第7話 街って狭い
火曜日。
山田さんとのプライベート散歩(主役はゼロ)の思い出に浸ることも出来ず会社に出社。
そんなに大したことのない出来事だと思うかもしれないが、三十路近い一般男性にはとても素晴らしい体験だったのだ。異論がある方はさぞおモテになっているのだろう。羨ましい。
朝の一服を済ませ、執務室に入ると城ヶ峰さんと遭遇。
「お。おはよう。橘。」
「おはようございます。」
相変わらず小さい。
「あ?」
「いえ。。」
怖いよ。
「まぁいい。それで、だ。橘。」
切り替えるように表情を引き締めた城ヶ峰さん。
仕事モードのように目つきが鋭くなる。
体は小さいのにその雰囲気には圧倒的なオーラがあり、思わず萎縮してしまった。
「は、はい。」
「忘年会、準備は進んでいるのか?」
「は?」
は?
「なんだ、そのとぼけた顔は。社員交流の大事な場だろうが。しっかりせんか。」
いや、あなたそんなに酒好きだったの?
「はあ、すみません。」
呆れたような顔をしてくるが、ただ単純にお酒が飲みたいだけの上司の小言にどう返せばよいのか困惑を隠せない、いや隠さない。
「城ヶ峰さんって、そんなに飲み会好きだったんですか?」
以前も誘えと言ってきたし。飲まないとやってられないとかなのだろうか。…それは俺もか。
「私は別に強くないぞ。言ったろう。社員との交流のためだ。」
…ホントかなぁ。
「はぁ。」
「うむ。」
…。
「…本当はどうなんですか?」
「…可愛い女の子と飲みたいのだよ。」
あるじゃん、本音。
「毎度毎度、汚らしいオッサンに囲まれながらの飲み会はもう嫌なんだ。それに比べて橘のチームは最高なんだ。是非ともよろしく頼むぞ。」
本当にどうでもいいことなのに、その表情にはとても凄みがある。
汚らしいオッサンとは取引先や自社の役員たちなんだろうけど。まあ確かに小柄な城ヶ峰さんがそんないい年したオジサンたちと酒を飲んでいる風景を想像すると少し犯罪の香りがする。
本人的には楽しさのかけらもないのかもしれない。
ドンマイです。
「承知です。準備しときます。」
助けてもらっているのだ。
そんな上司のある種アルハラ発言も甘んじて受けよう。
「うむ。ではな。」
コーヒー片手に颯爽と去っていく城ヶ峰さんを見送り、自分の席を目指す。
「おはよう。」
自席に着くと、既に山田さんと青山さんが出社していた。
「おはようございます。」
「あ!おはようございます!」
クールな挨拶と元気いっぱいの挨拶が帰ってきて思わずニッコリ。
…俺もオッサン化しているのかもしれない。
いや、三十路手前の悩みより城ヶ峰さんからの依頼を伝えなければ。
「あの…。」
「はい。」「?」
二人揃ってこちらを見詰める。
「忘年会、しない?あ、できたらで…」
「「します!」」
即回答。
早い。若干怖い。
「あ、ありがとう。店とか取らないとだからいい感じのあったら教えてほしいかも。」
「私やります!任せてください!」
目を爛々と輝かせた青山さんが手を大きく挙げる。
「大丈夫?正直すごい助かる。」
なんたって大衆居酒屋しか知らんのだ。
女子多めの会(俺抜きだともう女子会)がどんな居酒屋に行くのかとか考えるなんてもう無理。
「はい!あ、マネージャーも…ですかね…?」
勇んでいた青山さんのテンションが目に見えて下がる。
聞かれないよう配慮したのか声も小さい。
大丈夫よ。
「あー。大丈夫。人数は変わらないけど来ないから。」
「…ホントですか?」
そんなに嫌なのか。嫌なんだろうな。
「うん。あ、だけど峯岸さんも一応誘うから1人追加かも。」
「おー!いいですね!」
「峯岸さんも、ですか。」
…なんか反応がバラけてる。
「うん。だから5人かな。予約とかお願いしたいです。」
「任せてください!とっておきの予約しておくので!」
テンションMAXの青山さんは早速キーボードをカタカタと動かし店の予約をする様子。
俺も峯岸さん呼ばないと。
PCを立ち上げ、個人チャットを送る。
『来週くらいに忘年会するんだけど、参加する?』
『ok』
秒でスタンプが送られてきた。
『日程とか青山さんから連絡来ると思うからよろしく。』
『k』
早すぎる。
「峯岸さんもオーケーだって。5人でお願い。」
「承知です!」
隣の青山さんに人数を伝え、ちょっと一服と席を立つ。
「峯岸さん…。」
右隣から聞こえる峯岸の名前をつぶやく山田さんには怖くて声をかけれなかった…。
時刻は20時。
青山さんは帰宅し、残っているのは山田さんと他数名。
年末のリリースで落ち着いたプロジェクトも多いので、執務室は平和そのもの。
作業を一通り切りの良いところまで終えたので、隣の山田さんの様子を見る。
「お疲れ様です。帰りますか?」
同じタイミングでPCを閉じていた。すごい偶然。
…偶然だよね?
