引き返せない道を進む貴方に誓いを

朝からガヤガヤと港は活気に溢れていた。

そんな風景を眺めながら船着き場を目指して歩いているとエゴケロスが間に合ったんだねと声をかけてきた。


「正直、出立は早くても5日後かと思っていたんだ。なんて言ったって約一月分の食料や備品を集めないといけなかったから。」


「食料はともかく備品は私が作るからね。これでも魔法具作りは得意なんだよ。」


そう言って胸を張るとアクアリオが呆れた顔をしてこちらを見ていた。


「よく言うよ、その備品の調達に僕達を馬車馬の様にこき使ったくせに。おかげでクタクタなんだけど? 」


そう言って手をプラプラとさせていたけど、エゴケロスとゼアに窘められていた。


「役割分担というものだ。家に居たってハンナの邪魔にしかならないのだから買い出しに行く方が効率的だろう。時間は無限にあるわけじゃないのだから。」


「まぁ、良いじゃないか。色々な物を買えて僕は楽しかったよ。」


そんな二人の主張にアクアリオは肩を落とした。どうやら自分に分が悪いことを察したようだ。


「この時ばかりはクリーオスが羨ましいと思ったよ。……それよりもお前は魔石に戻らないの? ……魔石に戻ったら変異が止まるんでしょ。」


確かにアクアリオの言う通り、エゴケロスは魔石に戻っていないから感情の暴走を起こしかねない状態だ。でも、彼は魔石に戻る事は無かった。


「皆が言いたいことは分かっているよ。僕の今の状態はハンナ達にとって余り良い状態じゃない。だから、これは僕の我儘なんだ。」


彼から我儘という言葉を聞いて感情があるというのは本当なんだと改めて思った。彼はメリットよりも自分のしたいことを貫いたのだから。クリーオスでは同じ状況になってもこうはならないだろう。


「ハンナも色々とありがとうね。特にこの服はとても気に入っているよ。」


そう言ってくるっと一回見せつけるように回って見せた。どうやら自分で買ってきた服はお気に召したらしい。

エゴケロスだけでなく私達は服を新しく買い替えた。今まで来ていた服も勿論良かったけど砂漠に行くのに適していないと思って買い替えを決めたのだ。


皆大きなローブをまとっているけれど中にはそれぞれ動きやすさ重視の服を買ってきており、そこでみんなの服の好みが分かって楽しかったのはいい思い出だ。


「もうすぐで出向時間だけど忘れ物は無い? 」


そう皆の方を見て気が付いた。----ゼアが居ない。


その事に気づいた皆は慌てて辺りを見回し始め、アクアリオは信じられないと言って怒っていた。


「さっきまで一緒に居たじゃん! 普通こんな短時間で迷子になったりする!? 」


怒っているアクアリオに身が笑いを浮かべていると少し離れたことろにゼアを見つけたがその光景は非常にまずいものだった。


「ゼアが手前の裏道に入っていった!! 男の人の腕も見えたから引きずり込まれたのかもしれない!! 」


その言葉に反応して動いたのはアクアリオだった。その表情は怒りに満ちていて誤って人を殺してしまいそうな雰囲気を醸し出していた。


(しまった!! この手の話題はアクアリオには禁句だった)


慌てて追いかけるけど思いのほか彼が走るスピードが早くてどんどんと引き離されていく。そんな私を気を使ってかは分からないけどエゴケロスは私と同じスピードで走ってくれた。


「言い忘れてたけど、この周辺の男性は気性が荒い。ハンナも僕達から余り離れない方が良いよ。」


此処へ来てからそんな事がなかったので驚いているとエゴケロスは少し困った顔をして話しかけた。


「ハンナ達が居た場所は比較的に治安がいい場所だったからね。旅を続けるならそこも配慮しないといけないよ。」


「肝に銘じます。」


そうして話しているうちにアクアリオは裏道に入っていった。どうか無事でありますようにと願った。----ゼアを襲おうとした犯人に。


やっと裏道に入ると其処には棒立ちのままのアクアリオと倒れた男性の上に座るゼアが居た。


(やっぱりこうなっていたわね)


ヒュドールの領主様への対応を見てたのもあり、ゼア自身は男性に後れを取るとは思っていなかった。だけど、男性への対応がどうなるか見当がつかなかったのだ。

ゼアは悪いことをした人に対して容赦がない。もしかしたら腕の骨くらいは折ってしまっているんじゃないかと心配していた。


「ゼア、怪我はない? その……無事かな? 」


私の言いたいことをくみ取ったゼアは私を見てこくりと頷いた。良かった、外傷は負わせてないみたいだ。


「もうすぐで出航なのに問題を起こすわけがないでしょ? 」


ゼアはぷくっと頬を膨らませて心外ですといった表情を浮かべていて私は胸をなでおろしたけど、アクアリオは納得していなかった。


「こいつを許すの? 」


「最初から力でねじ伏せようとしたからそれ以上の力で返してやった。こいつをそこの縄で括り付けて治安部隊に渡せばこの話は終わりだ。」


真っ直ぐにアクアリオを見つめるゼアに言うことが無くなってしまったのかグッと手に力を入れて黙り込んでしまった。




あの後近くの保安部隊に男の身柄を渡して船着き場に到着する頃には船が出る時間が迫っていた。


皆で船に乗るための階段を上がり買ってきた券を見せてからゼアを先頭にして船に乗って行く。全員が乗った後に階段を外されたのでどうやら私達が最後だったようだ。


(この国に戻ってくることは出来るかしら……)


船に乗ってしまえば当たり前だけど国を出ることになる。砂漠越えが一か月、そこからアウルムに行って魔石を探していたら早くても半年は帰ってこれない可能性が高い。いいえ、もしかしたら年単位になってしまう可能性だってある。


(大前提に砂漠に居る大きなサソリを倒さないといけないわ)


そう考えていると船員が「錨を挙げろ! 」と大きな声で言った後、他の船員が出航の準備をしていた。錨を挙げる姿を見て引き返す事は出来ないと肌で感じてしまった。そんな事を考えているとゼアがこちらに来ていた。


「怖い? でも、動き出してしまうから引き返せないよ。」


その言葉が船の事を言っていないと分かった。確かに不安が無いわけじゃない。

でも、不思議と怖くなかった。


きっとそれは今横に居るゼアの存在が大きいのだと思う。


「怖くないよ。不安は多いけどね。」


「私が居る、どんなことがあっても守って見せる。」


そう言ってゼアは剣を抜いて私に渡そうとしていた。


「えっ!? 私剣なんて持ったことないよ!? 」


「ハンナだと剣の重さでしっかりと持てないと思うから魔術で剣を軽くしてくれない?」


「話を聞いて!? 」


私は言われるままゼアの言う通り魔術で剣を軽くして持った。正直言って剣を持つのは凄く怖い。そうしていると何とゼアが跪いていたので慌てて立たせようとした。


その行動に何をしようとしているのか分かってしまったから。


「騎士の誓いを私にしたら駄目だよ!! 」


本来であればゼアがこれを行うのは国王陛下のみだ。ゼアは国に誓いを立てるべき人なのにと考えているとアクアリオ達がこちらに来ていた。


「いいじゃん、やってもらいなよ。ここら辺は僕の魔術で少しの間だけ見えない様にしてるからさ。」


アクアリオが味方でないのを悟って今度はエゴケロスの方を見た。


「僕も見てみたいな。……それにゼアがやろうとしている事はハンナを守る証明だと思うんだけど違うかな? 」


その言葉に跪いたままゼアは何も返さない。これはエゴケロスの言う通りゼアが考えた私への誠意の証明なんだ。


(そう言われたら答えないわけにはいかないじゃない)


剣を持ち、深く深呼吸をしてゼアの前に立つ。ゼアは私を見てから微笑んで首を垂れた。気が付くともう手は震えていなかった。


しっかりと握り直し、剣の平をゼアの両肩を一回ずつ軽く叩いた。それを感じたゼアは今度は仰々しく私から剣を受け取り鞘に戻した。


怪我をさせることなく終わってほっとしているとエゴケロスは何やら興奮していた。


「凄くかっこよかったよ! あの光景は絵になっても可笑しくないくらい素敵だった!! 」


それにつられてアクアリオも話し出した。


「まぁ、悪くなかったんじゃないの?」


素直に良かったと言えばいいのにとエゴケロスにからかわれているのを横目にみているとゼアが話しかけてきた。


「私達はもう引き返せないし、一緒に地獄に落ちてしまうような出来事だってあるかも知れない。それでも、その時までは私がハンナを守るよ。」


(8歳の女の子にこんな事を言わせてしまって情けないわ)


私だってゼアを守る覚悟くらいとっくに出来ている。ゼアの様な証明の仕方は私には出来ないけれど伝えなければと思った。


「私もゼアと同じ気持ちだよ。頼りないかもしれないけど私だってゼアを守りたいと思っているんだからね。」


そういうと勢いよく抱き着いてきた。ゼアを支えるだけの力も無く、体格差もあって私は後ろに倒れ込んでしまった。


「もうずっと私はハンナに守られているよ。」



その呟きは風に乗って私の元には届かなかった。











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