...)


 バタンッ!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ふ~...わざわざ毒で無力化してよかったわね。」


(ただのくたびれたおっさんかと思ったけど、想定より元気いっぱいね。)


 私はとりあえず、「依頼人」の指示通りに彼のことを両腕で抱えて運び始めた。無駄に時間を使ってしまったせいか、約束の時間はもうすぐであった。しかたなくこいつを抱えた私は、窓際に立つと深く深呼吸をした。


バリンッ!


 窓を突き抜けてそのまま外へと飛び出せば、重力に従った体が風を上から突き抜ける感覚に全身を襲われた。清々しい気分の中に浸かったようであった。地面に足をつけ、上から降ってきたガラスのシャワーを頭から浴びながら、「目的地」へと足を進めていった。


 人運びなんて手慣れたものだが、思ったよりも毒の効き目が悪くて時間が予想以上にかかってしまったのは想定外であった。やはり、再生系の能力は面倒くさいな...


 街灯に薄らと照らされた路地裏の中を通れば、小さな事務所のような廃墟が見える...私の目的地はまさにこのありきたりではあるが、依頼人にはここと指名されているのだから仕方ない。


 スッと目的地の中へと潜り込み、放り投げるようなライトが階段を照らしていることに気付いた。電気が通っていないからだろうか?わざわざこんなことをせずとも、1階で待てば良いのに...


 落とさないようにと、しっかりと標的を抱えながら階段を上がって行けば、「ポチャッ」と、雨漏りしたのか液体が階段の上から垂れているようで、それを踏んだ音が静かに響いていた。


 上へと上がれば鉄のような匂いが2階に漂っていた。それこそ中は真っ暗で何も見えないが、そこの中には確かに「なにか」がいる。そう断言できる。なにせ私のこういう勘はめっぽう当たると自身でもそう思っている。おぞましくて気持ちの悪いものがいると...


(この依頼人は...ちょっと外れかもね。)


 暗闇に目が慣れてくると、奥の方でなにか動いたのが見える。ゆっくりと抱えていた奴を地面に降ろし、スマホをポッケから恐る恐る取り出してライトを点けてみれば、黒い人影が...いや、まさに「真っ黒」な人の形をしたなにかがいるのが見えてしまった。


 「あんたが依頼人?目標のおっさん連れてきたわよ。」


 ライトを引き続き当て続けるが、その真っ黒な人?は何も反応を見せなかった。しばらくしてもそれは動かず、私も緊張のせいか、一言も発さずにそれを眺めて突っ立っているだけだった。


 「オエッ!オエッ!おぉっ!」


 誰かが嗚咽する声が少しだけ離れた所から響いてきた。少し驚きながらもスマホを音の聞こえた方向に向かってかざすせば、光に照らされ、長髪の女っぽい人型が見える。そいつは口からゲロを吐いて口元を拭っていた。


 (これが依頼人?それならこっちの黒いのは異能かしら?)


 「ゴホッ!ごめんなさいね。私、ちょっとだけ病弱でね。はは...」


 その声に聞き覚えはない。しかし、明かりに照らされながらにこやかに笑っているその顔にだけは、見覚えがあった...


 「呆仔(ほし)...」


 (あ...しまった。つい名前を...)


 「ごめんね。こんな形での再会で...」


 「なんで」そんな疑問で頭の中が埋め尽くされては真っ白になる。それがずっと繰り返されて言葉を出そうにもなんて声をかけたら良いのかすらわからず、首を締め付けられているかのようだった。


 「久しぶりだね。ははは、いやぁなんて説明すれば良いのかな...うっ!」


 ...彼女は私の顔を見てから、ずっとにこやかに笑っている。けど、それすら無に帰るほどその顔色はずっと悪く、辛そうに見えた。


 私は彼女が「異能者」だっただなんてことすら、病弱だなんてことすらさっきまで知らなかった...しかも、こんな裏社会の仕事を加担してることすら!そして、私はそれを知る機会すらも自分から手放してしまった。


 「呆仔!」


 浮かび上がる後悔で頭が一杯で、何にも考えていなかった。でもいつの間にか、持っていたスマホすら投げ捨てて、彼女の元へと向かって必死に走っていた。


 彼女はなにも喋らず、私を呼ぶように腕を広げて笑っていた。


 「ははは...驚いた。ありがとね。」


 彼女の体を必死に離さまいとするように抱きつくと、私のことを包み込むような優しい声で私のことを迎え入れてくれた。昔より少し声が高くなったようにも感じるが、やっぱり呆仔はホシのままだ...


 タタタタタタタタタタ...


 (...誰かの足音!?近づいて...いや、遠のいてる!まさか、この短時間で!?)


 気づかない間に涙でぐしゃぐしゃになった顔を後ろに向ければ、いつの間にか晴れていた雲から顔をだした月の光が入り込んだ部屋の中には、黒いのも、「誰も」いなかった...そう、本来の目標も。


 「ごめん!ホシ!今すぐ探しに...!」


 「おえっ...!」


 「...!?」


 月明かりで照らされていた部屋で私には気づくことができないものがあった。彼女だから気づいたことだ。忘れかけてた...この部屋に来るまでの異変を。


 この部屋を支配していたのは、私みたいな穢れた人間には嗅ぎ慣れてしまった血の匂いと、一人の死骸だった。病弱だとかそんな話じゃない、もっと人として重要なことだ。


 「ご、ごめんね。他の仕事も一緒にしてたからさ...」


 震えるような、辛そうな、気持ちが悪そうな声だ。その声を聞いたら余計に「アレ」を捕まえようという気持ちと彼女への申し訳ない気持ちが溢れて仕方なかった...


 「わかった...今すぐ捕まえてくる。話はそのあとでね。」


 「うん。行ってきてね。」


 窓を割って飛び降りようとした私の耳に聞こえて来たその声は、ひたすら切なく聞こえた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (本当にタフで助かった!あの女が俺から離れてくれたのが幸運だった。あの感じなら、そんな早くは追い付けねぇだろ!不便とか思ってごめんな!再生ってやっぱり強ぇわ!)


 ダッダッダッダッ!


「はぁはぁはぁはぁ...」


 後ろにあの女がいないことを確認して、すぐ近くの路地裏に隠れて息を潜めていた。昔より落ちていた体力に歳を感じるのは少し悲しかったが、今は逃げきることがとにかく最優先だ。


 「はぁ...」


 安堵しきったため息を吐いては、視線を横へと移して路地裏の先を見れば、大きなゴミ箱があった...正直撒ききったとは思っているが、万が一がある...仕方ない。


 「おえっ...クセぇ...」


 むせ返るような悪臭に包まれ、正直後悔したが...これなら全くバレる気がしない。悪臭で涙を流しながらも、「勝ったな」と勝ちを確信した笑みを抑えれなかったが、早くこつこから出たくてしょうがなかった...とりあえず、このまま明日の朝さえ迎えればどうにかなるか...


 (あぁ...まだ頭痛ぇ...というか今何時だよ。あっ...そういやスマホ渡されてなかったな...)


 スマホはなるべく早く返して欲しいな。いや、轢かれたときにぶっ壊れたか...そんなことばかりを考えて、目の前の不安なんてとっくに無くなってしまっていた。


 人ってのは案外単純で、5分くらいたったときにはもうこの悪臭にも慣れてきたし、危機感すら消えて早く明日にならないかな~みたいなことしか正直頭になかった。


 だからだろうか、想定からいつの間にか消えてしまっていた。あの女が、俺のことを見つけるという状況を、まるで絶対にあり得ないことかのように...

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