最終話  英雄の聖剣、お譲りします


 ――お、景色の歪みが消えた。元の時代に戻った、か。魔王、てめえのいる山によ。ああ、ずいぶん騒がしいな。


「……在り、得ぬ……」


 在り得ぬぅ? その言葉が在り得ねぇよ、お前全く聞いてねえな。俺と、昔の俺の話をよ。

 その結果がほれ、目の前の景色よ。聖剣持った俺と、元気な呪腕と風斬りと。お前一人だけ残した、魔物どもの骸と。


 辺り一面、ここらの平地も山道も、ふもとまで全て。埋め尽くした超屈強な、手錬冒険者どもの大群よ。


「馬鹿な、何故だ! 在り得ぬ、薄汚い人間どもめが、ここまで手を取り合うなど……!」


 見て分かんねえかバカ。誰も手なんか取り合ってねえよ。

 それどころかほれ、聞けよ。こんだけひしめいた人間が、口々に叫んで騒いでよ。こっち見て、てんでに武器を振り上げて。

 いったい皆、何言ってるよ? ほれ――


「よこせ!」

「その聖剣をよこしやがれ!」

「偽者のクソ英雄が!」

「救世主になるのはこのオレだ、てめえはとっとと死ね!」

「いいやこの私だ、私こそが救世主にふさわしい! さあ、聖剣をよこすがいい!」

「あぁ? 救世主はオレに決まってんだろが殺すぞボケが!」

「うるせえぞお前ら死ね! 救世主になるのはこの僕だ!」

「貴様らこそ死ねっ、四の五の言うな! 拙者に聖剣を渡さんかっ!」


 ――おいおい、笑っちまうほどおっかねえな。

 奴ら全員の、武器と殺気を向けた先はよぉ。魔王、てめえじゃねえ。この俺よ。

 だから来た。薄汚い人間どもが、魔王を倒すために……いや。世界を救って、栄誉と富を獲るためによ。


「馬鹿な……! 真の英雄亡き今、聖剣を手にできる者など、汝一人の他おらぬはず……! たとえ人を集めたとて、貴様一人死ねばそれで――」


 まあまあ、それはさておき、よ。

 頭の悪いお前に教えてやるよ。そもそも、お前がなぜ死なずにいられたか? 人間に決して殺されず、暴虐の限りを尽くせたか? 


「な……? それは余の眼が、過去・現在・未来を――」


 ばああぁぁっっか。んなもんどうでもいいんだよ。お前の優位はただ一点。『聖剣でしかとどめを刺せない』ことだ。

 聖剣は一振りしかない、聖剣は英雄の血を持つ者しか扱えない。故に魔王を倒せる、救世の英雄はただ一人。だから聖剣を持たない者、英雄の血を持たない者は魔王を殺しになんか来ない。英雄はただ一人か、わずかにかき集めた仲間とで戦うしかない。

 それがおかしかったんだ。


「な、に……?」


 聖剣を増やすことも考えたが――いや、考えただろう、過去の俺は――、たとえば刀身を二つに切り離して、槍なんかに仕立て直すとか。だが、リスクがでか過ぎる。もしもそれで聖剣が、神気を失ってしまったら。そう考えるとそれはできない。


 それで考えついたのさ、過去の俺は別の手を。いったいどこに勝ちの目がある、今の俺にそう言われてな。まあ、考えるまでもなく分かってはいたんだが。

 ――増やしたんだ、使い手の方を。俺が死んでも代わりに、聖剣を振るってくれる奴らを。目の前の、あのバカどもを。


「な……だが、これほどにいるわけが……! 英雄の血を引く者が、そもそも真の英雄が死んでいるというのに……!」


 全く話を聞いてねぇな。俺は一度も言ってねえ、あの人も、真の英雄もな。『英雄の血を引く者』だけが聖剣を扱える、だなんて。

 こう言ったんだ。『英雄の血を持つ者』だけが、聖剣を扱える。

 英雄の、真の英雄たるあの人の返り血が染み込んだ手袋。それを着けていたから、俺は聖剣を握れたんだ。『その手に、英雄の血を持っていたから』。


 ……まさか本当に思ってたのか? 神話の類じゃあるまいし、返り血を浴びてその力を得るだとか。そんなロマンチックなことを? 最初からこれは言葉のとおり。真の英雄の言ったとおり。

