第44話 仕合

天文18年(1550年) 1月 蟹江城

 蜂屋 兵庫頭(頼隆)


 観衆の中心にいるのは弓を構えた二人の青年。太い眉にきりっとした目元、日焼けした黒い肌が特徴の雑賀鈴木孫六郎と丸顔で少しふくよかな体型の太田又助(信定牛一)。


 弓の腕前を披露することとなったこの二人は、築城祝いにやって来た諸将に囲まれながら広場の端に置かれた的に向かって立射する。太田又助が的に三度みたび当てれば雑賀孫六郎も同じように三度当てる。又助が的との距離を離して射れば、孫六郎もさらに離れた場所から的を射る。


 そんな両者が一歩も譲らぬ技の見せ合いに観衆は大いに盛り上がっていた――。




 「両者ともに弓腕前は相当なもの。これは、あの大島光義殿と良い勝負やもしれぬなぁ」


 酒を片手に呟いた言葉は白い吐息と共に、まだ新しい城内に流されてゆく。俺と隣に座る坂井右近将監(政重)は、冬の風が吹きつける崖上に建った蟹江城の一角で酒を呷りながら武芸勝負を眺めていた。


 「ほぉ……、兵庫頭の言う大島とは隼人佐(長井道利)様旗下の弓足軽頭か。俺はこの目で見たことはないが、その名だけは聞いたことがあるぞ」


 空になった杯を手酌で満たしながら俺に聞き返す右近の顔には、城に着いた時にはなかった朱が差していた。


 ここは滝川殿の祝いの席。あまり飲みすぎるなよとは言いたいところだが……、海風が吹くこの場所では酒で身体を温めねばじっとしていられぬ。俺も既に数杯は飲み干しているしな。


 「しかり。山城守(斎藤利政道三)様の弟御の隼人佐(長井道利)様の家の者よ。あれは相当な弓の腕前だった」


 俺は目の前の見事なまでの弓勝負を前に、美濃に居た頃に見た弓足軽の事を思い出した。大島殿が主人あるじの隼人佐様に命じられ、かなり離れた場所に居た敵方の旗持ちを見事に射殺した時には味方ながら心胆を寒からしめたものだ。


