最終話 瑞へ向けて

 瑞へ向かう船の船首で、花月は鬼羅の隣に立っている。空は雲一つない快晴で、海は凪ぎ、民政寮の高官が言うには、船出には最適の朝だそうだ。


 鬼羅は、暁の軍から、精鋭を何部隊か出してくれた。おとの国の大型船を使って、船団を組んでアズマ湾を東に横切り、瑞を目指す。鬼羅が、からかうように言った。


「気分はどうだ、女王陛下」


「とてもいいわ。やっと瑞に帰れるのだもの。貴方のおかげよ。本当にありがとう」


「礼を言うのはまだ早いぞ。戦はこれからだからな。こちらとしても、花月が王位を取り戻してくれなければ、大赤字だ」


 乙の港を出て、船は進む。瑞はまだ、遠く、水平線の上に霞のようにしか見えない。けれど、見えているのだ。遂に戻れる故郷の影に、花月の胸が熱くなった。あの空の下で、花月の大切な、きり牡丹ぼたんたちばなひさぎ、他に沢山の瑞の人々が、彼女の帰りを待ちわびている。


 鬼羅が、船首で海風を受けている花月の隣に立ち、欄干に両手を置いて言った。


「……花月。そなたは、王位を取り戻して、何をする」


 花月は傍らの鬼羅を見上げた。彼の豪華な黒い上衣が、海風にはためいている。鬼羅は、遠く、水平線を見つめたまま言った。


「暁が戦を続けているわけを、知りたいか。我々は、単に、領土を拡大しようとしている荒くれ者国家ではない」


「ええ、もちろん。貴方の考え、聞いてみたいわ」


 鬼羅は、傍らの花月を見下ろし、真剣な顔で言った。


「私は、戦の無い世を実現しようとしているのだ」


「戦の無い世……」


「ああ。なぜ戦が起こるか分かるか。国境があるからだ。私は、アズマ列島から、その国境を無くしたいと考えている。つまり我々暁が目指すのは、天下の統一だ」


 花月は目を見張った。天下統一! 鬼羅は、花月に手を差し出した。


「どうだ、花月。私の目的に、与する気はないか。私は、天下の統一を目指すからとて、平定した国を蹂躙じゅうりんしてむやみにこちらのやり方を押し付けるつもりは無い。こちらに恭順きょうじゅんの意思を示すならば、出来るだけ元の国の体制に近い形で統治して行こうと考えている。まだ試行錯誤ではあるがな」


 彼の言葉に嘘はない。暁の平定した国の情勢は、かなり安定していると聞いている。花月は、じっと、鬼羅の深くて吸い込まれそうな黒い瞳を見つめていたが、やがて言った。


「戦の無い世……私も、そのような平和な世を、見てみたいものね」


 そして、その白い手を、そっと鬼羅の手に載せた。鬼羅を見上げる花月に、彼は笑顔を見せた。自信に満ちた、明るい笑顔を。そして、重ねた花月の手をしっかりと握った。


                             <暁の章 完>


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花と鬼 愛崎アリサ @arisa_aisaki

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