【第2巻発売記念/特別SS】可不可と行く運京の名所巡り
「へぇ、琥珀国も運京も初めてなんですか? 遠くからいらしたんですね。俺のことは可不可って呼んでください。客人の案内はよくさせられるんで得意ですよ」
そう言って黒い胡服を着た青年――可不可は如才ない笑みを浮かべた。よく見れば黒髪なのに青みがかった瞳をしているから、西域の血が混じっているらしい。きびきびとした動きからは普段から彼が働き者なのがうかがえた。
この城市は様々な国から人が集まっているのだろう。
長く待たされて城壁のなかに入ったあとは別世界のようだった。特に繁華街だという、大路の近くは二階建て三階建てと高い建物が立ち並び、商家というより、まるで大府のお屋敷が並んでいるかのようだ。
大路を行く人も身ぎれいな格好をしており、しかも驚くほど多い。のんびり歩いていたら、自分が行きたいのとは違うほうへ流されてしまいそうになったほどだ。
「運京ってのは、いまでこそ琥珀国の王都ですが、そもそもは天原国の王都だったわけでね。天原国王朝末期に、どういうわけか琥珀国が黒曜禁城を陥落させたって言うんで、運京一体は琥珀国になったって話。このぐらいはご存じですか?」
王都に暮らしていると、人が来る機会はよくあるのだろう。滑らかな話しぶりからは案内慣れしているのがよくわかった。
運京というのは琥珀国よりも長く続く古鎮で、いまだに至るところに天原国時代からの古い屋敷や遺跡が残っているのだとか。
「その筆頭はなんだと思います?」
突然問われても初めての街だから、なにもわからない。あてずっぽうで、ぱっと目についた建物を指さした。
「ああ、泰廟……まぁあれも天原国時代からの遺跡といえば遺跡なんですが……泰山信仰と言うのは、ここいらでは古くから根付いてますからね」
城壁に囲まれた街のなかで一際高い小山の上に、これまた一際目立つ反り返った屋根が頭ひとつ高く見えている。
泰廟の、小山をぐるりと巡る山門や高楼は、柱や屋根を支える垂木――木の木を組み合わせた部分が独特の朱色をしており、周囲の緑と相まって、どうしたって目につくのだ。
「琥珀国の人は普通は泰山府君を信仰しますからね。じゃあ手近だし、まずは泰廟をお参りしましょうか。ただ、ここは建物入り口の門檻がやたらと高いから、足を引っかけないように気をつけてください。うかつに転ぶと、本当に死にますから」
ただの注意にしては、やけに真剣な口調だった。過去になにかあったのだろうか。
目についただけのときは簡単に上れそうな小山だったのに想像より階段が長かった。お参りして門前町まで下りてくると、息が切れていた。
「さぁさぁ、お客様。せっかく運京に来たんですから泰廟参りだけで終わったらもったいないですよ。やはり、運京といえば黒曜禁城でしょう。もちろんなかには入れませんけど、門を見て帰るだけでも話の種になりますよ」
それは確かにそうだとはっと我に返った。
運京まで来て黒曜禁城を見ずに帰ったとなれば、故郷で笑われてしまうだろう。
もちろん、来る途中の街道からは街の全景が見えていたし、見張り櫓や高楼は遠くからでも見えていた。大路を歩いていたときも、人波の向こうに楼閣を持つ門が見えていたが、間近で見るとやはり別物だと思うほどの迫力があった。
「ここが
二重楼閣を持つ門は近づく者を睥睨するように聳え立っていた。
ただ大屋根を持つと言うだけでない。柱や屋根を支える木の組み合わせも、鋲が打たれた門扉も古めかしい。
別に通るつもりはなくただ眺めているだけなのに、どことなく近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
「これが黒曜禁城の炎帝門……」
文字は読めないが扁額にはそう書かれているのだろう。人通りが多い門らしく、役人らしき袍を着た者たちが門番に令牌を見せては門のなかに吸いこまれていく。
なにやらすごいものを見てしまったという心地で、少し離れた場所から動けずに眺めてしまった。
まるで門に心を奪われてしまったかのようだ。
「ほら、見に来てよかったでしょう」
気持ちが落ち着いてきたころあいを図り、可不可が話しかけてくれた。
「そろそろお腹が空いたんじゃないですか。なにか食べましょうか」
そう言われなかったらお腹が空いていたことも忘れて、門をずっと見てしまいそうだった。そのときはこのあと炎帝門で起きる騒動など、知る由もない。
繁華街へと歩いていくうちに子どもと遊んでいる少女がいた。
上品な仕立ての上着を着て、朱金色の襦裙を纏っているところを見ると、いいところの令嬢なのだろう。
地面に置いた紙になにやら文字を書いて、その紙を壁に貼りつけている。
「あっ、お嬢、何をやってるんですか! 文を書いた紙を壁に貼るなんて……檄文だと思われたらどうするんですか!」
可不可の声に少女はびくりと身構えて、ぎょっとした顔をこちらに向けた。
「いいですか。壁に書を書くのが最近の流行だと言うのはわかります。しかし本来、壁に文を貼りつけるというのは時の権力者を非難する檄文の意味があるので、役人にでも目をつけられたら面倒なことになるんですよ。お嬢は本当に知識はあるくせに変なところが世間知らずなんですから……」
可不可がくどくどと説教をはじめたところで、子どもたちは関わったら面倒なことになりそうだという気配を察したらしい。少女に別れを告げて、三々五々、路地の向こうへ散っていく。
「ああ、そうだ。お嬢とここで会えてちょうどよかった」
可不可はふといいことを思いついたと言わんばかりに手を打ち、こちらを振り向いた。
「うちのお嬢は『灰塵庵』っていう代書屋をやっているんです。どうです? 運京土産になにか家に掲げる札とか格言でも依頼していきませんか?」
その言葉は笑顔で告げているのに、妙な圧力があった。
ここまで案内してくれた親切にはやはり思惑があったのだと、にこやかな青年の本当の顔を垣間見た心地がしたのだった。
〔終わり〕
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