「うん。山田さんも大丈夫?」
「はい。丁度私も終わったので。」
偶然らしい。
ほなら帰りますか。
駅へと続く道を並んで歩く。
駅前の公園に差し掛かり、最近山田さんといる時間が多いなぁと考えながら歩いていると。
山田さんが前を歩く人から肩に軽くぶつかられた。
「痛。」
「あ、すみません…。」
ぶつかったのはどうも大学生らしき青年。
酔っているのか、かなりフラフラな様子。
「あ、こちらこそすみません。怪我してませんか。」
山田さんもその様子からわざとではないと判断したのか柔らかい口調で反応する。
「大丈夫です。ちょっと頭がクラクラしてて。すみません。」
大学生のノリで慣れないお酒を摂取したのか、呂律もあまり回っていない。ふむ。
「少し座りませんか?酔いを覚ましたほうが良いと思うので。」
そんな彼に声を掛ける。
「あ、でも…。今お水を買ってくれてる人がいて。」
一人ではないのか。
「その公園ならすぐ分かりますし。一度座りましょう。」
山田さんも見かねたのか、有無を言わせず彼の肩を取りベンチへと向かう。
「…すみません。」
凄い謝る子だな…。社畜の素養がありますね。
ベンチに座る青年と山田さん。
「山田さん、飲み物買ってくるから。」
「お願いします。」
お連れさんがいると言っていたけど、こちらも水を買っておこうと自販機に向かう。
青年用の水とお茶を買い、ベンチに戻ると連れの人が来たのか、人が増えていた。というか揉めているようだった。
「とおる!大丈夫!?何かされた!?」
青年に声を掛ける女性は、傍目から見てとても美人。
しかし、その大きな目で山田さんを睨む様子はとても恐ろしい。美人が怒ると怖いよなぁ。
ではなく、恐らく何か勘違いしてるしているようなので3人に近づく。
「あ、あの私は…。」
「とおるはウチの彼氏なんだけど!」
絶対に勘違いしてる。
彼氏を介抱しているスーツ姿の美人。まあ無いとは言い切れない、のか。
山田さんも少し萎縮しているし(珍しい)。
「あの…。」
「なんですか?」
怖い。
「彼がかなり酔ってそうなので、一旦座ろうとここまで連れてきたんですよ。すみません、余計な気を回して。」
その言葉を聞いて数秒。
少しだけ周りが見えてきたのか表情が般若から美人さんに戻る。
「そう、ですか。」
とおると呼ばれていた青年もこの空気をなんとかしようとしたのか、女性に声を掛ける。
「うん。助けてもらったんだ。莉子さん、大丈夫だから。」
とても優しい声音。
よく見ると青年の風貌もかなり整っている。
恐縮しきりだったのでしっかりと見てなかったが、お似合いのカップルだった。
女性はとおる君からの言葉で完全にその怒気を消した。
すごいな、とおる君。
「ごめんなさい。勘違いでした。」
「いえいえ、彼氏さんが心配なのは分かるので。」
本当に好きなんだろう。
話しながら彼の背中をゆっくり撫でているその姿からは、とおる君を守ろうとしている気持ちが直に伝わってくる。
少しだけ気まずい空気が流れた後。
「莉子さん、もう大丈夫。帰ろう。」
水を飲み、いくらか回復した様子のとおる君はベンチを立ち、こちらに頭を下げた。
「ありがとうございました。ご迷惑をおかけしてすみません。」
「あ、いえ。大丈夫です。お気を付けて。」
彼に倣うように頭を下げた彼女さんは、とおる君の腕に手を回して公園を離れていく。
「心配したじゃん。とおるモテるんだから。」
「いや、モテないよ。ごめんね、ちょっと飲み過ぎた。」
「あれは北澤が悪い。あのバカ今度潰してやる。」
「ハハハ…。」
聞こえてくる声に若干苦笑しつつ、二人を見送る。
姿が駅の喧騒に飲まれていくまで見送り、となりの山田さんに声を掛ける。
「言い返さないの偉いね。」
山田さんも言われたら言い返す派。
彼女さんの言葉にイラッとしなかったのだろうか。
「あ、いえ。」
山田さんはまだ二人の歩いていった方向を見つめていた。
「?」
「彼女、私の見てる雑誌のモデルだったので驚いてしまって。」
…なるほど。
モデルだったのか。そりゃ美人なわけだ。
「街って狭いですね。」
働きたくない社畜さんと後輩ちゃん 真 @mamo1208
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。働きたくない社畜さんと後輩ちゃんの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます