第5話 城ヶ峰さんは甘党
年末年始がすぐそこに迫りつつある月曜日。
新年を心地よく迎えるためには仕事をしなければいけない。
社会人になって宿題が無くなるなんてのは嘘だ。
なんなら冬休みもない。
年末年始休暇?
そんなの資格の勉強やら時折くる仕事の連絡に消費されてあっと言う間だ。
溜め込んだアニメ鑑賞と積んでいたゲームをしようにも、新しいことをやる元気もなく某動画サイトに時間を使うだけ。
そして新年のガチャに一喜一憂して酒を飲むだけなのだ。
とても悲しい。
悲しいがこれが現実。
受け入れていくしかないのです。
そのためにも、まずは青山さんのことを偉い人に話さないと。
…憂鬱。
執務室の扉を開け、自席に向かう。
「おはようございます。」
PCに向かっていた顔を上げ、こちらを向く山田さん。
「うん。おはよう。」
「今日は出社されるんですね。月曜日はリモートなのかと思ってました。」
「あー、ちょっとね。上の人と話さないといけないことがあって…。」
青山さんのことを言う必要はないので、言葉を濁す。
「…なるほど。お疲れ様です。」
…察しの良い山田さんには気付かれているとは思うけど。
「ありがと。」
会話しつつ、PCを立ち上げる。
朝イチでPMとの話し合いを設定したので、連絡周りを早急に片付けないと。
そういえば。
前の飲み会であまり見なかった山田さんの一面を思い出してしまった。
彼女らしくない?感じだったから、少し気になる。
チラッと横目で山田さんの様子を窺う。
無表情でキーボードを叩いている。
…いつも通り、だよな。
うん。酔った勢い的なやつでしょ。
こういうのは掘り返すのは良くない。
こちらもいつも通りに接すればOKなのだ。
ざっと連絡系を消化し、PCを持って席を立つ。
「山田さん。」
「ッ!…はい。」
…なぜ驚く。
「打ち合わせ行ってくるね。」
「あ、はい。行ってらっしゃいませ。」
会議室に向かおうとした時、山田さんに引き止められた。
「…橘さん!」
「うん?」
「あ、あの。先日はありがとうございました。」
「いえいえ。歩かせちゃってごめんね。」
「いえ、それは全然。むしろ良かったので…。」
なるほど?
酔い冷まし的な?
「その、また時間があるときに食事にいけたら…。今度はちゃんとしますので…。」
「ちゃんとしてたよ?
そういえば忘年会シーズンだもんね。今度は峯岸も誘って行こうか。」
「忘年会…。そう、ですね。はい。よろしくお願いします。」
少し肩を落とした山田さん。
「あ、ごめん。遅れるから行くね。また予定決まったら!」
「…すみません。引き止めて。はい。承知しました。」
山田さんとの会話を打ち切り、足早に会議室に向かう。
忘年会。
あまり好きじゃないけど、山田さんもまた行きたいと言ってるのだ。親睦を深めるためにも開催するか。
少し残念そうだったのは…。分からん。
分かるはずもない女心?に思考のリソースを割きつつ歩くこと数分。
会議室に辿り着く。
曇ガラスから見える室内には既にPMがソファに座っているのが分かった。
「失礼します。」
「おー。橘。お疲れ。」
「お疲れ様です。城ヶ峰さん。」
ソファに腰掛けるは我らがアプリケーション事業部のNo.3、城ヶ峰さん。
モデル体型(自称)の体にフィットしたニット生地の服装に身を包み、長い(自称)足を組みながら優雅にコーヒーを飲んでいる。
身長約150に満たない自称バリバリのキャリアウーマンだ(自称)。
「ん?なんだ?失礼なこと考えてないか?」
「いえ、そんなことないです。」
マジで見た目だけで見れば中学生。
コーヒー苦くないのかな?飲めて偉い。
「本当か?」
「はい。本当です。」
ズズッと、コーヒーを飲みながらこちらを睥睨してくる。
「まぁ、いい。で、概要は知っているが話があるんだろう?」
流石城ヶ峰さん。切り替えが早い。
「はい。端的に言うと、マネージャーから青山さんに振られているタスクが大分スケジュールに影響していまして。残業も多くなっていて、休日にも仕事をしている状況です。」
「うん。」
「僕の管理不足でもあるのですが、マネージャーから直接彼女に振られているので、ちょっと導線を正しくしたいなと思いご相談した次第です…。」
「なるほど。」
コーヒーを机に置き、改めてこちらを見る城ヶ峰さん。
「それは、橘からアイツに言っているのか?」
「はい。一度タスクの割り振りについて会話したのですが、そこから改善していないのが現状です。」
「ふむ。」
手元を見ながら思考する城ヶ峰さんを前にすると、外見からでは想像のつかないプレッシャーが襲いかかる。
