エピローグ 幸せな生活
ゆうと別れてしまったのが二十六歳。
ちゃんと向き合うようになるのに三年を要した。それから一年たった。街に歩きに出てもゆうはどこにもいないし、気配や似たような存在もない。
就職活動は苦しんだが、いつかゆうに出会えた時に頑張った事を自慢したかった。
あなたにお世話をされなくても私は社会に復帰出来たよ。一人でも何とかなったよ。一生養うなんて必要無かったもんね。
そう言いたかった。だから、セクハラまがいの軽口や歳を重ねただけでお局と言われるのも耐えた。
ちゃんと生きたかった。
その為に私は戦っている。
寒くなると思い出す。
大家さんの。
あの子が一番酷かった。
それなのに待ってくれた。
ダメだな。私、ダメだ。
この時期はそんな辛さを覚えながら過ごす。
ゆうの命日に電話をかけるのは亡くなってからずっとだ。それを感じてか、ゆうの両親は解約しないでいてくれている。
携帯電話に番号を入れるとプッシュ音がする。
「ピーという発信音の後にメッセージをどうぞ」
そう機械音声が聞こえてから、私は話し始めた。
「ゆう、久しぶり。私、三十歳になったよ。もう名実ともにおばさんだね。ゆうは大学を卒業する頃かな。着物姿を見たかったな。写真に収まりたかったな。弱音吐いてちゃダメだな。明日からゆうに胸を張っていけるように頑張るよ」
社会人生活、どんなに苦しいことがあっても頑張った。お母さんに辞めてもいいよと言われてもがむしゃらに頑張った。
その甲斐あってか、昇進をし伴侶となる人ともお付き合いを始めた。
「ゆう、三十三歳になっちゃった。彼氏も連れて来たよ。子供も生まれる。生まれ変わってよ。また一緒に過ごそうよ。旦那さんが話したいって」
旦那は電話を受け取った。
「初めましてゆうさん。
「まだまだ頼りないけど、私はこの人としばらく過ごすよ。だから見ていてね。今年はまたね。また来年電話するね」
来年電話をすると言ったが、そんな暇は無かった。子供の行事や自分の仕事で手がいっぱいで電話が出来ない。
時間が出来ても命日に電話をすると約束してもそんな暇は無く、仕事と子供に時間を取られているうちに旦那とすれ違いが多くなり結婚十年目にしてバツイチになった。
親権はもらえたが、十歳の男の子はモンスターだった。子育ては旦那が一緒にしてくれたのだろうと実感したのは離婚してまもなくだった。
子供が小学校五年生に上がり、そろそろ反抗期かと思っていた。ババアとか言われるのかな、それはそれで正常だけど。
「お母さん」
「どうしたの?」
「女の人が心配していたよ」
「女の人?」
「苦しかったら戻っておいでって」
「どこで?」
誰が言ったか検討はついた。
「昨日、お母さんが寝てから水飲もうとしたら、後ろから」
「週末、ジジとババのところに行こうか」
「いいの?」
色々混み合ったので、離婚してから実家には近づいていなかった。
現況を報告するのにちょうどいいかもしれない。
「今度女の人に会ったら、会いに行くと言っておいてね」
なんで私の夢ではなくて、息子の背中に言うのか腹立たしかったが、気を遣ってくれたのかもしれない。
旦那は私に愛の言葉をくれなかった。それさえあれば結婚生活は永く続いたかもしれない。会うたびに好きだと言ってくれる存在がいる事が当たり前だったからだ。
私は開ける習慣の無くなった小さなポーチの中の遺骨の入ったペンダントを握った。
「週末、会いに行くよ。ありがとうね」
人生ハードモードの二十五歳女、少し愛が重い大家の孫娘に拾われる。杏の事は一生お世話してあげるからね。 ハナビシトモエ @sikasann
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