第43話 築城祝い

天文19年(1550年) 1月 蟹江城

 滝川 左近将監(一益)


 蟹江湊が見渡せる丘上に縄張りされた蟹江城。城下には九鬼海賊衆の船が停泊し、領民が暮らす港町――、といえば聞こえがいいが、漁村といっても過言ではない程度の大きさの町が広がっていた。


 ここ蟹江城は滝川一益が尾張で仕官してすぐに築城が始まり、ようやくその全容が見えて来たばかりの新築物件である。城と言えば天守閣を思い浮かべるだろうが、この蟹江城にあるのは、少し立派な本丸御殿と二の丸館。あとは防衛用の城壁、櫓、城門といった必要最低限の備えだけ。ただ、室町後期から安土桃山時代に移り変わるこの時代では造りである。


 城の縄張り時には、「五層天守とまでは言わないから、せめて天守閣が欲しい」「天守は男子のロマンだ」とのたまいながら、滝川家の財布を管理する篠岡平右衛門に天守を擁する城郭を強請ねだった一益であったが、「主人信長より立派な城に住む配下が居るわけがありませぬ」と鎧袖一触。見事に拒否され、このような城となった。


 そんなこんなで完成した蟹江城の広場では、年明け早々から築城祝いと称してなにやら織田家の武士達が集まり、一益を中心に親交を深めているのだった――。




 「左近殿は良い配下をお持ちですな。あの前田の弟といい勝負とは、なかなかやる」

 「えぇまぁ……」


 つい先日、例の大和守との戦が終わったことで、年始は新しい城蟹江城に帰ってお涼と二人、夫婦水入らずで少しはゆっくりできるかなぁとか考えていた滝川一益は、隣に立った大男に気の抜けた返事を返していた。


 信長さんが那古野城から清州城へ引っ越しする間、城詰の仕事が無くなったので一部の将(信長さんに近侍する者達)を除いて、年始からしばしの休暇が与えられた。


 俺も信長さんに仕えてからほぼずっと那古野の屋敷と那古野城に居たので、ようやく領地の蟹江に帰れると楽しみにしていたのだが、なぜか蟹江城では男ばかりの武芸大会が開かれていた。どうしてこうなった……。


 俺が隣を見れば、ふっとい腕を胸の前で組み、立派な髭を蓄えた如何にも猛将といった雰囲気の森三左衛門(可成)さんが、目の前の試合に鋭い眼光を飛ばしている。


 この人のステータスはこれ。


 " 森 三左衛門通称(可成) "

 統率:76(+3) 武力:91(+2) 知略:72 政治:76

 " スキル "

 ・攻めの三左:統率+3、武力+2


 さすが織田家を代表するような脳筋具合。攻めの三左の異名は伊達だてじゃないね。


 しっかし、おかしいな。この人とは清州城で解散した後、お互い領地に帰ったはずなんだが……。


 「又左衛門忠澄は槍衆の中で最も背丈が大きい。先日測ったときにはなんと六尺一寸もあったのだぞ」

 「ほぉ、そうでございますか。喜六郎様は滝川家についてお詳しいですな」


 森さんの向こう側に立った織田喜六郎秀孝くんが選手紹介をこなしている。今日は他家の人が居る手前、小姓の喜六ではなく、信長さんの弟として振る舞っていた。


 というか、そもそもなんで年始から試合なんかやってるんだ。俺は新しい屋敷でのんびり過ごしたかっただけなのに……。築城中だった蟹江城がようやく完成して目出度いってことはわかるけど、なにも年始にお祝いに来なくてもいいじゃないの。


 しかも、築城祝いでいろいろお祝い品を持ってきてくれるのはうれしいけど、『酒飲んでテンション上がったから体動かそう』、『そうだ、試合でもやろうよ』、『うちが武力では一番じゃあっ!! 』ってなっちゃうあたりがさすが戦国。ヒャッハーしてるよね。


 「私も時々、稽古に混ざっておるのだ。背丈が大きく、槍衆でも目立つ又左衛門殿は、滝川家で『木全の槍』と呼ばれておる」

 「喜六郎様は滝川家で修練なされておるのですか。それはよい経験となりましょうな」

 

 なんか喜六郎くんが森さんにいろいろしちゃってるけどいいのかな……。まぁ、喜六郎くんだって馬鹿じゃないし、森さんならしゃべっても大丈夫と判断したのだろう。実際、森家は弾正忠家でも信長派だし、うちが喜六郎様のバックに付いてるってバレてもいいか――、え、いいよね?


