第3話 会社の飲み会は愚痴が8割(偏見)

金曜日の夜。

所謂華金。


繁華街の片隅にある居酒屋に向かっていた。


既に青山さんと山田さんはお店の中。

就業時間後の唐突な打ち合わせにより俺だけ居残りしていたため、速歩きで目的地を目指す。


私も残りますと言ってくれた2人の言葉は有り難かったが、ピリついているお客さんとの打ち合わせでペコペコしている自分を見せたくなかった。

まあ、隣の席なので結構見られてはいるけども。


にしても、何でこのタイミングなのよさと心の中で愚痴る。

質問されても無能マネージャーはずっとマイクをミュートにしているし。あんたが分かってないのはどうなの?



結局、お店に着いたのは予約時間から1時間ほど経った頃。


お店の暖簾を潜り、2人はどこかしらと店内を見渡す。


「あ、せんぱーい!こっちです!」


お店の奥。

こちらにブンブンと手を振る青山さん。

…恥ずかしいからやめなさい?


山田さんも小さく、本当に小さく手を振り振りしている。

その所作がちょっと可愛い。


4人用の席に対面で座っている2人。

お店の入口から近いこともあり青山さんの隣に座ると、若干の舌打ちが正面から聞こえた気がした。

…気の所為、だよね?


「ごめん。遅くなって。」


「いいんですよ〜。お疲れ様です。あ、ビールでいいですか??」


「あ、うん。」


青山さんは近くにある注文用のパネルをポチポチと叩く。


「橘さん。お疲れ様でした。何かありました?」


「いや、何も無いよ。仕様の詰めを少ししたくらいで。ありがとね。」


「いえ。橘さんなので、また変な仕事を振られてるんじゃないかと思ってただけです。」


辛辣。

確かにあるけども…。

そういう時には大抵山田さんと分担して作業するのがデフォルトなので、もう頭が上がらない。上げられない。


「ホント、いつもご迷惑をおかけしてます…。」


ちょっとどころか、大分反省してしまう。ごめんなさい。


「あ、いや、そういうつもりで言ったわけでは…。」


「まあまあ!折角集まったんですから!楽しく飲みましょ!」


重くなった空気を払うように、青山さんが明るく遮る。

…ええ子や。


丁度頼んだお酒も届いたので、改めて乾杯することに。


「じゃ、せんぱいから一言!」


あ、俺なのね。


「えっと。まだプロジェクトも終わってはないけど、一旦落ち着いた段階にはなりました。此処には居ないけど峯岸含め2人にはとても助かってます。あと一息、でもないかもだけどもう少しなので…多分。完了までよろしくお願いします。じゃあ、乾杯!」


「「乾杯(かんぱーい!)」」


グラスを合わせ、一息に呷る。

キンキンに冷えてやがる。


最近は居酒屋で飲むなんていう暇も元気もなかったから、特に美味しく感じる。あ、今幸せかも。


「せんぱい何か食べたいものありますか?」


隣の青山さんに聞かれ、テーブルに並んでいる料理を見る。

サラダ、ポテトフライ、サラダ、サラダ、あとサラダ。


サラダ多くない?


「凄いサラダ多いね…。肉系とか食べたいかも。」


「サラダは山田さんのチョイスですから!メニューにあるやつ全部頼んでましたよ!」


あ、そうなのね。

対面の山田さんを見ると若干恥ずかしそうに俯いていた。


「野菜、好きなんです?」


「…まぁまぁです。」


なるほど。


「いいよね。最近自炊も出来てなかったからここで野菜食べれるの助かる。」


「なら、良かったです。」


…沈黙。

俺会話が下手すぎるのかも。


「じゃ!肉系とおつまみ頼んどいたので!じゃんじゃん飲みましょ!」


青山さんのカットインに助けられる。


「ありがとう。」


ホントにありがとう。


「てか、せんぱい!聞いて下さいよ!またマネージャーから変なタスク振られたんですけど!」


またあの人は…。


「何なんですかね。いつもいつも。もしかして千夏嫌われてます?」


「うーん。」


どちらかと言うと…。大好きなんじゃない?