 神様ってのがいるのなら、多分手加減してくれたんだろう。英雄の血を引く者しか扱えねえなら、そもそも古の英雄が子をなす前に、早死にしたらそれで終わり。それじゃあまりに抵抗の目がねえ。だからいくらか、ズルを許してくれたんだろう。

 で、お前はめちゃめちゃ頭が悪い。止めなかったからな。俺の言葉を止めなかった、絶対に知られちゃマズい情報を、そのまんま言うのをな。『偽英雄の命日は、つまり魔王へ挑む日は。英雄を殺したその日から、奇しくも十年ぴったり後』。


 ……それだけ分かりゃ、やることは一つさ。時機を見計らって手紙を書いた、過去の俺は。腕利き冒険者の組合(ギルド)なり、国なりに、思いつく限り、大量に。今まで話した情報を全部書いて。聖剣を持った偽英雄が、その日その時に魔王に挑むと書いて。

 そして。俺が英雄を刺したとき、返り血が染み込んだ衣服。その切れっ端を、全ての手紙に添えた。それさえ手に仕込んどきゃ、誰でも聖剣を扱える代物を。

 その結果がこの人数だ。聖剣を扱う俺が死ねば、次にその剣を取れるかもしれない。救世の英雄となれるかもしれない――そう思ったクソ欲深い奴らと、その仲間がこんだけよ。


 まあそんだけ欲深い奴らだ。俺が死んだら、なんて悠長なことは思ってくれなかったな。

 何とも何とも、おかげでよ……見ろよこの腹の傷。何の因果かよ、過去を変える前に受けてたのと同じ所だぜ。俺を殺して聖剣を奪おうとする、薄汚ぇ奴らにやられたわ。

 まあ、そんな奴らは呪腕と風斬りがぶち殺してくれた。今もにらみを利かせてくれてる。おかげであのバカどもも、簡単に手出しはできねえと気づいたらしい。で、この騒ぎよ。


 ……だからきっと、あの人は。真の英雄は、この話を人にしなかったんだろう。英雄の血を引く者以外でも聖剣を扱えるとなりゃ、当然その剣と血を狙う者がいくらでも出る。だからあの人は、俺以外にこの話をしなかった。

 ……なのに俺は、あの人を殺した。まさに剣と血を狙って。


 それはさておき、仮にだぜ。この腹の傷が悪くなって、糞みてえな俺が今、糞みてえに死んだとしてもよ。

 お前は聖剣に触れない、そう言ってたな。地に突き立った剣を百一年も放置するとかよ。

 つまり、俺が死んだとしても。お前に奪われることなく、聖剣は誰かの手に渡る。百一年も先じゃなく、今この中の誰かの手によ。俺じゃなくても誰かが、薄汚いあいつらの誰かが、お前を殺すよ。

 バカだぜ! バカ丸出しだぜてめえは! 薄汚い人間を滅ぼすとかいう魔王様がよ、お手紙書かれただけで死ぬんだからよ! てめえが過去を変えたせいで、おっ死ぬってんだからよ! ばああああぁぁっっか!! 


 言っとくが過去への干渉とか、もはや意味もねぇからな? こんだけお前を殺す奴がいて、誰の過去を変えるんだ? 

 仮に変えようとしたとしてよ、たとえばそいつが、お前に親でも殺されてたとしてよ。

 まず『親が死なないように過去を変える、ただし現在がどうなるかは分からないし魔王は生きてる』のと。

 それか、『過去は変えない、親は死んでる。ただし今、親の仇を討てて。世界を平和にできて。救世の英雄として、莫大な利益を得ることができる』のと。

 どっちを選ぶ? 薄汚い欲深い俺たち人間が、どっちを選ぶと思ってるんだ? 