 「両者そこまで。勝負ありっ!! 前田殿の勝ちですな」

 「うっしゃあっ!! 」「くそっ……」


 審判を務める俺の与力・下方九郎左衛門がさっと旗を上げ高らかと前田犬千代――、今は元服して前田又左衛門利家くんの勝利を宣言した。そう……、この宴には前田蔵人利久と利家兄弟も参加している。


 槍の払い技からの鋭い踏み込みで一気に間合いを詰めた利家くん。うちの木全又左衛門忠澄もなかなか善戦したが、惜しくも負けてしまった。だが、と互角に戦ったのだから又左衛門はよくやったと褒めるべきだろう。


 前田利家といえば加賀百万石の前田藩のいしずえを築いた名将。信長さんに仕え、柴田勝家と共に織田家の北陸戦線で活躍した武将だ。信長亡き後は、勝家派から秀吉派に鞍替えし、その後は豊臣政権下で重鎮となっていった。


 槍の名手とされ、『槍の又左』という武の異名を持っていながら、信長さんが亡くなってからの世渡りも上手。最終的に豊臣秀吉側の人間だったという点が気になるが……、仲良くなって損はないよね。そもそも、とうの秀吉がまだ織田家内で見つかっていないし。


 それに有名武将なだけあってステータスがすごい。彼のステータスがこれ。


 " 前田 又左衛門通称(利家) "

  統率:81 武力:87(+1) 知略:56 政治:65

 ” スキル ”

 ・槍の又左(開花前):武力+1


 うひょー。やっぱり統率、武力が高いねえ。まだ覚醒していないみたいだけど固有スキルっぽいのも持っているし、大河ド〇マの主役を張れる武将は一味違うぜ。


 というか、なんで俺には固有スキルが"ステータス確認"しかないんだっ!! 俺にもカッコイイ固有スキルが欲しいっ!! うえぇぇん……泣。


 「木全殿の筋は良い。だが、鋭さが足らんな」

 「ははっ。ご指摘、ありがとうございまする。」

 「その点、前田の弟は鋭い。しかし、こちらは一突きの重さが足らん」

 「なるほど。重さねぇ」


 滝のように流れ出た汗を拭いながら律儀に返事を返したのは、うちの若き槍衆・木全又左衛門忠澄。対して槍を模した木の棒を肩に担ぎ、やや生意気なつらで頷いたのは前田又左衛門利家


 この二人、どっちもだから呼びにくくて仕方ないぜ。


 「志摩守殿と照算殿の仕合しあいを見てみよ」


 森さんが示す先では、背丈も大きく筋骨隆々な僧侶・津田照算と、この脳筋戦国時代では珍しいスラリとしたモデル体形の九鬼浄隆が一進一退の攻防を繰り広げていた。


 風切り音と共に薙刀を振るう津田照算と上手いことそれをかわす身軽な九鬼弥五郎浄隆くん。


 ステータスにあった虚弱体質が尾張に来たことで改善され、武力に影響していたバットステータスが無くなったようだ。俺も堺の豪商・橘屋の伝手つてを使って薬やら漢方やらをたくさん集めて九鬼家に差し入れしてあげたしね。


 " 九鬼 弥五郎(浄隆) 官位:志摩守 "

 統率:78 武力:74 知略:73 政治:70

" スキル "

 ・なし NEW!!


 「修羅場を幾度も潜り抜けた者の仕合ですなぁ」

 「ほんにほんにまことにまことに。志摩守殿も津田殿も若いのにかなりやりおる」


 この二人の仕合を見て感嘆の声を上げていたのは坂井政尚(政重)殿と蜂屋兵庫頭(頼隆)殿だ。この二人も森さんと同じく信長さんに仕える美濃出身の武将。同郷ということもあってか森さんとは付き合いがあるらしい。


 " 蜂屋 兵庫頭(頼隆) "

 統率:76 武力:67 知略:64 政治:63


 " 坂井 右近将監(政重) "

