第6話 山田さんは喫煙者
城ヶ峰さんとの会話後。
ずっと考えていた青山さんの件に解決の目処が立ち、とても気分が良い。年始のガチャが大爆死しても今なら許せそうだ。
コツコツと貯めた石が運営にチュッチュされても笑顔で諭吉さんを錬金してやろう。
敗北はないのだ、なぜなら出るまで回すから。
出ぬのなら
引くまで回そう
年始キャラ 『しんや』
「打ち合わせは捗ったみたいですね。」
「ん。すんごい捗った。」
隣に座る山田さんも俺のテンアゲに気づいた様子。
体制の話にもなるから詳細は話せないけど。
また別の機会に上の人から共有されるだろう。
「そうですか。良かったです。」
色々と気を回してくれていたであろう山田さん。
ありがとうございます。課金するなら声掛けてね。
「うん。ありがとね。」
「私は何も。橘さんが気持ちよく仕事できるようになるなら何よりです。」
ええ子や。
「助かるよ。今日はもう上がったら?結構前倒しで進めてるみたいだし。時間も調整してくれれば休みとっても良いよ。」
山田さんの年内のタスクはほぼ消化済み。
帳尻合わせさえしてくれれば、残りは休みでも問題ない。
勤務時間の調整はおじさんに任せなさい。
「そう、ですね。ではお言葉に甘えて今日は帰ります。」
「うんうん。お疲れ様です。」
「はい。…橘さんのタスクも振って頂いていいのですが。」
「あー。大丈夫よ。今日調子がいいし、30分くらいでサクッと終わらせて俺も帰るから。」
「…承知です。では、お先に失礼します。」
「はーい。お疲れ様。」
荷物をまとめて執務室をあとにする山田さんを見送る。
青山さんは代休を取っているのでウチのチームで残っているのは俺一人。
件のマネージャーも不在なので、集中を妨げるものは何もなし。
「うし。さっさと終わらせて帰ろ。」
気合を入れて仕事後に待つ一服のためにキーボードを叩いた。
仕事後。
喫煙所前にて。
「お疲れ様です。」
山田さんと遭遇。
あれ?先に帰ったよね?
「あ、お疲れ様。え、なんで?」
「喫煙所にいる理由は1つだと思います。」
言いつつ、カバンから電子タバコを見せる山田さん。
マジか。喫煙者になったのか。え、マジ?
「吸うようになったの?」
「いえ。買ってはみたのですがちょっと扱い方が分からず。橘さんにお聞きしようと思って。」
あー、まあ。そのタイプは確かに。
壊れやすいし、初心者、それも紙タバコも吸ったことのない人には難しいのかも。
じゃなくて。
「待ってたんだ…。呼んでくれたらいいのに。」
「こんなことで橘さんの手を煩わせる訳にはいきませんから。仕事終わりに喫煙所に来るだろうとは思っていましたので。」
「なるほど。」
…なるほどなのだろうか。
「はい。…それで、教えていただけますか?」
若干上目遣いで見つめてくる後輩の頼みを断る理由もなく。
「うん。任せて。」
非喫煙者を、それも真面目な山田さんにタバコの吸い方を教えるという背徳感。…キモいぞ俺。
その後、山田さんがめっちゃ噎せてたのは御愛嬌。
山田さんのタバコ初体験も終わり。
オフィスを出て、最寄り駅に向かう途中。
「橘さんはいつも徒歩なんですか?」
「そうね、最近帰りは徒歩が多いかなぁ。電車ないことも多いしね。」
「…すみません。」
残業多めで終電をなくしていることを失念していたのか、少し肩を落とす山田さん。
謝ることなんてないのに。
「あ、いやいや。全然大丈夫よ。今日は犬の散歩があるから早く帰ろうと思って。」
「犬、飼っているんですか?」
散歩というキーワードに引っかかったのか、こちらを向く山田さん。
「飼ってはないんだけどね。一週間だけ実家から預かってるのよね。」
「良いですね。私のマンションはペット不可なので。可愛いですか?」
「うん。めちゃくちゃ可愛い。癒やされてる。」
ゼロ、本当に可愛いのよね。
人懐っこいし、手触りも最高だし。早く会いたい。
「それで、この後散歩に行くのですか?」
「うん。」
「そうですか。」
歩きながら何かを考えている様子。
もうすぐ駅に着こうとした時、
「…私も行っていいですか?」
「…ん?」
主語が無いが、恐らく散歩の事を言っているように聞こえるが…。ん?
