「かあちゃん」重松清
多分、まともに読むのは初めて。重松清氏著作『かあちゃん』。
『母』ってなんぞ、というシンプルな疑問と、男どもの恋愛を書く上でも『母』は要るのではないかと考え最近、関連書籍を集める感覚で読んでいます。
トップバッターは『償う母』。夫が死んだ。一番の加害者はトラック運転手だが、横に乗せていた人が巻き添えになった。主人公である彼の母は、被害者遺族に許しを乞うことはしなかった。唯一切願したのは、息子は憎まないでほしいということだけ。私だけを憎んでくれと。
母だって遺族であり、無実なんです。だけど罪を一人で背負い、生活と子供を守るため、働いたことのない身を粉にして働き続ける。笑いもせず。泣きもせず。
相手方の娘さんは若いこともあって憤り、言いたいことがあるといきり立っていたがそれを止めたのは、またその娘さんの母だった。
互いに、これ以上ないくらいにドロついた感情から我が子を守るため、前に立ち続ける母たちの姿。なにもそこまでと思うほどの、長年に渡って戦う勇者のような姿をまざまざと見せつけられ、償いとは何か、子を守るとは何か、を具体的に表している描写が胸に迫って落涙不可避なお話でした。
お次は『加害者の母たち』。その相手方の娘さんである彼女本人の、息子さんのお話です。彼と彼の友達は強要されていじめに加わった。最悪な結末を迎え、償う側になってしまった。
祖父の過去の話、母たちの和解を見て、誰よりも早く『償い』を学んで成長し始めた彼は、かつて逃げた学校へと舞い戻ります。
そこではまた主犯格である同級生が反省もなく過ごしており、彼の友達が次の被害者になっているのを見た彼は友達の側に立つ。主犯格に何を言われようが、勇者見習いとして帰ってきた彼には無効。
友達はそんな彼の姿を見て、少しずつ立ち向かう勇気と償いの姿勢を学んでゆく。そして決着に向けて歩を進める。
いやー、男の子ですね。正しくは性差じゃないだのなんだの細けぇことは割愛して、男の子だなー! と思いましたね。
とにかく自分たちの世界で決着をつけよう、親を含む大人の手は借りないぜ、という方向へ行くんです。
女の子は状況を読んで他者に援護を求めるのが上手かったりする。その場ではダメでも後々、気持ちの切り替えが上手くいくことが多く、しぶとく生きられる子が多いと思う。
だから、もっと大人を巻き込んで大事にして、あいつの足元から崩してしまえ、という方には行かない。それはおそらく、彼らの感覚では戦略として認識されていない。
河原での喧嘩に大人が入るとしたらそれは警察官、手を汚すとしたら砂埃と血液、という世界です。男と男の戦い。助けを求めることは自分に負けたことになるんです。
いや、負けじゃなくてそれは生存戦略、と言ってもあいつらひとつも聞いてません。しょーがねー奴らだなー。
お次は『母を守る母』。主犯格の幼馴染で、同級生である女の子による視点。いじめに対して自分たちだって加害者だ、あいつはあんな子じゃなかったのに、という目線で物事を見ています。
そんな彼女は認知症の、母方のおばあちゃんがいる。母だけが奮闘する姿を見て、施設に入れようと提案するが拒まれる。
生活って似たパターンの繰り返しですよね。キャラはころころ変わるものではないから。母はおばあちゃんがまだ自分の母だったころの反復行動をふと思い出すその瞬間を、ことのほか心の支えにしていた。汚物の処理よりそれが上回っていた。愛ですね。
愛だけは永遠だ、と言ったのは誰だったか。それがあるからこそ頑張れる。でも無理は続かないから、いつか施設に預けていいとも私は思うよ。
そして流れるように次の話へ。『伝説の母』。子供たちのクラス担任は、彼らに対話ノートをつけるように命じます。これは伝説の教師であった彼の母がやっていたことです。
彼は母を、というより先生自体に憧れ教職に就いていますが、自分のことがよくわかっていない人っぽい。それは母が自在に操る大きな車を上手く操縦できない描写で表現されているかと。
自分が今できることの限界、人の気持ちや物事をどれだけ正確に捉えられているか、こうすれば上手くいくはずだという勘だけで進んでぶつかっていることが、車幅感覚の甘さとして描かれている。
実際、認知症のおばあちゃんは死んだほうが幸せなのでは、と正直な気持ちを書いてくれた生徒への返信に『命の尊さは生きていなければわかりません』と書く始末。
人の言葉の切り貼りが多い人は、大抵自分のことがわかっていません。人の気持ちの機微にも鈍感。いつも霧の中を勘で進んでいる。それが許される環境にいるからこそできる芸当なのかも。これは私の持論です。
情けないなあ、と思いながら完璧な母からお説教を頂戴していましたが、気づきます。母も自分のようにプレッシャーで胃炎になったりするし、確実に老いている。現役時代と同じように振る舞っているのは、この頼りない自分のためではないのだろうか。
