自称「海の女神」
「まさか、ゼアが船の操縦が出来るなんて思わなかったよ。」
そう言って帆を挙げた際の縄のチェックをしながらゼアに話しかけると少し照れた様に自身の髪の毛をいじっていた。
「本で読んだ知識しかないから実践は初めてよ。まさか、趣味程度に読んでいた本の知識が役に立つなんて思っていなかった。」
話ながらも器用に舵を取る姿はとても楽しそうで彼女が元から海に興味があった事が伺えた。
楽しそうに話す姿に嬉しくもあり、そして悲しくもあった。
港町で海を見ながら話した時の表情から察するに海への憧れと同時に諦めの気持ちのあったのだろう。
(海に行くことが無いと分かりながらどんな気持ちで本を読んでいたんだろう……?)
与えられた分と同じくらいゼアを形成するはずだった何かが奪われている様な気がしてやるせない気持ちになる。
(でも、私には見ている事しか出来ない)
ゼアの奪われた形成する物を取り戻すことは出来ないし、無責任に逃げていいなんて地獄に共に落ちると決めた私は絶対に言ってはいけないのだ。
そんな事を考えているとアクアリオとエゴケロスがこちらに向かって来ていた。
心なしか顔が強張っている気がして気持ちを切り替えて二人に向き直った。
「2人ともどうしたの? 」
私の言葉に反応したのはアクアリオだった。
「理の中に入った。」
私とゼアはその言葉だけで彼らの言いたいことが伝わった。
ゼアは操縦をしている為、彼女の聞きたいことが耳に入るようになるべく大きな声で話しかけた。
「スコルピオスじゃないよね? 新しい魔石の反応があるって認識でまちがっていないかしら。」
私の言葉にアクアリオはこくりと頷いた。つまり、スコルピオスを倒す前に違う魔石の試練が待ち構えているという事だ。しかも、なるべく温存しておきたいって事以上に万が一の場合を考えると海の上だと逃げ場がない。
「私達の負けが決まった時のスコルピオスの脱出みたいには出来たりする? 」
そう言うとアクアリオは苦い顔をした。
「この海を縄張り扱いしてる、僕が言えるのはこれだけだよ。」
つまりこの海を支配しているってことをアクアリオは言いたいのだろう。しかも彼の表情から察するに試練をここで行った時に立て直しの為の逃走を見逃がしてくれる可能性は低い相手なのだろう。
アクアリオと同じ属性って事だと思うけど性質はなんだろうと考えていると突然ゴゴゴゴゴゴゴと大きな音と主に目の前に大きな渦潮が現れた。
その渦の中から現れたのは人魚の姿をした美しい少女だった。
ゼアが絶世の美少女と表すなら彼女は触れたら消えてしまいそうな容姿の美少女だった。水で出来た衣を羽織っていてその姿が儚さをより強調していた。
思わず見惚れていると彼女は歌いだしたのでゼアと私の耳に音波を遮断する魔術をかけると急に音が聞こえなくなったことでゼアが慌ててこちらを見てきた。
私は自分に指差しをして音を消したと主張すれば安心したのか舵をエゴケロスに任せてこちらに近寄ってきた。
暫く様子を見ていると口が動かなくなったので魔術を解いて音が聞こえるようになった。
その事に気づいたゼアは私に小声で話しかけてきた。
「私達が魔石って認識できるって事は自分から姿を解いたって事? 何が目的だと思う? 」
「分からない……。でも、洗脳系を使うとしたら今の状況は悪くはないよ。」
良くも無いけどねと付け加えて彼女に向き直った。
脳の干渉は魔力コントロールが難しいのでダイレクトに脳に伝わる音を使って行われることが多い。しかも魔力を込めて調律した楽器の魔法具が殆どである。
元々、魔力を練り上げる感じがしたので何をしてくるか様子を見ていたらまさか歌いだすとは思わなかったので慌てて遮断魔術を使ったのだ。
「今のところ私には影響が出てないけどゼアは平気? 少し聞いてしまったけど症状が出てないから私達への干渉の可能性は低いけど、相手は人智を越えた存在だもの。何が起こったって不思議じゃないわ。」
そんな事を言っているとまた大きな音と共に渦潮が数個出来上がっていてその中から巨大な生物が彼女に付き従うように出てきた。
そんな彼らの姿に満足したのかニコリと微笑んでから口を開いた。
「よく聞くがいい、下等生物!! 妾は『海の女神イフシエス』!! 妾を石にしたくばこ奴らを全て倒して見せろ。出来なければこ奴らの今日の餌になるだけじゃ!!」
見た目と話し方のギャップに驚いているとアクアリオがイフシエスに話しかけていた。
「自称『海の女神』とか痛すぎるんだけど。しかも試練内容が下僕を全員倒せなんて自分が偉いとか思ってるんだったら可哀そうすぎ。変異がそんなところに影響するんだね。」
こうならなくて良かったーなんて彼女に言っているけれど、私からしたら最初の印象は彼女とあんまり変わらない。
そんな事を思っているとゼアがアクアリオに向かって何とも言えないような表情をしていたので恐らくは私と同じ気持ちなのだろう。
何とも締まらない感じがしたけど、要は彼女の後ろに居る使い魔を倒せというこれまでより単純な試練となっていたので私とゼアが武器を構えるとイフシエスは待ったをかけた。
「試練を行うのはそこの貧相な魔術師じゃ。」
その言葉が癇に障ったのかゼアがイフシエスを睨みつけた。
「理由はなんだ、納得できるものなんだろうな? 」
ゼアがそう言うとフフフと嗤って余興じゃと話した。
「理由はこ奴が一番弱そうだからじゃ。妾は人間の無様を晒す姿が何よりも娯楽なのじゃ。精々、妾を愉しませて見せよ。」
その言葉にゼアが切りかかろうと剣を握ろうとすれば剣が手から弾かれていた。
「試練は妾が決める。邪魔など無粋な真似はよせ。」
イフシエスの言葉にゼアの怒りに拍車がかかり血管の一本や二本が切れそうな勢いだったのを見てアクアリオの時のデジャヴ感をひしひしと感じていた。
このままではゼアの精神衛生上良くないので早く取り掛かろうとイフシエスに声をかけた。
「もう『この状態』から試練を始めても構わないの? 」
そう言うと彼女は美しく笑ったが話した内容は美しくなかった。
「妾の許可なしに話をするなど……。まぁ、良い。無様に足掻き命を散らして行け。」
彼女の声が合図となり複数の彼女の使い魔が私に襲い掛かると同時に私は杖を一振りした。
すると、彼らを覆いつくすような大きな炎が現れて暫くすると全員を焼き尽くしてしまった。
この展開は予想外だったのかさっきまでの余裕ある態度が無くなっていた。
「さぁ、この展開がお望みでしょう? 大嘘つきさん? 」
inhuman 霜月かつお @emi_1012
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