 「美濃の大島……、それほどの強者であるか。その話、滝川様にすればきっと興味を持たれるぞ」

 「右近よ。それはどういう意味だ? 」


 俺は、此奴が言っている意味が分からず聞き返すと、やや呆れたような表情でこちらを見た右近将監が、手に持った杯をぐいっと呷ると口を開いた。


 「なんだ。兵庫頭は滝川様のことをあまり知らぬのか。森殿の誘いに二つ返事で返したからには滝川様に興味があるのだと思っておったが」

 「うぐっ……。ここ最近で頭角を現している滝川家に興味がないわけではない。だがしかし、織田家でもまだ新参ということくらいしか儂は知らんのだ」


 俺の知らぬことを知っているからか、すこし得意げな表情を浮かべた右近は俺を手招きして、もう少し近くに寄れと言ってきた。


 「なんでも滝川家は人手不足との噂だ。武家の二男三男でも才があれば重用するとな。それに加えて美濃や伊勢にも人をって声を掛けておるらしい」

 「ほう。それほどか」

 「腹臣の雑賀殿、津田殿は紀伊の出。共に蟹江を治める九鬼様は志摩の出。他にも滝川様の周りには他国の者、二男三男以降の者が多い」


 甲賀に本家があるという滝川様では、ここ尾張に伝手がないというのも頷ける。逆にそのように少ない配下で城待ちになったというのだからその手腕は凄いのだろう。


 「実は、美濃木曾川に近い蜂須賀家などは左近将監様直々に声掛けがあったそうじゃ。今は山城守に近侍しておる故、断ったそうじゃが……」

 「蜂須賀……。たしか木曽川の川渡しを束ねておった小さな土豪の一つではないか」

 「そうだ。城持ちなどではない。ただの田舎侍のことなど一体、滝川様はどこでお知りになったのだろうなぁ」


 右近将監はそう言うと、愉快そうに、そして不思議そうに笑いながらまた空になった杯に酒を注いでいく。


 「左近将監様は不思議な御仁よなぁ。若様に仕えるために志摩から流れてきたと仰るが、手土産と称して服部党を降し、いつの間にやら長島の坊主達と誼を結ぶ……」

 「三左衛門や俺たちのように戦で首級を挙げる武士かと思えば、此度の那古野戦の様な策も用いるな」

 「それにほれ。左近将監様といえば、あの南蛮甲冑に火縄という飛び道具……。新しもの好きで派手好みの若様が気に入らぬわけがない」

 「然り。羨むわけではないが……、若様や大殿が気にいる訳もわかるものよ」


 俺と右近将監は、互いになみなみと酒が注がれた杯を見て、そうしみじみと呟いた。


 西から嵐のようにやって来た滝川様と九鬼様は、一夜にして服部党を追い払い、ここ蟹江と長島周辺を見事に手中に収めた。あれよあれよと言う間に尾張での立場を確立した滝川様は、俺や右近将監からすれば妬ましいすら超え、もはや尊敬するほど。美濃から転仕した我らも、いつかは滝川様のように織田家で城持ちとなることができるであろうか……。


 そんな事を考え、すこししんみりした気持ちで俺が酒を口にしたところで、右近将監が声を上げた。


 「おっ!! 今度は我らが美濃衆一の槍遣い。森三左衛門が仕合をする様だぞ」


 右近将監が杯の酒を溢しそうになりながら、興奮した面持ちで見るその先では三左衛門殿が軽く槍を振っているのが見えた。酒が進んだからか、それとも興奮からなのか……、素振りを見つめる右近将監は先ほどよりも赤さが増しているように見える。


 「おいおい。相手は左近将監様かよ。こりゃ面白いもんが見れそうだ。どうだ兵庫頭。こっちも賭けるか」


 そう言って右近将監は、懐から銭を出してくる。既に雑賀殿と太田殿の弓勝負にもどちらが勝つかで賭けておるというのに……。


 そうして俺達が森殿に気を取られていると、雑賀殿と太田殿を囲っていた観衆から感嘆の声が上がった。


 「「おおぉっ!! 」」


 見れば織田家中で弓達者である太田殿が項垂うなだれ、代わりに雑賀殿が手にした弓を天高く掲げているのが見えた。なんと……、武衛様に仕えていたあの太田殿が負けたのか。


 「弓達者と言われる太田殿が負けるとは……」「これが畿内に名を馳せる雑賀か」「両者見事な弓であったなぁ」


 口々に感想を言い合う観衆を余所に、俺と右近将監は目を合わせて合わせたようにため息をついた。


 「「はぁ……」」


 俺達が目を離した隙に、弓勝負は決着がついてしまった。右近将監と話し込んでいたせいで最後の一射を見れなかったことがとても悔やまれる……。


 「なんと。俺達が見ていないときに勝負が決してしまうとは……」「なんと。俺が賭けた太田殿が負けてしまうとは……」


 くくくっ……。これほどまでの技の見せ合いを前にして頭の中は銭の事ととは此奴右近将監は呆れたやつじゃ……。


 「くそ……、俺の負けだ。ほれこれはお主兵庫頭の物だ」

 「おうよ」


 懐から出していた銭をいくつか数えた右近将監は、拗ねたように俺に向かって渡してきた。


 「ちっ……。して兵庫頭よ……、次はどちらに賭ける? 」


 それでもしかし、銭を渡したその手でまた杯を呷った右近将監は、りもせずせっつくように俺に聞いてくる。


 美濃出身の俺も右近将監も、三左衛門殿の槍の腕前はよく知っている。それに先の那古野城戦でもそれは大層活躍したそうだ。あの槍の達人が負けるところは十に一つも想像できぬ。


