第一話『鉱山は眠らない』 EPISODE ONE: “The Mine Never Sleeps”

 逃げる。

 少女は、ただひたすらに、逃げる。

 夜の闇に侵された荒野を。

「助けて……」

 時にふらつき、時につんのめりながらも、けっして止まらない。

 もし、足を止めでもしようものなら――

 あの足音が聞こえてくるようだ。

 あのうめき声が耳から離れない。

「助けて…… 誰か……」

 少女は、逃げ続ける。




 時は、1875年。

 ところは、アメリカ合衆国カリフォルニア州南部。メキシコとの国境付近。

 見渡す限りの荒野と、雄大なる半島山脈ペニンシュラ・レンジの、その狭間はざまに、ある小さな田舎町があった。

 町の名は、“ロス・ロボス”。

 スペイン語で「狼たち」。

 そんな物騒な名前ではあるものの、はた目にはこれといって見るべきものもない、のどかな町である。

 食料品店、雑貨屋、宿屋、葬儀屋、教会、保安官事務所、それと酒場サルーン

 あとは町の外に、民家と畑、牧場がいくつか。

 国境近くの土地特有の、移民の子孫や旧メキシコ領の住民など、ヒスパニック系が多いところもありふれている。


 しかし――


 ロス・ロボスには、他の町にはない、ある特徴があった。

 それを詳しく知るためには、町に一軒しかない酒場、“タルデ・デ・ロス・ロボス”の中をのぞくのが手っ取り早い。

 町で最も大きな建物のひとつに数えられる、二階建ての酒場。

「狼たちの午後」の意を看板に掲げるこの店は、今日も大勢の男たちで盛況を呈していた。

 聞こえてくるのは、酔漢すいかんの笑い声と、ジョッキやグラスがぶつかり合う音。

 丸テーブルを囲んでポーカーに興じる連中もいれば、豆のペーストフリホレス・レフリトスを挟んだトルティーヤをがっつく者もいる。

 それらをいろどるのは、年老いたオルガン弾きがかなでる、陽気な音色だ。

 自由、欲望、享楽きょうらく

 広い酒場に満ちているのは、多分にして、そういったものであった。


 そして、蝶番ちょうつがいのきしむ音と共に、スイングドアが開いた。


 タルデ・デ・ロス・ロボスに、男がまた一人。

 噛みタバコでくちゃくちゃと口を動かし、いかにも荒くれ者という強面こわもての、大柄な男。

 男は、店に入るなり、

「へっ、しけた店だぜ」

 そう言い捨てた。

 店の中へと歩みを進めつつ、一分の隙も与えてなるものか、とばかりに、眼光鋭く周囲を睥睨へいげいしている。

 数人の客が、胡乱うろんげな目つきで、彼を見やった、その時――

「ちょいと、そこの。帽子」

 女の声だった。

 声の主は、カウンターの向こう側にいた。

 大きく胸の開いたドレスを着た、メキシコ人女性。

 あまり背の高くない、四十路よそじおぼしき年増女ではあるが、熟成された凄艶せいえんな美貌の持ち主だ。

 男は、たっぷりと時間をかけて、彼女のほうを向き、

「あん? 俺に言ったのか? 店員さんよ」

「店員じゃない。主人だよ。アンタ、店の中では帽子を取りな」

 それを聞くと、男はへらへらと笑いつつ、カウンターに寄りかかった。

「取る取らねえは俺の自由だ。メキシコ女の指図は受けねえよ」

 そう言い放ち、ペッと不快な音を立てて、茶色い唾を吐いた。

 唾は痰壺スピトゥーンを外れ、床を汚した。あるいは、最初から入れるつもりはなかったか。

 女主人の眉根が、明らかな怒りをもって、きつく寄せられる。


 すると――


「待て待て。待ちたまえ、エスメラルダ」

 横合いから、身なりのいい中年男が、女主人を制した。

 上等な仕立ての背広服と、蝶ネクタイ。それと、綺麗に整えられた口髭くちひげ

 西部の酒場には似つかわしくない、洗練されたたたずまい・・・・・と言っていい。

 彼は、男に向かって、こう名乗った。

「私はウィンストン・サムナー。この店の常連だ。以後、お見知りおきを」

 アクセントや発音から、英国人とわかる。妙に気取った、気障きざな物腰も含めて。

 ウィンストンと名乗る、この中年男は、口髭の端を指で撫でつけながら、男に尋ねた。

「ところで、君。この酒場は初めてかね?」

「そうだが、クソッタレの英国野郎ライミーがなんの用だ」

「忠告だよ」

 男の無礼な言葉にも、あくまで紳士然とした態度を崩さないウィンストン。

 彼は、大袈裟な身振り手振りで、こう続けた。

「彼女の店には、いくつかの厳然たるルールが存在する。そのうちのひとつが『店の中では帽子を取る』というものだ。よく憶えておくといい」

 たしかに店にいる客は、ウィンストンも含め、誰一人として帽子をかぶっていない。

 しかし、男は、またひとつ床に唾を吐き、彼の言葉を笑い飛ばした。

「へっ、よけいなお世話だぜ。帽子を取らなかったら、どうなるってんだよ」

 瞬間、ガチャリという音が、カウンターの中で鳴った。

「こうなるのさ。クソ野郎イホ・デ・プータ

 見れば、女主人エスメラルダが、水平二連の散弾銃を構えているではないか。

「今すぐ店をおん出て、二度と来ないか。アタシにぶち抜かれるか。ふたつにひとつだ」

 散弾銃を構える姿は堂にっており、脅し文句にもなかなかの凄みが感じられる。

 今は男も笑いを引っ込め、微動だにせず、彼女をにらみつけていた。

 男の手が静かに、ゆっくりと下ろされ、

「三つめもあるぜ。ババア」

 そう言うが早いか、腰の拳銃を抜いた―― かと思いきや、いくつもの撃鉄を起こす音が、店中に響き渡った。

 男が振り向くと、店内にいるすべての客が、一斉に拳銃を抜き、彼に向けているではないか。

 隣のウィンストンも同様だった。いつの間にか、銃口が彼の鼻面を狙っている。

「あ…… なっ……」

 数え切れぬ銃口ににらまれ、男は言葉を失ってしまった。

 店のどこかで、

「これが四つめってワケだ。チンポ野郎ディック

 と誰かが言い、続いて笑い声があちこちから上がる。

 下品な言葉に、ウィンストンはしかめ面で首を横に振りつつ、

「賞金首以外に無駄な弾は使いたくないが、彼女に害をなすのならば、その限りではない」

「賞金首……?」

 男は、己を狙う銃口の向こうにあるウィンストンの顔を、ジッと見つめた。

 そうだ。思い出した。

 気障で、気取り屋な、英国人賞金稼ぎの噂。

 サクラメントでも聞いた。

 サンディエゴでも聞いた。

 たしか、名前は――

「あ、あんた、“英国人イングリッシュ”ウィニーか……」

「ほう。私も有名になったものだ」

 ここで初めて男は、店内にいる客たちの顔を注視した。

 今まで見てはいても、ただの有象無象うぞうむぞうとしか思っていなかった、客たちの顔を。

 すると、どうだ。

 誰も彼もが、見たことのある面構え、聞いたことのある風貌に見えてくる。

 例えば、薄い頭髪を無理やりな一九分けにしている、神経質そうな男。

「そっちにいるのは“掃除屋クリーナー”ウルフギャング……――」

 例えば、ポーカーに興じていた、片目の男、頬傷の男、髭面ひげづらの男の三人組。

「そっちはクローニン三兄弟……――」

 ウルフギャングと呼ばれた男は、指先でテーブルを細かく叩き、

「訂正を要求する。ウルフギャングじゃない、ヴォルフガングだ。ヴォルフガング。ヴォルフガングとドイツ語発音で呼んでくれ」

 と、ドイツなまりの早口でまくし立てた。

 ウィンストンは、「静粛に」とばかりにウルフギャングへ人差し指を立てたのち、男のほうへ向き直った。

「さて、どうするね?」

 聞くまでもない。男はすっかり震え上がっている。

 この酒場にいる客は、いずれも名うての賞金稼ぎ、という事実に。

 男は、あわてて帽子を取り、

「す、すまねえ、ミスター・サムナー。そちらのマダムも。い、今すぐ出ていくよ」

 足をもつれさせながら、スイングドアに身体をぶつけ、まさにほうほうの体で店から逃げていった。


 そう。これが、ロス・ロボスの有する、他の町にはない特徴。


 いつの頃からなのか、なぜそうなったのかはさだかではないが、多数の賞金稼ぎがこの町を拠点にしており、その割合も住民とほぼ同数という、“賞金稼ぎの町”なのだ。

 あらゆる店を賞金稼ぎたちが利用し、また繁盛もしているため、町の経済は彼らによって回っていると言ってもよいほどであった。

 おまけに、悪漢あっかん無頼漢ぶらいかんの類、特に指名手配のおたずね者などは、賞金稼ぎたちを恐れて、けっしてこの町には近づこうとしない。

 そのため、ロス・ロボスの治安は、まったく完璧なものだった。


 さて、規律と秩序を取り戻したタルデ・デ・ロス・ロボスでは、エスメラルダが散弾銃をしまいつつ、

「よけいなことすんじゃないよ、アンタら。あんなチンピラ、アタシだけで充分だ」

 などと、威勢よく息巻いていた。

 まさしく“女傑”という言葉の似合う女主人だ。

 ただし、賞金稼ぎたちは皆、ニコニコと笑い、彼女を優しい目で眺めている。

 “英国人”ウィニーなどは、胸に手を当て、頭を下げていた。

「レディを危険な目に遭わせてはいけない、と思ってね。つい、差し出がましい真似をしてしまった。許してくれ、ママ・エスメラルダ」

 彼の言葉に、フンと鼻を鳴らすエスメラルダであったが、その口元には、まんざらでもない、という笑みがこぼれていた。


 ふと、気づけば、なにやら外が騒がしい。

 先ほどの男が、表で騒ぎでも起こしているのか。

 新たに店へ入ってきた客も、後ろを振り返りつつ、スイングドアを押し開けていた。

 エスメラルダは、その客を捕まえ、

「外でなにかあったのかい?」

「ああ、中国人のガキが、ふらふら歩いてたかと思ったら、倒れちまったんだよ。えらくボロボロの身なりだったし、ありゃどっかから逃げ出し――」

 みなまで聞かぬうちに、彼女は店の外へ飛び出した。

 なるほど。たしかに、少女が道の真ん中に倒れ込んでいる。

 その横では、保安官バッヂをつけた小男が、おろおろとした様子で立ち尽くしていた。

 エスメラルダは、急いで駆け寄り、少女を助け起こした。

 客が話していた通り、中国人だ。年の頃は十一、二歳か。

「保安官! アンタ、行き倒れを眺めてるだけかい!」

「い、いや、その、どうしたものかと……」

「店に運ぶから手伝いな!」

「わ、わかったよ……」

 保安官は言われるがままに、少女を抱え上げ、重そうに顔をしかめながら、酒場へと運んだ。


 椅子に座らされた少女は、薄目を開けて、荒い息をしている。

 どうやら意識を失ってはいないようだ。

 その横では、保安官がへとへとな様子で、汗を拭いていた。

 小柄な少女を運んだだけだというのに。

 エスメラルダは、彼の肩を叩き、

ありがとうグラシアス、保安官。アンタもたまには役に立つね」

「いや、なに……」

 そこへ、酔客すいきゃくの野次が飛んだ。

「よう、エンツォ! あんた、賞金を払う以外にも仕事があったんだな!」

「行き倒れのガキを運ぶなんて、ロレンツォ・スコレーリ保安官殿にゃ大仕事だぜ!」

 そう痛烈にからかわれても、保安官は気弱く笑うだけだ。いかにも風采ふうさいが上がらない。

 少女の手に、水で満たされたコップが、差し出される。

 暖かい笑顔のエスメラルダから。

「大丈夫かい。ほら、水を飲んで」

「ありがとう……」

 一息で水を飲み干す少女。

 こんな年端としはもいかぬ子供が、飲まず食わずで、倒れるまで歩き続けてきたとは、一体なにがあったというのか。

 エスメラルダは、少女の前髪についた砂を払いつつ、尋ねた。

「一体、なにがあったっての? どっから来たんだい?」

「コヨーテズ・デン……」


 “コヨーテの巣穴コヨーテズ・デン

 それは、半島山脈ペニンシュラ・レンジのふもと、鉄鉱脈に囲まれた鉱山地帯。

 大勢の中国人労働者が、日夜採掘作業にいそしんでおり、中国人たちの集落もあった。

 それに、名前の通り、コヨーテが数多く生息する地域でもある。


 馬であれば、この町から半日とかからないが、子供の足ではどれほどかかったことであろう。

 飢え、渇き、疲労、足の痛み、コヨーテの恐怖。

 己の身に置き換えた想像など、したくもない。

 エスメラルダも、保安官も、客たちも皆、一様に嘆息たんそくをもらした。

「あんなとこから歩いて? 親父さんやお袋さんは?」

爸爸バーバも、媽媽マーマも、死んじゃった……」

 聞き慣れぬ言葉だが、父親と母親のことか。

 両親は死に、子供はさまよい続けた末に行き倒れ。

 エスメラルダは、眉をひそめ、首を横に振る。

「気の毒に……」

 すると、少女はうつむき、こんなことを言い出した。

「お願い、助けて…… 爸爸と媽媽、殺された……」

 殺されたとは、穏やかならぬ話である。

 親子共々、悪辣あくらつな白人にでも追われたか。

「殺されただって? 誰にだい」

「死んだ人……」

「だから、その死んだ人は、誰に殺されて死んだかを聞いてるんだよ」

 少女の顔が、上がった。

「死んだ人、襲ってきた! 死んだ人、夜歩く!」

 その顔には、恐怖と悲しみが、ありありと浮かんでいる。

 少女はエスメラルダにすがりついた。

「お願い! 助けて!」

 死者が、夜に歩き、生者を襲い、殺す。

 死者が歩き?

