第4話 癒やしてくれるのは愛犬だけ
土曜日。
昨日山田さんを送って自宅に着いた後、彼女の発言が何かの間違いだったのだろうと忘れるために強めの酒を飲んだため大分二日酔い。
頭痛い。何もしたくない。
携帯で時刻を確認すると午前もそろそろ終わる頃。
このまま今日はダラダラしたいなぁと考えていると握っていた携帯から着信が入る。
『橘 詩音』
あ。
掛けてきた相手の名前がディスプレイに表示されたことで忘れていた用事を思い出してしまった。
『あー。もしもし。』
『ねぇ?いつ来んの?』
若干、いや大分機嫌の悪い女の子の声が耳に入る。
『実は今起きたばかりで…。2時間後とか、になるかも。』
『は?』
怖い。
『すみません。急ぎます。』
『はよ。』
言うと同時に通話も切られる。めっちゃ怒ってる。
掛けてきたのは姪っ子の詩音。
姉貴の子供で今年で小4になる。
以前に、そろそろ実家に顔を出せと言われたときに伝えた日が今日なのを完全に忘れてた。
姉貴に似てとても短気な姪っ子は待たされることがピーマンと同じくらい大嫌い。
以前に待たせたときは一日中買い物&財布要員として付き合わされた。
…教育どうなってんだ、姉貴。言えないけど。
詫びの品を持参することを心の中のToDoにメモリつつ外出の準備をする。
実家までは電車とバスで約1時間半。
電車からバスに乗り換え、揺られている車内で仕事の連絡確認をしていなかったことに気付いてしまった。
あー、、夜でいっか。
そもそも休日に連絡してこないでくださいなのだ。
休日なんだから皆休もうよ、ね。
治りつつあった二日酔いの頭痛とはまた違う頭痛を抱えた頃、目的地にバスが到着する。
バス停の近くにある和菓子屋で適当に選び、いざ我が家のマンションに辿り着く。
インターフォンを押すとノールックパス。
無言で共用玄関が開く。
…まだ怒ってる?不用心だよ?
家の扉を開くと元気な足音がパタパタとこちらに向かってくるのが分かった。
「ワン!」
決して姪っ子と特殊なプレイをしているわけではない。
実家で飼っているウエストハイランドホワイトテリア。
1歳になる実家の愛犬ゼロが元気いっぱいに俺の胸に飛び込んでくる。
白い毛並みと愛らしい瞳に癒やされつつ、存分に愛でる。
本当にお前はどこかの姪っ子と違ってかわいいのう。
「遅いから。」
どこかの姪っ子も着いてきたよう。
「ごめん。」
「また仕事?」
「いや、ちょっと会社の飲み会。」
「キモ。早く入りなよ。いつまで玄関いんの。」
なんでそんな簡単にキモなんて言うの?キモくはないだろ。
「お邪魔します。」
靴を脱ぎ、廊下の先に立つ詩音に続こうとしたが彼女が足を止めていることに気付く。
「?」
「ただいま、でしょ。」
その目に言わないと通しませんという圧を感じる。
まぁ確かに。言い直すのは若干恥ずかしいが…。
「ただいま。」
「はい。お帰り。」
リビングに入ると、ダイニングテーブルに腰掛けている母親が振り向く。
「お帰り、慎也。」
「うん。ただいま。」
我が偉大なる母はその優しそうな笑顔で俺を認めたあと、細い目を少し開いた。
「また痩せた?」
「うーん?いや、分からん。そうかも。」
「あんまり無茶しないでよ?」
「分かってるって。ちょっと落ち着いたから顔出せたんだし。」
先週までだったら確実に来れていなかった。
「元気は…なさそうだけど生きてて安心した。」
…ハードル低いな、俺の安否確認。
「あれ、姉貴は?」
「父さんとデート。」
答えたのは詩音。
本当に何年経ってもラブラブ夫婦だ。
それにしても、なるほど。置いていかれたのか。可哀想に。
「…なに?」
姪っ子の頭を無言で撫でる。
叔父ちゃんに甘えたかったのかい?