「その、散歩に。」
なぜ?と聞くのは野暮なんだろう。
山田さんも犬が好きなのかも。自宅で飼えないから愛でることも出来ないのは辛い。
ならば、可愛いゼロのお披露目といこうではないか。
「いや、やっぱりだいじょう…」
「うん。いいよ。」
「え!?いいんですか?」
「うん。もちろん。前寄った公園に集合でも良い?」
遠慮することはないのです。
存分にゼロを愛でてあげてください。
「…はい!すぐに行きます!それでは、また後ほど。」
飛び出さんばかりに改札を抜けようとした山田さんに声を掛ける。
「電車、途中まで一緒だけどね。」
浮かれている山田さんは少し恥ずかしそうに電車を待っていた。
前回の打ち上げの帰りに寄った公園は散歩コースもあり、かなり大きめの敷地を持っている。山田さんの家からも近くにあるので、集合場所としては優秀。
ゼロを連れ、公園のベンチにて山田さんを待つ。
「すみません…!遅くなって。」
待つこと数分。
スポーティな格好に身を包んだ山田さんが登場。
スーツ姿以外見たことがないので、とても新鮮。
「待ってないよ。お疲れ様。」
肩で息をしている彼女に自販機で買ったスポーツドリンクを差し出す。
「あ、全然大丈夫ですので。」
大丈夫なようには見えない。
どれだけ走ったのだろうか。
「いいからいいから。俺の分も買ってるし。」
少し強引に山田さんに手渡す。
「…ありがとうございます。」
ペットボトルのキャップを開け、一口飲んでから息を整えた山田さんは、俺の横にちょこんと座るゼロに視線を移す。
「そちらが、ゼロさんですか…?」
「うん。ゼロ、こちら山田さん。」
自分を見つめる山田さんに興味を持ったのか、彼女の足元にすり寄るゼロ。
「すごく人懐っこいから、遊んであげて。」
「は、はい。」
緊張した面持ちで、恐る恐るゼロの頭に手を伸ばす山田さん。
撫でてくれるのを察知したのか、逆に頭を押し付けるように山田さんに突撃するゼロ。
「キャッ…」
…とんでもなく可愛い声が聞こえた。
頬を紅くしつつこちらを見やる山田さんに、笑っている顔を見られないよう下を向く。
「…驚いただけですので。」
そうですよね。分かります。
言いつつ、ゼロの首元を撫でるその目はとても優しい。
ゼロも気を許しているのか、満足げに鼻を鳴らしている。
「とても元気ですね。」
「そう。散歩に連れてかないと寝かしてくれないから。」
絶賛モフられるゼロは、遊び相手を山田さんに切り替えたのか、足元にじゃれつく。
「…可愛い。」
「ちょっと歩こうか。山田さんリード持つ?」
「え、いいんですか?」
「うん。ほら。賢いから、急に走ったりしないよ。」
「で、では。」
おっかなびっくりでリードを受け取る山田さん。
ゼロも散歩をすると理解したのか、先導するように歩き出す。
冬の寒さも今日は少し鳴りを潜め、ゆったりとした空気の中散歩コースを進む。
「…いいですね。」
「そうだね、山田さんとゼロの散歩をしてるなんて実感まだないけど。」
会社の後輩と犬の散歩をする。
なんだか言葉にすることで恥ずかしくなってくる。
「…私もです。」
…。
空気が少しおかしい。
「あ、あの。」
「は、はい。」
山田さんもそれは感じ取ったのか、少し慌てるように言葉を繋ぐ。
「残業で遅い日は散歩どうするんですか?」
痛い所をついてくる。
残業で帰りが遅くなった日には、散歩できる元気もない。
ただ、元気の有り余るゼロを放置するのも問題。
年末にかけて帰りが遅くなることは目に見えているし。
「朝に散歩しようと思ってるよ。一週間だけだし、その間はちょっと頑張る。」
「そうですか…。」
それに、ゼロと一緒に散歩するのが楽しい。
例え寝不足でも。疲れが溜まっていても。
癒やしがあれば頑張れる。頑張りたくないけど。
時間はあっという間で、散歩コースも終わりに近づき、丁度公園を一周するようにして先程のベンチの近くに辿り着いた。
