「ゲルマニウムの夜」花村萬月

 初読み花村萬月氏。事前に得た情報は『エログロ』『バイオレンス』。どっちも好きな要素ですが、私にはどうだろう。




 オーマイガー。初手で無実の犬が蹴られてやがる。初手で。スタートから飛ばしすぎだよ花村さん。スピード違反で免停確定してるじゃない。


 すでに読めない漢字がいくつか登場するほどに、小難しいことをゴチャゴチャと考え続けている主人公。カバーを失くしたナイフを常に握っているような、めっちゃお荒みあそばしている二十二歳。ピチピチ。


 親はいないと思うが父の話はチラッと後で出てくる。少年院を経験済みで、すでに二人殺して修道院に出戻っている。そんな童貞くん。童貞なんですよ童貞。彼は童貞(ワクワクすんな)。


 で、もちろんすぐにその貴重な童貞は散らされます。はぁ……(惜しむな)。関係を持つようになったのは、妊娠できなくなった女性。彼女も色々あったんですよ。あれかな、ヤッてるときは何も考えなくてよくなるから、みたいな。後に別の女性とも関係します。このときは覚えたことを試したように見えていた。


 彼の口、というか脳内で語られるその半生は波乱万丈で、頭が良いぶん無駄にいろんなことを拾ってしまっている印象。情報量が多く、非常にノイジー。


 多分、いちいち外部の出来事なんかに反応して、わあわあ泣きわめく心の中の子供を殴って蹴って黙らせるしか生きる方法がなかったのかもしれない。


 その子供を表に出してしまうとおそらく二度と立ち上がれなくなってしまうのだろう。食い物にされて、サンドバッグにされて、そういう未来が手に取るように見えるから先に攻撃を仕掛けて身を守る。


 彼は男の子なんてそういうもんだ、男の子から男になろうとするときは皆そうだ、弱みを見せない態度を身につけたい衝動にかられるのだ、と今のところ結論付けています。


 私としては気持ちはわかる、けどそうじゃない、お前の暴力衝動は自信のなさと見えない先への不安から来るものだ、傷つくことを恐れなくなってからが本番だ、と頭ごなしにめちゃくちゃ言いたくなる。


 しかし彼と、彼の周りにいる子供たちにそんな言葉はきっと響かない。安全地帯がなく、後ろ盾のない彼らは今日も立場を利用した悪い大人に利用され、同じように荒んだ仲間ではない子供たちとのサバイバルを常に強いられているから。


 もし更生というか、安心を与えたいと思うなら、まず彼らのための安全地帯を無償で用意せねばならないでしょうね。


 グレる子供は安全地帯のない子がほとんど。衣食住揃っていても、否定、強制、暴力があればあるほど家庭という場所は良くて職場、悪くて監獄になる。気が休まらない。


 それがない場所を提供し、無償の愛を注がねばならない。それも育つかどうか、つまり与えた愛に応えてくれるかなんて期待せず。この難しさがおわかりになりますか。




 無実の犬を蹴った。人を殴ってバキバキに歯を折った。虐めの発生を示唆し続けてきた。それは快楽でもあり、精神と身の保全のためでもあり。


 上級生に毎日蹴られていた。ある日、報復として大怪我を負わせた。性的に利用されていたことが発端だ。今も違う者に、保護者の立場であるはずの者に、性的に利用され続けている。


 やって、やり返してが続く日々。どうしようもない悪人として書かれた彼が時折見せる小さな幼さ、なにかを可愛いと思う瞬間の細かな表現などを見るにつけ、いつ倒れても良いように手を広げながら見守っていたいような気持ちに変化した。


 でも絶対、私じゃ手に負えないのよ。身につけた常識たちが邪魔をして、耐えられなくなり逃げ出す未来が見えている。そして残された当人は、絶望を深めてゆくだろう。


 じゃあ最初っから手を出すなよ、と私を恨みながら、そして最初よりも自分のことをより嫌いになってしまう。自分の精神に他者を入れたことを悔やみながら。ありきたりなバッド・エンドがもう見える。




 ある美しい少年が彼に近づいてきた。彼と違って被害に遭うばかりだった、こんなところでは悪目立ちしちゃうだけの容姿を持ったジャン少年。彼に性被害に遭っているのだ、と打ち明けます。


 可愛いものは可愛いと認められる彼は、しっかり耳を傾けて自分がやってやろうかと言った。ジャン少年は断りを入れた。その場ではなにも起こらない静かな会話に見えますが、これがジャン少年の精神安定に繋がり、勇気を奮い立たせたようだった。