 しばしの静寂ののち、エスメラルダや賞金稼ぎたちが、一斉に笑い出した。

 当然とも言える、皆の反応。

 少女はがっくりとうなだれてしまった。

「ウソじゃない…… 本当…… ウソ、言わない……」

 瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

 エスメラルダは、慌てて少女の両肩に手を置いた。

「すまないね。疑ったワケでも、嬢ちゃんを笑ったワケでもないんだよ。ただ――」

 そして、少女の頭を優しく撫でる。

「――ただ、嬢ちゃんはなんて運がいいんだろう、って思ってね」

 そう言うと、彼女は立ち上がり、店の奥へ顔を向けた。


「ジョー! ブロンディ・ジョー! 仕事だよ!」


 少女の視線も、客たちの視線も、一斉に奥のテーブルへと注がれる。

 その先には、二人の男がいた。


 一人は、二十歳そこそこの、年若いメキシコ人。

 褐色の肌に、切れ長な目の、苦み走った美形だ。長い黒髪を三つ編みにしている。

 彼は、エスメラルダの呼びかけに応じず、黙然もくぜんと新聞を読んでいた。


 もう一人の男は、テーブルに両の足を乗せて居汚いぎたなく座り、帽子を顔に乗せて眠っていた。

 隣の客が、眠っている男の肩をつつく。

「ジョー。おい、ジョー。起きろよ。呼んでるぜ」

「ああ? なんだってんだよ……」

 ジョーと呼ばれた男は、顔の帽子をのけると、大儀たいぎそうに立ち上がった。


 少女の目に映ったのは、初老の白人男。

 頭には髪の毛が一本もなく、顔は白いものの混じった無精髭に覆われている。

 白いシャツも茶色のベストもよれによれて小汚かったが、それに反して、右腰と腹部に一丁ずつ拳銃を収めたガンベルトは、大層立派な作りなのが印象的だった。


 ジョーは、頼りない足取りでふらふらと近づいてくると、保安官を押しのけ、カウンターに寄りかかった。

 あきれたように首を横に振っているのは、ウィンストンだ。

「ジョー、昼間から飲み過ぎではないかね?」

「大きなお世話だぜ、ウィニー。 ――おい、エスメラルダ。ウイスキーだ」

「その前に、この嬢ちゃんの話を聞いてあげな。あんたらの出番だよ」

「ああん……?」

 鼻の毛細血管が破れた酒飲み特有の赤ら顔が、少女の顔に近づけられる。

 少女はびくりと身を震わせ、小さくなってしまった。

 エスメラルダは笑って、その小さな肩を抱き、

「怖がらないでいいんだよ。こいつは“金髪のブロンディ”ジョー。向こうで新聞を読んでる若いメキシコ人が、相棒のエル・ソル。今、嬢ちゃんに一番必要な連中さ」

「ブロンディ……?」

 そうつぶやく少女の視線が、ジョーの頭部に向けられる。

 ジョーは、うっとうしそうに顔をしかめると、少女に問いかけた。

「おまえ、名前は?」

姬美華ジーメイホア……」

「なにがあったか、とりあえず話してみろ」

「え、ええと――」


 メイホアと名乗る少女の口から、たどたどしい英語で語られた、事の次第はこうである。


 メイホアの父親は、鉄鉱採掘現場で働く、労働者だ。

 しかし、その採掘現場は、どこか奇妙だった。

 事故死した者や病死した者の遺体が、製鋼会社の監督員の手によってどこかへ運ばれ、帰ってこないのだ。

 メイホアの父の友人が、現場で事故死した時も、そうだった。

 残された家族を気の毒に思った父は、ある夜、「少し調べてくる」と言い残し、家を出た。

 そうして、それきり戻ってくることはなかった。

 父が行方不明となった、三日後の晩。

 何者か数人が、メイホアの家に押し入った。

 それは父と、死んだはずの父の友人や労働者たちだった。

 血の気のない顔で、恐ろしいうなり声を上げながら、父は母に襲いかかった。

 母は絞め殺され、メイホアは命からがら家から逃げ出した。

 それから丸二日の間、さまよい歩き、ここロス・ロボスにたどり着いたのであった。


 なんともおぞましい話ではあるが、近くで話を聞いていた他の客の中には、懐疑と嘲笑をありありと顔に浮かべる者もいた。

 しかし、ジョーは、グラスに注がれたウイスキーをぐいとあおり、

「なるほどな。生ける死者リビング・デッド、ってワケか……」

 と驚きも疑いもしていない。

 ウィンストンが、ブランデーを片手に、笑って言った。

「まさに君ら二人の得意分野だな。こういう常識外れの不可思議なことは」

 ジョーはそれに答えず、まっすぐにメイホアを見つめて、尋ねた。

「メイホア。コトをかたづけるのはいいが、これは仕事だ。報酬はあるんだろうな」

「ジョー、アンタねえ」

 怖い顔でにらみつけるエスメラルダであったが、ジョーはどこ吹く風だ。

 だが、メイホアは難しい英語がわからない。

「ホーシュー?」

 ジョーは、メイホアの顔の前で、親指と人差し指と中指をこすり合わせ、

「金だよ。金」

 途端に、メイホアはうつむき、消え入りそうな声をもらした。

「お金、持ってない……」

「じゃあ、話はこれで終わりだ。俺ぁ慈善家でも修道士でもねえ。タダ働きはごめんだ」

 こうなると、エスメラルダは黙っていられない。

 腰に手を当て、居丈高いたけだかな調子で、二人の間に割って入った。

「ちょいと待ちな。アンタ、おとといときのうの分の部屋代がまだだったね」

「な、なんでえ、やぶから棒に。しかたねえだろ。仕事がねえんだからよ」


 どの土地でも、酒場は簡易な宿屋も兼ねているものである。

 ご多分にもれず、ここタルデ・デ・ロス・ロボスにも、二階に六つほどの小さな寝室があった。

 帰る家を持たないジョーのような者には、こういった酒場の狭い寝床が住まい・・・と言ってよい。


 ここぞとばかりに、エスメラルダがふんぞり返る。

「じゃあ、一週間分の部屋代を勘弁してやるから、この子の面倒を見てあげな」

「なにい!? たった一週間分かよ!」

「文句があんなら、今すぐ倉庫か豚小屋にでも引っ越せばいいさ」

「足元見やがって、こんちくしょう……」

 ジョーは、歯噛みしながらウイスキーをグラスに注ぎ、またひとつあおる。

 その横では、エスメラルダが打って変わった優しい笑顔で、メイホアの手を握っていた。

「メイホア、よかったね。こいつらが必ずなんとかしてくれるよ」

「ありがとう、エスメラルダ」

 と、うなずくメイホア。

 これには、ジョーが慌てた。

「お、おい、俺ぁまだ『やる』とはひと言も――」

 メイホアは、グラスを握る彼の手に、己の小さい手を重ね、笑った。

「ありがとう、ジョー」

 もはや、なにを言うもかなわない。

 砂ぼこりで黒く汚れた顔に、こんなにも安心しきった笑みを浮かべられては。

「ったく、ツイてねえなあ…… なんで俺ばっかり、こんな仕事なんだよ……」

 また一杯、ウイスキーが彼の喉を通り過ぎる。

 そして、グラスをガンとカウンターに置くと、いまだに我関せずと新聞を読んでいる相棒に、声をかけた。

「おい、ソル。行くぞ」

 相棒エル・ソルは、ひとつ鼻でため息をつくと、新聞をテーブルに置き、立ち上がった。

 ものも言わず、漆黒のジャケットに袖を通し、同じく黒い帽子を手に取る。

 飲んだくれも、その相棒も、仕事となれば行動は早い。

 ジョーは、窓の外遠くにそびえる半島山脈ペニンシュラ・レンジを見すえ、

「まずは採掘現場を見てくる。それと中国人の集落もだ」

 どちらも夜が来る前に見ておきたい。

 ソルに投げ渡されたこげ茶色のジャケットを羽織はおりつつ、ジョーが出入口のスイングドアに手をかけた時、メイホアが彼へ声をかけた。

「ジョー…… 気をつけて……」

 彼はちらりとメイホアのほうへ目をやったが、なにも言わず、店を出た。


 うまやに向かい、二人は歩く。

 ジョーは、懐から出した葉巻をくわえ、面倒臭げにつぶやいた。

「夜になると死者が動き出して歩く、か。やっぱりアレかね」

 ソルは、ただ前を向いたまま、

「十中八九な」

 と言葉少なに答える。

 マッチを求めて、ポケットというポケットを探るジョーであったが、

「となると、問題は死者じゃなくて、生者のほうだな……」

 ついにマッチは見つからなかった。




 疾駆しっくする馬は、風を切り、背に乗る男たちを運ぶ。

 どこまでも広がる、広大無辺なる大地。

 乾いた風が吹き抜け、太陽の光が照りつける。

 平原を駆け、小川を跳び越え、坂をのぼり――


 ジョーとソルが、コヨーテズ・デンの鉄鉱採掘現場にたどり着いた時、すでに太陽は西のかたへと大きく傾きつつあった。

 二人はそのまま馬から下りず、採掘現場を見渡す。

 時折ダイナマイトの爆発音が響き渡る中、いくつかある坑道の出入口から、大勢の労働者が次々に鉄鉱石を運び出していた。

 労働者の大部分は、やはり中国人だった。他に黒人やヒスパニック、わずかだが白人もいる。

 この合衆国に数え切れぬほど存在する鉱山と、さして違いのない風景だ。

 違いがあるとすれば、作業のペースがやたらと早く、監督員の叱咤しったがひどく苛烈かれつなところか。

 労働者たちは皆一様に、顔を汗で濡らし、疲労に目をよどませている。

 その容赦のなさに、ジョーは思わず眉をひそめた。

「ずいぶんこき使ってやがるな。あれじゃあ持たねえぞ」

 そのうちに、監督員らしき白人の男が、怒声を張りあげながら、二人のもとへやって来た。

「おい、おまえら! なにをウロチョロしてるんだ! 部外者は立入禁止だぞ!」

 瞬間、ジョーは愛想のよい笑顔を浮かべ、監督員に向けて手を上げた。

 顔中の深い笑いじわのおかげで、人の好い田舎親爺おやじに見えなくもない。

「ああ、ちょっくらたずねてえんだけどよ。この辺にどこか休めるとこはねえか。旅の途中なんだが、この辺りはてんでわからねえときたもんだ」

 監督員は、ペッと地面に唾を吐き、東の方角をあごで指して、言った。

「この先にチンクどもの集落がある。ちょいと銃でおどしゃあ、メシと水くらいはありつけるだろ」

 その言い草に、ジョーは心中穏やかでない。

 しかし、彼は笑みを崩さず、

「親切にありがとよ。礼と言っちゃなんだが、どうだ、一杯やるかい?」

 そう言って、ウイスキーの小瓶こびんを、彼に差し出した。

 監督員は周囲をキョロキョロ見回すと、ジョーから小瓶を受け取り、ぐいとあおった。

 どうやら嫌いなほうではないらしい。

 ジョーは、心底気の毒そうな声色を使い、

「しかし、あんたも大変そうだな。どこの旦那に雇われてんだい」

 監督員が、ジョーへ小瓶を返しつつ、口元を拭う。

「アイゼンバーグさんだ。払いをケチるくせに、期日にうるさくてまいるよ。さあ、行った行った」

「はいはい。ご苦労さん」

 ジョーは、ひらひらと手を振って、馬首を返した。ソルもそれに付き従う。


 教えられた通りに東への小道を進んでいくが、ジョーの顔に先ほどの愛想笑いは、すでにない。

 口の端を歪めた、底意地の悪そうな笑みで、ソルに言った。

「へっ、これで親玉が割れたな」

「アイゼンバーグ…… トバイアス・アイゼンバーグか。鉄鋼でもうけている新興の実業家だ」

「おまえ、よく知ってるな。調べる手間がはぶけたぜ」

「新聞くらい読め」




 ほどなく、中国人の集落が見えてきた。

 廃材であろう板で組み上げた、粗末な小屋。ボロ布のテント。

 まったく吹けば飛ぶような集落だ。

 家々のかたわらでは、女たちが石を積んで作ったかまどで煮炊きをしている。

 子供と年寄り以外に、男の姿は見当たらない。

 男どもは皆、鉱山へ働きに出ているのだろう。

 ジョーとソルは馬を下り、集落の中へと、歩みを進める。

 誰もが、この奇妙な二人の来訪者を物珍しげに、または怪訝けげんな表情で見つめていた。

「おい、誰か英語のわかる奴はいるか。英語のわかる奴だ」

 そうジョーが呼ばわるも、皆ひそひそと意味のわからぬ言葉でささやき合いながら、正体不明な二人の男を、遠巻きに眺めているだけだ。


 だが、そこへ――


「英語、少し、わかる」

 と、小太りな三十がらみの女が進み出た。勇気がある。

 ジョーは、挨拶代わりに帽子を傾け、なるべくゆっくりと問いかけた。

「最近、おかしなものを見たり聞いたりしなかったか? 特に夜だ」

 それを聞くなり、女がびくりと身を震わせた。

 ジョーのそばへ寄り、小声で、

「夜、外に出る、ダメ」

 己が住まう共同体で、外に出られないとは、いかなることであろう。

「外に出れねえ? なんでまた」

「外に出る、ダメ。男たち、見張ってる」

「どんな野郎だ。見張ってんのは」

 女は身振り手振りで、懸命に己が見知ったことを伝えようとする。

「長いコート。同じ帽子」


 ジョーとソルは、顔を見合わせた。

 揃いの帽子とコート。

 二人には、そんな恰好をした連中に、心当たりがあったのだ。


 ジョーが首をかしげる。

「キンダーマン探偵社が……? 労働組合でも絡んでんのか?」

 ソルは言下げんかにそれを否定した。

「いや、ありえない。中国人は労働組合から排除されている」

「じゃあ、なんで……」

 ますます疑問深まるジョーは、あごに手をやり、無精髭ぶしょうひげをこする。


 キンダーマン探偵社。

 1855年に私立探偵アレン・キンダーマンが設立した私立探偵会社である。

 要人の身辺警護から、軍や司法省のしたけまで手広く営業し、軍隊に匹敵する人数の探偵を雇用している。

 また、多くの実業家たちは、ストライキや労働組合を監視するスパイとして、もしくはスト破りのために、キンダーマン探偵社を雇っていた。

 さらには、犯罪者の追跡、殺害でも有名であり、その組織力と執念深さは、大勢のアウトローに恐れられている。


 今度は、確認の意味も込め、こう尋ねた。

「他になにかおかしなことはあったか? たとえば、死んだ仲間についてだ」

 女が目を見開いた。

 辺りをしきりに気にしながら、さらに声をひそめる。

「死んだ人たち、死体、帰ってこない。ジー寿ショウさん、調べに行った。消えた。奥さん、娘さん、消えた」

 ジー・ショウとはメイホアの父親だろう。

 なるほど、メイホアの話と符合する。

 しかも、娘も消えた、という口ぶりから察するに、メイホアが生きてロス・ロボスへ逃げのびたことを知らないのだ。

 ジョーは、散々迷ったあげく、

「その娘ってのは…… メイホアって名前か?」

哎呀アイヤー! あなた、どうして知ってる!? あの子、生きてるか!?」

 女はひどく驚いた。ジョーにすがりつかんばかりだ。

 すぐにジョーが人差し指を口元にやった。

「シッ。大きな声を出すな。 ……ああ、メイホアは無事だ。俺の友人が、逃げてきたあの子を助けた」

謝謝您シィエシィエニン謝謝您シィエシィエニン

 女は何度も頭を下げ、この見知らぬ白人の手を握る。

 感謝の意は結構だが、ジョーは内心、いらった。

 なるべくこの場で不自然な振る舞いは避けたいのだ。

 女の両肩をつかみ、んで含めるように、言って聞かせる。

「いいか、このことは黙ってろ。メイホアが生きていることも、俺らがここに来たこともだ。おまえらを見張ってる連中に知られちゃ、やべえんだ。わかったな」

 女はブンブンと大きく首を縦に振る。

 本当に大丈夫だろうか、という一抹の不安を残しつつ、二人は集落を離れた。


 ジョーとソルの横顔を、斜陽が赤く照らしていた。

 太陽はもうすぐ、西の地平にぼっする。

 ソルは馬の口を取り、ただ無言で、採掘現場の方角を見つめている。まるで自分のなすべきことをわかっているかのように。

 良い相棒を持ったものだ、と言わんばかりに、ジョーは笑みを浮かべ、馬の背にまたがる。

「ソル。おまえは夜の採掘現場を調べてくれ。俺は人数を集めに、町へ戻る」

「わかった」

「気をつけろよ。強欲ユダヤ人に、キンダーマン、それと生ける死者リビングデッドだ」

「おまえこそな」

 ジョーのまたがる馬は、はるかロス・ロボスの方角を臨むと、彼の「ハアッ!」という掛け声を合図に、ひづめの音をとどろかせ始めた。




 半島山脈ペニンシュラ・レンジのふもとを駆け下り、ジョーが手綱たづなを握る馬は、平原を突き進む。

 太陽は、ほぼその姿を隠し、辺りは闇に浸食され始めている。

 顔を上げれば、気の早い星々が、わずかに輝きを放っていた。


 ふと――


 後方から、蹄の音が聞こえる。

「ひとつ、ふたつ…… 三人か……」

 何者かが自分を追っているのは、すぐに理解できた。

 身に覚えがありすぎる。

 しかし、状況がよろしくない。

 ここからロス・ロボスまでは、森も岩もない、クソほど広い平地だ。

 逃げるにかたく、待ち伏せにも難い。

「ああ、クソッ……!」

 ジョーは、急に手綱を引き、馬を止めた。

 主人の突然の制止に、馬はいななき、鼻を鳴らす。

 馬を落ち着かせると、ジョーはくらから飛び降り、地に立った。

 砂煙を上げて、追手が近づいてくるのが見える。

 ジョーは目をこらした。

 小さい文字はめっきりダメになったが、遠目とおめはまだまだ若い者に負けない。


 やはりだ。


 揃いのつばの広い帽子。揃いのダスターコート。

 キンダーマン探偵社の探偵たちである。

 彼らはまたたく間に、ジョーから少し離れた地点までやって来ると、馬を止め、一斉に降り立った。

 三人は、ゆっくりと足を進め、近づいてくる。ひと言も口を利かずに。

「キンダーマンのしたどもが、俺になんの用だ?」

 返事はない。

 代わりに、三人が三人とも、コートの前を払い、腰の拳銃に手をかけた。

「やめときな。それを抜いちゃあ、もう救いはないぜ」

 無言。話し合う気はないようだ。

 じりじりと距離だけが詰められていく。

「抜くな。できれば殺したくねえんだ。お互い、なにも見なかった、ってことでいいじゃねえか」

 なにも答えぬまま、三人が足を止めた。

 拳銃の間合いだ。

 もはやジョーも、言葉は発しない。右腰に差された拳銃に、手をそえる。

 横並びに立つ三人の男。目くばせ。ピクリピクリと動く指。

 ジョーは、いわおのごとく不動である。

 風に吹かれ、砂塵さじんが舞い上がる。

 男どもの息づかい。

 左右に位置する男が、わずかずつ、ごくわずかずつ、広く展開し始める。ジョーを囲むように。

 落ち着きなく動く、中央の男の視線。

 どこからか丸い枯草が、乾いた音を立てて、風と共に地面をころがっていく。

 刹那せつな――

 右側にいる男が素早く銃を抜いたが、それよりもさらに速く、ジョーの抜き撃ちが彼を沈めた。間髪入れず、左手で二度撃鉄を叩きファニング、もう二人を討ち取った。

 あとに残ったのは静寂。うめき声ひとつ聞こえない。

 ジョーは、拳銃を収め、舌打った。

「クソッ。だから言ったんだ。らねえ殺しをさせやがって」

 近づき、死体を調べるも、こちらの知りたいことを示すものは、なにもなかった。

 ただ、キンダーマン探偵社が、自分を尾行し、襲ってきた。それだけ。

 なぜ、彼らがここまで躍起やっきになるのか。

 ジョーはため息をつかざるをえない。

「いよいよくせえな、これぁ」




 時計は十二時を回り、町のは消え、ロス・ロボスは眠りについていた。

 しかし、そんな時刻でも酒場サルーン“タルデ・デ・ロス・ロボス”には、いまだあかりがともっている。

 都会の街とは違い、多くの酒場がある訳ではなく、娼館しょうかんもない。

 この店が、町の娯楽を、一手に引き受けているようなものだ。

 とはいえ、賭け屋がいるでもなし、娯楽と言っても、酒を飲むくらいではあるが。


 店内には、そう多くない人数だが、客が残っている。

 笑い声も、オルガンの音色もなく、一人一人がただ静かに、手の中のグラスを傾けていた。

 女主人エスメラルダもまた、虚空を見つめて頬杖ほおづえを突き、むっつりと押し黙っている。


 不意に、小さな音を立てて、スイングドアが開かれた。


 出入口に立っていたのは、年老いた長身痩躯ちょうしんそうくの男。

 生え際が大きく後退した頭髪は、雪花石膏アラバスターのごとき白色。無数のしわに囲まれてはいるが、大きな口は力強く、しっかりとしたあごはさらに力強い。

 かなりの老齢ではあるが、服装は堂々たる漆黒の祭服カソック

 つまりは、カトリックの司祭である。

 エスメラルダが、彼に声をかけた。

「神父様」

「やあ、エスメラルダ」

 神父は、やや軽めの低い声で挨拶を返すと、カウンターへ歩み寄った。

「いつものを頼むよ」

 そう言い、音を立てぬ上品な動作で、カウンターの上に硬貨を置く。

 エスメラルダは嬉しげにうなずき、棚から封の開いていないアイリッシュウイスキーのびんを取り出し、硬貨の横に置いた。

 その光景を、同じカウンターに並ぶ、頭髪の薄いカウボーイが見ていた。

 彼は、「ケッ」と嘲笑の声を発し、聞こえよがしの独り言をもらす。

「神父が酒とはな。神様がおなげきになるぜ」

 その言葉を聞くや否や、エスメラルダは眼光も鋭く、ぎろりと彼をめつけた。

「口をつつしみな。神父様の酒を非難できる資格のある奴が、どれだけいるって言うんだい。この人は立派な方だよ」

 彼女にたしなめられたカウボーイは、しょぼくれ顔で、すごすごとテーブル席のほうへ引っ込んでしまった。


 と、その時、派手な音を立てて、乱暴にスイングドアが開かれた。


 汗と旅塵りょじんで黒ずんだ顔。ほこりだらけの衣服。

 不機嫌極まりないとしか形容のできない表情。

 ブロンディ・ジョーのご帰還である。

「ビールをくれ! 喉が渇いてしょうがねえ!」

 クスクスと笑うエスメラルダが、それでも間を置かず、ビールの大瓶を彼に差し出す。

 ジョーは、矢もたてもたまらず栓を開けて、ぐびぐびとビールを喉へ流し込んだ。

 大瓶を、威勢よくラッパ飲みだ。

 瓶とジョーの身体が、ほぼ一直線となり、大瓶の中身は、あっという間に半分ほどとなった。

「かあああ! クソッタレ!」

 爽快感とも怒りともつかない大声と共に、ビール瓶が叩きつけるように置かれた。

 他の客たちは、呆気あっけに取られている。

 だが、エスメラルダはまだ笑っている。まるで悪たれな男の子を見るような目で。

「腹は減ってないのかい? どうせ飲まず食わずだろう?」

 ジョーは、ビール瓶を軽く持ち上げ、

「いや、これでいい」

 と、やや声のトーンを下げて言った。少しは落ち着いたのだろうか。

 それから、ようやく気づいたかのように、隣の神父に目を向けた。

「よう、ドニー」

 聖職者を捕まえて愛称で呼び捨てとは、無礼にも程があるのだが、当の神父はそれを気にする様子もない。

「やあ、ジョー――」

 そこまで言うと、神父はあらためて、ジョーを頭からつま先まで見回し、

「――仕事か?」

「ああ、まあな。俺の代わりに、神様に祈っといてくれ。助けはいらねえから邪魔するな、って」

「自分で祈ることだ。しゅは私の祈りなどお聞きにはならないさ」

 それだけを言い残し、神父は手にアイリッシュウイスキーの瓶を下げ、店から出ていった。


 去りゆく神父の背中を見届けたのち、ジョーはエスメラルダのほうへ向き直り、尋ねた。

「メイホアはもう眠ったか?」

「ああ、上の部屋で寝てるよ。なかなか眠れなさそうだったけどね」

「そうか……」

 ジョーは、残りのビールを飲み干そうと、瓶の口をくわえる。

 それに構わず、エスメラルダがカウンターに肘を置いて、身を乗り出した。

「で? なにかわかったのかい?」

 ジョーは、飲む手を止めた。

 実業家アイゼンバーグ。キンダーマン探偵社。

 裏にいる者は見えてきたのだが、はっきりとしたことは、まだなにもわからない。

 わからないからこそ、ソルを残してきたのだ。

 そして、わからないのであれば、口には出したくない。

 この飲んだくれの年寄りは、不似合いなくらいに、ひどく用心深かった。

「正直、まだ詳しいところまではわからねえ。だが、死者が夜歩くってなあ、おそらくびと使つかいの仕業しわざだ」

「屍人使い?」

 聞き慣れぬ言葉に、エスメラルダは首をかしげて、オウム返しだ。

 ジョーは、残りのビールを飲み干し、

「魔術を使って死人をよみがえらせ、操る奴のことさ。似たようなのがあらゆる国にいるが、有名なのはハイチのブードゥーだな」

「なんのために?」

「それを今、ソルが調べてる。俺は人手を集めに戻って来た」

 彼のその言葉を聞いた途端、店に残っていた連中は皆、ジョーから目をそらすか、あさっての方向を向いてしまった。

 “おかしな仕事に巻き込まれたくない”という心持ちが見え見えである。

 だが、「薄情者」と責める訳にもいかない。

 報酬はゼロ、敵は理解の及ばぬ化物なのだから。


 ジョーは手始めに、クローニン三兄弟の座るテーブル席に、歩み寄った。

 彼らはいつも兄弟三人、もしくはカモを加えた数人で、ポーカーに興じている。

 長男であり、リーダーである、片目が潰れた男の肩に、ジョーの手が置かれた。

片目ワンアイド。どうだ? 同郷のよしみってもんだ」

「勘弁してくれよ、ジョー。今、忙しいんだ」

 手元の札をにらみながら、へらへらと笑って、そう答える。ジョーのほうへ振り返ろうともしない。

「なにが忙しいだ。カードしかやることがねえだろ、てめえらは」

 片目の頭をひとつひっぱたき、お次は“英国人イングリッシュ”ウィンストン・サムナーが座るテーブル席へ。

 彼は、パイプをくゆらせ、スコッチを楽しんでいる。ジョーの話を聞かぬふりで。

 ジョーは、その隣に腰を下ろし、

「おい、ウィニー――」

「あーっと、申し訳ない。私は遠慮しておくよ。そういう仕事は私のスタイルに合わないのでね」

 みなまで言わせず、フレンドリーかつ上品な物腰で、会話を打ち切る。

 しかし、ジョーは引かない。ウィンストンのほうへ、ずいと膝を詰め、顔を寄せた。

「クーリッジ農場の一件、おまえに貸してたよな」

 その言葉を聞くなり、ウィンストンは、

「それを持ち出すのかね……」

 と、額に手を当て、口をへの字に曲げる。

 そして、彼は、恨みがましくジョーを見つめていたが、やがて観念したように、応じた。

「……わかった、しかたない。手伝おう」

 彼ら二人にしかわからない、決して断れない申し出、というものなのだろう。

「ありがとよ。やっぱり持つべきものはダチだな」

 ジョーは上機嫌で、うらめしそうな顔のウィンストンの背中を叩いた。

 ようやく、一人。

 だが、これ以上、店にいる連中は当てになりそうにない。

 人手を集めに戻って来たはずが、たった一人とは。

(銃を持った案山子かかし十人よりも、腕利き一人のほうが、はるかにマシか……)

 そう自分を慰めると、ジョーは立ち上がり、

「さてと…… おい、ケビン! ケビンはいるか!」

 と、周囲を見回しながら、大声で呼ばわった。

「そんなでかい声を出さなくても聞こえてるよ」

 ぼそりと、低く陰気な声が、耳に入った。

 ケビンと呼ばれた男は、ジョーのすぐ横のテーブル席で、タバコを巻いていた。

 長髪のぼさぼさ頭で、痩せぎすな、暗い雰囲気の男だ。

「なんだ、そこにいたのか。相変わらず影の薄い野郎だぜ」

「ほっとけ」

 丁寧に巻いたタバコの紙の端を、舌で濡らすケビン。

 その隣に、ジョーが座った。

「ちょいとおめえに頼みてえことがあるんだ」

「内容」

 ケビンは、そう短く言い、テーブルの角でマッチをった。

 少し声を落とし、ジョーが話を始める。

「トバイアス・アイゼンバーグって奴がいる。鉄鋼で儲けてるユダヤ人の実業家だ」

「名前は知ってる」

「そいつのヤサを調べてくれ。ああ、場所だけじゃねえ。建物の構造、周囲の地形、護衛の数。調べられることは全部だ」

「報酬」

 すかさず返された短い言葉に、ジョーは顔をしかめる。

「頼みごと、っつってんだろ……」

 ケビンは、タバコの煙をフッと吐き出し、

「ほ・う・しゅ・う」

 そうわざとらしく音節を区切って言うと、ぺろりと舐めた親指を、人差し指と中指にこすり合わせる。

 ジョーは、大きなため息のあとに舌を打ち、ケビンの耳元に口を寄せた。

 こればかりは、エスメラルダやウィンストンに聞かれたくない。

「ガーデンストーンの保安官事務所に、まだ受け取ってねえ賞金がある。7,000だ。いざって時の備えだったんだが、しかたねえ。くれてやる」

 そうして、ケビンから身体を離すと、今度は世にも情けない声でわめき散らす。他の連中の耳にも届くように。

「なあ、頼むよ、ケビン。おめえ、ダチだろ? こっちゃあ二日分の部屋代も払えねえ文無しだぜ。報酬なんて冷てえこと言わねえで、引き受けてくれよ」

 そして、ウィンクだ。

 一方のケビンは、しばし中空を見つめ、なにやら考え込むそぶりを見せていたが、やがて、ジョーへ右手を差し出した。

「乗った」

「頼りにしてるぜ。“透明人間インビジブルマン”ケビン・レインズ」

 ケビンの手をがっちりと握るジョー。


 と、そこへ――


「ジョー!」


 深夜の酒場には似つかわしくない、幼い声が響いた。

 見れば、二階へ続く階段の中ほどに、白い寝間着に身を包んだメイホアが立っているではないか。

「メイホア……! おまえ、まだ起きてたのか!」

 彼女は、ジョーのもとに駆け寄り、彼の顔を見上げて、叫んだ。

「ジョー、メイホアも連れてって!」

 カウンターから出てきたエスメラルダは、メイホアの肩をつかみ、

「盗み聞きだなんて! 悪い子だよ!」

 そう𠮟りつけて、ジョーから引き離した。

 ジョーは、当たり前のことを言うだけだ。

「おまえは駄目だ、メイホア。危険すぎる。ここでおとなしく待ってろ」

 メイホアは、エスメラルダの手を振りほどき、ジョーにすがりつく。

 二度と離さんばかりの力を込めて。

「メイホア、一緒に、行きたい。メイホア、知りたい」

 言葉は足りないが、彼女がなにを言わんとしているのか、ジョーにはわかった。

 だから連れて行きたくないのだ。

「駄目だと言ってるだろ」

 ジョーとエスメラルダが引き離そうとするも、メイホアはテコでも動かぬ構えだ。

 彼の服のすそを強くつかみ、唇を噛み締める。

 瞳に涙を溜めて、彼を見据える。

「メイホア、ジョーと一緒に、行く……」

 自分をまっすぐに捉える目。懸命に訴えかける瞳。

 子供の、涙。

 目をそらしてしまった。

 直視できなかった。

 あの時もそうだった・・・・・・・・・

 ジョーは、彼女から顔をそむけ、帽子を目深まぶかに傾ける。

「やれやれ。ガキってなあ、なんでこう……」


 あとに続く言葉が、出てこなかった。




 時は少し巻き戻り――


 時刻は午後九時を回り、宵闇よいやみがコヨーテズ・デンを、すっかり覆い隠していた。

 風のとコヨーテの遠吠え以外、なにも聞こえてこない。

 国家の原動力の中を深く掘り進む男たちも、姿を消した。

 この夜の鉱山を支配しているのは、暗闇と静寂だけである。


 そんな採掘現場を見下ろせる岩山の陰に、エル・ソルがいた。

 彼は、待っている。

 夜の闇の中、この場所が、まがまがしい真の姿を現す瞬間を。


 すると、妙な音が風に運ばれ、ソルの耳に入ってきた。

 ソルは耳をすます。

 それは、引きずるような足音。

 それは、不気味なうめき声。

 ひとつやふたつではない。

 やがて、鷹の視力を持つソルの目が、この世のものとは思えぬ光景を捉えた。

 ライフルを手にした数人の男を先頭に、五、六十人の集団が採掘現場に向かって、歩いてくる。

 土気色の肌。

 どこを見ているのかわからない、濁った瞳。

 ボロボロの、砂にまみれた衣服。

 ふらふらとした足取り。


 死者が歩いているデッドマン・ウォーキング

 生ける死者が。

 死者たちの行進だ。


 ソルは、わずかながらに目を見開き、

(やはりな。ブードゥーのゾンビか)


 “ゾンビ”

 ハイチに伝わるブードゥー教の秘術により、死からよみがえった、生ける死者である。

 墓から掘り起こした死体に、ブードゥー教の司祭ボコが術をかけ、意のままに操るのだ。

 ハイチでは、主として農園の作業に従事させられる。

 食事も睡眠も必要とせず、生者では出せぬ怪力を有するゾンビは、人間の奴隷よりもはるかに優秀な働き手であろう。


 先頭のライフルを持った男たちは、揃いの帽子とダスターコート。

 キンダーマン探偵社だ。彼らが夜の監督員・・・・・か。

 彼らは、テントや坑道の出入口のランタンに、灯りをともしていく。

 そして、ゾンビたちは、つるはしやかごを手にし、ぞろぞろと坑道の中へ入っていった。

 たりと小さくうなずくソル。

(なるほど……)

 薄々勘づいてはいたが、やはりそうだった。

 ゾンビに採掘作業をさせているのだ。

 昼間は人間の労働者。

 夜は事故死や病死した労働者のゾンビ。

 秘密裏に行われているので、ダイナマイトを使う訳にはいかないが、疲れを知らないゾンビが、人間の限界を超えた腕力で、つるはしを振るうのだ。

(採掘量は、単純に倍。ゾンビならば賃金を払う必要もない。アイゼンバーグは笑いが止まらないだろうな……)

 坑道の出入口からは、鉄鉱石でいっぱいの籠を抱えたゾンビが、次々と出てくる。

 普通の人間では持ち運べないほどの、大量の鉄鉱石を抱えて。

 キンダーマンの探偵たちは、時折あくびをしながら、それを眺めている。

 人間を監視するように気を張らなくていいせいか、のんきな仕事ぶりである。

 しかし、岩場の上にいるソルは目をこらし、ゾンビたちの働く現場を、すみから隅まで注視していた。

(どこだ…… 術者はどこにいる……)

 “術者”とは、このゾンビたちを操っている者のことだ。

(これだけの数のゾンビだ。術者は近くにいるはず……)

 それにもかかわらず、らしき人物は見当たらない。

 そうしているうちに、現場に続く道の向こうから、複数のひづめの音と、車輪の回る音が響いてきた。

 ほどなくして現れたのは、四頭立ての馬車だった。

 馬車が停まり、見張り役の手によってドアが開けられ、中から白人の中年男性が降りてきた。

 高級そうな背広服に身を包み、ステッキを手にしている。

 指輪やカフスには、大きな宝石。よほどの金持ちか。

 だが、裕福な紳士といった身なりに反し、顔に浮かぶ表情は、不機嫌で、尊大で、威圧感に満ち満ちたものだった。

(あの男、アイゼンバーグか……?)

 見張り役の案内で、男はひと際大きなテントの中へと、姿を消した。

 ソルが、鼻で短くため息をつく。

 顔が見えているのならば、唇を読むこともできたのだが。


 テントの中には、三人の男たちがいた。

 一人は、馬車から降りてきた男。

 中へ入るなり、まっすぐに椅子へ向かって歩き、そこに腰を下ろした。

 もう一人の男が、気弱そうな、不安に満ちた笑顔を浮かべ、彼に近づく。

「トバイアス。ご足労いただき、ありがとうございます」

「イーライ。コーヒーだ」

 やはり、ソルの見立ての通り、トバイアス・アイゼンバーグ、その人である。

 イーライと呼ばれた男は、その態度、背広服という服装からして、彼の部下であろう。

 アイゼンバーグは、残る一人の男に、尋ねた。

「さて、ジョーンズ上級捜査員。この私をわざわざここまで呼びつけた理由を聞こうか。視察なら二週間前に済ませているぞ。昼も、夜もだ」

 彼もまた、キンダーマン探偵社の一員であった。

 ただし、揃いの帽子やコートではなく、どこにでもある中折れ帽と背広服、という姿恰好だ。

 ついでに言えば、その顔も、なんの特徴もない平凡なものだった。

 一度見ただけでは忘れそうなほど、なんの印象も残らない人物。

 そんなジョーンズ上級捜査員は、無表情で、

「中国人の監視に当たらせていた部下が三人、殺された。コヨーテズ・デンから西に10kmほど行ったところに転がっていたよ。全員、撃たれてな」

「どういうことだ」

「中国人を何人か痛めつけたら、ようやく吐いた。白人とメキシコ人の二人組が、この鉱山について嗅ぎ回っているようだ」

「何者なんだ、そいつらは」

「さあな、わからん。保安官の類ではないことは確かだが」

 突如、アイゼンバーグは立ち上がり、ジョーンズを指差した。

「おい、なんのためにおまえらキンダーマンに高い金を払っているか、わかっているのか」

 そのままジョーンズに歩み寄り、突き刺すがごとく人差し指を、彼の胸に押し当てる。

「必ず探し出して殺せ。ここでやっていることを、司法省や他の企業に知られる訳にはいかないんだ」

「了解した」

 と、短く返すジョーンズ。

 特段、焦っている様子も恐れている様子もない。

 むしろ、焦るのも恐れるのも、アイゼンバーグのそばに控える、イーライの役目だろう。

 彼は、アイゼンバーグに、おそるおそる声をかける。

「ああ、トバイアス。そのことなんですが……」

「なんだ」

「ハイチ人が音を上げています。『これ以上はゾンビを操りきれない』と」

 それを聞いた途端、アイゼンバーグは眉をひそめ、イーライをにらみつけた。

 ひとしきり彼をにらみつけたあと、椅子にどさりと腰を下ろし、足を組む。

「どいつも、こいつも…… 役に立つ奴はいないのか……――」

 そして、苦りきった顔で、こめかみに指をあてたまま、

「――……イーライ。ハイチ人を連れてこい」

 イーライは、すぐにテントの外に顔を出し、外にいる者へ何事かを伝えた。


 少しして、一人の黒人が、手荒く引っ張られて、テントの中へ入ってきた。

 ボロ布をまとった、坊主頭の中年男だ。片方のレンズにひびが入った眼鏡をかけている。

 白人で有力者のアイゼンバーグを前にして、卑屈な態度も機嫌を取る素振りもなく、ただ静かに落ち着いた様子だ。理知的な印象さえ受ける。

 アイゼンバーグは、椅子の肘置きで頬杖を突いたまま、端的たんてきに尋ねた。

「『これ以上操れない』とは、どういうことだ」

 ハイチ人が、低く穏やかな声で、語り出す。

「ゾンビの数が多すぎるんだ。魔術の維持には強い集中力がるし、操れる数には限りがある。現に、今でさえ単純な命令しか受けつけなくなってきている。操るゾンビの数を減らしてくれ」

 無言で耳を傾けるアイゼンバーグ。

 ハイチ人の話は続く。

「それと、名前がわからない死体も多すぎる。死体を起こす・・・には、フルネームがわからなければいけない。身元のしっかりした死体を寄こしてほしい」

 話を聞き終わり、さらにそこから一拍置いたのち、アイゼンバーグはわざとらしい仰天ぎょうてんの声を左右に発した。

「こいつは驚いた。今のを聞いたか? ニガーが私に指図しているぞ!」

 イーライはお追従ついしょうの笑み、ジョーンズは無表情。

 ハイチ人は、冷静に間違いを正す。

「指図ではない。これは頼みだ。魔術は君が思っている以上に――」

 アイゼンバーグは、みなまで言わせず、

「ジョーンズ君」

 すぐさまジョーンズが、ハイチ人の頬を、強く殴りつけた。

 ハイチ人は、たまらずテントの端までよろめき、倒れる。

 横たわり、苦しげにうめく彼の腹に、今度はブーツのつま先がめり込んだ。

「ぐうっ!」

 くぐもった声を発し、身体をこまかかに震わせる、ハイチ人。

 アイゼンバーグの無情な声が、テントの中に響く。

「ゾンビの数を増やせ。採掘量を、あともう20%上げるんだ」

「む、無理だ…… これ以上は、本当に限界なんだ……」

「ジョーンズ君、もう少しわからせてやれ」

 ふたたび、蹴られ、踏みつけられる。

 ジョーンズのブーツのつま先や踵が、何度も何度も、彼の身体に打ちつけられる。

 見る見るうちに、ハイチ人は血と土にまみれていった。

 息も絶え絶えに倒れす彼へ、アイゼンバーグは、

「どうしてもできないというのであれば、預かっている妻子を殺すしかないな」

「や、やめろ…… 妻と娘には、手を出さないでくれ……」

「だったら、しっかり働いてもらおうか。私は決して複雑なことは言っていないぞ。ニガーの劣った脳でも理解できる、単純な命令だ」

 アイゼンバーグは、ステッキを手に、椅子から立ち上がった。

 ステッキの先端が、うつ伏せるハイチ人の頬に押しつけられる。

「ゾンビを増やし、採掘量を20%上げろ」

「わ、わかった…… やってみる……」

「やってみる、ではない。やるんだ。妻と子の命が惜しければな」

 そう言うと、彼はポケットからハンカチを取り出した。

 ハイチ人の血で汚れたステッキの先端を入念に拭き、ハンカチを捨てる。

 そして、視線はイーライへ。

「私はサンディエゴに戻る。いいか、これ以上、私の手をわずらわせるな。ニガーごときに言うことを聞かせられないような無能ならば、貴様はクビだぞ。イーライ」

「は、はい。まかせてください。トバイアス」

 その声を背に、アイゼンバーグは、テントをあとにした。




 明くる日、太陽が中天に差しかかる頃――


 コヨーテズ・デンの鉄鉱採掘現場から、南西へ1kmほど離れた岩場を、二組の人馬が進んでいた。

 先頭の馬上にはジョー。後ろに続くはウィンストン。

 それと、ジョーの背中に、メイホアがしがみついている。

 ウィンストンが、懐から小さな望遠鏡を取り出し、覗き込んだ。

 大きく拡大されたはるか前方で、ソルが手を上げている。

 そのまま望遠鏡で周囲を観察すると、ソルのいる場所は、三方を切り立った岩山に囲まれていた。

 ちょっとした隠れ家だ。


 ソルのもとにたどり着いた三人は、馬を下り、彼に歩み寄る。

 すると、ジョーの顔を見るなり、ソルが挨拶代わりに、

「ジョー。おまえ、『人数を集めてくる』って言ったよな」

 そう言って、ジョーの背後を眺めた。

 そこには、頼りになる使い手が、たった一人。

 あとは子供一人のおまけつきだ。

 ジョーは渋面しぶづらで、

「うるせえな。嫌味はよせ」

 ソルからテキーラのびんを受け取り、ぐびりとひと口。

「それで? 夜はどんなもんだ?」

あんじょう、ブードゥーのゾンビだった。採掘作業の奴隷にされている。見張りはキンダーマン。アイゼンバーグご本人も、現場の視察にご登場だ」

「へっ、ケチくせえ金持ちがやりそうなことだぜ」

「術者を殺せば、死者は魔術から解放される。やるなら今夜だ」

「術者は見つけたのか?」

「いや。それらしき奴がアイゼンバーグのもとへ引っ張られていったが、頭からボロ布をかぶせられていて、何者かわからなかった」

「まあ、いいさ。んじゃ、今夜、乗り込むか」




 それから、数刻が経ち――


 地平に沈もうとする陽の光が、灰色の岩場をあけに染め、四人の影を長く長く伸ばしていた。

 石を組んで作ったかまどでは、たきぎの小枝がパチパチと音を立てて燃え盛り、その上に置かれた鍋がふつふつと煮立っていく。

 かまどの前に座る、三人の賞金稼ぎと、一人の小娘。


 これからの算段は、“夜を待ち、ゾンビが働き始めたのを見計らって、現場に侵入。術者を探し出して殺し、死者を解放する”と決まった。

 今は、決戦までの英気を養う時間。

 まずは腹ごしらえである。

 鍋の中では、豆とベーコンが煮えている。

 ソルが、大きな木のスプーンで、鍋をゆっくりとかき混ぜる。

 少しずつ水気がなくなると共に、豆はとろりとした質感に変わっていき、ベーコンはしっかりとした硬さになっていく。

 塩は入れない。ベーコンに塩も香辛料も、しっかりとついているからだ。

 ジョーいわく、

「ソルの得意料理さ。仕事の時は大体これだな」

 彼はメキシコ人だ。

 豆が食卓に並ばぬ日はない、豆が主食の国に生まれ育った者が作る、豆料理。

 味は折り紙付きだろう。

 ジョーは長年の付き合いで、食べ飽きてはいるが。


 豆はうまそうに煮上がり、太陽はその姿を完全に隠した。

 ソルは、豆をブリキの器によそうと、物も言わずメイホアに差し出した。

 彼女は、笑みを浮かべ、

「ソル、ありがとう」

 だが、彼は一瞥もくれず、返事すらしない。

 メイホアは、しばしソルを見つめていたが、やがて、寂しそうにきびすを返した。

 とぼとぼとジョーのもとまで歩き、隣に座る。

 ジョーは行儀悪く、豆をかき込んでいる。

 彼女は、器の中の豆とベーコンに目をやりつつ、眉尻を下げ、肩を落とした。

「……ソル、メイホアを、嫌い」

「ああ? んなこたあねえよ。あいつは誰にでも、ああなんだ。それに――」

 ジョーは、口中の豆をごくりと飲み込むと、ソルの母国語でこう言った。


閉じた口にハエは入らないエン・ボカ・セラダ・ノ・エントラン・モスカス


 英語ですら勉強中のメイホアには、スペイン語はさっぱりである。

「どういう意味?」

「“口は災いを呼ぶ”ってこった。あいつのモットーさ」

「口は、災いを、呼ぶ…… 病從口入ビンツォンコォウルウ禍從口出フゥオツォンコォウチウ……?」

 一人小さくつぶやくメイホア。

 彼女の母国語で“病は口から入り、災いは口から出る”という言葉であり、意味としては同じものだ。

 そのつぶやきが聞こえていたのか、いないのか、ジョーはこうも続けた。

「それに、あいつはガキが苦手なんだ。人間、子供好きもいりゃあ、子供嫌いもいる」

 それを聞くなり、メイホアは不機嫌そうに、プッと頬をふくらませた。

「メイホア、子供、違う。もう十五」

「十五ぉ!?」

 ジョーは思わず、驚きの声を上げた。

 驚いたし、そう言われても信じられない。

 背がその年齢にしては低すぎるし、体型も子供のそれだ。

 顔だって、幼さが残る、どころではない。幼いのだ。

 てっきり、十一、二歳くらい、いや、もう少し下か、とジョーは思っていた。

 そのあまりの驚きように、メイホアまで目を丸くしている。

「どうして、驚く?」

「い、いや、俺ぁその、てっきり……」

「てっきり?」

 そのあとに続く言葉を飲み込むジョー。

「な、なんでもねえ……」

 閉じた口にハエは入らない。

 まったき真理である。

 たとえ、相手が大人の女性レディには程遠い、少女だったとしても。




 そろそろ、今日もまた暗闇がやって来た――


 いつも時間通り。律儀りちぎに、夜の闇はやって来る。

 かまどの火と星々、あとは月だけが頼りの、漆黒の世界。

 燃える炎を囲み、四人は時を待っている。

 あと二時間ほどもすれば、生ける死者たちが動き出すだろう。

 闇の中、四人は思い思いに、出発までの時間を過ごす。


 ウィンストンは、持参の紅茶を苦心してれたが、

「ミルクのない紅茶は野蛮だ」

 と、顔をしかめて飲んでいる。


 ソルは、かまどの火を頼りに、一冊の本を読んでいた。

 表紙には、『海底二万里 著ジュール・ベルヌ』とある。

 面白いのか、面白くないのか。ただ黙々と読み続ける。


 ジョーは――

 彼は、いつも同じ。

 酒を飲むだけ。

 町を出る前、エスメラルダに持たされたバーボンを、ラッパ飲みである。

 その酔態すいたいを、メイホアがしかめつらで見ていた。

 一日と少しの短い付き合いだが、彼の悪徳は、少女の目にすら余るものだった。

 そして、ついには彼女の手が、酒瓶を抑え、

「ジョー、いつも、お酒飲む。身体、悪い」

「しょうがねえんだ。酒を飲まねえと手が震えて、弾が的に当たりゃあしねえ。俺ぁしょうがなく飲んでるんだよ――」

 メイホアの手を払い、またひと口。

「――おまえの親父さんだって、酒くらい飲むだろ」

 そう口に出した瞬間、ジョーは激しく後悔した。

(しまった……)

 つい、口が滑った。

 つい、忘れていた。

 彼女の両親は殺されているのだ。

 なんというデリカシーのなさなのだろう。

 自分で自分の頭を撃ち抜きたくなる。

 ジョーは、こっそりと彼女の顔をうかがった。

 言葉もなく、表情もなく、静かにかまどへ目を向けているメイホア。

 怒っている。確実に。

 彼女が、少しく震える唇を、開いた。

「メイホアの爸爸バーバ、お酒飲まない。大煙ダーイェン吸わない。お仕事、頑張る」

 それから、そばに転がっていた小枝を手に取り、地面に文字を書いた。

 手に入る力に、怒りが込められている。


 “正經寿叔叔”


 祖国の文字でそう書き、祖国の言葉でつぶやく。

正經寿叔叔ヂォンジンショウシゥシゥ。みんな、『真面目な寿ショウおじさん』、呼ぶ」

「……すまない。俺が悪かった。許してくれ」

 自分でも驚くほど、すんなりと、自然に謝罪の言葉が出た。

 この商売、拳銃商売では謝ったほうが負け、という生き方を長らくしていたのに、心から他人に謝れる時が来るとは。

 ジョーはうなだれ、

「真面目なショウおじさん、か……」

 そう漏らして、彼女の書いた文字に、目を落としていた。

 メイホアは、そんな彼の横顔をしばらく見つめていたが、そのうち、父を指す呼び名の横に、もうひとつ、


 “姬美華”


 と、書いた。

「これ、メイホアの名前」

「へえ。こういう文字を書くのか。綺麗なもんだな」

 ジョーは、中国の文字に明るくない。

 それだけに、メイホアの名を表す、その三文字に、しばし見入ってしまった。

 文字というには、あまりにも複雑で、あまりにも美しかったから。

 次に、メイホアは、二つの文字を書いた。


 “美国”


 “華人”


 そして、そのふたつを指しながら、

美国メイグオ華人ホアレン爸爸バーバ媽媽マーマ美国アメリカに来た。メイホア、美国で生まれた華人――」

 ジョーのほうへ顔を向け、満面の笑みを浮かべた。

「――だから、姬美華ジーメイホア

 ジョーは、まぶしすぎる笑顔から目をそらし、地面の文字を見つめた。

 いい名前だ、と思った。

 初めてアメリカで生まれた我が子の名に、新天地の希望と、祖国の誇りを込めて名付けたのだろう。

 それと、両親の愛も込められた、いい名前だ。


 彼女の名前を見ているうちに、ジョーは、はるか昔のことを、思い出していた。

 はるか昔、故郷を脱け出し、希望を抱えて新天地アメリカにやって来た、十九歳の頃。

 ずいぶんと長い間、思い出すこともなかった、あの頃の自分。


 ふと、気づけばメイホアが、自分の顔をのぞき込んでいた。

 どこかへ行ったと思っていた記憶に、我を忘れていたのだ。

「ジョー?」

「いい名前だな、メイホア。素敵だよ」

 彼女の頭に手を置き、優しくでる。

 それから、今度はジョーが小枝を拾い、地面になにやら書いていった。


 “Joseph Patrick McKenna”


 人名だが、やはりメイホアには読めない。

「これ、なんて読む?」

「ジョゼフ・パトリック・マッケナ」

 それから、笑った。

 彼女のほうへ顔を向けられず、笑いも自嘲に満ちたものだったが、とにかく、笑った。

「一週間分の部屋代が目当ての、飲んだくれアイルランド人の名前だ」




 今宵こよいも、生ける死者の採掘作業が、始まった。

 黒く厚い雲が月を覆い隠した空の下、ゾンビたちが、鉄鉱石でいっぱいのかごを抱え、ふらふらと歩いている。

 苦悶くもんの表情はなく、疲労のあえぎもなく、ただうつろな視線を虚空に向けて。

 その数は、少なく見積もっても、80体は下らないだろう。ソルが偵察した時よりも、明らかに増えている。

 そんなゾンビたちが従事する夜の作業・・・・を、ジョーは岩山の陰から、双眼鏡を通して見下ろしていた。

 かたわらには、メイホアがいる。ジョーに寄り添い、彼の横顔を見つめて。

 ソルは、ジャケットの内側に、投げナイフを仕込んでいた。まるで、それを着ているだけで銃弾を通さぬのではないか、というくらいのおびただしい数だ。

 その横では、ウィンストンがいくつもある小口径の拳銃に、弾丸を装填そうてんしている。拳銃ならば、腰に愛用のアダムス・リボルバーM1872を差してあるのだが、それでも足りないのだろうか。

 ともかく、両者とも余念なく装備を整えている。

 ジョーが、双眼鏡を下ろして、言った。

「見張りは20人ってとこか。ずいぶん多いな」

 眼下には、キンダーマン探偵社の捜査員たちがライフルを手に、周囲を警戒している。

 たしかに、自動的に働くゾンビの見張りにしては、大げさなくらいに人数が多い。

 ソルは、ジョーやキンダーマンには目もくれず、独り言のように答える。

「きのうの晩は四、五人しかいなかったが、なにかを察したのかもな」

「おめえ、見つかるようなヘマはしてねえだろうな」

 じとりとにらむジョーを尻目に、ソルは山刀マチェーテを腰に差しつつ、こうやり返した。

「おまえこそ、あのあと尾行されるようなヘマをしたんじゃないのか?」

「あー、いや、その……」

 それっきり、黙り込むジョー。

 鼻でため息をつくソル。


 メイホアは、そんな二人を、不思議に思った。

 初老のジョーと、少年の雰囲気さえ残す若さのソル。それが対等の口をきいている。

 彼女の祖国では、子供たちに“長幼ちょうようじょ”という教えが徹底される。つまり「年少者は、年長者をうやまい、礼儀を重んじる」ということだ。

 ソルの態度など、年長者に向けるものとしては、失礼極まりない。

 メイホアの価値観からすれば、この二人組の関係性は、我が目を疑うほどに信じがたいものであった。

 二人は一体、どんな仲なのか。

 なぜ、ソルはジョーに対して、こんな態度を取れるのか。

 長い付き合い、と言っていたが、二人の年齢を考えると、そんなには長くはないのではないか。

 知りたいことはいくつもあったが、それを言葉にできるほど、メイホアは英語が上手くない。

 ただ、二人をジッと見つめているだけあった。




 さて、突入の準備はできた。

 夜もすっかり更けて、見張りの捜査員たちの表情は、いくぶん緊張を欠いている。

 そこかしこで、あくびをするさまが、見て取れた。

 彼らに光を照らしてくれるはずの月も、いまだ雲に隠れているため、見通しは悪いはず。

 頃合いだ。

 ソルは、言葉短く、ジョーにたずねる。

「どんな作戦だ」

「まず、キンダーマンを全員、始末する。アイゼンバーグのところへ報告に行かれたら厄介だしな。必ず皆殺しだ」

 などと、ジョーはこともなげに、言ってのけた。

 敵は20人。しかも、泣く子も黙る、いや、無法者も逃げ出すキンダーマン探偵社を相手取るというのに。

 しかし、ソルとウィンストンの表情は変わらない。まるで、それが当たり前のように、聞き流す。

 むしろ、彼らにとっての問題は、その続きにあった。

「そうしてるうちに、ゾンビどもがこっちに向かってくるだろう。俺とウィニーは、それをそのまま引きつける。ま、陽動作戦ってやつだ。んで、その間にソルが術者を探し出して殺す。術者が死ねばゾンビはすべて動きを止める、ってなもんよ」

 得々とくとくとした顔で、そう言葉を結ぶジョー。

 それとは対照的に、ソルが少しく眉をひそめた。

「キンダーマンは、まあ、いい。だが、術者はどうやって探すんだ」

「そんなもん、自分てめえで考えろよ。俺の仕事じゃねえ」

「……大した戦術家だよ。おまえはバヤ・ケ・エストラテガ・エレス

 さすがに呆れの色を浮かべるソルの横合いから、ウィンストンが口を挟んだ。

「ああ、二人とも、ちょっといいかね? 死者の大軍を一手に引き受ける大役を仰せつかったのは、光栄至極しごくなのだが――」

 英国紳士のかがみと言うべき、慇懃無礼いんぎんぶれいな物言いである。

「――驚かないでくれたまえ。実は、私は生ける死者リビングデッドと戦ったことがないんだ。よければ戦い方をご教授してくれると、ありがたいのだがね」

 そんな彼のささやかな疑問に、ソルが答えた。

「奴らは魔術で操られている死体だ。心臓を撃とうが、頭を撃とうが、動きを止めない」

「ほうほうほう。実に有益な情報だ。すでに死んでいる者は殺せない、と」

 ソルは、ウィンストンの皮肉など、意に介していない。

「だが、身体の構造は人間と変わらない。重要な筋や腱を断ち切られたり、関節を破壊されたりすれば、そこから先は動かすことができない――」

 そこまで言うと、ウィンストンの膝頭ひざがしらを指差し、

「――銃なら膝を撃ち抜け。動きが鈍る」

 なるほど。

 80は下らない数の生ける死者が襲ってくるが、我々に倒す方法はなく、動きを鈍らせるしかできることはない。

 そろそろウィンストンの頭の中は、後悔でいっぱいである。

 ところが、ソルの話には、続きがあった。

「それと、ゾンビには絶対に捕まるな。もし捕まった時は、ためらいなく自殺しろ」

 ウィンストンはすでに、うんざりとした面持ちだ。

後学こうがくのためにうかがうが、なぜかね?」

「術者の命令にもよるが、奴らは生者の限界を超えた怪力を振るう。捕まれば、生きたまま紙のように引き裂かれるからだ」

 それを聞いたウィンストンは、口を弓のようにひん曲げ、両肩をすくめた。

 そして、まったく大した専門家だ、とばかりに、

「貴重なアドバイスをありがとう。実に心強い」


 すると、メイホアが、ジョーのジャケットのすそを、ちょんちょんと小さく引いた。

「ねえ、ジョー。メイホアは?」

 ジョーは、顔をしかめた。なにを言ってやがるんだ、とでも言いたげに。

 膝を曲げてしゃがみ込み、彼女と目線を同じくして、ひどく怖い顔を作る。

 メイホアには、彼のわざとらしいしかめっ面よりも、その中にある青い瞳のほうが、印象的だった。

 そうとは知らぬジョーは、

「いいか、絶対にこの岩場から出てくるな。勝手な真似はするんじゃねえぞ。ここに隠れているのが安全なんだ。わかったな?」

「……うん。わかった」

 彼女としては、自分にもなにか役目がある、とでも思ったのだろう。

 ジョーの剣幕にたじろぎつつも、不満の色が見え隠れしている。

 本来の性格が、好奇心旺盛おうせいなのか、それとも頑固なのか。

 ジョーは、メイホアの頭をぐしゃぐしゃと乱暴にで、立ち上がった。「話は終わり」ということだ。

 そして、眼下の作業現場を見すえつつ、腰のホルスターから拳銃を抜くと、それを左手に持ち替えた。さらに、開いた右手で腹部のホルスターに差している、もう一丁を抜く。

 どちらも、スミス&ウェッソン.44口径。

 中折れ式の銃身で、銃弾の装填を非常に素早く行えるところに、定評がある。彼のような、ファニングによる連続射撃を得意とする拳銃使いガンスリンガーには、最適の拳銃だ。

 ジョーは、二丁を構え、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

「さあ、いくぜ」




 日付がとうに変わり、闇の帳が降りた採掘現場。

 坑道の出入口付近は、砂ぼこりにまみれ、にごった空気がただよっていた。

 ゾンビたちの素足の足音が、坑道の奥から響くつるはしやスコップの音と、混ざり合う。

 そんな中、ライフルを肩にかついで突っ立っている、つばの広い帽子とダスターコートの男が一人。

 キンダーマン探偵社の捜査員である。

 のたのたと動き回る大勢のゾンビたちは、腐った肉の臭いを漂わせながら、無表情で彼の横を通り過ぎていく。

 坑道へ入っていくゾンビ。坑道から出てくるゾンビ。その繰り返し。

 なんとも単調な光景だ。

 やがて、彼は大きなあくびをひとつ。見張りの務めに、だいぶんでいる。

「クソ退屈だわ、ひどい臭いだわ。おまけに月が隠れてるから、暗くてよく見えないときたもんだ……」

 などと、愚痴ぐちをこぼし、地面に唾を吐く始末だ。

 そこへ、別の捜査員が通りがかり、気安い調子で声をかけた。

「よう、ハリス。調子はどうだ?」

 ハリスと呼ばれた男は、退屈しのぎとばかりに、

「なあ、トンプソン。おまえは前からここにいるよな」

「ああ。夜の採掘・・・・が始まった時からだ」

「今夜は、なんだってまた、こんな大人数で見張ってるんだ。ゾンビどもを働かせておくだけだろ」

「俺は知らんよ。ジョーンズさんの命令だ。白人とメキシコ人の二人組が現れたら殺せ、だとさ」

「たった二人に、俺たちキンダーマンを20人からだと? どうかしてるぞ、まったく」

 単調で退屈な仕事に馬鹿馬鹿しさまで加わり、ハリスは苛立ちを吐き出すがごとく、またも地面に唾を吐いた。


 ふと、何者かの足音が、かすかに――


 ハリスの吐いた唾のその先、採掘現場の出入口のほうからだ。

 ランタンの光が届かぬ、暗闇の向こう。

 ハリスもトンプソンも、息を呑み、ライフルを構える。

 そこへ、暗闇を脱ぎ捨てるように、白人の中年男が、姿を現した。

 光に照らされ、あらわになったのは、整った口髭くちひげに上等な仕立ての背広服と蝶ネクタイ。

 それは、どういう経緯けいいか、作戦か。

 ロス・ロボスご一行の一人、“英国人”ウィンストン・サムナーであった。

 ウィンストンは、やけに愛想の好い笑顔を浮かべ、

「こんばんは、紳士諸君」

 と、軽く帽子を浮かせる。

 ハリスが、ライフルを構えたまま、叫んだ。

「誰だ! おまえは!」

 トンプソンも続いて、

「両手を上げろ!」

 それでも、ウィンストンは慌てない。

 笑顔を崩さず、大げさな身振り手振りで、

「まあまあ、どうか落ち着いて。私はノトロブと申します。このアメリカで商売を始めようと、はるばるイングランドはイプスウィッチからやって来ました」

 まるで息をするように、口から出まかせを垂れ流すウィンストン。

 それをさえぎるように、ハリスのライフルの銃口が、ウィンストンの眼前に突きつけられた。

 銃口の奥、薬室の弾丸までのぞき込めるほどに。

「今すぐ両手を上げろと言ってるんだ。さもなきゃ脳天を吹き飛ばす」

「おやおや…… 承知しました」

 致し方ないとでも言いたげに苦笑をもらしつつ、ウィンストンがゆっくりと両手を上げる。

 トンプソンも、油断なくウィンストンの前まで近づくと、彼のガンベルトから拳銃を抜き、そこらへ投げ捨てた。

 ウィンストンは、やれやれ、とばかりに、

「お気が済みましたかな?」

 そうこうしているうちに、他の捜査員たちも、三人のもとへ、続々と集まっていた。

 どの男も、ウィンストンの姿を見るなり、ライフルを構える。

 トンプソンも無論、目の前の自称ノトロブ氏に銃口を向けたままだ。

「おい、まずいぞ。夜の作業を見られたんだ。とっとと殺したほうがいい」

「まあ、待て」

 ハリスが片方の口角を上げる。武装解除が済み、仲間を得て、彼の気は緩んでいた。

 銃口でウィンストンの額を小突き、

「おまえは何者だ。誰に雇われて、ここへ来た」

 そう問い詰めた。

「ですから、先ほども申し上げました通り、ここで商売を始めようかと」

「なにが商売だ。でまかせを言いやがって。気取り屋ファンシーパンツが一体、なんの商売を始めようってんだ」

 すると、それまでの愛想笑いとは異質の笑みが、彼の顔に浮かんだ。

「葬儀屋ですよ」


 瞬間――


 風切り音がかすかに聞こえるや否や、ハリスのこめかみとトンプソンの首に、ナイフが突き刺さった。

 二人は、低いうめき声をあげ、灯火ともしびが消えるように、その場へ崩れ落ちる。

 エル・ソルの投げナイフだ。

 他の捜査員たちは驚愕きょうがくの声を上げたが、それもつかの間、ウィンストンが冷然と言い放つ。

「あなた方が最初のお客様です」

 その言葉と同時に、彼の両袖から小口径の拳銃が飛び出し、正面の敵を瞬時に三人ほど撃ち殺した。

 ウィンストンは、両手の拳銃を撃ち尽くすと、無造作にそれを投げ捨て、すぐさましゃがみ込んでズボンのすそをたくし上げる。

 足首のホルスターから新たな拳銃を、滑らかな動作で優雅に抜き取り、また一人を討ち取った。

 この男、一体どれだけの銃を身体に仕込んでいるのか。


 その間にも、暗闇からはナイフが飛来し、敵の頭、首、胸の急所を正確に刺し貫いていく。

 薄暗がりの混戦という状況でも、狙いをあやまたない、正確無比なる投げナイフ。

 ソルは、投げナイフの無音という特性を生かし、常に素早く移動しながら投擲とうてきを続けた。

 これにより、攻撃を受けた側は、あたかも大勢による複数方向からの攻撃と錯覚し、あらぬ方向への乱射を余儀なくされる。


 見える敵のウィンストンと、見えない敵のソル。

 たった二人が繰り出す、この虚実ないまぜの戦術によって、20人からのキンダーマン探偵社は、あっと言う間に半分以上、その数を減らされた。


 さらには――


 何者かが、ひどく情けない声で、

「ま、まずいぞ! 敵は大勢だ! 囲まれたあ!」

 と叫んだ直後、暗闇から銃弾が飛んできた。

 銃声が耳をつんざき、ナイフの空を切る音が続く。

 包囲、動揺、恐怖、悲鳴。そして、死。

 キンダーマンの捜査員たちは皆、パニックに陥っていった。

 さらに、叫びは続く。

「こっちからも来たぞ! 逃げろ!」

 ほぼ泣き声に近い悲鳴が、響き渡る。

 苛立った捜査員の一人は、振り向きざまに叫んだ。

「わめき散らすんじゃあない! こっちってどっちだ! バカ野郎イディオット!」

 途端に、彼の身体を銃弾が貫いた。

 わずかに彼の目に映ったのは、漆黒の闇にまぎれた初老の男の姿だった。

「こっちはこっちだ。アホンダライディオタ

 ブロンディ・ジョーの悪態が、闇の中で不敵に響く。

 叫び声と銃弾の主は彼だった。

 暗闇から襲い来る、ナイフと銃弾。

 それらに気を取られていると、ウィンストンの銃弾に襲われる。

 キンダーマンたちは次々と斃れ、見る見るうちに、地面へ転がる死体が増えていった。

 そして、ジョーの叫びが恐怖を煽り、ついには、怖気づいて逃げ出す者も出た。

 逃げ惑う男たちの足音が、乾いた地面に響き渡る。

 だが、逃げられるはずもない。

 二人の銃と一人のナイフが、冷静にその背中を追い討つのだから。




 ノトロブ氏の来訪から、わずか10分とかからず、生きて動く者の姿は消え失せた。

 地面には、揃いの帽子とダスターコートを着た死体が多数転がり、さながら戦場の様相を呈している。

 ウィンストンは顔をしかめ、最初に投げ捨てられた己の拳銃を拾い上げた。

 土を払いながら、彼はその銃を見つめる。祖国イングランド製の愛着あるものだ。ゴミのように扱われれば、腹が立つのも無理はない。

 やがてウィンストンが、暗闇から姿を現したジョーへ、静かに問いかけた。

「キンダーマンの連中は、これで全部かな」

「ああ、片付いた――」

 と、ジョーは短く答えるが、その目はある方向に向けられていた。

「――だが、ここで一息、ティータイムとはいかないようだ」

 二人の視線の先で展開される光景に、ウィンストンはため息をひとつ。

 たしかに、生きて動く者はいなくなった。

 しかし、死してなお動く者がいる。

 籠やつるはしを捨て、うなり声をもらしつつ、無表情でこちらへ向かって歩いてくる彼らの姿は、まるで悪夢であった。

 彼らを操る術者が、二人に気づき、排除するべき敵として認識したようだ。

 これだけ暴れれば、それも当然だろう。

 ジョーは地面に転がるライフルを拾い上げる。捜査員たちが持っていたものだ。

 キンダーマンは始末した――

 ゾンビの陽動にも成功した――

「さあ、おめえの仕事だぜ。ソル」と、ジョーが静かに呟く。

 聞こえずとも、その言葉に応えるように、ソルは影の中を走っていた。


 ソルは、思考する。

 どうやって、術者を探すか。

 術者は、どこにいるのか。

(見張りだけではない。ゾンビもきのうより増えている。と、なれば……)

 ソルにはひとつの確信があった。

 80を超える数のゾンビに、ある程度複雑な命令を実行させるには、離れた場所では無理だ。

 絶対に、全体を目視できる、すぐ近くにいる。

 そう。それは――

(ゾンビどもの中にまぎれているな……)

 では、どうやって術者とゾンビを見分ければいい。

木を隠すには森、だなエスコンデルセ・ア・プレナ・ビスタ干し草の中の針を探すようなものだブスカル・ウナ・アグハ・エン・ウン・パハール……」

 ソルは足を止め、ゾンビの群れを子細しさいに観察する。

 濁流だくりゅうのように、ジョーとウィンストンへ押し寄せる、ゾンビの群れを。

 やみくもな攻撃が当たっては困るから、術者は積極的に前へ出ないだろう。

(となれば、群れの後方……)

 ナイフを手あたり次第に投げてみるか。いや、無駄だ。

 数が多すぎるし、群れの奥にいる者に当てるのは至難の業である。

 それに、攻撃を受けていると知れば、術者はさらに群れの中へ、身をひそめるだろう。

 ナイフでは駄目だ。拳銃やライフルでも足りない。

 もっと術者が肝を冷やすほどの、広範囲かつ威力の高い攻撃だ。


 広範囲で、威力の高い。


 広範囲。


(……!)


 雷に打たれたかのように全身を震わせると、突如としてソルが走り出した。

 ゾンビたちから離れ、坑道のほうへと、夜走獣のごとき勢いで駆けていく。

 ソルは、この採掘現場の昼の顔・・・を、思い出していた。

 響き渡るダイナマイトの爆発音。

 顔を汗で濡らし、疲労に目をよどませた、労働者たち。

 彼らを容赦なく叱咤しったする、監督員。

 疲労困憊ひろうこんぱいの人間ならば、おそらくやらかすであろうミス。

 採掘効率や採掘量しか頭にない人間ならば、おそらく見落とすであろうミス。

(あった……)

 彼の目に映ったのは、坑道入口の脇に転がる、一本のダイナマイト。

 坑道内で鉄鉱石の発破に使うものであり、作業終了時にはすべて回収し、必ず数を確認する。

 それがこんなところに転がり、見落とされていること自体、この作業現場の苛烈かれつさと杜撰ずさんさを、よく表している。

 労働者たちには申し訳ないが、今は感謝しなければなるまい。

 人を人とも思わぬ労働の産物を、ソルはしゃがみ込み、手に取った。


 他方、ジョーとウィンストンは――


 グンタイアリのように押し寄せる死者の群れを押しとどめようと、懸命にライフルを撃ち続けていた。

 この状況では、もはや拳銃は物の役に立たない。命中精度と装弾数で勝る、ライフルの出番だ。

 幸運にも、ライフルならキンダーマンのものが、いくつも地面に転がっている。しかも、ウィンチェスターM1873。最新鋭のレバーアクションライフルである。弾も彼らの死体から抜き取ればいい。

 不幸中の幸いを得て、勢いづいたジョーがえる。

「ウィニー! 休むなよ! 撃ちまくれ!」

「もう少しスマートな戦い方はないものかね!」

 ジョーが迫り来るゾンビの膝を撃ち抜き、ひざまずかせれば、ウィンストンはその肘を撃ち抜き、地面に這いつくばらせる。これで前に進むことはできない。

 見事な狙い撃ちの腕前、見事なコンビネーションではある。

 両者とも、狙いを定め、引金を引き、レバーを動かし、また狙いを定める。

 流れるようにリズミカルな動作で、絶え間なく撃ち続けていた。

 だが、それをはるかに上回る人数のゾンビが、地面に転がるゾンビを踏み越え、次から次へと前に出てくる。

 生ける死者の行進はとどまることを知らず、今や二人は後退しつつの射撃を強いられていた。

 ジョーは、ペッと唾を吐き、

「いいぜ。どんどん来やがれ」

 などと、強がりにも似た調子でつぶやいたが、頬には一筋の汗が流れ伝う。

 また、二人の位置も悪かった。

 退却路と呼べる採掘現場の出入口は、ゾンビの群れの向こう。二人の背後には、切り立った岩山がそびえている。

 このままでは、いずれ岩壁がんぺきまで追いつめられ、捕まってしまう。

 ソルのアドバイスを参考にするならば、四肢をもぎ取られ、内臓を引きずり出され、人の形を留めぬ肉塊に変えられるのだろう。

 彼が術者を見つけ出し、殺さない限り。


 ジョーが、ふと見ると、ウィンストンが奇妙な動きをしていた。

「奴らまでの距離が約20mとして、岩山まであと7ⅿ…… 奴らの歩く速さが……」

 銃を撃つ手もおろそかに、振り返ったり向き直ったり、背後の岩壁と前方のゾンビたちをしきりに見比べている。

「おい、ウィニー! 撃つほうに集中しろ! こんな時になにしてやがんだ!」

 ウィンストンは、胡散うさん臭い笑顔を浮かべ、嬉しそうに言った。

「ジョー、いい知らせがあるぞ! このままだと、あと92秒ほどで奴らに捕まる! 時間はたっぷりあるんだ! きっとソルがなんとかしてくれるな!」

「嫌味を言うだけのためにくだらねえ計算してんじゃねえ!」

 そう怒鳴ったところで、ジョーはある違和感を覚えた。

 視界の端で、なにかが動いたような気がしたのだ。

 数m横へ目をやると、すぐに違和感の正体がわかった。

 なんと、倒れ伏す捜査員の死体が、うめき声をあげながら身を震わせているではないか。

 たしかに撃ち殺したはずなのに。

 さすがのジョーも、これには息を飲んだ。

「クソッ、こりゃあ幻覚だ…… 酒が切れてきたかな……」

 周囲にいくつも転がる彼らの死体。

 その彼らが、次々と起き上がっていく。

 労働者だけではない。捜査員の死体までもがゾンビと化しているのだ。

「ああ、君の幻覚であってほしいね。私にも見えるが……」

 いまだユーモアを忘れぬウィンストンも、その顔からは笑みが消えている。

 苦労して数を減らしたと思ったら、簡単に埋められた。それも自分たちが殺した者の死体で。これでは数を増やすのを手伝ったようなものだ。

 しかも、間近でうごめく捜査員のゾンビは、すぐさまこちらを捕捉し、襲いかかってくるだろう。もはや90秒どころの騒ぎではない。

 万事休すか、と思われた、その時――


「ジョー!」と、ソルの呼び声が響いた。


 見れば、ゾンビの群れのすぐ横に、ソルが立っていた。

 不思議なことに、ゾンビたちはそばにいる彼に目もくれず、ただただこちらへ歩みを進めている。

 疑問を覚えかけたジョーの目を覚ますように、

「これを使え!」

 そう声を上げたソルは、大きく振りかぶって、ある物を放り投げた。

 細長い円筒形の物体が、放物線を描いて、こちらへ飛んでくる。

 くるくると宙を舞う物体が目前に迫るに至り、ジョーはようやく気づいた。

「ダイナマイトかよ!」

 そのまま見事キャッチ、と思いきや、手元が狂ったか、ダイナマイトはジョーの手の中で、踊るように何度も跳ねる。

「あっぶねえ!」

 ようやくダイナマイトを握り締めたジョーは、ほっと一息。

 それを見ていたソルが、ほんの少しの苛立ちが混じる声で、怒鳴った。

「とっとと火をつけて投げろ! 群れの後方だ! 早くアンダレ!」

「なんで俺に寄こすんだよ! おめえが火をつけりゃあいいじゃねえか!」

 怒鳴り返すジョーであったが、もうソルは相手にしていない。

 鼻でため息をつき、

葉巻を吸わない俺が、マッチを持っている訳ノ・テンゴ・ポル・ケ・ジェバール・セリヤース・シ・ノ・フーモないだろ・プーロス

 と、つぶやくだけ。道理ではある。

 そして、数m先でゾンビたちがうごめく中、悠然ゆうぜんと腕を組み、成り行きを見守る。

(これだけの数に加えて、キンダーマンどもの死体。一人の術者が操れる許容量を超えている。『前方の二人を襲え』程度の、単純な命令が精一杯だな……)

 などと、考えながら。


 一方のジョーは、といえば――

「ああ、ええと、マッチ、マッチ……」

 焦燥感しょうそうかんにかられつつ、ポケットというポケットを探っている。

「クソッ! どこだよ!」

 その時、彼の横合いから、一本のマッチが差し出された。

「よければ使うかね?」

 芝居がかった、得意げな顔のウィンストンだ。

 パイプをたしなむ彼が、マッチを持っているのもまた、道理である。

 ジョーは、彼の表情と口ぶりに、感謝よりも怒りを覚えたが、

「ああ、ありがとよ!」

 と、そのマッチをひったくり、ズボンで強くった。


『ダイナマイトを使え』


『群れの後方に投げろ』


 これだけで、ジョーは相棒ソルの意図を理解していた。

 導火線の先端は、マッチの火に包まれ、火花を散らす。

 ジョーが、点火したダイナマイトを、高々と掲げた。

 勢いよく飛び散る火花が、近づきつつあるゾンビの死相を照らす。

 細く立ち上る白い煙が、夜の闇に浮かび上がる。

 ゾンビにこの光景を見せたい訳ではない。術者に見せるためだ。

「おい! クソ屍人使いガッデム・ネクロマンサー! これを見な!」

 そう叫ぶと、先ほどのソルに負けじと、大きく振りかぶる。

 そんなタイミングで、ウィンストンが、はたと気づいた。

「お、おい、ジョー。私たちは安全なんだろうな。爆風に巻き込ま――」

「いくぜえ! 受け取れ!」

 ウィンストンがみなまで言う間もなく、ジョーの手からダイナマイトが放たれた。


 と同時に、群れ全体を見すえるソルの目が、まるで猛禽もうきんのごとく、カッと大きく見開かれた。

 少しも見逃すまい。必ず捉えてみせる。

 死体らしからぬ素早い回避行動を取ったゾンビこそが、群れにまぎれた術者なのだから。


 先ほどと同じ放物線を描くダイナマイト。

 それは狙い通り、ゾンビの群れの後方あたりに消えていった。

 すぐに何者かが、静かに、それでいて素早く、群れから抜け出した。

 裸の上半身に、ボロボロのズボンをはいたのみの、土ぼこりにまみれた、黒人男。

 術者だ。

 ソルが、地面を蹴った。

 群れから離れていこうとする術者に、人とは思えぬ速度で突進していく。猛禽のごとく、飛ぶがごとく。

 あと10ⅿ。あと5ⅿ。あと3ⅿ。

 腰に差した山刀をすらりと抜き、術者へ猛然と襲いかかる。


 不意に、獲物を狙うソルの目の端に、小さな人影が映ったかに思えた、


 次の瞬間――


 突如、ゾンビの群れの後方で、轟音と共に、大爆発が起きた。

 凄まじい衝撃。圧力。

 爆心地に密集していたゾンビは、衝撃波によって人の形を留めぬ肉塊にまで砕け散り、宙を舞う。

 爆風によって吹き上がった土煙が、一瞬にしてゾンビの群れを、ソルと術者を、ジョーとウィンストンを、包み込んだ。




 山々に響き渡る爆発音のあとに訪れた、静寂。

 そう長くない時間の経過と共に、徐々に土煙が晴れていく中、爆発のもたらした破壊力が明らかになった。

 爆心地には、バラバラにちぎれたゾンビの頭部や胴体、手足が散乱している。

 群れの前方や外側にいたゾンビも、すべて地面に倒れていた。

 どのゾンビも、立って歩き回るどころか、身動きひとつ取っていない。

 元はと言えば、術者をあぶり出すためのものなのだから、予想以上の成果と言っていい。


 そして、そこからさらに15ⅿほど離れた場所では、ジョーとウィンストンが地面に伏せ、頭を抱えていた。

 打って変わった静けさに、恐る恐る顔を上げる二人。

 どちらも、頭からつま先まで土煙で真っ黒に汚れ、肌の露出している部分は大小様々な傷を負っている。

 ウィンストンの自慢の背広服などはめちゃめちゃだ。これではサンフランシスコの仕立屋したてやでも、中国人の洗濯屋でも、突き返されるに違いない。

 二人は、ふらふらと立ち上がり、痛みに耐えつつ、服の土ぼこりを払う。

 精根尽き果てた様子のウィンストンが、

「やはり無事では済まなかったじゃないか……」

 となげくも、ジョーはまだまだ強気に、

「命があるってことは無事に済んだってこった」

 などと言い張る始末である。


 並び立つ二人は、あらためて爆発の爪痕つめあとに目をやった。

 周囲は見渡す限り、動くものの影はない。

 時間が停まったかのように、ただ静寂だけが残っていた。

 ウィンストンは安堵の色を浮かべ、

「見事なものだな」

 と、目の前の光景を眺めていた。

 だが、ジョーは眉をひそめ、独りごちる。

「なんか妙だな……」

 そう。この光景が、ある種、奇妙なものだと気づいてしまった。

 いくらダイナマイトとはいえ、80を超える数のゾンビを、すべて行動不能にできるものだろうか。

 五体が砕け散り、肉片になったゾンビが、動こうとしても動けないのはわかる。

 しかし、群れの前方や外側にいた、ただ吹き飛ばされただけのゾンビまでもが、動きを止めている。

 自分たちの近くにいたキンダーマンのゾンビですら、立ち上がる気配はない。

「どいつもこいつも動かねえってこたぁ、術者をったか……?」

 ジョーは、そうつぶやくと、ソルがいるであろう方向へ歩き出した。

 ウィンストンも慌てて、

「あ、おい、待ちたまえ。ジョー」

 と、あとに続く。


 すべてのゾンビが地に倒れ伏す中、歩みを進める二人。

 すると、少し先、坑道入口の近くに、二つの人影が見えた。

 影は、半ば周囲の闇に溶け込み、その容貌ようぼうは黒く染め上げられている。

 やがて、厚い雲から顔を出した月の光が、二人の人物を浮き彫りにした。

 一人は、山刀マチェーテを引っさげ、佇立ちょりつするソル。

 その顔は不自然なほどに綺麗なものだった。血も土ぼこりもない。

 ジョーら二人よりも爆心地に近く、かつ伏せることなく全力疾走していたにもかかわらず、だ。

 そして、もう一人。

 いや、違う。いるのは、二人だ。

 術者の黒人男が、小柄な少女を羽交はがめにしているのである。

 その少女を見るなり、ジョーは目を見開き、叫んだ。


「メイホア! なんで来たんだ!」


 なぜ、こんなところに。隠れていろと言ったのに。

 爆発に巻き込まれなくて、よかった。

 あの馬鹿、尻をひっぱたいてやる。

 どうすればいい。あの子を救うためには、どうすればいい。

 もう、死なせたくない。

 頭蓋ずがいの中で、あらゆる思考が、ぐるぐると渦を巻く。


 術者の腕の中で、メイホアは震え、泣いていた。

 涙に濡れる瞳を、一直線にジョーへ向けて。

「ごめんなさい、ジョー…… メイホア、爸爸バーバ媽媽マーマ、会いたい…… ジョー、心配……」

 彼女の泣き顔。

 それを見ているだけで、ジョーの胸に、ある記憶がよみがえる。

 幸せで悲しい、喜びと苦しみの記憶。

 その記憶が、メイホアの顔に、別の少女の顔を重ね合わせた。

 メイホアよりも幼い、浅黒い肌に青い瞳を持つ少女の顔を。

「なんで、こう、ガキって奴ぁ……」

 ガシャリという音を立て、彼の足元にライフルが落ちた。

 さらに、右腰のホルスターからゆっくり拳銃を抜き、やはり足元へ捨てる。腹部のホルスターに収められた拳銃も、同様に。

 こちらに戦意はないと示すため。メイホアを無事に解放させるため。

 今のジョーには、こうするしかなかった。

 ウィンストンも、とても納得がいくとは言えない表情で、ライフルと拳銃を捨てる。


 その様子を見ていたソルもまた、山刀を放り捨てた。

 彼ら二人と同じ丸腰になった、と見せかけるため。

 そして、両手をぶらりと下げ、背筋を伸ばす。少しく前に出した左足に重心を乗せ、やや半身はんみに。

 ナイフを抜き投げする際の姿勢だ。

 ソルは、一切視線を動かさず、ひそかに自分と術者をへだてる距離を測る。

(たった6m…… 簡単だ……)

 この間合いなら、メイホアを人質に取っていようと、術者の眉間に命中させるのは造作ぞうさもない。並みの拳銃使いの抜き撃ちより、早く投げる自信だってある。

 だが、ソルの脳裏には、ある疑問が湧いていた。

 この男にそれをして・・・・・・・・・いいものか・・・・・

 おそらくは、自らこんな状況を招いた・・・・・・・・・・・この男に・・・・

 術者は油断なく、彼女の顔を、己の顔の前へ引き寄せる。

「ナイフ使い、下手な真似はするな。この子がどうなってもいいのか」

 彼の言葉に、ソルはフッと鼻で笑った。よく見ている。

 二人のやり取りを見つめるジョーは、握り締めた両の拳を震わせ、立ち尽くしていた。

 その震えは、酒が切れたせいではない。

「や、やめろよ、ソル…… メイホアが殺されちまう……」

 哀願にも似た響きを含む声の調子は、演技ではない。

 ウィンストンも、この状況では、口を閉じて首を横に振るしかない。

 ソルは、鼻でため息をつき、

(ならば……)

 と、術者に尋ねた。

「なにをした」

「なにがだ」

 問いが簡潔すぎて、なんのことについて聞いているのか、術者にはわからない。

 ソルは、術者とメイホアを指差し、もう一度聞き直す。

「俺もおまえも、その子も、ほとんど無傷だ。なにをした」

 その問いに対する、術者の答えは、冷静かつ明確なものであった。

「爆発する直前に術を解き、最後方にいる20人ほどで固く壁を作ったのだ」

 なるほど、とソルは少しの感心を覚えた。

 解除と再発動のスピード、操作の精密性、戦術的な思考。

 呪術師として、高度な技術と、すぐれた才能を備えている。

 それに、汚い身なりに反して、言葉遣いには知性と理性を感じる。

 一体、何者なのか。

 そんなソルの思惑を知ってか、知らずか。

 術者は、メイホアを捕える腕に、ひと際力を入れた。

「ひいっ」という、か細い悲鳴が、彼女の口から漏れ出る。

 そして、表情ひとつ変えず、

「今度はこの子が、君たちから身を守る壁だ」

 と、ソルに言い渡した。


 そうしているうちにも、術者のもとへ、ふたたびゾンビが集まりつつあった。

 うなり声を上げながら、緩慢な足取りで、ジョーとソル、ウィンストンを取り囲んでいく。

 その数、およそ15体といったところか。己の能力の許容範囲内で、完璧に操りきれる数であろう。

 ウィンストンは、天を仰ぎ、目を閉じた。

「これで一巻の終わり、あの世行きか。私も息絶え、創造主のみもとに戻る時が来たようだな。数分後にはエクスウィンストン・サムナーだ」

 やけに語彙ごいの豊富な死の覚悟だが、それを褒める者も笑う者も、この場にはいない。

 ゾンビは、腐った肉の臭いを漂わせながら、徐々に包囲の輪を狭め、三人に迫る。


 すると、その光景を見ていたメイホアが、

爸爸バーバ…… 媽媽マーマ……」

 と、身をよじらせ、前へ手を伸ばした。

 それに気づいた術者は、腕にさらなる力を込め、

「動くんじゃない。おとなしくしろ」

 と、釘を刺したが、メイホアには聞こえていないようだ。

 繰り返し「爸爸、媽媽」という言葉を発しながら、必死にもがき、手を伸ばし続けている。

 術者は、意外な抵抗に手を焼きつつも、彼女が伸ばす手の先へ、目を向けた。

 二体のゾンビ。中国人の男女。どちらも中年と思われる容貌。

 ふたたび、メイホアのほうへ目を移す。

 男女のゾンビをまっすぐに見つめ、ますます涙をあふれさせている。

 術者は、はっと思い至った。

「まさか…… 親子か……」


 親子――


 その事実は、術者を激しく動揺させた。

 落ち着きなく視線を動かし、口元が震えている。明らかな混乱の表情だ。

 冷静にソルと対峙し、ゾンビを操っていた彼の姿は、もうどこにもない。

 術者は、うめくような声で「ソフィー……」と口走り、そのままぎゅっと目を閉じてしまった。

 直後、ジョーら三人を取り囲んでいたゾンビたちが、操り人形の糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。一斉に、一人残らず。

 同時に、メイホアを押さえつける術者の腕から力が抜け、彼女の身体が地面へ投げ出される。

 それを見たジョーが、素早く足元の拳銃を拾い上げた。

 すぐにソルは、

撃つなノ・ディスパーレス! ジョー!」

 と叫び、彼のほうへ、手のひらを向けた。

 その時には、ジョーの拳銃は術者に狙いをつけ、すでに引金には指がかかっていた。

 発砲していないのは、ソルの声で反射的に指が止まっただけのようだ。

 続けて、ソルが「メイホア、ジョーのところへ」と、彼女に声をかける。

 見れば、術者は地面にへたり込み、がっくりとうなだれていた。メイホアを追う様子も、魔術を再発動する様子もないようだ。

 ジョーは、殺意充分な銃口を、下げざるを得ない。

 自由を得たメイホアは、ジョーのもとに駆け寄り、

「ジョー!」

 という、喜びとも感激ともつかない声を上げ、身体ごと彼に抱きつく。

 彼もまた、メイホアをしっかと抱きしめた。全身の力が抜け落ちそうなほどの安堵と共に。

「メイホア、大丈夫か? 怪我はないか?」

 つい先ほど、ソルが「ほぼ無傷」と話していたのに、彼女の無事を心配し、身体をさすっている。そんな言葉も耳に入らないほど、余裕がなかったのであろう。


 他方、ソルは、拾い上げた山刀を腰に収め、術者の前に立ちはだかった。

 彼が戦意を失っているのは明らかだった。

 いや、戦意だけではなく、何か行動しようとする意欲そのものを、失ってしまったように見えた。

 抵抗も、命乞いも、逃げることすらもせず、ただその場に座り、うなだれているだけである。

 ソルは、いくつかある疑問のひとつを、彼に投げかけた。

「なぜ術を解いた。あの子がなにか関係あるのか」

 術者は、ソルには目を向けず、

「解いたのではない。集中力を持続できなかっただけだ」

 自嘲じちょうめいた薄笑いを浮かべながら、そう答えた。

 それを額面通りに信じるソルではない。

「俺には、そうは思えないな。さっきのゾンビの壁も、自分のためじゃない。近づいてきたあの子を爆発から守るためだろう」

「……」

 黙して答えぬ、術者。

 彼を見下ろすソルの目からは、もはや敵意は消え去っていた。

 ソルは、言葉を変え、こう尋ねた。

「抱きかかえて守るだけでは、不安だったか?」

 術者は、はっと目を見開き、顔を上げた。

 真意を見抜かれていた。

 人質に取るためではない。爆発から、あの子の身を守るため。

 それでも、ややしばらく彼の沈黙は続いたが、やがて、

「……娘のことを、思い出した」

 とだけ、まるで絞り出すように言った。

 ソルは、片膝を突き、へたり込む術者と、目線の高さを同じくする。

「名は?」と、ソルが短く尋ねる。

「ルイ=ジャン・モロー」

 フランス系の名前である。

 ブードゥー教の秘術を使う黒人であり、おそらくはハイチ系。

 それが、フランス系の名前を持ち、しかも一定の教養を身につけている。

 ソルは、自分の持つ知識に照らし合わせて、おぼろげながらルイ=ジャンの境遇がわかりかけてきたような気がした。

 次の問いもまた短く、

「ルイ=ジャン。一体、なにがあった」

 その言葉に、ルイ=ジャンは怪訝けげんな表情を浮かべた。

「君たちはなにも知らないのか? 見ての通り、ゾンビに採掘作業をさせるため、製鋼会社の人間に無理やり連れてこられたのだ」

 そこへ、横合いから、ジョーが口を挟んだ。

「へえ、わざわざハイチから船に乗せられてか?」

 そんな、いまだに敵意を隠さない、混ぜっ返すような言葉にも、ルイ=ジャンは真摯しんしに答えた。

「私は生まれも育ちもニューオーリンズの、アメリカ人だよ。それに、ハイチ系ではあるが、フランス系との混血だ」

 無言のウィンストンが、ジョーの胸を肘で小突こづく。ジョーも、ややバツの悪そうな顔だ。

 ソルは、ジョーをひとにらみしたのち、ルイ=ジャンをうながした。

「続けてくれ。事情を知りたい」

「私はクレオールだ。戦前は大学の医学部で教鞭きょうべんっていた。今ではこのザマだが」


 クレオールとは、フランスなどの植民地時代に生まれた、白人と黒人やインディアンなどの混血の人々のことであり、彼らはルイジアナ州で独自の文化を築いた。

 彼らの中には、自由身分有色人種として、奴隷制度が存在する中でも法的に自由を認められ、比較的裕福な暮らしを送り、教育や職業の機会を得た者もいたという。

 しかし、このアメリカを南北二つに分けた内戦シビルウォーののちには、社会変動の影響から、かつての地位を失い、多くは経済的没落のき目に遭ったそうだ。


 ソルの知識にあるクレオールとは、まずはこんなところである。

 ルイ=ジャンの口ぶりからして、彼もご多分に漏れぬ浮沈ふちんを余儀なくされたのであろう。

 それでは、裕福な生活を送る自由有色人種の医師が、何故屍人使いとなったのか。

 ソルは、ルイ=ジャンの話に、耳を傾け続ける

「あの頃の私は、生業なりわいである医学とは別に、祖先の文化や信仰を個人的に研究していた。ハイチ系としての、自分のルーツに興味があったからだ。しかし、研究を進めるうちに、ブードゥー教の秘術、というものに行きついてしまった」

 それを聞いたソルが、ピクリと反応した。

「“ゾンビ”か」

 ルイ=ジャンはうなずき、話を続けた。

 それは、悔恨や懺悔ざんげの意味も含んだ、彼の半生における“告白”に他ならなかった。


「若かった私は、秘術に魅せられてしまった。荒唐無稽こうとうむけいで、非科学的で、倫理にもとる、それでいて人知を超えた、まさしく神秘の魔術に」


「やがて、己の力だけでは不可能な段階に至り、信用できる教え子の一人を助手として雇って、手伝わせた。とても他人には言えぬ、罪深いことを」


「研究に研究を重ね、実験に実験を重ね、そして……―― 秘術は、本物だった……」


「恐ろしくなった私は、すぐにそれまで知り得たすべてを破棄した。このことは一生黙っていようと思った。事実、誰にも秘密にした。友人にも、恩師にも、妻子にも。助手には『口外してはならない』と、きつく言い聞かせた」


「あれから十数年が経った。秘術を示すものは失われ、教職も追われた。なにもかもが過去となり、消え去ってしまった、と思っていた。しかし……」


 ソルは、首を小さく横に振り、

「その先は聞かなくてもわかる」

 ジョーも、珍しく神妙な顔つきで、

人の口に戸は立てられねえピープル・ウィル・トーク。特に金になるとくりゃあな。ろくでなしの元助手がおめえを売ったのも、よくある話だ」

 ルイ=ジャンは、肩を落とし、うつむいた。

「突如、製鋼会社の人間とキンダーマン探偵社が家にやって来て、私を殴り倒し、妻と娘を拉致した。そして、『ゾンビを操って鉄鉱石を掘れ。やらなければ女房子供は殺す』と…… 逆らえるはずもなかった……」

 彼の目からは、涙がこぼれ落ちている。

 罪と慚愧ざんきの過去。転落の人生。有色人種への差別。父として、夫として。

 そんなものが詰まった涙、とでも言おうか。

 ソルは、しばし沈黙し、彼が嘆くにまかせていたが、そのうち、

「製鋼会社の人間、と言ったな。トバイアス・アイゼンバーグだな?」

 と、尋ねた。あまり遠慮ばかりもしていられない。

 ルイ=ジャンは、心を落ち着けようとしているのか、懸命に歯を食いしばっている。

 自身でも、泣いてばかりはいられぬ、と思い直したのだろう。

 やがて、涙をぬぐって、「そうだ」とうなずき、

「だが、正確ではない。アイゼンバーグの製鋼会社は、巨大な企業合同トラストの一部に過ぎない。そのトラストを支配しているのは、アーロン・コーエンだ」

 その名が発せられた瞬間、ウィンストンは驚きの声を上げた。

「アーロン・コーエン? あの泥棒男爵ロバー・バロンか?」

 どうやら、かなりの有名人のようだ。

 ソルも、わずかに目を見開き、薄く口を開けた。滅多に見られない、彼の驚きの表情だった。

 ただし、ジョーだけは、ピンと来ていない様子だ。

「あん? 何者なんだ。その、アーロン・コーエン、ってのは」

 ウィンストンは、呆れ果てたとばかりに両手を広げ、眉をひそめる。

「そんなことも知らんのかね。新聞くらい読みたまえ」

「うるせえな。大きなお世話だ。いいから、とっとと教えろ」

「鉄道、鉄鋼、金融など多角的な事業を営む、ドイツ系ユダヤ人の実業家だよ。賄賂と脅迫で、州知事や上院議員、司法省にも顔が利く。合衆国で一番の財力と、大統領並みの権力を持つ男さ」

 ウィンストンが話を大袈裟おおげさにしているのでなければ、とんでもない大物である。

 自身の地元で、ある程度の権力や特権を持つ実業家は、珍しくない。その地方を潤している見返りのようなものだ。市民は気を遣い、首長や法執行機関もそれなりの配慮、斟酌しんしゃくはするだろう。

 しかし、その力が合衆国全土に及び、国家の中枢にまで影響しているとは。

 もっとも、それを聞いたジョーは、

「おう、めっぽうおっかねえのが出てきたな」

 などと、さもおかしげにはしゃいでいる。

 その様子とは正反対の、真剣な面持ちなのは、説明をしていたウィンストンだ。少し血の気が引いているようにも見える。

 話しているうちに、コーエンの恐ろしさを再認識したのだろう。

 ついには、

「ジョー、ソル。すまないが、私は降りる。彼は私たちの手に負える相手ではない」

 などと、弱気な発言が飛び出した。

 ジョーへの借りから、利害の一致や損得勘定を超えて、この戦いに付き合っていたが、それも限界を迎えたようである。

人生はとても短いんだライフ・イズ・ベリー・ショート。コーエンを敵に回して、ただでさえ短い人生を、さらに縮めたくはないからね。故郷ロンドンに置いてきた妻子に会えなくなるのは困る」

 そこまで言うと、すぐに、ルイ=ジャンのほうを向き、

「ああ、すまない、モロー君。君の現状を考えない発言だった。許してくれたまえ」

 と、頭を下げた。

 ジョーとソルの二人としては、唯一手を貸してくれていた腕利きが、ここで脱落するのは、正直に言って痛手だ。戦力の三分の一を失う以上の損失と言える。

 とはいえ、ジョーの口からは、罵りや恨み言のたぐいは出てこなかった。

 むしろ笑顔を浮かべて、ウィンストンの肩に手を置き、

「いいさ。よくやってくれたよ。これでおまえとは貸し借りなしだ」

 と、ここまでの協力をねぎらった。

 ウィンストンもまた、ジョーの肩に手を置く。

 これが、西部に生きる男たちの流儀、というものなのであろう。




 “英国人イングリッシュ”ウィニーは、去った。

 ここからは、ブロンディ・ジョーとエル・ソル、奇妙な二人組の仕事である。

 まずは、とばかりに、ジョーがルイ=ジャンのかたわらへ、しゃがんだ。

 ジョーは、うつむく彼の顔をのぞき込み、

「おめえには少しばかり付き合ってもらうぜ」

 そう言って、なぜか少し親しげに、彼の肩に手を回した。

 意図の見えぬ言葉に、ルイ=ジャンは困惑の表情を浮かべるしかない。

「なにをさせるつもりだ」

 殺されるのは覚悟していた。

 法執行機関が、ゾンビなどというものを、信用する訳がない。

 そうなれば、この始末をつけるには、己の死以外はありえないからだ。

 しかし、この酒臭い男は、とんでもないことを言い出した。

「俺たちゃ、これからアイゼンバーグをぶちのめしに行く。その手伝いをしてもらうんだよ」

「なんだと……?」

 ルイ=ジャンは、我が耳を疑った。

 この男は、アイゼンバーグのもとへ、殴り込むと言っている。

 キンダーマン探偵社を雇い、あの・・アーロン・コーエンを後ろ盾にしている、アイゼンバーグの本拠地へ。

 およそ理解の範疇はんちゅうを超えた行動だ。正気ではない。

「き、気はたしかなのか。コーエンが関わっていると知って逃げ出した、あの英国人のほうが、よほど賢明だぞ」

「バックにいるのが誰だろうと関係ねえ。俺ぁ、アイゼンバーグの野郎に自分てめえがやったことの落とし前をつけさせなきゃあ、気が済まねえんだよ」

 落とし前。

 気が済まない。

 まるでチンピラやギャングの言い草だ。

 ただの少しも合理的ではない。

 ルイ=ジャンには、そんな無法者めいた思考など、かけらも理解できなかった。

「愚かな…… 君になにができる? 身の程を知らぬ真似は――」

 突如として、ジョーがルイ=ジャンの首根っこをつかんだ。

 そして、強い力で、ある方向へ、彼の顔を向けさせる。

「見ろ!」

 視線の先には、メイホアの姿があった。

 両親の死体の前に座り込み、泣き濡れる彼女の姿が。

 最愛の者を奪われ、己にできることはなく、ただ涙を流すしかない、か弱い存在だ。

 ルイ=ジャンの心は痛んだ。

 屍人使いは、屍人ではない。生きて、人の心がある。

 妻子を持つ身であれば、人の親であれば、なおさらだ。

 彼の胸を、良心の呵責かしゃくという人間らしさが、深くえぐっていた。

 たまらず顔をそむけるルイ=ジャンの耳元で、ジョーが静かに、しかし、怒りを込めた低い声で言った。

「事情があったとはいえ、おめえはあの子の両親を殺す片棒をかついだ。罪はつぐなってもらうぜ」

 ルイ=ジャンは少しの間、言葉もなく、うつむいていたが、

「わかった……」

 と、小さくうなずいた。

 快諾とは言えぬも、とにかく協力を取りつけたジョーは、機嫌よく、

「ようし、そうこなくっちゃなあ――」

 彼の肩をポンポンと叩き、こう続けた。

「――その代わり、おめえの女房と子供は、俺たちが必ず救い出す」 

 その言葉に驚いたルイ=ジャンが顔を上げた時には、ジョーはすでに立ち上がっていた。




 生ける死者の夜ナイト・オブ・リビングデッドが明けた、その日の夕刻――


 カリフォルニア州サンディエゴ中心部から北西へ30kmほどのところに、“ラ・ホヤ”という土地がある。

 地名の起源は、スペイン語ともインディアンの言葉とも言われているが、さだかではない。

 その海岸と丘陵きゅうりょう地帯で構成された土地は、まだ人の手がほとんど加えられていない、自然のままの姿を見せていた。

 海岸線に沿って広がる崖は、太平洋の荒波に削られ、壮大な景観を作り出している。

 そこへ海風が吹き抜けると、潮の香りが辺り一面に広がり、波の音が静かに響く。

 丘の上から見渡せば、遠く広がる海が青く輝き、水平線と空の境界が曖昧になるようだった。


 そんな、心が洗われるかのような風光明媚ふうこうめいびな土地に、実業家トバイアス・アイゼンバーグの大邸宅はあった。

 小高い丘の中ほどに、二階建ての豪邸がひとつ。

 複雑なラインの屋根は、スレートや色とりどりのタイルで覆われ、遠く離れていても目を引く存在感だ。

 石材と木材が組み合わせられた外壁は、周囲の自然と調和するような色合いをしている。

 大きな窓枠や玄関周りには、手彫りの木製装飾が施されているのが見える。

 総じて壮麗であり優雅な、近年流行いちじるしい、英国王室風の外観である。

 また、周囲は木々の緑に囲まれ、眼下の海岸には白い砂浜が点在している。

 雄大かつ美しい大自然を、まさに独り占めと言っていいだろう。


 そのアイゼンバーグ邸の正面扉から、一人の男が出てきた。

 つばの広い帽子。丈の長いダスターコート。

 キンダーマン探偵社の捜査員である。

 男は、うっそうと茂るカリフォルニアライブオークに囲まれた、丘を登る道を歩いていく。油断なく、周囲に目を配りつつ。

 しばらくすると、彼の行く先に、ひときわ背の高い木が見えてきた。

 木陰には何者かの人影が、ふたつ。

 それは、ブロンディ・ジョーとエル・ソル。

 すでに二人は、アイゼンバーグのもとに、ここまで肉薄していたのだ。

 眼光鋭くジョーをにらむ捜査員。

 両者の間に緊張が走るも、不意にジョーが笑い出した。

「よう、ケビン。よく似合ってるぜ。ひさしぶりの古巣の衣装だな」

「うるせえ」

 捜査員、いや、ケビンと呼ばれた男は、仏頂面で悪態をつく。


 そう、ケビンだ。

 ジョーが、鉱山の偵察から戻った夜、ひそかにアイゼンバーグの本拠地を調査するよう依頼した、ケビン・レインズである。

 なんと彼は豪胆にもキンダーマンの捜査員に変装し、アイゼンバーグ邸に潜入していたのだった。


 すると、ジョーが背後へ呼びかけた。

「おい、出てきて構わねえぞ。こいつは大丈夫だ」

 その声を受け、木陰から一人の黒人男が、姿を現した。

 屍人使いのルイ=ジャン・モローに他ならない。

 ただし、身にまとっているのは、昨夜のようなぼろではなかった。

 粗末ではあるが、シャツとジャケット、眼鏡に中折れ帽が揃っており、より一層、知性的かつ理性的な雰囲気が際立っている。

 ケビンは、ルイ=ジャンには特に関心のない様子で、ジョーの胸を紙の束で叩いた。

「ほらよ。残りの分。屋敷の見取り図と、中にいるアイゼンバーグの部下やキンダーマンどもの情報だ」

「ありがとよ。さすがは“透明人間”ケビン。いい仕事だ」

「ったく、7,000ドルでも安いくらいだぜ」

 ケビンの不満げなぼやき・・・に、ソルが「7,000だと?」と眉根を寄せて反応した。

 と同時に、ジョーが額に手を当て、天を仰ぐ。

 ソルは、ジョーに詰め寄り、

「おまえ、まさかガーデンストーンの7,000を渡したんじゃないだろうな」

「あー…… まあ、なんというか、アレだな。そんなとこだ」

 視線をそらし、しどろもどろのジョー。

 今度は、ソルが額に手を当てる番だ。

まさか、ここまでバカだったとはノ・プエド・クレエル・ケ・フエラス・タン・エストゥピド…… あれは、いざという時、メキシコに逃げてもしばらくは暮していけるように、蓄えていたものだぞ」

 それを聞いたジョーは、口をひん曲げて、ソルに詰め寄り返した。

「おい、『バカ』ってなあ聞き捨てならねえな。なんの準備もなしに突っ込むなんざ、それこそバカのやることだろうが。これであの屋敷にいる連中を丸裸にできたんだぜ」

「一週間分の部屋代のために7,000ドルか。まるでニューヨークの高級ホテルだ。あのクローゼットなみに狭くて粗末な部屋も、これからは寝心地が違ってくるだろうな」

「嫌味ったらしい野郎だ。ウィニーみてえな言い草してんじゃねえ」

「こんなことなら奴にもっとうまい皮肉を習っておくべきだったよ」

 ののしり合いの狭間にいるケビンは、そのうち呆れたような顔で両肩を上げると、

「んじゃな。万が一にも命があったら、また会おうや」

 別離の言葉もそこそこに、ジョーたちのもとを離れていった。

 歩きながらも、帽子を放り投げ、コートを脱ぎ捨てる。

 それに気づいたジョーが、おどけ気味にケビンへ声をかけた。

「おおい、一緒にひと暴れしていかねえか。気持ちいいぜ」

「断る」

 振り返りもせず、丘の上に続く道を大股で歩いていく。

 三人は遠ざかっていくケビンの背中を見送っていたが、ふと、ルイ=ジャンがジョーに尋ねた。

「今の男、キンダーマンか?」

もと、な。労働組合のスパイだの、ストライキ潰しだの、きたねえ仕事が嫌になって辞めたそうだ」

「ふむ。キンダーマンにも、まともな人間がいたのか」

「だが、潜入や尾行に関しちゃ、奴は超一流だ。だから、たまにこうやって仕事を頼む」

 そう話しながらも、ジョーは渡された紙の束に目を通していた。

「ふーむ、なるほどな……」

 数枚に分けて、邸内の構造が、事細かく書かれている。

 一階、二階、地下。

 応接室、ダイニングルーム、ボールルームパーティールーム、バー付きのビリヤードルーム。

 さらには、キッチン、ワインセラー、浴室に至るまで。

 果ては、アイゼンバーグの執務室や寝室も。

 これを書いたケビンは、一体どんな手を使って、ここまで邸内を調べ尽くしたのか。

 しかし、ジョーにとって、『どうやって調べたか』などは、さほど重要ではない。

 これらを『どう使う』かが、最大の関心事なのだ。

 物騒なことや血生臭いことを中心に、頭脳を回転させるジョー。

「ああ、こっちはおめえが持ってろ」

 彼は、そう言って、束から別の数枚を抜き取り、ルイ=ジャンへ手渡した。

 そして、紙面から、遠く離れたアイゼンバーグ邸へ目を移し、

「にしても、なんだってまた、こんな辺鄙へんぴなとこに屋敷なんぞ建てたんだ。金持ちの考えるこたあ、どうもわからねえ」

 と、屋敷の立地にまで、憎まれ口を叩く。

 その横で、ルイ=ジャンもまた、屋敷を眺めながら、言った。

「金持ちだから、だろう。小高い丘から見下ろせる海は美しく、素晴らしく眺めがいい。汚い貧乏人も歩いていない。そのうち、他の金持ちたちも、こぞってここに豪邸を建てるようになるさ」

 ソルは、彼らとは別に、北の方角へ目をやった。ここから北にはロサンゼルス、サンフランシスコ、サクラメントなどの都市がある。

「いずれは鉄道もここまで伸びる。自分の手で土地の開発を推し進めれば、いずれ高級住宅街“アイゼンバーグ・シティ”が出来上がるかもな。悪党だが、ビジネスのセンスは一流のようだ」

 サクラメントは15年以上も前に鉄道が開通し、来年にはロサンゼルスにも到達するらしい。

 ここからロサンゼルスまでは200kmほど。蒸気機関車ならば、5時間くらいのものか。

 たしかに、未来あるこの地域に目をつけたのは、先見の明と言ってよいのかもしれない。

 だが、ジョーは、

「へっ、くだらねえ」

 などと吐き捨てるだけ。

 都市計画など、なんの興味もない。彼のビジネスは拳銃商売、これ一本だ。

「そろそろ行こうや。アイゼンバーグのビジネスも店じまいの時間だ」

 そう言って、二人の肩を叩き、出発を、いや、出撃を急かす。

 とはいえ、ルイ=ジャンは、不安げな面持ちで、

彼女・・は置いてきて正解だったな。私たちも生きて帰れるか、どうか……」

 ジョーは、その言葉を聞くや否や、それまでとは違う、浮かない表情を浮かべた。

 彼の胸には、彼女の言葉が、彼女の顔が、彼女の涙が、去来していた。




 時は、少し巻き戻り――


 夜の闇が最も深い、夜明け前。

 コヨーテズ・デンの鉄鉱採掘現場から、南西へ1kmほど離れた岩場。

 三方を切り立った岩山に囲まれた野営地点で、ジョーとソルは帰り支度を始めていた。

 屍人使いルイ=ジャンを仲間に引き入れた今、一刻も早く、この場を離れなければいけない。


 中国人労働者のゾンビは、集落へ移動させ、ただの死体に戻した。

 あとは同胞がほうむってくれるはずだ。

 それ以外のゾンビは、キンダーマンの捜査員も含め、人の目に触れることのない山奥へ向かわせた。


 無償の労働力であるゾンビ。

 それを操る屍人使い。

 大勢の捜査員。

 アイゼンバーグとキンダーマンは、これらすべてを失ったのだ。

 大打撃もはなはだだしいはずである。

 しかし、彼らがそれを知ったあとの、犯人への報復もまた苛烈かれつ極まりないものになるだろう。

 それだけに、ジョーとソルは、急いでいた。

 連中が動き始める前に、今度は直接この手で叩くため。


 ジョーとソルは忙しく、動き回る。

 ソルが馬に荷物を積んでいる一方で、ジョーはかまどを崩していた。

 万が一を考え、野営の痕跡を消しておかなければならない。

 かまどに使った石や、たきぎを燃やした灰を、まるで最初からなかったように片付けていく。

 そんなジョーに、メイホアが近づき、話しかけた。

「ジョー、これから、どうする?」

「いったんロス・ロボスに戻る。なにかと準備も必要だしな」

「メイホアは?」

「おまえはエスメラルダんとこで、おとなしくしてろ。俺が親父さんとおふくろさんの仇を討ってきてやるよ」

 手を止めず、メイホアのほうを見向きもせず、かまどの石を放り続けるジョーであったが、不意に彼の袖をメイホアがつかんだ。

 ようやくこちらを向いた、とばかりに、メイホアはジョーの目を見据え、訴えた。

「メイホアも、行く」

 言うと思っていた。

 ジョーは、ため息をつく。

 気持ちはわからなくもない。自分なら、憎き両親の仇をこの目で拝みたいし、できればこの手で殺して仇を討ちたい。

 彼女はそこまで過激なことは考えていないかもしれないが。

 それはそれとして、これから攻め入るのは敵の本拠地である。修羅場、鉄火場である。

 自分の命さえ守れるかどうかも不確かなのに、子供の命を守りつつ戦うなど、どだい無理な話なのだ。

 であれば、絶対に連れていく訳にはいかない。問題外だ。

 この子を、危険な目に遭わせたくない、死なせたくないのだから。

 メイホアの手を払い、また石を持ち上げ、放り捨てる。

「馬鹿抜かせ。ここに連れてきたのも後悔してるんだ。危うく死ぬとこだったんだぞ」

「やだ! メイホア、一緒!」

 と、彼女は口をとがらせ、ふたたびジョーの手を取る。

 この娘、やはり元来の性格が気の強い、頑固者のようだ。

 しかし、それがジョーの怒りに火をつけてしまった。


「いい加減にしろ! ガキが出る幕じゃあねえんだ!」


 岩場に響き渡らんばかりの怒声。

 メイホアは驚きと恐怖でびくりと身を震わせ、ソルとルイ=ジャンは手を止めて二人のほうへ目を向けた。

 メイホアはもう、なにを言うこともできずに、震え上がっている。

 彼女の父親は、感情をむき出しにして、娘を怒鳴ることなどなかったのかもしれない。

 それとも、白人は恐怖の対象でしかない、というこれまでの認識を思い出したのか。

 見る見るうちに、彼女の瞳に涙があふれていく。

 ジョーは、悔恨の念の中、立ち尽くし、唇を噛み締めるしかない。

 そんな二人のもとに、ソルが歩み寄った。

 そして、うつむいて涙をこぼすメイホアのそばで、膝を突いた。

「おまえは利口だ。連れていけない理由はわかっているだろう」

 メイホアは黙りこくったまま。

 ただ嗚咽おえつだけが漏れている。

 ソルは、言葉を続けた。

「だが、連れていけない代わりに、ジョーはこれからもずっと、おまえと一緒にいてくれる」

 メイホアの顔が少し上がり、ソルと視線が交わる。

「ずっと、一緒……?」

「そうだ。おまえが大切だからだ。大切だから、怒りもする」

「大切……」

 そうつぶやき、恐る恐るジョーを見上げるメイホア。

 ジョーは、ぐいと帽子を傾け、

なにを言ってやがるケ・デモニオス・エスタス・ディシエンドこいつは俺の家族でもなんでもねえエステ・ノ・エス・ミ・ファミリア・ニ・ナダきのう今日知り合った中国人のガキだぞエス・ソロ・ウン・モコサ・チノ・ケ・コノシ・アジェル・オ・オイ