 統率:70 武力:72 知略:66 政治:60


 信長さんは早いうちから美濃に目を向けていたのか、美濃の地理を知っている武将を多く抱えている。先見の明はさすがと言ったところか。


 ってか森さん……、俺と全然面識ない武将をいきなり連れてくるのやめてくれるかな!? 家中に知り合いが増えるのはうれしいけど!! 他家の人が来るときって準備も必要だし、なにより急に来られるとびっくりするからさぁ。


 「そこまでっ!! 勝者、津田照算!! 」


 上手く照算の猛攻を受け流していた弥五郎くんだったが、最後はそのパワーと手数に押し負け、見事に槍を吹き飛ばされた。


 「っく、負け申した……」


 悔しそうに飛ばされた槍を眺めた弥五郎くんがぽつりとそう呟く。いやぁ、照算と比べて体格で負けているのによく頑張ったと思うけどねぇ。


 細身ながらしなやかに、そして鞭を振るうかのような槍捌きは見事だった。そして負けても前を向く向上心。その精神に”あっぱれ”をあげたいよ。


 もちろん、勝者である照算も素晴らしかった。照算の薙刀はそのパワーに目が行きがちだが、一方で自分の間合いを常に保ち、緩急をつける技術もある。彼の根来仕込みの薙刀術は伊達ではない。


 「柔よく剛を制す。剛よく柔を断つ……」


 俺は二人の仕合を見て、どこかで聞いたような言葉をつい口走った。照算と弥五郎の二人の仕合は、互いに得意な力攻めや技を活かした軽快な立ち回りはあれど、柔剛一体の攻防。


 一方で先ほどの”ダブル又左衛門”の仕合では柔のみの前田犬千代利家、剛の一辺倒で戦う木全又左衛門忠澄だった。俺の感じた違いはその微妙なものだ。


 「ほぉぅ……。左近殿のげん、言い得て妙ですな」

 「俺達に足りない物はあれか……」「さすが照算殿……」


 悔し気な表情で弥五郎くんと照算を見つめた前田犬千代と木全又左衛門。若いねぇ~。


 それと俺の言葉になんだか森さんが納得と言った感じで頷いております。いや、この言葉、誰か高名な人のパ○リなんだけどな……。


 他にも周りにいた蜂屋さんや坂井(右近)さんも賛同するように話し始めた。


 「左近殿は武略に通じておるとの評判ですからなぁ」

 「岡崎城で大将を狙った眉間撃ちは見事だったとあのいくさから戻った者達が噂しておったな」


 普段信長さんや有名どころの武将をよいしょするのには慣れているんだが、逆に自分がされると妙にこそばゆいな……。これも織田家で俺の立場が確立されてきたからだと思って慣れていくしかないのかな。


 「その噂ですが、三郎五郎織田信広様の"弓本宮"がその目で見たそうでございますよ」

 「おぉぉ、太田殿はたしかあの者と親しかったな。弓達者の本宮甚九郎が言うなら本当であろう」

 「しかしかり」


 蜂屋さんと坂井(右近)さんの噂話に参加したのは太田又助(信定)さん。なんとこの人、あの『信長公記』を書いた"太田牛一"さんである。


 「太田又助、書き物が日課にていろいろ噂など集めておるのです」

 「ほぉ、書き物でございますか」

 「ええ。この前までは守護様の下でその日々についてを書いていたのですが、あの大和守の一件があり、今は三郎様の下におりまする」


 なんだか俺の周りに織田家の歴史に関わる武将がたくさん集まってきている!! 織田家に仕官したんだから当たり前だけどもっ!!


 「たしか太田又助殿は弓達者でしたな。滝川家には雑賀衆の弓自慢、雑賀孫六郎殿が居りますから勝負してみては? なぁ、左近」

 「そ、そうでございますなぁ。喜六郎様の願いであれば孫六郎も一肌脱ぎましょう」


 お兄ちゃん(信長)と同じでこの子も突飛とっぴな事をよく言うよなぁ。この兄弟に仕える俺の心労が本当にすごい。マジで。


 しかし、喜六郎くんにやってほしいと言われれば断るわけにはいかない。なんてったってこの子は織田弾正忠信秀の子で、信長さんの大事な弟なのだから。


 仕合場所とは少し離れた場所で酒をあおっていた雑賀孫六郎が急に自らの名前が話題に上がって驚いてこちらを向いたが、こればかりは仕方あるまい。是非とも頑張ってくれたまえ。