今回は自分の管理不足なこともあり、冷や汗が凄い。
「…まず。」
「はい。」
1分ほど時間を置き、こちらへと向き直る。
「橘の管理不足。これは明確にお前が悪い。プロジェクトとして逼迫しているなら話は別だが、そうでない場合は問題だ。そしてそれをさせないのが橘の仕事だ。」
「…はい。すみません。」
「そこは改善するべきだ。お前も管理職といっていい立場にあるのだから。メンバーのタスク管理には責任を果たせ。それが仕事だ。」
「はい。」
「ただ、あのバカマネージャーのパワハラは前から気になっていのも事実だからな。新人をイジメて何が楽しいのか分からんが…。」
…本当に。
「優秀な橘が音を上げるんだ。大分難題を吹っかけてるのか?」
「そう、ですね。僕でも時間を取られますね…。」
「…そうか。」
呟いた城ヶ峰さんは一度宙に目線をやる。
流れる空気に少し耐えられず、
「あの、やっぱりもう一度マネージャーと話してみます。それで、えっと…。」
「いや、その必要はない。」
城ヶ峰さんが言葉を遮る。
「え?」
「アイツのパワハラ気質は前からと言ったろう?こちらも動こうとしていたのだ。それで、今回の件。もう十分だ。むしろ助かるよ。」
「えっと…?」
「今の橘のプロジェクトには私がマネージャーとして付こう。アイツは別も持っていたから、そこに集中してもらう。パワハラするような社員も居ないしな。」
それは、とても助かるかもしれない。
城ヶ峰さんは見た目中学生だが、その仕事ぶりはとんでもない。若くして事業部の上に立てているのは彼女の能力が優秀すぎるからだ。
「大丈夫なんですか?」
反面、優秀過ぎるが上に仕事も山程抱えているのも事実。
「問題ないよ。私は出来ることしかしないからね。」
強がりでも何でもなく、純粋に事実を言っているのが判る。何だこの人、カッコ良すぎる。
「助かります。」
「とはいえ、すぐにとはいかないから。マネージャー会に持っていく必要もある。年始には体制を変えておこう。それでいいか?」
「はい。ありがとうございます。」
「ふふっ。いいんだ。これで橘はハーレムチームになるな。」
「…誂うのはやめていただけると。」
「ん?なんだ。社内の美女3人を独占して、今度は私も参加するんだぞ。嬉しくないのか?」
…急にセクハラ紛いの発言やめてくれませんか。
「いや、嬉しいとか嬉しくないとかではなく。仕事なので。」
「ほう。チーム内はあまり仲が良くないのか?」
仲が良くない、か…。
山田さんは優秀なメンバー。以前の飲み会後に少し話した時には俺への不快な感情は無いように見えたし。
「山田さんは、とても良い部下ですよ。」
「そうか、青山は?」
青山さんとは残業仲間なこともあって色々と話す。
最近になってようやく彼女のギャル要素にも付き合えている、と思う。
「彼女も普通に接してますよ。」
…それに。今度うちに来るとか言ってたけど。
あれ、マジなのかな。
「…ほう。」
一瞬、城ヶ峰さんの目が鋭くなった気がしたのは気の所為だろうか。
声に出してないんですけど。
「はい。」
「なるほどな。峯岸は…、まあいいか。」
…いいのか。
峯岸。プロジェクトの顔合わせで会ったが、彼女も個別の打合せで話す限りだと普通だと思う。
声が小さすぎて何言ってるのか分からないときが多々あるけど。
「まぁいい。チームでの忘年会やるんだろ?私も参加しよう。その時は峯岸も連れてこい。」
「え、普通に来たがらないのでは。」
「年に一度なんだ。それにタダ酒が飲めるなら来るよ、あの子は。」
「なるほど。じゃあ声かけときます。」
「うむ。楽しくなりそうだ。よろしくな、橘。」
「はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、締めるか。私は次があるから先に行っていいぞ。」
「あ、承知しました。では失礼します。」
「おー。あ、新しいコーヒー持ってきて。」
「はい。」
気の抜けた見送りとパシリの要件を受けて会議室を出る。
ドリンクバーは歩いて五秒ぐらいの位置にあるので、ササッとコーヒーを入れて会議室に残る城ヶ峰さんに差し出す。
「どうぞ。」
「うむ。…む。」
真っ黒なコーヒーを見つめ、不服そうな顔をこちらに向けてくる。
「どうかしましたか?あ、自販機のやつですか?」
「…砂糖とミルクを2つずつ。」
「承知です。」
…甘々じゃん。
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