「少し休憩しよっか。時間大丈夫?」
「はい。大丈夫です。」
ベンチに並んで腰掛けスポーツドリンクを飲む。
「そういえば、喫煙所ありますよ?」
「うん。あ、吸わないよ?」
山田さんの提案に苦笑で返す。
ヘビースモーカーと思われてるのかな。
リモートだと確かに無限喫煙編に突入することもあるけど。
「持ってきてないんですか?」
「…持ってきてはいるけどね。」
「吸うつもりだったんじゃないですか。」
少しジト目でこちらを見る山田さん。
「いや、常備薬的なアレだから。」
言い訳が苦しい。だけど、割と本音。
スマホとタバコは常に携帯しているのだ。
「それに、山田さんとこうして会社以外で話すの新鮮だから。」
これも本音。
「…橘さんはズルいですね。」
「…なぜ。」「いえ、別に。」
食い気味で返された。なぜに。
また空気がおかしくなりそうだったので、話を変える。
「でも、山田さんが喫煙者になるなんて…。ちょっと悪いこと教えたかも。」
打ち上げ後のノリの1つかと思ったのに、本当に自分で買っているとは。
「社会勉強です。」
「言ってたね。」
履修しなくてもいい科目の最有力候補だけど。
単位でないよ?それ。
「…橘さんが美味しそうに吸っているのを見て、どんな感じだろうって思ったんです。」
「あー。仕事の後と、酒飲んだ後は最高なんだよね。」
高い税金を払ってクールダウンしているのだ。
これ以上の値上げはやめて欲しい。
「次…。」
「ん?」
「次にタバコ休憩に行くときは誘ってください。」
「うん。分かった。青山さん驚くだろうね。」
タバコなんて縁のなさそうな山田さんがタバコ休憩してるだなんて。口開けてポカンとしてそう。
「そうですね。」
山田さんもその姿を想像したのか、口元に笑みを浮かべる。
笑い合っていると、公園の中心にある時計から鐘の音が鳴った。スマホで確認すると20時の表示。
「あ、もう20時か。そろそろ帰ろっか。」
「…はい。」
少しお眠なゼロを伴い、山田さんのマンションまでお見送りをする。
「今日はありがとうございました。急に参加してしまって。」
「こちらこそ。ゼロと遊んでくれてありがとう。」
丁寧な山田さんは姿勢を正してペコリ。
顔を上げたその表情は少し真剣で、
「…また、ご一緒してもいいですか。」
「散歩?」
「…はい。出来ればでいいので。」
話し相手が居てくれるのはとても有難い。だけど…。
「うん、全然良いけど。朝早くとか疲れない?」
「大丈夫です。6時には起きているので。」
それは早い。生活リズムしっかりしてそうだもんなぁ。
「うん、じゃあ今週また行こっか。」
「ありがとうございます。…それで、あの。」
「?」
山田さんは緊張した面持ちのまま、
「連絡先、交換していただけないでしょうか。」
確かに。朝散歩するなら連絡取れないと。
「うん。もちろん。」
お互いのスマホを出し、連絡先を交換。
「ありがとうございます。」
「そういえば交換してなかったもんね。会社の人と交換するの二人目かも。」
「それは、青山さんですか?」
聞いてくる山田さんの目が若干揺れているように見えたのは気の所為だろうか。
「いや、マネージャーだよ。あの人時間関係なしに連絡よこすから。」
それももうすぐ解放されるけど。
「…た。」
呟く言葉は小さくあまり聞き取れなかった。
「ん?」
「いえ、それでは。今日は本当にありがとうございました。また明日。」
聞き返した言葉を押しつぶすようにもう一度ペコリと頭を下げ、山田さんは身を翻しマンションに入っていった。
動きが機敏過ぎる。
その姿を見送り、隣で待つゼロに話しかける。
「楽しかった?」
「ワン!」
そりゃなりよりです。
「タバコ、吸っても良い?」
「バウ!」
すみません。家まで我慢しますね。
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