 「そうじゃ。左近も三左衛門と一勝負してはどうじゃ? 兄上自慢の"攻めの三左"と左近の仕合は面白そうじゃ」


 せっかくのお酒を俺の妻・お涼に取り上げられ、お猪口を持っていた手に代わりの弓を握らされた孫六郎。それ見て、余裕の笑みで高みの見物を決め込んでいた俺の耳に喜六郎くんの不穏な提案が聞こえてきた。


 「おぉ、喜六郎織田秀孝様がそうおっしゃるのならばぜひ。那古野での左近殿の活躍は見事でしたからな。これは楽しみじゃ。はっはっはっ」

 「げっ……。そ、それがしが三左衛門殿とですか……」


 おいおい、喜六郎くん。何てこと提案してくれちゃってるの……。俺はここの城主よ? この宴のホスト側でお祝いされるべき主賓なのよ!? どうして余興に参加しなきゃならないのよ!! お願いだから一度、お祝いの定義を考えてみてくれぇ……。


 「うむっ!! よろしくたのむぞ左近よ。兄上信長に年始の挨拶をする際の良い土産話となろうぞ」

 「は、ははっ……」


 お祝いってことでたくさんの武将が来てくれたのはうれしいけど、年始からなんだかいろいろ大変なことになってきたよ~。俺はただただ自分の城でゆっくり年始を過ごしたかっただけなのに~。とほほ……。





 

・登場武将(読み飛ばしても大丈夫です)


 " 前田 又左衛門通称(利家) "

  統率:81 武力:87(+1) 知略:56 政治:65

 ” スキル ”

 ・槍の又左(開花前):武力+1

 【テキスト】

 元服前はその粗暴さから前田家の暴れん坊と噂される。年の離れた兄・利久を慕うが文治派の兄とはタイプが真逆であることに悩む。

 初陣として参加した那古野の戦い以降、森可成や滝川一益といった家中の猛者の存在を知り、自らの行動を改めようとする。


 " 森 三左衛門(可成) "

 統率:76(+3) 武力:91(+2) 知略:72 政治:76

 " スキル "

 ・攻めの三左:統率+3、武力+2

 【テキスト】

 代々美濃守護・土岐家に仕えるも斎藤家の台頭と土岐追放で織田家に仕える。髭もじゃの強面で如何にも脳筋と言った見た目だが、頭もキレる有能武将。

 子宝に恵まれ、三男には信長の小姓として寵愛を受けたとされる森蘭丸がいる。


 " 九鬼 弥五郎(浄隆) 官位:志摩守 "

 統率:78 武力:74 知略:73 政治:70

【テキスト】

 一益に仕官先の斡旋や病弱だった自分に薬を融通してもらったことから心服している。叔父・九鬼重隆と共に長島周辺海域を掌握。九鬼海賊衆の棟梁としての頭角を現し始めた。


 " 蜂屋 兵庫頭(頼隆) "

 統率:76 武力:67 知略:64 政治:63


 " 坂井 右近将監(政重) "

 統率:70 武力:72 知略:66 政治:60


 " 太田 又助(信定) " または " 太田 牛一 "

 統率:60 武力:78 知略:64 政治:70

 【テキスト】

 織田家足軽頭・弓達者。弓の腕前を評価され織田信長の近侍衆となる。書記・官吏を務め、『信長公記』を執筆。



【 滝川家臣 】


 " 津田 照算 "

 統率:54 武力:80(+3) 知略:73 政治:70

 " 所持 "

 ・滝川式火縄銃: 武力+3

【テキスト】

 滝川家で薙刀と火縄銃を背に背負った法師姿と言えばこの男。若くして滝川家の槍衆頭目を務め、滝川一益の馬廻として用心棒をこなす。

 真面目で素直な性格。尾張津田家として津田流砲術と滝川式砲術の融合を目指している。


 “ 木全 又左衛門(忠澄) ”

 統率:63 武力:85 知略:40 政治:36

 " スキル "

 ・木全の槍(開花前):武力+1

 【テキスト】

 滝川家随一の大男。寡黙な性格だが、照算率いる槍衆でメキメキと実力を伸ばしている。その怪力で振るわれる槍捌きは一部の者から”木全の槍”と呼ばれる。照算の代わりに一益の馬廻を務めることがある。

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