…話す必要があるかな。

いつも逃げられるけど。

やっぱりPMとPMOにもう一度話すべきかもしれない。

…苦手なんだよなぁ。PM。


「火曜までにーとか言われるし。最悪です!聞いてますか!?」


やっぱり不満が溜まっていたっぽい。

うんうん。何でも聞きますよ。

ホントに情けない上司でごめんなさい。



宴もたけなわ。


ほぼマネージャーの愚痴大会になってしまった感はあるが、久々のこの空気はリフレッシュに丁度良かった。


「じゃあ。そろそろ帰りますか。」


「はーい。あ、ちょっとお手洗い行ってきますね!」


青山さんが席を立つ。

店員さんを呼び会計を告げ、席で支払う。


「いくらでしたか?」


「ん?」


山田さんが財布を取り出しているのを見て察する。


「あ、いいよいいよ。」


「払います。」


「大丈夫だって。お金の使い途なんてほぼ無いから。こういうときは先輩に奢られといてよ。」


「…分かりました。」


若干不満気ながらも引き下がってくれた。

…ホントにこういうときにしか使わないからなぁ。


「山田さんは、楽しめた?」


変な聞き方ではあるが、飲みの席に彼女がいるのは珍しい。真面目な性格の彼女が愚痴飲みを楽しめていたかは少し危惧していた。

…フォロー出来てないのに今更聞くなという話ではあるけど。


「楽しかったですよ。」


「そっか。良かった。」


本心は分からないけど、取繕はない彼女の言葉を信じたい。


「戻りました!2次会どこにしますか!?」


「いや、帰るよ。」「帰ります。」



お店から出る。

繁華街の片隅に位置しているため、通りを歩く人はまばら。肩を組み合い、酔いに任せて楽しそうに歩く人達が眩しい。


「じゃ、俺徒歩だから。気を付けて帰って。」


「えー!駅まで送ってくださいよ!」


「えぇ。駅すぐそこじゃん。」


「いいじゃないですか!ほら!行きましょう!」


歩き出す青山さんに手を捕まれ、駅までの道を歩く。

…まぁ、2次会に行きたがっていた所を2人して辞退したから、見送りくらいは。


「今度は朝まで行きますからね!」


…発言が若い。

おっさんの領域に片足を突っ込んている身からすると朝まで飲んだ後は絶望しか無いのに。


2分足らずで駅に辿り着き、改札を抜ける青山さんを見送る。大分飲んだはずなのに、見えなくなるまで手を振りながら人混みに消えていった。


「ふぅ。」


「お疲れ様でした。」


「…え?」


後ろから掛かった声に振り向くと山田さんが立っていた。

…あれ?


「え、電車じゃないの?」


「歩きたい気分なので。」


しれっと言う山田さん。いやいや。


「危なくない?」


「じゃあ、送ってください。青山さんは送りましたよね?」


…。

送ったほうが、良いんだろうなぁ。

青山さん宅は比較的近いと以前言われた気がするし。


「はい。送らせていただきます。あ、でも…。」


一服したい。

禁煙の居酒屋だったのだ。

吸いたい欲がMAXになっている。

言って良いのか…?煙草を吸いたいですと。


「付き合いますよ。喫煙所。」


「…ありがとうございます。」


なんで分かるのかなぁ。


比較的大きな公園に着いている喫煙所で、煙草を咥える。

うむ。至高の一服。めちゃくちゃ美味い。


横にいる山田さんの視線が若干痛いが、我慢。


「橘さんは、いつも周りを気にしすぎです。」


「え?」


唐突な指摘に若干困惑してしまう。


「もっと自分を出してもいいと思います。今みたいに、待っている人の目を気にせず、美味しそうに煙草を吸うように。」


凄いストレート。


「…うん。」


「…すみません。後半は聞かなかったことにしてください。」


うん。無理。バッチリ聞こえました。


「性格、なんだろうね。」


立ち昇る煙を見ながら呟く。


「…無理はしないでください。もっと…。頼ってください。」


「山田さんには十分助かってるよ。」


本当に。山田さんが居なかったらこんな時間もなかったと思う。


「まだ足りないです。…全然、足りないです。」


心配してくれている。

というより、心配させているが正しいのかも。


「…うん。ありがと。もっと頼らせてもらうよ。」


「はい。」


短くなった煙草の火を消す。


「美味しかったですか?」


「控えめに言って最高でした。ごめん、待たせて。」


「いえ。…今度一本ください。」


「…体に悪いよ?」


喫煙者の言葉ではないが。オススメしないです。

…ただ、クールな山田さんが煙草を咥えている姿はとても似合いそう。いやいや。落ち着け。


「人生経験としてなので大丈夫です。」


…酔ってます?



山田さんを送るため、先導されながら路線に沿って歩く。


「ここです。」


山田さんの家は俺の家から大分近いところにあった。

それも、ほぼ新築のマンション。


「はえー。凄い。」


見上げないと上の階まで視界に収めきれない。


「今日はありがとうございました。無理言ってすみません。」


ペコリと頭を下げられる。


「いえいえ。1人で帰すほうが怖いし。むしろ煙草待っててくれてありがとう。」


マンションの玄関口でお礼を言い合う。

頭を上げた山田さんは少し何かを言おうか迷っている様子で、


「…あの。」


「ん?」


「…寄って、行きますか?」


???


「はい?」


言葉の意味が理解出来なかったわけではないが、信じられなさ過ぎた。え?


「すみません。酔ってるみたいです。帰ります。それでは。」


一息にそう告げられ、マンションに入っていく後ろ姿を見送る。


「え、なに。」


5分ほど放心してしまったのは仕方ないと思う。





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