「…撫で過ぎだったの!」
頭においた手が払いのけられる。…反抗期?
「てか、早く。」
はいはい。
俺が実家に呼ばれる時は大体姪っ子の相手。
今回の種目は大人気対戦ゲームス◯ブラ。
コントローラー片手に早く準備しろと急かされる。
手提げからマイコントローラーを取り出す。
「相手してやろう。かかってきなさい。」
約2時間後。
ボコボコにされた。
何故だ。こちらの動きを完全に読まれている。
復帰阻止で何度も地の底に叩き落された。
得意げにこちらを見る詩音。
「ざぁこ。」
クッ。何か目覚めてはいけない扉の前に立たされている感覚。
「…やるじゃん。」
今回ばかりは完敗。
小4にボコボコにされる屈辱が胸に染みる。
「もっと練習しなよ。」
…次あった時は覚えてろよ。
「慎也ー。今日ご飯食べてくでしょ?」
キッチンに立つ母親の声が届く。
時刻も夕方に近づこうという頃。
そのつもりではあったので了承の返事をする。
「まだやる?」
夕飯までまだ少しあるのでリベンジしたい。
ただ、こんなにゲームが上手くなっているのだ。
勉強を疎かにしている可能性がとても高い。
「詩音、勉強は?」
「やってるに決まってるじゃん。テスト100点取れてるからゲーム許してもらってるんだし。」
…そうだ。
姉貴と同じで要領が良すぎる人間だった。
「…5先で。」
「かかってきな。ざこ。」
この野郎。
…当然ボコボコにされた。一本も取れなかった。
3人で夕飯を囲む。
テレビを見ながら近況を報告していると、母親が思い出したように、
「あ、そうだ。ゼロ預かっててくれない?」
「え?」
「私達、来週旅行に行くのよ。その間。」
「俺、誘われてないけど。」
え、家族旅行だよね?ハブられてね?
「聞いたわよ。一ヶ月前に。仕事がどうなるかわからないからって断ったじゃない。」
…そうだっけ?
確かに、そこら辺に連絡が来ていたかもしれない。
「…つまんな。」
呟く詩音。
俺も忙しかったんですよ。許して。
「だから、お願い。」
ウチのマンションはペットOKなので問題はないが…。
可愛いゼロと数日間過ごすこともウェルカム。
ただ、帰りがダルい。
「今日送ってあげるから。」
流石ママン。分かってらっしゃる。
8時前。
俺のマンションまで1時間弱かかるので、長居せず御暇する。
ゼロと一緒に母親の車に乗ると、詩音が後部座席に座っていた。
「…なに?」
「いえ。なにも。」
まだ小4だしね?家に1人は寂しいよね?
「ざこ。」
このクソガキ。
「ほら、出るから早く乗りなさい。」
自宅付近まで送ってもらい、ゼロを伴って車から降りる。
後ろの窓を開き、ゼロと一時の別れを告げていた詩音がこちらを見る。
「ん?」
「…。」
なにか言いたいことがあるのは分かる。
「…次はいつ来る?」
…可愛い奴め。
「ゼロを返さないとだし。来週また行くよ。安心しな。」
「そ。またボコしてやるから。頑張って練習してれば。勝てないだろうけど。」
…可愛くない奴。
母親に挨拶を交わし、車を見送る。
昼間はしゃぎ疲れたのか、少しお眠なゼロを抱き家に入る。
あ。メール確認しないと…。
シャワーを済ませ、デスクに向かう。
仕事用のPCを立ち上げ、メッセージとメール確認。
お客さんからのメールは、なし。障害報告も、なし。
平和だ。
PCを閉じようとしたとき、個人チャットに1件連絡が来ていることに気付いた。
相手は青山さん。
マネージャーに頼まれた仕事で分からないことがあるので質問したいという旨。
…悪いことしたな。
月曜日聞きます、と返信しようとしたとき、彼女のステータスがまだアプリを開いている状態になっていた。
え、まだ働いてんの?
