第2話 音を失った少女

ーー少し過去に遡るーー


 私は、家に押し込んで来た人間に、両親を目の前で惨殺されて、お兄ちゃんと一緒に誘拐された。



 何日もかけて、連れて行かれた先で、彼らに逆らったお兄ちゃんまで、私の目の前で殺された。



「ああ……お、い、ぃあ、ん……」



 そのショックで私は、音と声を失った。


 何も聞きたくない。


 何も話したくない。


 そんな想いが、そうさせたのかも知れない。


 これが、夢だったら良いのに……なんて、何度思った事か……。


 しかし、現実は残酷だった。



『商品をひとつ壊しちまったな……まあ、まだひとつあるから良いか。 それにしても、金が入ったらとんずらしてやろうかなぁ』


『獣人族の女だし、少しくらいは良い金になるだろう。 あれ? こいつが居なければ、分け前とか要らなくね?』



 何これ!?


 私、音は聞こえない筈なのに!


 バララララララ!!


 魔導式機関銃の振動が空気を伝う。


 っ!?


 いや! うそ!?


 目の前の男が、私の隣りに居るもう一人の男を撃ち殺した。


 血しぶきが飛んで、隣りに居た私の顔にかかる。


 音は聞こえないけど、私の心を塞ぐには十分な恐怖だった。



『へへへ、これでコイツの売り上げは俺ひとりのもんだ!』



 いや!


 聞きたくないのに!


 耳を塞いでも頭に入ってくる!


 いやだ!


 私の頭の中から出て行って!



『さあ、早くコイツを金に変えなきゃなぁ』



 頭に入ってくる不可解な声に困惑していたが、落ち着くとそれが人の心の声だと気付くには時間はかからなかった。



 間もなく、私は手縄をされて、どこかへ連れ出された。



 とても大きな街だ。


 頭の中に大勢の人の心の声が流れて込んで来る。


 毎日のように街頭に立たされた。


 何人もの男が私を見回しては首を振って帰って行く。


 きっと私の耳が聞こえない所為だろう。



『なんだ、耳が聞こえないとか、甚振いたぶり甲斐がねえじゃねえか……』



 実際に男たちの心の声はそれを物語っていた。



『ちょっと値段をふっかけ過ぎたか? もうひと月も売れ残ってやがる。

 歓楽街へ売るのは簡単だが、足元見られて安く買い叩かれるからなぁ。

 かと言って最近痩せこけて来やがったし……まあ、餌もろくなもん食わせてねえからなぁ……商品価値が下がる前に歓楽街へ売り飛ばすしかねえな……』



 翌日、私は手縄を布で隠されて男に引っ張られて歩いていた。


 歩いている途中、男は他の男にぶつかって、凄い剣幕で何か言っている。



『くっそ、こいつぶっ殺すぞ! 俺ぁ急いでんだ!』


『なんだこの野郎、ぶつかって来たのはこの野郎の方なのに言いがかりつけやがって!』



 ……。



『あ〜あ、この街は本当にろくな奴居ねえなぁ。 もう都会の喧騒から離れて、どこか遠くで静かに暮らしたいよな……』



 っ!?


 この人!!


ーーこの人だと、そう思ったーー


 咄嗟にその声の主の男の足元にしがみついた!!


 必死にしがみついた。


 手を離したら、もう助からないと思ったから。


 手を離さなければ、この人が何とかしてくれそうな気がしたから。



「ああ……うぅ、……え、えぇ……」



 助けて!


 お願いします! 助けてください!


 声!


 私の声!


 お願いだから、この人に届いて!



『どうしてこんなに震えてるんだ? しかし、それにしても臭ぇなぁ……』



 あぁ……ダメ……かな?


 あの男がこの人に凄い剣幕で話しかけて来た。



『おっと、何だコイツ? この子が商品? ふざけやがって! これだからこの街は!』



 ……そう! その人、悪い人!!



『くっそ! 何か面倒なヤツに……くっそ! いや待て? コイツ目ぇ見えてねえな?』



 えっ!? 目が!?


 そんな……。


 ギン! ギャリギャリ……。


 悪党の攻撃を小さなナイフで受けた?


 え!? え!?


 見えてる?


 見えてない?


『あぁ、ガタガタうるせえ奴だ。 とっととお引取り願おうか。 まあ、こう言う輩は金目のモノには目がないだろうからな』



 ジャラリ……。


 凄く大きな石の付いたペンダント……。


 私なんかの為に、あんな高価そうなモノを……。


 おじさん、ごめん!


 私、助かったら、何だってするから!


 ……私は卑怯だ。


 自分が助かりたい為に、人を出しにする。


 ……でも、怖いもん。


 もう、あの男のところになんて戻りたくないもん!


 いっそ死んで、家族のところに行く方が、ずっとマシだもん!



『あのガキか、あの男の持ってる石か……えっ!? あの石、デケェなおい!? あれがモノホンなら相当な金になるぜ……どうする? どうする俺?』


『迷ってるな、まあ、コイツは石を選ぶだろうさ。 こんなヤツにくれてやるには惜しいが仕方あるまい。 この子の将来を買うならそれくらい安いってもんだ……まあ、コレには思い入れもあるんだがな……』



 おじさん……。


 私の為なんかの為に、大切な思い出を……。


 おじさん……ごめんなさい。


 あっ……。


 石を受け取った男は、人ごみの中に消えて行った。



『やれやれ、行ったか……戻ってくんなよ?』



 ……助かった。


 私、助かった!


 おじさん、ありがとう!


 私、おじさんの為なら……



『さあ、どこへでも行くと良い。 もう、お前はもう、自由なんだぜ?』



 えっ!?


 え、嫌だよ!?


 おじさん?



『俺にはもう、お前を育てる金も無くなったところだ。 どこへでも行っちまいなよ、な?』



 私、離れない!