 メイホアにわからぬよう、スペイン語で話す。

 ジョーは、卑怯である。

 ソルは、鼻でため息をつき、立ち上がった。

 そして、ジョーをまっすぐに見つめ、


ルピータはあの時、おまえになんて言ったケ・テ・ディホ・ルピータ・エン・エセ・モメント?」


 ジョーは、答えない。

 ただ、「ルピータは……」とひと言だけ。

 帽子の影に隠された瞳は、メイホアを映していた。




 時は、ふたたび現在へ――


 カリフォルニア州。海辺の丘、ラ・ホヤ。アイゼンバーグ邸。

 執務室の大きな窓から見えるのは、金箔きんぱくを散りばめたような輝きに満ちた海面と、燃えるような赤とオレンジに染め上げられた空。

 斜陽が水平線に迎え入れられようとしている。

 そんな荘厳そうごんな光景を、この広い執務室にいる者たちは、誰も眺めようとはしていない。

 皆は、マホガニー製の大きな両袖机ペディスタルデスクに向かって座る、ただ一人の不機嫌な顔を見ていた。

 無論、トバイアス・アイゼンバーグ、その人である。

 彼の前には、側近のイーライ・ホフマンが立っており、その後ろにも数名の部下たちが続いている。どの顔も戦々恐々せんせんきょうきょうとした面持ちだ。

 また、脇にはキンダーマン探偵社の上級捜査員ウィリアム・ジョーンズと、彼の子飼いの捜査員たちも控えていた。

 アイゼンバーグが、口を開いた。滝のような汗を浮かべるイーライをにらみつけながら。

「説明しろ。私の鉱山で、なにが起きている」

 イーライは、手にしたハンケチで額をぬぐうと、たどたどしく報告を始めた。

「そ、そっ、それが、その…… ハイチ人もゾンビも、どこかへ消えてしまいました。キ、キンダーマンの連中もです……」

「なぜだ。誰の仕業だ」

「わ、わかりません……」

「夜の採掘作業はどうなる」

「はあ…… そ、それは……」

 言葉が続かない。彼にもわからないからだ。

 ふと、アイゼンバーグがデスクの引き出しを開けた。

 その中には、数え切れないほどの札束が入っていたが、一番上にはまるで重石おもしのように、小口径の拳銃が置かれている。

 アイゼンバーグは拳銃を取り出すと、椅子から立ち上がり、イーライのほうへ歩みを進めた。

 絶望に顔を歪めるイーライ。

「トッ、ト、トバイアス……! やめて……」

「イーライ――」

 一発の銃声のあと、胸を押さえたイーライが、くぐもった声を上げて倒れた。

「――おまえはクビだ」

 侮蔑の目で、イーライを見下ろす。

 彼はもう動かない。

 アイゼンバーグは、拳銃を几帳面きちょうめんに元の位置へ戻し、そっと引き出しを閉める。

 そして、突如、拳をデスクに激しく叩きつけ、残った部下たちに命じた。

「ニガーの女とガキを殺せ! 今すぐだ!」

「は、はいっ!」

 まるで生きた心地がしない彼らは、大急ぎで執務室を飛び出していった。

 まだまだ収まらないアイゼンバーグは、そのまま大股でジョーンズに歩み寄る。

「ジョーンズ上級捜査員。私は君をどうするべきかな」

「こっちも捜査員を大勢、失った。事はキンダーマン探偵社全体の問題になり始めている」

 ジョーンズは、恐れる様子も悪びれる様子もなく、淡々と事実を述べる。

 こちらはこちらでやるべきことをやる、とでも言わんばかりだ。

 激情にかられたアイゼンバーグは、人差し指を彼の胸に一度、二度と突き刺すように押し当て、激しく罵った。

「ならば、とっとと犯人を捕まえてこい!」

 その時、ジョーンズが素早くアイゼンバーグの人差し指を握った。

「くっ……! な、なにを……!」

 それは凄まじい力だった。

 本来曲がってはいけない方向に少しずつ、ミシミシと人差し指が曲げられていく。

 あまりの苦痛に、うめき声を上げて身悶えするアイゼンバーグ。

 ジョーンズは、その様子をただジッと見つめている。

 まるで、捕らえた得物を観察する、肉食昆虫を思わせる仕草だ。

「キンダーマン探偵社はアーロン・コーエン氏から莫大な金額の支援を受けている。それに比べれば、君が支払っている金なんぞ、はした金にもならんゴミだ」

 抑揚のない口調。感情がかけらもこもっていない、罵り言葉。

 さらに、なんの特徴もない顔をアイゼンバーグに近づけ、なんの表情も浮かべず、

「君はコーエン氏ではない。神でもなければ、私のボスでもない。君は、コーエン氏の、つまらん使い走りだ」

 それから、手を離した。

 アイゼンバーグは尻もちをつき、指を押さえながら、非難の声を上げた。

「お、おっ、おまえの上司に報告してやる! 私は顧客こきゃくだぞ!」

 冷酷に部下を撃ち殺した彼と同じ人物とは思えぬ、ひ弱な甲高い声だ。

 目にはうっすら涙がにじんでいる。

 それまでの威厳はどこへやら、である。

 彼がふらふらと立ち上がり、さらなるおどし文句を叫ぼうとした、その矢先――

 突然、階下から銃声が響いてきた。

 それもひとつやふたつではない。

 明らかに銃撃戦を思わせる、幾重いくえもの銃声だ。

 しかも、それは外からではなく、屋敷の中から聞こえてくる。

 銃撃戦? この屋敷内で銃撃戦? 理解が追いつかない。

 身体に与えられた苦痛と、不測の事態。

 恐慌をきたしかけたアイゼンバーグは、部下が一人もいない執務室で、部下に報告を求めた。

「なにごとだ! なにが起きている!」

 返事などある訳がない。

 キンダーマンの捜査員の中には、冷笑を浮かべる者もいた。

 そうしているうちに、ライフルを持った部下が、息せき切って執務室に飛び込んできた。

「報告します! 邸内にぞくが侵入しています!」

「賊だと!? 一体どこから入った! 警備はなにをしていたんだ!」

「そ、それが、気づいた時には、邸内に…… 警備の連中やキンダーマンが応戦していますが、押されています……!」

「目的はなんだ! 何者だ!」

 ヒステリックな声を上げるアイゼンバーグ。

 その横では、ジョーンズが、ほんのわずかに口角を上げ、

「白人とメキシコ人、それにハイチ人、といったところかな」

 などと、つぶやいたのち、捜査員たちに声をかけた。

「おまえら、私と来い」

 ジョーンズを先頭に、キンダーマン探偵社は、執務室をあとにした。

 疑問の叫びを上げるしか能のない、アイゼンバーグを残して。




 ジョーが引金を引き、スミス&ウェッソン.44口径の銃口が、火を噴いた。

 間を置かず、左手で三度撃鉄を叩くファニング

 無駄撃ちはなし。四人の敵が、どさりと倒れ伏した。


 アイゼンバーグ邸、一階。

 長い廊下。片方には大きめの窓、もう片方には各部屋へのドアが、延々と続いている。

 ここがジョーとソルの主戦場だ。

 屋敷の見取り図を目にした時から、ジョーはこの場所でいかに戦うかを考えていたのだ。


 四つの死体の向こうから、複数の足音が聞こえてきた。

 アイゼンバーグの部下が、五人ほどやってくるのが見える。

 ジョーは、すぐに手近なドアを開け、部屋の中へ身をひるがえした。

 駆けつけた連中は、口惜しげに騒ぎ立てる。

「クソッ! 四人も殺られてるじゃないか!」

「そこに入ったのが見えたぞ!」

 すると、五人の背後で、音もなくドアが開き、二丁を構えたジョーが姿を現した。

 神出鬼没、という訳ではない。

 ひとつひとつの部屋に、必ずいくつかのドアがある。

 両隣の部屋へつながるドア。廊下に出るドア。

 それらを駆使し、彼らの背後を取ったのである。

 両の親指で撃鉄を起こすジョー。

 そのカチリという音に、敵の一人が振り向いた。

 目と目が合う。ジョーはニコリと笑い、ご挨拶。

ようハロー

 銃声。一人が倒れる。

じゃあなグッバイ

 左右の銃口から、交互に弾丸が飛び出す。

 人差し指が引金を引き、親指が撃鉄を起こす。

 反撃のいとまも与えず、次々と銃弾を撃ち込んでいく。

 やがて、五人が斃れ、血と硝煙にまみれた廊下は、死の静寂しじまに包まれた。

 しかし、またも足音。

 今度は、先ほどとは反対の方向だ。

 ジョーは、ふたたびドアを開け、部屋の中へ身を滑り込ませた。

 やって来たのは二人。

 揃いの帽子とコート。キンダーマンだ。

 ただし、ジョーンズが率いる子飼いの捜査員ではなく、アイゼンバーグの部下と共に一階の警備を命じられていた、ジョーが言うところの“した”である。

 二人は、眼前に広がる酸鼻さんび極まる光景に、息を呑んだ。

 文字通り、血の河、死体の山だ。

「なっ、なんだ、こりゃあ…… みんなられてるぞ……」

「おい、いったん退こうぜ。ジョーンズさんと合流しよう」

「そのほうがいいな。ここにいたら俺らも殺されちまう」

 後ずさりを始める二人。

 その時、彼らの真横で勢いよくドアが開き、一人を吹っ飛ばした。

「うわあ!」

 ドアの向こうにいたのは、両の手にナイフを握るソル。

 彼がドアを蹴り開けたのだ。

 直撃を免れた敵が、慌てて拳銃を構えるも、ソルは瞬時に彼の手首、喉を斬り裂き、とどめに心臓へナイフを突き立てた。

 廊下に倒れたもう一人が、取り落とした銃に手を伸ばしたが、つかむ間もなく、ソルの投じたナイフに胸を貫かれた。

 すべては一瞬の出来事。

 ソルは、ジャケットの内側からさらにナイフを抜き、ジョーのもとへと歩き出した。




 ソルが油断なくドアを開けた先は、応接室サロンだった。

 ここはパーティーの前後に、ゲストがコーヒーと会話を楽しむための部屋だ。

 天井にはクリスタルのシャンデリア、壁には誰が描いたかよくわからない風景画、床にはペルシャ絨毯じゅうたん

 ヴィクトリアン様式のソファやアームチェアは、どれも豪華な装飾が施され、布地は深紅のベルベットで統一されている。

 隣室はパーティーが開かれるボールルームとなっており、反対側のドアはビリヤードルームに続いていた。

 ビリヤードルームはバーも兼ねている。こちらは、主人とより親密な客が、酒を飲んだり、遊戯に興じたりする、やや個人的な空間である。

 そして、予定通り、応接室にはジョーとルイ=ジャンがいた。

 計画を次の段階へ進める際の、集合地点に決めていたのだ。

 ジョーは、のんきに葉巻をくゆらせながら、拳銃に弾を込めている。

 ずいぶんと高級そうな葉巻だが、彼にそんな趣味はないので、おおかたアイゼンバーグのものを失敬したのだろう。

 その隣では、ルイ=ジャンが不安の色を隠せないまま、落ち着きなく同じ場所を歩き回っている。

 ジョーは、近づくソルに目を向けると、紫煙しえんが漏れ出る口で笑った。

「一階はこれで片付いたな」

「ああ。だが、すぐにキンダーマンの本隊が来るぞ」

「へっ、それこそ作戦通りよ」

 そんなジョーの余裕綽々よゆうしゃくしゃくな態度に、ソルは鼻でため息をつき、

「おまえの戦術は当てにならん」

「だが、うまくいかなかったことはねえだろ?」

 そう言って、ニヤリと笑うジョー。

 ソルもまた、フッと笑ったが、すぐに真剣な表情に戻る。

「俺はルイ=ジャンの妻と娘を助けに行く。二階で合流しよう」

「わかった。おそらく地下の小部屋に閉じ込められてる。気をつけろよ」

「おまえも」

 部屋から出ていくソルを見送ることなく、ジョーはルイ=ジャンのほうへと振り返る。

「ルイ=ジャン、おめえは俺といろ。せいぜい役に立ってもらうぜ」

「しょ、承知した……」

「ほれ、こいつを使いな」

 弾を込め直したスミス&ウェッソンを一丁、手の中でくるりと回し、グリップを彼へ向ける。

 受け取ったルイ=ジャンは、

「つ、使えと言われても……」

 と、少々持て余し気味だ。


 刹那――


 ジョーの耳目じもくが感じ取る。

 ドアがゆっくりと開く、ほんの小さな音。

 目の端に映った、ソルの服とは異なる色合い。

 次の瞬間には、廊下へ続くドアへ、六発すべての銃弾をファニングで叩き込んでいた。

「隠れろ!」とジョーが叫び、二人はソファの後ろに身を隠す。

 二、三人はった。

 が、焼け石に水だ。

 その証拠に、二人が隠れるソファに向けて、雨あられと銃弾が撃ち込まれる。

 ジョーも撃ち返しはするのだが、敵の銃撃をわずかに途切れさせるにすぎない。

 ルイ=ジャンはといえば、拳銃を握り締めたまま、身を小さく縮めているだけ。

 苛立つジョーが、怒鳴り散らす。

「なにしてやがる! おめえも撃ち返せ!」

「使い方がわからないんだ!」

「なにい!? 大の男が銃の使い方も知らねえのかよ!」

「銃なんて持ったことも、持とうと思ったこともない!」

「そいつぁご立派なこった!」

 ジョーは、思考する。

 さあて、ここからだ。

 右には、ボールルームへ続くドア。

 左には、ビリヤードルームへ続くドア。

 ソファから顔を覗かせると、くわえている葉巻の先端が銃弾で吹き飛ばされ、火が消えた。

 見えたのは、廊下へ続くドアの辺りに展開している、十数人のキンダーマン。遮蔽物しゃへいぶつはなし。

 いまだ、作戦通り。

 ジョーは、左手のドアを指し、

「俺が援護するから、あのドアに向かって走れ!」

 そう怒鳴ると同時に、ソファから飛び出し、またもファニング。

 キンダーマンが一人、二人と倒れ、射撃の波が途切れた。

 ジョーが叫ぶ。

「行け! 早く!」

 その声に押されたルイ=ジャンが、腰の引けた様子で、隣のビリヤードルームへ走る。

 ジョーも少し遅れて、あとを追った。

 銃弾に追い立てられるように、ビリヤードルームへ飛び込む二人。

「止まるな! 走れ!」

 ソファ。コーヒーテーブル。ビリヤード台。

 さらに、その奥、真正面には、バーカウンター。壁一面の棚に、高級そうな酒瓶が陳列してある。

「カウンターの向こうに隠れろ!」

 疾走する勢いのまま、二人はバーカウンターを乗り越え、身を隠す。

 ようやく一息である。

 ジョーは、すぐに銃弾を装填。

 一方のルイ=ジャンは、仰向けに転がり、ぜいぜいと息を切らせ、

「ここから、どうするんだ……」

「連中をだいぶ死体に変えてやった。こっからあとも作戦通りにやるだけよ―― おっ?」

 弾む声と共に、目を輝かせて、陳列棚の酒瓶を手に取るジョー。

 瓶のラベルには“Hennessy V.S.O.P.”とある。

「おい、見ろよ。上物のコニャックだぜ。野郎、いい酒飲んでやがる」

 ジョーは、たまらずコルク栓を抜くと、喉を鳴らしてラッパ飲みを始めた。

 持ち主のアイゼンバーグがこれを見たら、発狂するやもしれぬ下品な鯨飲である。

「かぁあああ! たまんねえな、おい!」

 至福の喜びに嬌声を上げるジョーと、もはや声もなく呆れ返るルイ=ジャン。

 しかし、幸せな時間は長く続かない。

 バーカウンターに何発もの銃弾が撃ち込まれ、そのたびに木片が飛び散る。

 キンダーマンが追いかけてきたのだ。

 数人が、断続的に銃弾を撃ち込みつつ、前進していく。

 その後ろから現れたのは、上級捜査員ジョーンズ。

「追いつめたぞ」

 前衛が休みなくカウンターへ射撃を続ける中、ジョーンズが残る捜査員に命じた。

「テーブルとビリヤード台を倒せ。ソファもだ」

 部屋に置かれた調度品の類は、すべてひっくり返され、捜査員は皆、その後ろに隠れる。

 遮蔽物が構築され、部隊は戦闘配置に着いた。

 つまり、敵は全員、この部屋に集まった、ということだ。

 ジョーは、ルイ=ジャンにウィンクし、「やれ」とひと言。

 そして、ボロボロのカウンターに開いた裂け目から様子をうかがうと、息をひとつ吸い、

「ヒューッ、まったく精が出るこった。だけどよお、屋敷ん中をこんなめちゃくちゃにしちまったら、雇い主に大目玉喰らうんじゃねえのか?」

 などと、おどけた調子で、カウンターの向こうに問いかけた。

 無論、そんなものに付き合うつもりなど、ジョーンズにはない。

「くだらんおしゃべりはよすんだな。もう逃げ場はないぞ。貴様らは終わりだ」

 それでもなお、ジョーは軽口をやめない。

「よう、ウィリアム・ジョーンズ上級捜査員。お元気?」

「なぜ、貴様のようなチンピラが、私の名を知っている」

「悪いが徹底的に調べさせてもらったぜ。イーライ・ホフマン、ベンジャミン・ワイズ、サミュエル・ブロック、ジェイコブ・フィッシャー、なんだエトセトラかんだエトセトラ――」

 屋敷の中にいる、いや、いた者たちの名が並べ立てられていくうちに、ジョーの声の調子が変わっていった。

 まるで、勝負は決したかのような、勝ち誇るような声に。

「――この屋敷にいる、アイゼンバーグやおめえの部下の名前は全員知ってる・・・・・・・・・。俺も仲間・・もな」

 名前。

 ジョーンズは、心のどこかに、引っかかりを覚えた。

「名前……」

 その時であった。

 ビリヤードルームの外から、なにかが聞こえてきた。

 音、ではない。

 これは、声。

 うなり声だ。

 低く不気味なうなり声が聞こえてくる。そこかしこから。

 ジョーンズの部下たちも、この正体不明の声に、ざわつき始めている。

「な、なんだ……?」

「動物……? いや、まさかな……」

 今では、声はどんどん数を増し、この部屋を取り囲むがごとく、四方八方から聞こえてくる。

 どんどん近づいてくる。

 いわんやジョーンズには、この声に聞き覚えがあった。

「ま、まさか……」

 それと、もうひとつ、決定的な記憶。

 バーカウンターの向こうにいる、追いつめられたハイチ人が発した言葉。


『名前がわからない死体も多すぎる。死体を起こすには、フルネームがわからなければいけない。身元のしっかりした死体を寄こしてほしい』


 死体を起こす――


 フルネーム――


 まるで、ジョーンズの心を読んだかのようなタイミングで、

「言ったろ? 名前は知ってる、ってよ」

 と、ジョーが笑う。

 その隣には、目を閉じ、なにごとかをブツブツとつぶやいているルイ=ジャン。

 ついには、うなり声の正体が、ビリヤードルームに侵入してきた。

 アイゼンバーグの部下。キンダーマンの捜査員。どれも、よく見知った顔。

 ただし、彼らは死んでいる。

 ジョーンズの記憶と、目の前の光景が、完全に重なった。

「貴様ら……! 殺した連中を、ゾンビに!」

 ジョーは、コニャックの残りを、またひと口。

「追いつめられたのは、おめえらだ。マヌケ野郎ブロックヘッド

 ゾンビが、廊下へのドアから、応接室へのドアから、続々と入ってくる。

 あの恐ろしいうめき声を上げながら。生者に向かって手を伸ばし。

 捜査員たちは、悲鳴に近い声で、叫んだ。

「なんなんだ! なんなんだよ、こいつらは!」

「う、撃て! 撃て撃て撃てえ!」

 銃弾が、ゾンビの顔や胸、腹を撃ち抜いていくが、その程度で歩みが止まるものではない。

 死んでいる者は、殺せないのだ。

 少しもひるむことなくゾンビは行進を続け、捜査員たちが次々と捕らえられていく。

 そして、ゾンビに捕まるということは、それ即ち、死である。

 手首をつかまれた者は、腕を引き抜かれ。

 首を絞められた者は、頭をもぎ取られ。

 髪をつかまれた者は、頭蓋骨が見えるほど頭皮をぎ取られ。

 口の中に手を突っ込まれた者は、下顎をむしり取られ。

 生きたまま、紙のように、肉体を引き裂かれていく。肉片に変えられていく。

 血と肉と臓物はらわたが、舶来物の高級絨毯の上に、ばらかれていく。

「やめろ! 来るなあ! うわぁああああああああ!」

「放せ! 放せえ! ぎゃああああああああ!」

「ちくしょう! 神様! 神様ァ!」

 悲鳴を上げながら、身体を千切られる者。自分で自分を撃ち、命を絶つ者。

 ジョーンズは、目の前で繰り広げられる地獄のような光景に愕然とし、佇立するしかなかった。

 そんな彼に――

「おい! ジョーンズ!」

 ジョーが、声をかけた。

 カウンターの裂け目からは、こちらを向いたジョーンズの、無防備な下半身が見える。

 ジョーは、裂け目に銃口を押し当て、

タマにお別れを言いなディレ・アディオス・ア・トゥス・ウエボスクソッタレマザーファッカー

 引金を引いた。

 銃弾は狙いをあやまたず、ジョーンズの股ぐらに命中。

「ぐおっ!」

 ジョーンズは、その場に倒れ込んだ。

 内股に閉じられた股間からは、鮮血が噴き出ている。

「クソッ……! よくも、こんなことを……!」

 顔中に脂汗を浮かべ、悶え苦しむジョーンズ。

 ジョーとルイ=ジャンは、すでにカウンターの向こうから、姿を現していた。

 息も絶え絶えにうめくばかりのジョーンズであったが、やがて、彼は二人をにらみつけつつも、その顔に引きつった笑いを浮かべた。

「クククッ…… 自分がなにをしたか、わかっているのか? 貴様らはキンダーマン探偵社を敵に回したんだ」

 そう。それだけは、たしかに正しかった。

 合衆国陸軍の州兵を上回る数の捜査員を有する、キンダーマン探偵社。

 合衆国司法省からの下請けで犯罪捜査を務める、キンダーマン探偵社。

 そんな強大な組織を敵に回したのは、事実であった。

「たとえ、どこへ逃げようと、どこに隠れようと、無駄なことだ。キンダーマンは、貴様らを地の果てまで追いかけ、必ず見つけ出すだろう。その時になって後悔しても遅――」

 みなまで言うこと叶わず、周囲に群がったゾンビたちが、彼におおいかぶさる。

 いくつものゾンビの手が、彼の腹に、爪を立てた。

 腹筋も腹腔ふくくうも簡単に引き裂かれ、中から臓物が引っ張り出される。

 さすがのジョーンズも、

「ぎゃああああああああ!」

 と悲鳴を上げたが、それはすぐに途切れた。

 他のゾンビによって、首をもぎ取られたのである。

 頭部、上半身、下半身と三分割されたジョーンズが、ゾンビたちに引きずられていく。

 そうして、まったき血の静けさが、ビリヤードルームに訪れた。

 役目を終えたゾンビたちは、バタバタと倒れていった。

 この場に生きて動く者は、ジョーとルイ=ジャンの二人だけとなった。




 執務室では、アイゼンバーグがデスクの前に座り、蒼白な顔から冷たい汗を流していた。

 始まりは、階下から聞こえてきた、いくつもの銃声だった。

 部下は、賊が侵入した、と言う。

 キンダーマン探偵社も、一階へ降りていった。

 あとは、銃声、銃声、銃声。

 まるで戦場だ。

 アイゼンバーグには、なにが起きているのか、まるで理解の外であった。

「い、一体、なにが起きている…… ここは、私の屋敷だ…… このトバイアス・アイゼンバーグの屋敷だぞ……」

 いつしか銃声が止むと、今度は不気味なうめき声が、いくつも聞こえてきた。

 鉱山で聞いた、頭がおかしくなりそうな、あの不快なうめき声。

 ふたたび鳴り響く銃声に、切り裂くような悲鳴が加わり、一階には恐怖の混声合唱が響き渡った。

 しかし、今はもう、銃声もうめき声も悲鳴も聞こえてこない。

 誰の声も、なんの音も。

 アイゼンバーグには、なにも、わからない。

「私は、鉄鋼王になる男だ…… このラ・ホヤに自分の町を作り、いずれはカリフォルニアを支配する男なんだ……」

 そこへ、コンコンコンコンと四度、ノックの音が。

「邪魔するぜ」

 入ってきたのは、小汚い身なりに無精髭の、拳銃使いガンスリンガーらしき初老の男。

 当たり前ではあるが、アイゼンバーグにしてみれば、まったく見覚えがない。

 椅子から立ち上がり、正体を問いただす。

「だ、誰だ!」

「ただの賞金稼ぎさ」

 そう、ブロンディ・ジョーである。

 右手に拳銃を下げ、ゆっくりとデスクのアイゼンバーグに近づいていく。

「賞金稼ぎ、だと……? 一体、なんのために? この私になんの用だ!」

「おめえ、首に賞金を懸けられてるぜ。一所懸命に働く労働者の命をもてあそび、中国娘を泣かせた罪でな。賞金は酒場の部屋代一週間分――」

 銃口をアイゼンバーグへ向け、撃鉄を起こす。

「――ちなみに“生死は問わずデッド・オア・アライブ”だ。観念しな」

「な、なにを訳のわからんことを……」

 アイゼンバーグのような人間には、己の犯した罪など、まったくもって理解も自覚もできないのであろう。

 ジョーの言う、半分ジョークのような罪状と賞金のせいでもあるが。

 彼は、理不尽な恐怖に声を震わせ、部屋の外へ呼ばわった。

「おい、誰かいないのか! 賊がいるんだ! 誰か来い!」

「無駄だぜ。屋敷ん中にいる奴は全員、始末した」

 その言葉を聞いた途端、アイゼンバーグは驚愕に息を詰まらせ、がっくりと首を垂れた。

 デスクの天板を見つめ、口の中で「役立たずどもが…… なんのために高い金を……」などとつぶやいているが、小声すぎてジョーには聞こえない。

 少しの間、そうしていたアイゼンバーグであったが、やがて、顔を上げ、

「い、いくらだ……」

「あぁん?」

「いくら欲しいんだ。金をやる。欲しい額を言え」

 そう早口で言いつつ、おもむろにデスクの引き出しを開け、手を突っ込む。

 ジョーは、銃口を向けたまま、手首を使って銃身を上下に動かした。

「おい、動くんじゃねえよ」

「か、金だ。ほら」

 ゆっくりと上げられた両手には、50ドル札の束が握られている。

 ひと束5,000ドルはあろうかという札束が、次々とデスクの上に積まれていく。

 その日暮らしの賞金稼ぎにとって、目の覚めるような大金であることは間違いない。

 札束の山を積み上げ、アイゼンバーグが笑った。

「金ならあるんだ。一生かかってもおまえには稼げない額をくれてやるぞ」

「……救いようのねえアホだな」

 ジョーは、眉を吊り上げ、口を歪める。

 その顔を見つめながら、アイゼンバーグは、そっと引き出しの中を探っていた。

 中にあるのは、札束だけではない。

 彼の右手が、小口径の拳銃を一丁、探し当てた。

 側近イーライを撃ち殺した、あの拳銃だ。

「そ、それとも、債券さいけんか? 土地か? 鉱山をひとつ、丸ごとやってもいいぞ!」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、アイゼンバーグは拳銃を握り締め、ジョーへ向けた。