彼は本腰を入れて自立を意識し、一人暮らしを目下検討中。そんな彼を呑気だな、と冷ややかな目で見ているのは、夫に頼れぬ環境で仕事と育児を抱えた仕事仲間の女性。題して『挑む母』。
彼女はバスケ部顧問です。ある日、所属の女子生徒を家に呼ぶことになります。生徒は再婚した母が妊娠中。多感な時期。私は邪魔になるのでは、なんて悩みを抱えた子。
そんな生徒を見て、彼女が考えたこの一文が印象に残りました。
──中学生という年頃は、ずるいことや曲がったことに敏感すぎるくらい敏感で、だからこそキツくなってしまうときもたくさんあって……でもほんとうは、優しさや寂しさに対しても、敏感なはずなのだ。──
彼女は子供のことで母に頼らざるを得なかった。そんな母が彼女をみかねて言ったこと。『仕事辞めたら』。パンク寸前だった彼女はついカッとなり、母と勢いよくぶつかってしまった。
でも生徒の前では、自分が言われたら怒るであろうことも素直に口にできていた。みんなこうだった、子供は親にもっと甘えていいんだ、と。
そして彼女は母が自分宛てに残してくれていた、エールを形にしたものを発見して号泣する。生徒は、未来を暗示するかのような明るい笑顔を向けてくれた先生の赤ちゃんを抱いて、落涙する。
はい、当然のもらい泣き。ダブルアタックで泣かすのやめてくれません? 枕が濡れたじゃないですか(寝っ転がり中)。
そして、いじめ主犯格である彼の話。若い心は柔らかく、折れ曲がりやすい。家庭に大きな問題がありました。父のせいで母は心をボッキリ折られ、家に帰らなくなっていたようです。『消えた母』。
実質、弟との二人暮らし。不安がる弟を励ましながらも、彼だってギリギリの精神状態です。周りに助けを求めぬ中学生男子である彼は、不器用であり素直でもあった。
この年代の子供にもっと上手くやれというのは酷なこと。伸び盛りである身体と精神の発達スピードは、沖へ沖へと流されるがごとく急で恐ろしいものなんです。
水深が上がるばかりの中を進むだけで精一杯なのに、家庭不和をまだ頼りない両肩にドンと乗せられ、辛い水がどんどん口へと入ってくる。思わず手近なものを掴みたくなる。それは彼がいじめで追い込んだ黒川くんだった。
絶対に黒川くんは恨んでいる。突然頭を鷲掴み、浮きの代わりにして溺れさせようとしてきた者を。必死だったから、なんて通用しない。命に関わることなのだ。
自分がやったいじめ。最初は優しかったはずの先輩たちからのいじめ。抱えきれない家庭のこと。ずっとギリギリなのは変わらず、むしろ悪化の一途をたどる日々。しかしある日、一緒に謝りにいこうと幼馴染に誘われ、彼の進むべく道が分岐した。
迷いが行動に出たんでしょうね。そのあとすぐ大変な目に遭ってしまいます。それで皮肉なことに、膠着していた事態が動いた。
親は一生親なのです。黒川くんの親たちはまた息子がひどい目に遭うのではないか、死にたくなるのではないかというPTSDに襲われ激昂しつつも、息子をかつての同級生たちに合わせることを承諾するラスト。
それに続いて、冒頭で登場した『償う母』と被害者遺族である娘さん、その息子さんとの再会を果たすラストという二本立て。
奇しくも子どもたちのいじめに関わる物語と、彼らの親世代の物語がここで再度交差します。親が見つけた教訓を、子供が自分のものとして取り込むことで前へ進めた。あの事故は悲劇なだけではない。子が生きるための道標となった。
髪をゆっくり編むときのようにすくって結んで綺麗にまとめ、美しく形作られた物語でした。月並みなことを言いますが、世の子供たち全員に読んでほしい。
やってしまったいじめについて、作中で語り合っていた内容が特に良かったです。
──人をいじめることはあとからどんなに謝っても取り返しがつかない。──
持ち物を隠す、暴力を振るう。それは謝罪する、法で裁かれる、慰謝料の受け渡しなどで解決する。
しかし存在を踏みにじった、踏みにじっていいと思ったことは取り消すことができないのです。信用を失くすことと同義だからだと思います。
酷い態度を取る営業マンや面接官がいたら、その会社を今後も利用しようとは思いませんよね。顧客に縁を切られてやむなし。心で考えるのが苦手な人は、このように捉えると腑に落ちるでしょう。
私なら? 許しません(許さんのかい)。呪いの類がなぜ子供や孫に行くのか、今ならとても理解できますね。
なんで親の因果が子供たちに、関係ないじゃないか、なんて昔は私も思ってました。理屈じゃないんですよ。本人がね、一番苦しむ方法がソレなんですよ。
謝罪もせず、思い出しもせず、いっちょ前に家庭をこしらえているであろう加害者たち。そのときが来てしまったら、親としてどう振る舞うつもりなんでしょうね。
誰もプロットを書いてくれないノンフィクションの世界だと、案外簡単に家庭崩壊しちゃったりして…………(世にも奇妙な物語のED)。
清田いい鳥の読書感想文 清田いい鳥 @kiyotaiitori
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