 なあ、視えるか? ご自慢の未来を視る眼とかでよ、お前の未来が一日先でも視えるかよ? 無理だろうな。

 ……さてさて、魔王よ。もう諦めもついただろ。せっかくだからこの俺が、てめえを叩っ殺してやるよ。

 死ね! これで俺が、真の――


 ……って、おい……全然無理だな、強ぇなてめえ……神気の護りを越えて、俺を裂くかよ……。

 だが、なあ。そう……俺の仲間は元気だぜ。こんだけ冒険者どもが大群でいりゃ、どうやったってそのほとんどは魔物の群れとかち合う。だから魔物の大半は、そのバカどもが倒してくれてる。

 だから俺の仲間、二人の力は温存されてる。聖剣を狙う大バカどもと、やり合うこともあったがよ。それでも、前のときよりマシよ。前にお前に挑んだときより。


 ……大丈夫だ、呪腕。お前の腕はさすがだぜ、お得意の拘束魔導。今や魔王もがんじ絡めよ。

 もっと早く使っておけば、って? 無理言うな。ずっと他の奴らに、にらみを利かせてくれてたんだからよ。お前が警戒を解いてたら、俺ら全員挽き肉だろうが。


 ……大丈夫か、風斬り。もういい、もういいから、そんなイカれたみてぇに、魔王を斬りまくらなくていい。どうせ聖剣でしか、そいつ死なねえんだしよ。

 ほら見ろ、他の奴らまでビビってる……こっちに来る気配もねぇ。あんだけ騒いでたのが静かなもんよ。

 しかし、聖剣でしか死なねえにしろ、ある程度は斬れるもんだな。そんだけ半殺しにしときゃ、どう頑張っても逃げられねえな。

 そういや、妖刀の呪いはもう解けたんだったな。途中、俺を狙うバカどもをぶった斬ってくれたからよ。妖刀は朽ちちまったが、似た寸法の大太刀を用意しといて良かったな。担いできた俺に感謝しろよ。


 おい……いや、泣くな。感謝しろとは言ったが、泣くなよ。

 呪腕、お前もだ。今すぐ泣きやめ。魔導の拘束を緩めるな。言っとくが、世界の命運は今、お前に全てかかってる。

 絶対に魔王を逃がすな。いいか、絶対にだ。

 集中しろ、他の魔導に力を裂こうだなんて思うなよ。……特にお前の右腕のつけ根、そこに彫ってる魔導なんかに。

 風斬り、お前も太刀を構えろ。魔王がもしも逃げ出したら、その瞬間に叩っ斬れ。


 ……泣くな。お前ら、泣くなよ。

 さてもさても……仕上げといこうぜ。英雄様が世界を救う、ってな。


 さあ……て! さて! さあ、さあ、さぁさあ! 皆見ろ! 雁首揃えて集まった、欲深バカどもは皆見ろ! 

 この剣! 俺の、いや、英雄の聖剣! 譲るぞ! 

 ただし! ただし並べ、こいつを使える奴は一列に並べ! 冒険者の、英雄様のメンツに懸けて一人一撃、一撃ずつといこうじゃねえか! 

 並ばねぇバカは叩っ斬るぞ! 俺の仲間が叩っ斬るぞ、さっきの魔王みてえにギッタギタにな! 

 さあさあ並べ、早い者勝ちだ! 

 何人目で死ぬか賭けようじゃねえか! 俺ぁ十二……いや二十二人目に賭けたぜ! 今なら魔王は身動きできねえ、今のうちだぜ! 

 ただし。これだけは覚えとけ。第一の英雄は、真の救世の大英雄は。足止めしてくれてるそこの、呪腕と風斬りだってことはよ。

 さあ一人目は誰だ、誰だ! 




 ――あばよ、魔王よ、震えて死ねよ。薄汚いから俺たちは勝つんだ。ざまあみろ。

 ――英雄、ほんとに、すんませんでした。けれどおかげで、魔王を討てます。ありがとう、ございました。

 ――呪腕、風斬り。お前ら本当に、大丈夫かな。元気でいてくれ、どうかよお。大丈夫か……本当に大丈夫か? 

 ああ、ああ、すげぇ心配だぜ。こんなに思って死んでくならよ。心なんて、無けりゃよかった――。



(了)



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英雄の聖剣、お譲りします 木下望太郎 @bt-k

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