 それなれば賭けるべきは……。


 「次は……、左近将監様が勝つほうに賭けるとするかなぁ。賭け金は、お主から得た先ほどの銭でどうじゃ」

 「……、よいのか? 」


 俺の提案に右近将監が訝しげな表情を見せた。それはまさに『兵庫頭、お前も”攻め三左衛門”の槍を知っているだろう』と言った表情だ。


 正直なところ、いくら左近将監殿が戦上手であれど、幼き頃から戦場で槍を奮って名を馳せる三左衛門殿に勝てるとは俺も思ってはいない。


 それに、兵庫頭はこれでも美濃衆の同輩。金の切れ目は縁の切れ目とも言うが、こんな些細な博打の銭勘定で仲違いなどしたくはない。先ほど勝った分の銭は此奴に返した方が良いだろう。


 負けたところで先ほど兵庫頭から巻き上げた銭を返すだけ。もし仮に、左近将監殿が勝ってしまった時には……、帰りに酒でも買って此奴に持たせて帰らせるか。


 「ふふふっ。博打とはそういうものだろう? 」

 「まぁ……、お主がそれで良いのなら決まりだ。俺は無論、三左衛門に賭ける。あの御仁が負けるところは想像できぬからな」


 そういうと兵庫頭は真剣な眼差しで槍を構え合う三左衛門殿と滝川様に向き直った。そんな右近将監を尻目に俺も二人の仕合に目を向ける。


 弓勝負に集まっていた観衆もいつの間にか移動し、左近将監と三左衛門を囲う様に遠巻きにしている。何故かわからぬが、二人の間合いは何人なんぴとも邪魔のできぬ二人だけの空間。これぞまさに、””……、そんな言葉が相応ふさわしい、独特な空気が辺りに漂っているようだった。


 「はじめぇいっ!! 」


 喜六郎様の掛け声で始まった仕合は互いに試し打つ様に数合槍を合わせた後、段々と三左衛門の得意な形に流れていった。


 「ふんぬっ!! 」

 「くうぅぅっ……。鉄砲のステータスバフがない状態で三左衛門殿の相手はきついなぁ……」


 互いに打ち合う二人の声が風に流され微かに聞こえた。


 あの三左衛門の剛の一撃を苦しい体勢ながらも、なんとかいなした左近将監様であったが、額に滲んだ汗がここからでも見てとれた。


 「俺や右近将監であれば三左衛門のあの一撃で終わっておったな……」

 「見ておるだけでこっちの冷や汗が止まらんわ」


 そう言って右近将監は額に浮きでた脂汗を拭いていた。ふと気づけば俺も脇に汗をかいている。ここは海風の強い蟹江城だというのに……。


 俺や右近将監と同じく、観衆の中にも幾人か三左衛門と槍の稽古をした者がいたのか、青い顔をして仕合を観る者も何人かいる。稽古で三左衛門に手も足も出ず、心と共に槍を叩き折られた者は思ったよりも多かったようだ。


 「左近将監様は上手い。だが、それ以上に三左衛門が強いな」

 「左近将監様は鉄砲や刀術の方が得意だそうだ。三左衛門相手では分が悪いが、あれだけ槍が振るえれば十分……、むしろ我らより上手うわてではないか」


 なんとか三左衛門相手に上手く戦っていた左近将監様であったが、十数合打ちあったところで、三左衛門に降参した。その時、左近将監様が手にしていた木槍は見事に真っ二つに割れていた。それを見ていた皆が三左衛門の剛力に顔を青くする中、俺の隣の右近将監だけは失った銭を取り戻し、満面の笑みであったことはここに記しておこう。


 


“ 滝川 左近将監(一益 ) “

統率:89 武力:85 知略:75 政治:85

“ 所持 “

・木槍:(効果なし)


" 森 三左衛門(可成) "

統率:76(+3) 武力:91(+2) 知略:72 政治:76

" スキル "

・攻めの三左:統率+3、武力+2

“ 所持 “

・木槍:(効果なし)

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転生滝川さんはステータスを活かして戦国時代を生き抜く シャーロック @royalstraightflush

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