 ただし、引金を引くどころか、狙いを定める暇もなく、拳銃を握る彼の中指と薬指が、銃声と共に弾け飛んだ。

「うああっ! 手がっ、私の手があ!」

「てめえ、俺を舐めてんのか?」

 アイゼンバーグへ向けた銃口から、硝煙しょうえんがたなびいている。

 素人の抜き撃ち、騙し討ちなど、老練の拳銃使いであるジョーには、止まって見える。

 まったく馬鹿な選択をしたものだ。

 そして、情けない悲鳴がこだまする執務室に入ってきた者が、もう一人。

 屍人使いルイ=ジャンである。

 ジョーは、拳銃の狙いをアイゼンバーグにつけたまま、横に並んだ彼へ声をかけた。

「よう。掃除は終わったか」

「ああ」

 右手を押さえて床にひざまずくアイゼンバーグは、すぐにルイ=ジャンを見上げ、

「ああ、ミスター・モロー! 私は君と君の家族にひどいことをしてしまった! どうか埋め合わせをさせてくれ! 金ならいくらでも払う! 話し合おう!」

 聞くにえない、耳障りな世迷言よまいごと

 ルイ=ジャンは、耳をふさぐ代わりに目を閉じ、あの呪文を唱え始める。

 それになんの意味があるのか。アイゼンバーグは、震え上がった。

「どうだ、私のもとで働かないか! 君ほどの教養と能力のある人物なら――」

 ふと、部屋の端から、うめき声が聞こえてきた。

 声のするほうへ、震えながら顔を向けるアイゼンバーグ。

 その目に映ったものは、

「イ、イーライ……?」

 アイゼンバーグが無慈悲に撃ち殺したはずの側近、イーライ・ホフマン。

 その彼が、無表情な青白い顔で、低いうめき声を上げながら、アイゼンバーグに襲いかかった。

 ルイ=ジャンは、カッと目を開け、憎しみに満ちた眼光を、アイゼンバーグへ向ける。

「おまえにふさわしい最期を遂げさせてやる……」

「よせ! やめろ! イーライ、頼む! やめてくれ!」

 イーライのゾンビは、両手で左右から挟むようにして、アイゼンバーグの頭をつかんだ。

 そのまま、生者の限界を超えた怪力をもって、万力のようにギリギリと頭部を圧搾あっさくする。

 すぐに、彼の目や耳、鼻など、頭部のあらゆる穴から血が流れ、全身が震え出した。

 白目をむき、うなるような悲鳴をもらすアイゼンバーグ。

「あぐぐぐぐぐぐぐぐ……!」

 やがて、ぐしゃりという音を立てて、アイゼンバーグの頭部は縦に潰れ、割れた脳天から血と脳漿のうしょうが噴水のように噴き出した。

 床に潰れた脳髄のうずいを撒き散らし、アイゼンバーグだったものが倒れる。

 その上に折り重なるように、イーライのゾンビが倒れた。魔術のとりこから解放されたのだ。

 ジョーが、ルイ=ジャンの肩に、手を置く。

「終わったな」

「ああ…… また、こうして、罪を重ねた……」

 ため息をつき、唇を嚙むルイ=ジャン。

 心を覆い尽くすのは、復讐を遂げた喜びではない。

 安らかに眠るはずの者を起こし、人殺しを重ねた罪の意識、自責の念。そのようなものだ。

 ジョーにも、その気持ちは、わからなくもなかった。


 その時――


 にわかに床が、部屋全体が、グラグラと大きく揺れ始めた。

 燭台が倒れ、本棚から本が落ちる。

 壁からは絵画が外れ、振り子のように揺れている。

 だが、カリフォルニアでは、さして珍しくもない現象だ。

 ルイ=ジャンは、デスクに手を置き、身を支えて、

「じ、地震か……! なにもこんな時に……」

「いや、これぁ……」

 ジョーの顔がくもる。

 すると、いかなることか。

 二人の目の前に広がる世界が、急激に色を失い始めたのだ。

 まるで写真のような、黒と白と灰色の世界へと塗り替えられていく。

 ルイ=ジャンは、すぐに目の不調を疑った。

 だが、両手で目をこすっても、まばたきを繰り返しても、色彩は取り戻せない。

 目ではなく、脳の異常か。魔術の影響か。

「ジョー! この色覚異常は君にも起きているか!?」

 聞こえていないはずはないのだが、ジョーは答えずに、周囲を見回している。

「やっぱりかよ。奴が直々に現れるってこたあ、アイゼンバーグの野郎、よほどの悪党だったようだな……」

 この口ぶりからして、彼はなにかを知っている。この怪現象の正体を知っている。

「ルイ=ジャン! 俺の後ろに隠れろ! 来るぞ!」

 来る。なにが来るのか。

 その答えは、さらなる怪現象で、示された。

 目の前・・・に大きなひびが入った。

 壁や窓にではない。自分たちが見ている光景に、ひびが入ったのだ。

 ひびはその数を増やし、視界の隅々すみずみまで走っていく。


 そして、ガラスが割れるように、世界が割れて、砕けて、散った。


 割れた世界の向こう。

 その向こうには、まったく違う世界が広がっていた。

 草も木もない、赤茶けた不毛な大地。

 それどころか、いたるところで業火が燃え盛っている。天を突くような、巨大な業火が。

 そこでは、炎に包まれた人々が、苦痛に顔を歪め、もだえ苦しんでいた。

 顔を焼かんばかりの熱風が吹きすさび、硫黄の臭いが鼻腔びくうを刺激する。

「あれは……?」と、ルイ=ジャンが目をこらした。

 炎の中に、なにかが見えた。

 こちらへ近づいてくるようだ。

 あれは。

 あれは、馬だ。

 馬に乗った何者かが近づいてくる。

 馬影が大きくなるにつれ、騎乗する者の姿もおぼろげながら、見えてきた。

 ルイ=ジャンが、驚愕の声を漏らす。

「な、なんなんだ、あれは……」

 馬に乗っていたのは、人間ではなかった。

 言うなれば、骸骨がいこつのカウボーイ。

 ハット、ネッカチーフ、シャツ、ジャケット、ブーツ。

 身にまとうものはカウボーイのそれだが、手綱を握る手も、帽子の下にある顔も、白い骸骨であった。

 またがっている馬は、青白い毛色をしており、鼻からは火を噴いている。

 馬もまた、尋常の馬ではない。

 二人の目の前まで近づくと、骸骨のカウボーイは、手綱を引いた。

 馬がいななき、脚を止める。

 ジョーは、カウボーイをにらみつけたまま、

デス……」

 とだけ、短くつぶやいた。

 それがあれの名前なのだろうか。

 ルイ=ジャンが、恐々こわごわと尋ねた。

「ど、どうするんだ…… あの化物とも戦うのか……?」

「いや、戦う必要はねえ。奴はただ、迎えに来た・・・・・だけだ――」

 ジョーは拳銃を、ホルスターに収める。

「――それに、奴は化物のたぐいとはモノが違う。奴はことわりだ。俺ら人間のかなう相手じゃあねえよ」

 ジョーは数歩、足を進め、

「よう、デス。ひさしぶりだな」

 死は、なにも答えず、今では床ではなく地面に転がる、アイゼンバーグの死体に顔を向けた。

 そして、かたわらから、先端がループ状になった荒縄を取り出す。

 カウボーイが牛を捕えるための投げ縄ラリアットだ。

 死の握る縄は、彼の頭上で数度大きく回されると、頭の潰れた死体へ向けて、投げ放たれた。

 不思議なことに、水面に投じられた釣り針のごとく、投げ縄は死体を通り抜け、その中へと入っていった。

 かと思うと、すぐに、無事な姿のアイゼンバーグが、首に縄をかけられ、死体から引っ張り出された。

 だが、生前のまま、という訳ではないようだ。

 その身体は半透明で、ほのかに青白く発光している。

 驚いても驚き足りないルイ=ジャンが、ジョーに尋ねた。

「あ、あれは……?」

「霊とか魂とか、まあ、そんなもんだ」

「彼は、どうなるんだ……?」

「連れていかれるのさ。地獄にな」

 霊体と化したアイゼンバーグは、自分の置かれた状況を飲み込めないらしく、縄に首をくくられたまま、周囲を見回している。

「な、なんだ。これはどうなっている…… 私は……」

 それに構わず、死が手荒く縄を引き寄せた。

「うわあっ!」と悲鳴を上げて引っ張られていくアイゼンバーグ。

 死は、そのまま顔と顔が触れ合わんばかりの距離までアイゼンバーグを手繰たぐり寄せ、彼をジッと見つめる。

 眼球のない、底が見えないほど深く暗い井戸のような、どす黒い眼窩がんかで。

 さらには、カチカチと鳴らされる歯の奥から、まるで地の底より響くような恐ろしい声が発せられた。

地獄ゲヘナガ待ッテイルゾ。トバイアス・アイゼンバーグ」

「ひっ、ひいいいいっ!」

 恐怖に打ち震えるアイゼンバーグが、地面に投げ出された。

 青白い馬は、ゆっくりと歩みを進める。

「誰かっ! 誰か助けてくれえ! 地獄になんか行きたくない!」

 助けを求め、哀願するが、なすすべもなく引きずられていく。

 その時、ルイ=ジャンが声を上げた。

「待て! 死よ!」

 彼は、死のもとへ駆け寄り、

「私も…… 私も連れていってくれ」

 手綱が引かれ、馬が止まると、死は彼のほうへ振り向いた。

 怪訝けげんな顔のジョーをよそに、ルイ=ジャンは、地面に両の膝を突いて、

「私は、数え切れない罪を犯した。私は、罪人つみびとだ……」

 がっくりと、うなだれた。

 彼の罪。ルイ=ジャン・モローの罪。

 禁忌の秘術を、この世によみがえらせた。

 安らかに眠るべき死者を起こし、もてあそんだ。

 善人も悪人も、多くの者を殺した。

 幸せに暮らす家族を、死をもって引き裂いた。

 罪人は裁かれなければならない。罪をあがなわなくてはならない。

 今まさに、地獄へ送られようとしている、真の亡者となった金の亡者のように。

 しかし、死は、しばらくルイ=ジャンを見つめたのち、

「今日ノトコロハオノレノ道ヲ歩クノダナ。人間ヨ」

 それだけを言って、馬の腹を蹴った。

 青白い馬が、目から電光をほとばしらせ、鼻から火を噴きながら、声高くいななく。

 死の「イピアイエェエエエエ!」という恐ろしい叫びを合図に、馬が駆け出した。

 泣き叫ぶ罪人を荒縄で引きずりながら、地獄の奥へと走り去っていく。

 ルイ=ジャンは、呆然と、見送るしかなかった。

 死を乗せた馬の影が、小さくなっていく。


 すると、またもや世界に変化が起こった。


 割れて、砕けて、散ったはずの世界のかけらが、元に戻っていく。

 かけらが次々とつなぎ合わされ、目の前には色彩を失った執務室が、ふたたび現れた。

 その色彩すら急速に取り戻され、二人はあるべき世界に帰ってきた。

 赤茶けた大地に炎が燃え上がる地獄は、もうない。

 札束が山と積まれたデスク。死体が転がる絨毯。静寂に支配された執務室。

 すべては元通りである。

 そんな中で、いまだ立ち尽くすルイ=ジャンに、ジョーが声をかけた。

「あいつが連れていくのは、命を落とした罪人の魂だけだ。おめえは罪人だが、まだ死んじゃいない。俺と同じさ」

「だが…… だが、私は――」

 に落ちない彼の耳に、聞き慣れた、聞きたくてやまなかった、ある声が飛び込んだ。


「パパ!」


 ルイ=ジャンが振り向くと、そこには一人の黒人の少女が、泣き濡れた顔で立っていた。

「ソフィー!」

 弾かれたように、少女が駆け寄る。

 彼は、胸に飛び込んできた娘を、しっかと抱きとめた。

「ソフィー、パパを許してくれ……」

 腕に包まれた娘と共に、涙をこぼすルイ=ジャン。

 気づけば、ソルと、その横に並ぶ、妻の姿があった。

 ソルが宣言通りに、娘も妻も、助け出してくれたのだ。

 ルイ=ジャンは、妻も引き寄せ、

「エレーヌ……」

「あなた……」

 妻子を固く抱き締めた。

 その光景を眺めつつ、ジョーとソルが並び立つ。

「おめえがいない間、こっちゃあ大変だったんだぜ。デスの野郎が現れやがってよ」

「俺がいなくてよかったじゃないか。奴を無駄に怒らせることもあるまい」

「へへっ、あの野郎、どうしたっておめえを連れていきてえようだしな」

 おかしげに笑うジョーのもとへ、モロー親子がやって来た。

 ルイ=ジャンは、両手に妻子を抱き、

「ジョー、ソル。本当にありがとう。感謝の言葉が見つからない。君たちのおかげで家族を取り戻せた」

 それから、少し視線を落として、口を真一文字に結び、

「私は、一生を懸けて、犯した罪を贖い続ける。彼の迎えが来るまで」

 一方、ジョーの視線は、ルイ=ジャンではなく、彼の娘ソフィーのほうにあった。

 メイホアだけではない。

 ここにも救うことのできた幼子が、いた。

 すべての事情が分からぬソフィーは、無言でこちらを見つめる白人が怖かったのか、そっと父の後ろに隠れてしまった。

 その仕草に、ジョーはフフッと笑い、視線をルイ=ジャンへ戻す。

「ああ、もしメキシコに逃げるんなら、タスコっていう山間やまあいの田舎町を目指しな。銀細工職人のアレハンドロって奴に『ジョゼフ・マッケナのダチだ』と言えば、なにかと世話を焼いてくれるはずだ」

 彼の厚意に、またも目頭が熱くなったルイ=ジャンは、

「なにからなにまで、すまない。ありがとう」

 帽子を取り、それを胸に当てて、頭を下げる。

 感謝と敬意を込めて。

 ジョーは、片手を上げ、

「あばよ」

 とだけ言い、きびすを返した。

 ソルも、それに続く。

 二人とも、振り向くことはしない。


 長い廊下を歩いていると、いつの間にか、ソルが笑っていた。

 いつもの冷笑や余裕の笑いとは違い、歯を見せて、さもおかしそうに。

 少年臭さを残す風貌によく似合う、無邪気な笑顔だ。

「なんだよ。なにがおかしいってんだ」

 いぶかしむジョーに、ソルはこう答えた。


いくつになっても甘い奴だな。おまえはエレス・ウン・ブランディート・ノ・インポルタ・クアントス・アニョス・テンガス


うるせえってんだカジャテ・ラ・チンガダ




 ラ・ホヤの戦いから二日ほど経った、朝――


 国境近くの田舎町ロス・ロボス。

 商売人たちが店の準備を進め、農夫の馬が野菜や果物を積んだ荷車をいている。

 町の人々は朝の挨拶を交わし、教会では老司祭ドナルド・ギャラガーが聖堂を隅々までき清めていた。

 そして、酒場“狼たちの午後タルデ・デ・ロス・ロボス”。

 店の名が示す通り、フロアにはおおかみの姿はなく、至極しごく閑散かんさんとしていた。

 女主人エスメラルダが、軽食を仕込みつつ、グラスを整えているだけ。

 カウンターも、テーブルも、オルガンも、ひっそりと寂しそうに、あの喧噪けんそうを待っている。

 さらに、二階に目を向ければ、粗末な宿泊部屋が六つほど。

 そのひとつのドアが、蝶番ちょうつがいのきしむ音を立てて、ゆっくりと開いた。

 出てきたのは、シャツ一枚をだらしなく羽織っただけの狼、ブロンディ・ジョー。

 顔は青白く、目の下にはクマが浮かんでいる。なんとも、ひどい顔だ。

 彼は、めでたく向こう一週間はタダとなった部屋のドアを閉め、壁に手をつきながらふらふらと廊下を歩き、転げ落ちないよう慎重に階段を下りていく。

 一段下りるたびに、裸の胸元で、銀のペンダントが揺れる。

 そこには、目を閉じて手を合わせる聖母マリアが彫られ、「グアダルーペの我らが貴婦人ヌエストラ・セニョーラ・デ・グアダルーペ」という文字が刻まれていた。

 頭を抱えて、ゾンビのようなうめき声を上げるジョー。

「ああ、クソ…… また飲みすぎちまった……」

 ロス・ロボスに帰り着いたのは、きのう遅く。

 念には念を入れて、ソルとは二手に分かれ、少しの時をやり過ごしてから、町に戻ってきた。

 それから、まだ残っていた客たちと祝杯を挙げ、エスメラルダやギャラガー神父は呆れ笑いで――

 憶えているのは、そこまでだ。

 気づけば、部屋のベッドの横で、干からびたサソリのように転がっていた。

 飲みすぎるのは珍しくないのだが、翌朝は頭痛と身体の重さで、いつも死にたくなる。

 ジョーは、倒れ込むようにテーブルに着くと、かすれ気味の大声を張りあげた。

「おおい、エスメラルダ! ウイスキーだ! 迎え酒をやらなきゃあ頭痛が取れねえ!」

 そうわめくと、そのまま上体を前に倒し、テーブルに突っ伏してしまった。

 全身がだるく、座っていることもままならない。

 そんな不甲斐ないジョーの耳元で、ささやく声がひとつ。

おはようブエノス・ディアス。ジョー」

 エスメラルダの声ではなかった。

 大人の女とは程遠い、幼い声。

「あん……?」

 大儀そうに顔を上げるジョー。

 そこには、にこやかに笑う、姬美華ジーメイホアが立っていた。

 ただし、彼がよく見知った、ボロボロの小汚い身なりではない。

 メキシコの民族衣装に似た、ワンピースを身にまとっていたのだ。

 純白の布地に、たくさんの花柄が刺繍ししゅうされている。

 ジョーは、メイホアから、目が離せなかった。

 二日酔いによどんだ瞳には、メイホアではない誰かに見えたからだ。

 それは、褐色の肌に青い目の、あの子――

ルピータLupita……?」

 思わず口を衝いて出た、言葉。

 メイホアは、目をぱちくりさせて、不思議そうにしている。

 自分のことを一目見るなり、目をむいて、意味のわからないスペイン語をつぶやかれたのだから、無理もないだろう。

 すぐにジョーは、首を横に振り、

「あ、いや、メ、メイホア。なんでえ、その恰好は」

「メイホア、働く。ここで。」

「働くだあ?」

 そこへ、エスメラルダもやって来た。

「似合うだろう? アタシが小さい頃に着てた服さ」

 そう言って、メイホアの横に並ぶと、彼女の頭に手を置き、

「この子はアタシが引き取ることにしたよ。これもなにかの縁だからね」

「へっ、人のいこった」

「あんたに言われたかあないね」

 エスメラルダは笑い、メイホアの肩を抱く。

さあアンダレ、メイホア。朝食デサユノの準備だよ。ウイスキーなんかより、ずっといいものがあるしね」

うん!」

 まるで母娘のような二人が、店の奥へと戻っていく。

 それにしても、子供はさすがに適応が早い。

 もういくつかのスペイン語を憶え、会話に組み込んでいる。

 不安を覚えるジョーは、エスメラルダの背中へ、

「あ、おい。あんまりスペイン語を教えるんじゃねえぞ。下手なことを言えなくなっちまう」

 などと、弱気に言うのであった。


 少し経ち、メイホアが皿やコップの乗ったトレーを手に、ふたたびやって来た。

 しかし、ジョーはコップの中身を見るなり、眉をひそめてしまった。

 茶色が混じる透明な液体。

 口に含んでも、なんの味もしない。

 水だ。

 水以外のなにものでもない。

「なんでえ、これぁ。水じゃねえか。ウイスキーを持ってこいよ」

「お酒、飲みすぎ、ダメ。朝、お酒、ダメ」

 口をとがらせるメイホアが、ジョーの前に出したのは、赤みがかった茶色のスープだった。

「へえ、メヌードか。二日酔いの朝にゃあ、ぴったりだな」

 メヌードとは、メキシコの伝統的な料理で、牛の胃袋、ひよこ豆、唐辛子などを煮込んだスープである。

 また、ジョーの言う通り、二日酔いの朝に飲まれることも多い。

「メイホア、作った。エスメラルダ、教えてくれた」

 少しはしゃぎ気味で、少し自慢げな、メイホア。

 ジョーはさっそく、ひとさじすすり、

「おお、うめえな。よくできてらあ」

「おいしい!? メイホア、上手!?」

「ああ、上手だ」

「やったー!」

 褒められたのがよほど嬉しいのか、メイホアはぴょんぴょんと飛び跳ねて、喜んでいる。

 そんな彼女を微笑ほほえましく眺めていたジョーであったが、ふと、己のスプーンに視線を落とし、

「昔はよく作ってもらったもんだ……」

 少し寂しげに笑った。

 その表情は、彼の複雑な心境を、否応なくメイホアに読み取らせる。

 喜ぶのをやめ、笑顔を引っ込めて、ジョーに話しかけた。

「ジョー、教えて」

 スプーンを動かす手が止まり、視線がメイホアに向けられる。

「なにをだ」

「ジョー、メイホアを助けてくれた。お金、ない。すごく、危ない。ジョーとメイホア、知らない人。どうして、助ける?」

「言ったろ。一週間分の部屋代目当てだ」

「でも……」

 納得がいっていないのは、ジョーも理解できる。

 たったそれだけの理由で、縁もゆかりもない者のために命懸けの仕事をするなど、子供心にもあり得ない行動だとわかるだろう。

 なにか特別な理由や思いがない限りは。

 英語も大人の思惑もわからないメイホアではあったが、疑問を抱くことは、当然できるはずだ。

 メイホアの疑問に、答えてやらなければいけないのか。

 すると、思いがけず、心の中で、とある声が響いた。


『パパ、もし、大切な人ができたらシ・エンクエントラス・ア・アルギエン・インポルタンテずっと一緒にいてあげてケダテ・コン・エジャ・シエンプレ私の分もポル・ミ・タンビエン


 その声に押され、ジョーが口を開いた。今度は目をそらさずに。彼女の目を、見つめて。

「昔…… ある女の子を救えずに、死なせたことがある。俺ぁもう、ガキを救えねえのはたくさんなんだ」

 そして、こうも言った。正直な心で。

「おまえとここにいられて、よかった……」

 メイホアは、コップを握る彼の手に、己の小さい手を重ね、笑った。

 初めて出会った、あの時のように。

「……謝謝シィエシィエありがとうグラシアス。ジョー」

 しばしの間、笑い合っていた二人であったが、やがて、メイホアは照れ臭そうに手を離し、キッチンのほうへ足早に向かっていった。

 だが、なにかを思い出したかのように、「あっ」とひと声上げて、彼女が立ち止まった。

 くるりとジョーのほうへ向き直り、

「もうひとつ、教えて」

今度こんだぁなんだ」

「ジョー、頭ツルツル。髪の毛、ない。どうして、金髪ブロンディ?」

 これにはエスメラルダも、カウンターの向こうで大爆笑だ。

 カウンターをバンバンと叩き、笑い転げている。

 そのうちに、息を切らし、涙を拭きながら、エスメラルダが言った。

「ジョーにも若い頃があったんだよ、メイホア。そいつの若い頃はね、赤毛ジンジャーのアイルランド人にしちゃあ珍しい、それはそれは見事な金髪だったのさ。今は見る影もないけどね」

「そうなんだ!」

 無邪気に感心することしきりのメイホア。

 他方、ジョゼフ・“ブロンディ・ジョー”・マッケナは、苦りに苦り切った顔で、スープをすすっていた。


 やがて、新聞を片手のソルが、スイングドアを鳴らして、店に入ってきた。

 ジョーと「よう」「おう」と短く挨拶を交わし、彼の隣にどさりと腰を下ろして、新聞に目を通す。

 その一面には、


『トバイアス・アイゼンバーグ氏、惨殺さる!』


『行方をくらませた従業員たちによる凶行か!?』


『ジョン・スミス主任上級捜査員はキンダーマン探偵社の関与を否定』


 などと、センセーショナルな見出しが飾られている。

 だが、そんな記事にはまるで興味がないらしく、すぐに新聞をひっくり返し、『バス釣りテクニック』などという釣りのコラムを、熱心に読み始めた。

 すぐに、ソルのもとにも、朝食が運ばれる。

 もちろんメイホアの手で。ソルは目もくれないが。

 彼女は、テーブルに皿を置きつつ、あらためて礼を言った。

「ソル。メイホア、助けてくれて、ありがとう。これ、メイホア、作った。食べて」

 ワンピース姿のメイホアに気づくと、ソルはやや驚いた様子で、ジッと見つめた。

 彼の目がこれだけ長くメイホアに向けられているのは、初めてのことであろう。

 なんとも珍しい彼の挙動に、メイホアは少し慌てている。

「ん?」

「いや、別に。いただく」

 不愛想にそう言い、スープを口に運ぶ。

 うまい。言葉にはしなかったが、そう思った。

 こんな味を、ずっと前にも食べたような、そんな気がした。

 横では、感想を待っているのか、メイホアが盆を胸に抱え、落ち着かない表情を浮かべている。

 ソルは、彼女と目を合わせず、短く鼻でため息をつくと、

リカルドRicardoバスケスV á zquez

 低い声で、そう言った。

 メイホアは、首をかしげる。

 知らない言葉だ、まだまだスペイン語は難しい、とでも思っているのか。

 首を右に左にかしげたのち、

「それ、『おいしい』の意味?」

 と尋ねる彼女に、ソルは、

「ジジイのおりが仕事の、メキシコ人の名だ」

 ほんの少し笑って、そう言い、あとは黙してスープを口に運ぶだけ。


 メイホアは、嬉しそうに笑った。




                               ――第一話 了




                        此度こたびの報酬、一週間分の部屋代

                             引くことの7,000ドル

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ガンスリンガー・ビジネス 佐井乙貴 @OTSUTAKA

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