あとがき

「龍は金弓持ち光り輝く」


 いかがだったでしょうか。この物語は、

紅艶こうえん 〜鎌売と椿売〜」

 https://kakuyomu.jp/works/16817330661631720718


 で登場した鎌売の両親が、コメントをくださる読者さまから好評だったので、馴れ初めを書いたものです。

 多津売たつめは、強さと厳しさを持った女性でした。

 上毛野君かみつけののきみの女官として仕えた自分の経験から、娘である鎌売に、女官の厳しさを覚悟しておくよう教え、迷わず己れの道を歩く強さを持つよう教えたのは、多津売たつめです。

 おかげで、鎌売は肝が座った女性へと成長します。


 そして一方、謎の武術の心得があります。自分の愛する夫の身体へ、やりたい放題、しかも絶妙の力加減で、怪我をしない安全仕様。その妙技には惚れ惚れするほどです。

 ……どこで身につけたんでしょうか?


 という事で、奈良時代のヤンキー少女になりました。



 彼女は、十四歳までは好きにして良い。十五歳になったら、女官になれ、二十一歳になったら婚姻しろ、親の敷いたレールを歩みます。

 奈良時代。

 豪族の子供が百姓ひゃくせいになる事はありませんし、百姓ひゃくせいの子供が豪族になることも、ないのです。

(家が落ちぶれた、美女が見初められた、とかはのぞくとして)


 その決められた道を、踏み外さないで歩き、生きるのが、正しいのです。

(あくまで、奈良時代は、ですよ。)

 その価値観のなかで、まっすぐ歩く覚悟を決めて、歩いている強さを、多津売たつめは持っています。


 余談になりますが、私が綴っている物語で、この、生まれに縛られない生き方をしているのは、古志加こじかだけです。

 彼女は自分で、どの職業で労働するか決め、その職業を奪われそうになると、抵抗します。


 ……と、かっこよく書きましたが、衛士たちは己で志願してるので、生まれで決まっている道を少しそれて、自由意志で職業選択をしています。


 布多未ふたみぐらいになると、もう生まれた時から、ゆくゆくは衛士団長になる事を定められていますので、他の道はないのです。

 誇りを持ち、他の道を歩くことなど考えるな、という教育を、当たり前のように親からされ、また、子供にもするようになります。

 


 これが良い、と言っているのではなく、そういう時代だ、という事です。

 男女平等、職業選択の自由。それが当たり前の思想としてある、現代に産まれて、幸せだなあ、と、しみじみ思うのです。

 



 さて、話を金弓かなゆみに。


 上毛野君かみつけののきみの上級女官は、十五歳から、二十歳まで務める。二十一歳になったら、結婚し女官を辞める。

 そういう世界なので、多津売たつめに恋した金弓かなゆみは、ずいぶん辛い五年間(と四ヶ月)を過ごさせてしまいました。

 純愛です。


 純愛が叶って、金弓は幸せです。

 では、どれくらい幸せなのか、読者の皆さまにオマケをお届けして、ご挨拶にかえます。



 ※この物語は、一話だけ、蜂蜜ひみつさまの【てんとれないうらない】のお祭りに参加しました。

 蜂蜜ひみつさま、並び、てんとれ祭に参加の読者さま、ありがとうございました。



 ここまでご覧いただき、ありがとうございました。



 ◎参考文献


 ○万葉集     岩波書店




   *   *   *




 横っ面を打ちぬかれ、宙を舞い、横倒しになった金弓かなゆみは、左頬を手で抑え、むくっと起き上がった。


「な、な、な、なに、なにす……。」


 眼の前には怒気を放ち、鬼神きしんのように立つ多津売たつめがいる。

 ……こんな時にも、この妻は、生命がみなぎり、全身から白い清浄な光を放っているように見え、美しい。


うるさいんだわ! 乳母ちおも億野麻呂おのまろの世話ができず困ってるでしょうよ!」

「ご、ごめんなさい……。」


 迫力に呑まれ、金弓は力なくそう言うしかなかった。



     *   *   *



「───というのが、父が婚姻してから、愛する妻に初めて殴られた思い出だよ、億野麻呂おのまろ。」


 億野麻呂、五歳。

 親の初めてを、いつ、いつ? と訊ねたくなる、好奇心旺盛な時期だ。なので、倚子に座った金弓は、膝に甘える億野麻呂の質問に答えてあげているのである。


「あの時の恋しい多津売たつめも、とっても綺麗だったなあ……。」

「……父上は、殴られてる時も、母刀自は綺麗だって思うの?」


 億野麻呂が、父に良く似た、くりっとした目で訊いてくる。


「そうだなあ。ふふふ。そうさ。いもは、何をしてたって、綺麗なのさ。

 それに、うるわしみおもふ(好き)多津売たつめは、世話好きで、オレのいろんな世話を焼いてくれる。たまに背中をぐりっとされるのも、オレが行き過ぎた時に止めてくれる、お世話の一環だ。

 オレは、まかなしみ(愛しい)多津売たつめがしてくれる事は、なんでも嬉しい……。」

「ふうん……。」

「億野麻呂も、大きくなったら、父のように、素敵な妻が見つかると良いな。一緒にいると、楽しいぞお。」


 金弓かなゆみはニコニコと微笑みながら、ありがたい教えを息子に授ける。

 これぞ人生の真理しんりである。


「うん、わかったぁ!」


 億野麻呂おのまろは無垢な瞳を輝かせて、大きく頷いた。




 




        ───完───

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

龍は金弓持ち光り輝く 加須 千花 @moonpost18

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