 お願いだから、おじさん!


 私、どこへでも行くから、連れてって!!



『コイツ……耳が聞こえねぇ……のか?』



 うん……聞こえない。


 やっぱり聞こえないと、おじさんも私は要らない?


 私は、要らない子?


 おじさんの心の声なら聞こえてるけど、それじゃあダメかな?



『聞こえん……のか……仕方ねぇなぁ……』



 嫌だ!


 お願い!


 私を!


 連れてってください!



「うえぇっえ、うぁ、あい!」



 届け!


 届け!


 私のせいいっぱいの声!


 このおじさんに!


 届け!



ーーポン!ーー



 グシャグシャ……。


 温かい。


 大きな手。


 おじさんの手……。



『……耳が……こんなところに……獣人族、なのか? まあ、猫でも拾ったと思って連れてくか……俺も今日からだしな』



 ……なんか複雑。



 え!? うわっ!?


 突然おじさんに抱え上げられて、脇に抱えられた。


 雑っ!? 


『うっ……やっぱり臭えな……。 何処かで洗うか……。 あ、俺もだな……こりゃ』


 あ! 私、臭いんだった!


 おじさん、ごめんなさい!


 おろしてくれて、大丈夫だから!


 いや、どちらかと言うと、おろしてください!


 恥ずかしいから!!


 あ!!


 そんなところを匂わないで〜〜!!


 いや〜〜!!



 そんな私の気持ちなんて知る由もなく、おじさんは私を抱えてどんどん進んで行く。



 街から外れてけっこう歩いたけど、いったいどこに……あ、川が見えて来た!?


 え、まさか?


 川沿いに歩き出した!?


 滝壺!?


 まさかホントに?



 バサッ!!



 服を持ち上げられたと思ったら! 奪われた!?



 私の服を返して〜〜!!


 えっ!? やだ! 私の身体をどうしようって言うあああ゙ア゙ァ゙ぁ゙ァ゙ぁ゙あ゙ア゙ァ゙ぁ゙ァ゙ぁ゙あ゙!!



 ザボン!



 こんなか弱き乙女を、滝壺に投げ捨てるだなんて!


 おじさん!? え? えっ?



『さぁて! 洗うとするかぁ』



 え〜〜〜〜〜〜〜!?


 おじさんも素っ裸!? み、見えちゃイケないところが見えてるからっ!!


 ち、近付いたらダメ! ダメだから! それ以上はあぁぁああぁぁあああ!!


 ザボン!

 水の中に押し込められる。


 私の細くて小さな身体では、抵抗するすべもなく、されるがままに隅々まで身体を洗われて行く。


 頭をワシャワシャと大きな手でかき撫でるように。


 耳もクシュクシュと丁寧に穴までしっかりと。


 手足はタオルでゴシゴシと擦って垢を丁寧に落として行く。


 そのまま身体もタオルでゴシゴシゴシゴシ。


 あ、尻尾はそんなに強く握らないでください! 案外デリケートなところですから!


 やっぱりソコも洗うのですね……私のお尻や、最も女性らしい部分……。 必至の抵抗も虚しく……。


 ーー!? ーー!?


『ん? ナニが……無い!? これは……うわあっっ!』



 ドボン!



 ……また、放り投げられた。


 まあ? 私の事、女だと思ってなかったんだよね……おじさんは悪くないんだよ。



『女……だったのか……こりゃあ、嫌われたな。 確実に』



 ごめんね? 私の事、綺麗に洗ってくれたのにね。


 ちょっと恥ずかしかっただけで、嫌ってなんかないよ?


 逆におじさんをはずかしめちゃった。 おじさんに嫌われないように、しっかりと洗っておこう。


 服も綺麗にしておかないと、臭いもんね。 それにしても……これはもう服と言うよりボロキレだね。


 おじさん、目が見えないのに火起こししてる。 器用だなぁ……見る見る火が大きくなって行く。


 そして、どんどん服を棒に通して干していく。


『早く乾くと良いが……あ、さすがにフリーはマズいわな。 ……うわっ! パンツ冷てぇ! んで、キモい……まあ、仕方ねえか』


 パ、パンツ濡れてるのに……私の事気を遣ってくれてるんだよね。 私の事なんか、気にしなくて良いのに……。



 優しい。



 本当に。



 優しいな。



 服を乾かす間の沈黙が続く。 まあ、もともと会話は出来ないのだけれど。


 話せたら……良いのにな。


 うん、お話、したいな?



『……このまま心を開いてくれなければお別れだな』



 え? 


 違う!!


 違うよ!?


 おじさん!!


 私のこと、見捨てないで!?


 なりふり構わず、私はおじさんの元へ駆けつけて、大きな背中にギュッとしがみついた!


 ぎゅうぅ……。


 精一杯の力を絞り出す。


 お願いします。


 見捨てないでください。


 おじさん……。


 おじさんの首に回した手を、そっと握りしめてくれる。


 え、違う。


 手を解いたんだ!


 嫌だ!


 離れたくない!!


 え?


 あ!?


 ああ……おじさんのシャツ。



『風邪、引くといけないからな……これで少しはマシだろう』



 温かい。


 この人は本当に。


 温かい人だ。


 ずっと一緒に居たいな。


 居れたら良いな。


 おじさんが私を膝の上に乗せて、背中を温めてくれる。


 なんて……。


 なんて大きな。


 なんて暖かい。


 素敵なおじさん。



『人の体温て……こんなに温かいのな……』



 おじさん?


 おじさんも人の温もりが欲しいのかな?


 人の温もりって。



「あぁあ、いぇ……」



ーー温かいねーー



 おじさん♪

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光の無い世界と音の無い世界(仮) かごのぼっち @dark-unknown

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