 ジャン少年は強引に性被害問題への解決を図った。うっかり、を装って。


 それはシャバではあり得ない理屈をもって、穏やかに収束する。なかったことにされる、っていうことね。さらに神父からの性犯罪までもを抑止することに成功します。


 頭が良いせいで、目の前で起こる悲惨なこと全てに対して聞くに耐えないほどの言語をもって解析してしまう彼は、ここではカリスマだったんです。彼の国が本人の知らぬ間に出来ていた。


 この小説の副題は『王国記』。そういうことかあ、と腑に落ちました。


 ジャン少年は彼に甘え、彼に倣い、現状を変える勇気を持った。臣下のひとりになっていた。我が王に性的魅力も感じていた。




 BL小説書きとして美味しい描写がありますが、彼は別にそんなんじゃないわけです。そんな上手いこと思考が混線するわきゃない。


 性癖というのは案外生まれ持ったものに依存するし、頑固なもの。後の外的刺激で開花するのは元々持っていた場合に限るんです。


 女性たちとの性交と比較し、刺激はあれど違うなあという感覚を彼はキャッチします。肉体の繋がりというものは、相手を愛しく思っていなければただのマッサージと変わりないものなんですね。


 初対面のマッサージ師に施術されたからって恋とかしますか。上手いから後で指名をしたとしても漫画じゃあるまいし、めったにないでしょそんなこと。


 でもそこに会話が加わると。何気ないところに可愛いさを見つけ、好意を寄せられているのがわかってくると。段階を前後しただけのことになってくるんですね。行為にただの刺激だけじゃなく、しっかり意味が乗ってくる。精神世界へのアクセス権限を渡したくなってくるのです。


 別にその対象が男でも良かったけど、君の気持ちに温かいものが加わったならめでたいことだ。私的にはそこがちょっとしたハッピーエンドに感じました。


 彼ら的には殺伐とした日常でも、絶望的な世界でも、周りに認められていたこと。そして態度だけは優しい性犯罪者だった神父の野郎が、大事なところを縮こませ、引くしかなくなったであろうことがわかった瞬間も静かなカタルシスを感じましたし、かつては忌避感すらあった、女性との和解のようなものを彼が得られて良かった。


 ……願わくば、乙女心的には、関係するのはひとりに絞ってほしいけど。




 ちなみに、あっ!と驚いたことがあって。花村さんが小川国夫さんと対談したときの記録内容です。本編からじゃないんかーい。


 重ね重ねすみません、小川さんって小説家の方を私はそもそも存じ上げないんですが、彼はさらりとこうおっしゃっています。


 ──僕は、文学にとって一番大事なものは、音楽的センスじゃないかと、最近思い始めてますね。──


 ──もちろんリズム感も含めて。やっぱり全編が音楽になってるというのが魅力ですね。短編小説とか短い詩のばあいには、一行一行が楽音になってるかどうかというのが気になりますよ。──


 私も最近こう考えていたばかりだったので驚いたんですね。みんなが聴きたがるあの曲この曲のような、気がついたら没入して聴き入ってしまう音楽のような小説をどうにかして書けないものかと。


 勝手に耳に入ってくるような、読みやすさって大事なんですよ。ケッ、所詮素人が何を言う、とお思いでしょうが、素人作文だろうと下手なのに読みにくかったら余計読む気が失せるじゃないですか。


 楽曲もそうです。個人の好みによるところかもしれませんが、歌詞がいいから聴いてと勧められても楽曲が平坦で退屈だったら、没入までは無理。いい歌詞だなあ、とは思えても。


 歌手の演技力があれば大いに可能ですが、その場合は楽曲自体が不要になりますね。


 終始凪いだ水たまりより、あれ何メートルあんねんみたいな大波がここぞというときに来る海のほうが見てて面白いじゃないですか。小説はエンタメでしょう。奇しくも花村さんたちも、対談でそう語っていました。


 サービス業精神が抜けないという花村さんに、小川さんが『小説家はサービス業でないといけない』と肯定しています。サービス業、私は得意なので簡単にやる気が出てきました。おだてられてないのに勝手に木に登りましたよね。


 かつての私は、なんでも売っちゃうジャパ◯ットの高田社長みたいになりたかった。夢のジャパネッ◯タカタ。今は全然違うことをやっておりますが。

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