連絡が来たのが13時。
現在時刻が21時。
…まじか。
一旦まだ働いているかを確認。
『やってます〜。』
やってた。
『大丈夫そう?』
返信は秒。
『大丈夫じゃないです!遅いですけど、質問いいですか??』
『大丈夫ですよ。』
個人会議を開き、通話を開始する。
『せんぱい!お疲れ様です!忙しかったですか…?』
若干気まずそうな青山さん。
『いや、ごめん。連絡返せなくて。ちょっと実家に顔出してて。』
『あ、全然大丈夫です。こちらこそごめんなさい。時間かかっちゃいそうな内容だったので少しやっておこうかと思ったんですけど…。』
『休日にお疲れ様。ただ、あんまり無理しないでね?休みの日に仕事はあんまりしてほしくないから。』
『…はい。すみません。』
彼女なりに考えて働いたのだ。
動く前に報告するなりやりようはあったけど、今日はこれ以上言わないでいい。
『じゃ、ちょっと見せてもらえる?ちゃちゃっと片そう。』
『はい!お願いします!』
画面共有で見せてもらった箇所を確認する。
んー。複雑。
『これ、またマネージャーの頼みだよね?』
『です…。』
ほんま、アイツ。
『ちょっとサンプル書いて送るから、それで動くか確認して。』
『はい!』
約1時間で諸々の修正を行い動作確認まで完了した。
『はぁ〜。終わったぁ。せんぱい!ありがとうございます!』
昼からにらめっこしたいた箇所が解決してスッキリした声を出す青山さん。
ただ、多分に疲労が混じっている。
『ごめんね。ケアできてなくて。』
メンバーのタスクとスケジュール管理は俺の仕事。
マネージャーからだとしても、休日まで仕事をさせるような状態になっているのは問題。
…来週、PMに話そう。
『いえ!本当にありがとうございました。遅くまで。』
『俺は全然。今日は何も出来てないでしょ?代休取ってね。申請くれたら許可しとくから。』
『え!取ります取ります!』
仕事も片したので、終わりますかと言おうとしたとき、お眠だったゼロが起き出す。
俺が喋っている画面に興味があったのか、膝の上に乗りPCを覗き込んでくる。
「ちょ、ゼロ!やめなって!」
「ワン!!」
『え?せんぱい犬飼ってるんですか??』
ゼロの声に反応して、青山さんが聞いてくる。
『あ、いや実家から預かってきたのよ。』
『えー!見たいです!見せてください!』
えぇ。まあゼロの可愛さは全世界に知られるべきではあるのでやぶさかではないが、もれなく俺も映るんだよなぁ。
『早く早く!』
青山さんの声に押され、カメラをオンにする。
画面いっぱいに映ったゼロを見て、
『きゃあ〜〜〜〜〜〜!!!!!!』
悲鳴が聞こえてきた。近所迷惑だろ。
『めっちゃ可愛い!!やばい!!』
…そうだろう。世界一可愛いのだ。
『いいなぁ。触りたいなぁ。せんぱい!今度見に行ってもいいですか?』
『…え?』
『ゼロちゃんと遊びたいです!』
うーん。いや、どうなの?
要するに俺の家に来るってことでしょ?
『俺の家に来るってこと?』
『はい!…え、もしかして変なこと考えてます??』
『い、いや。全然。少しも。』
どもるな、俺。
『じゃあ良いじゃないですか!』
良いとはならないと思うが…。
『…考えとく。』
『やった!来週末とか行きたいです!よろしくお願いします!あ、もう遅いですもんね!今日はありがとうございました!お疲れ様でした!!』
まくしたてるように言葉を放って通話が終了した。
流されるように返事をしてしまったけど…。
本当に家に呼ぶの、これ?
2日続けて強めの酒を飲んでしまった。
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