2章 砂漠の最果てに至るまでの時

初航海、前途多難?

動き出してからしばらくして私はあることに気が付いた。


「ねぇ、エゴケロス。理が歪んでいる範囲って分かったりするの? 」


そう言うと大体なら分かるよと返事が返ってきた。


「あと5分もしない内に理の外を出るけど……それがどうかしたの? 」


「あと5分?!」


 エゴケロスの言葉に突然焦りだした私を見てみんな驚いていた。いや、この事をすっかり忘れてた私にも非があるのでどうしようもない。


「人が死んでいないって事実を理で歪めているならそれが及ばないところにまで来てしまった時は此処に乗っている船員はどうなるの!? 」


 アクアリオとエゴケロスは言いたい事を理解してくれたけどゼアは良く分かっていない様な表情を浮かべていた。話が勝手に進んでいるのがお気に召さなかったのかゼアがムッとこちらを見つめていたので急いで状況を説明することにした。


「今はエゴケロスとソクトティスが理をエヴィエニス全域まで歪めていたけど、此処から先は国外になる。理から外れたら歪めた事実が無かったことになって『町が消えた』事実が残ってしまう。そして此処には私達以外はスコルピオスによって死んだ人ばかりが乗っているわ。」


そう、つまり何が言いたいかというと----


「あと5分もしない内にこの船には私達しか残らないという事よ!! 」


(迂闊だった。砂漠越えの事しか考えてなくてこうなる事を予測できなかったなんて! )


 船の操縦は皆の様子を見る限りだと覚えがないだろうし、そもそもこの船だって理の外を抜けてしまったらどうなるかもわかったものじゃない。

 そんな事を考えているとふと違和感に気が付いた。さっきまでガヤガヤと騒がしかったのがしんと静まり返っていた。


「嘘!? もう理の歪みから抜けてしまったの!? 」


 それと同時にバキバキと音がし始めてこの船が壊れている事を理解した。どうやら船の操縦よりも先に船自身をどうにかしなければならないようだった。


「どうしよう……、魔術で船を直していたら間に合わない……っ!」


 どうすることが最善か考えていると突然ゴゴゴゴゴゴゴと大きな音が足元から聞こえてきたので慌てて乗り出して海をみると船の周りの水がうねりをあげていた。

 

 こんな事が出来るのは一人しか思い浮かばないので彼を見ると海に向かって手を向けていた。私の視線に気が付いたようで話しかけてきた。


「ちょうどいいや、其処の手すりに捕まっていなよ。他の二人も早く手すりに捕まって! 振り落とされても知らないからね!!」


 そういうとアクアリオは勢いをつけて手を上に振り上げると同時に船の周りの水が押し上げられた。必然的に船も上に上がってさっきまでの、船の壊れる音がしなくなった。安心感もあったけど、それよりも先程の船が上がっていくスピードの速さと揺れの大きさに大声で叫んでしまったから少し酸欠気味になってしまった。


「し、死んでしまうかと思ったわ……。まさかとは思うけどこのままプラネテス砂漠まで行くつもりなの? 」


 フラフラと立ち上がった私を心配してゼアが駆けつけてくれたけど、アクアリオは少し小馬鹿にしたような態度だった。


「こんな揺れで騒いでいたらスコルピオスなんて倒せないよ? それにこのまま進むわけないじゃん、さっきの衝撃で考える頭も落としちゃった? 」


小生意気な態度だけど、言っている事は間違っていないのでぐうの音も出ずがっくりと落ち込んでいるとゼアが私を抱きかかえたままアクアリオに話しかけていた。


「ここぞとばかりにハンナに構って貰おうとして言っていると思うが、逆効果だぞ? 構って欲しいのなら私の様にハンナを心配したらどうだ?」


 出来ないだろうがなとアクアリオに見せつけるように私を抱えなおしていたけど二人の会話に入っていけずにどうしようか考えていた。


(かなり論点がズレている様な気がするんだけど……)


 そこだけでも訂正したくてアクアリオを見たら、なんと彼は顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。


「違うから!! 勘違いしないでよね!!っていうか僕だって心配くらいはしたから!! 」


「あ、うん。わかっているよ? 」


だから心配しないでと言えばアクアリオは言葉を詰まらせていてその状態にゼアはフッと笑った。


「素直じゃないやつだ、折角の機会を逃すなんて。」


(とても8歳の女の子から出てくる言葉じゃないんだよなぁ……)


二人の会話に何とも言えない気持ちになっていればエゴケロスが苦笑いを浮かべながらこちらにやってきた。


「さっきより顔色が良くなったみたいで安心したよ。……さて、話を戻すけどアクアリオがこのまま僕の指示通りに船を動かす事は可能だけど彼には出来る限り万全の態勢でいてほしいと思っている。それはハンナだって同じでだろう? 」


 エゴケロスの言う通りだ。プラネテス砂漠についたら恐らく彼の力を頼る場面が多くなるだろう。旅の時の水源になってもらい、特に私とゼアがスコルピオスを倒す時は多く頼ることになってしまうかも知れないと思っている。


(アクアリオとは違う本当の命のやり取りになると思う。その時に私達でどこまで人智を超えた存在に太刀打ちできるのかしら……)


 アクアリオにはいざとなった時、仕切り直すために私達を運びながら脱出してもらう事になっている。倒れた私達を運びながら脱出するのにスコルピオスを相手取る確率はほぼ百パーセントと思っていた方が良い。


 そんな理由がある為、彼には杞憂かも知れないけど余り魔力を消耗して欲しくは無い。そんな事を考えていると今度はエゴケロスが船に向かって手を振りかざした。


「前も言ったと思うけど僕の属性は『土』。本当は鉱石とかを操る方が得意なんだけどこれくらいなら大丈夫だよ。」


 そう言い終わると半壊に近かった船がみるみるうちに元の状態に戻った。いや、よく見ると修復の為の魔術以外も使われていたので前よりもパワーアップしていた。


「守りの魔術をこの船に使ったからどんな嵐が来ても壊れないよ。さぁ、ハンナとゼアには船を動かしてもらわないとね。」


 まるで家にある小物でも直したかのように言うけれど彼がやった魔術がどれほど凄いのかは魔術師である私には痛いほど良く分かって、彼が人智を超えた存在だと改めて思った。

 

 そして、この状況を見てアクアリオ達が慌てていなかったことにようやく納得した。初めから彼らはこうするつもりだったのだ。


(それなのに一人で騒いでしまって恥ずかしいわ……)



 一人で突っ走ってしまった事を反省しているとあることが解決していないことに気が付いた。



「いや、私達は船の操縦なんて出来ないんだってば!! 」



どうやら安心するのはもう少し先になりそうだった。

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