第32話

 こうして私たちはカリファに亡命することができた。

 しかし、マリウスとトカロンはカリファ軍に属して、祖国ドラランドに戦うことになってしまった。


「覚悟はしていたことだ」


 マリウスが言う。


「名誉を捨て、家を捨て、国を捨てた。今はカリファの将。ドラランドを倒すことに異論も疑問も持たない」

「うん……」


 そんな簡単に割り切れることなんだろうか。

 父ロベールや兄、かつての仲間と戦場で出会ったら、殺し合いをしないといけない。

 マリウスが冷たい人間だったら、自分の立場に納得して、喜んでテオドールに忠誠を尽くして戦うだろう。

 でも違う。

 マリウスは優しい。仲間と戦うことに苦しむだろう。だから私は好きになった。


「でも、つらいよね……」

「…………」


 マリウスは一息おいてから答えた。


「メラニーと共に生きると決めたのだ。つらかろうと、それ以上に幸せだ」

「うっ……」


 思わぬ一言に心臓が飛び出そうになった。

 そんなセリフ、こんなときに言わないでほしい。

 でも嬉しかった。死ぬほど嬉しかった。


「私も戦うよ」

「メラニー!」

「ダメ! これはもう決めたことだから。マリウスだけに苦労は掛けさせない」

「しかし……」

「私たちは一心同体、一蓮托生。生きるも死ぬも一緒。マリウスが死地に入るなら、私も喜んで入る」


 死ぬほど嬉しいんだから、きっと死ぬまで戦える。

 マリウスは少し逡巡するが、決めたら変えない私に諦めたようだった。


「わかった。……我が命、メラニーに預けよう」

「うん。私の命、マリウスに預ける」


 私はマリウスの差し出した手を取った。

 そして、マリウスは私を優しく抱きしめてくれた。





 私たちはテオドール立ち会いのもと、細やかな結婚式を挙げることになった。

 それは安寧とはほど遠い、修羅への儀式。

 私たちは生きるために祖国と戦う。

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神様の花盗人 とき @tokito

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