第23話 後宮の二人
(ここは、元は後宮……この人はまだ正妻を娶っていないとは聞いていたけれど、側室は何人かいたはずだわ)
花月は窓辺に立ったまま、目を伏せる。国王なのだから、何人もの側室を持つなど当然だ。だがなぜか、花月の胸が痛む。花月は、まるで嫉妬のような感情を自分が抱いていることに驚き、それを打ち消すように思わず呟いた。
「……側室はどうしたの? 今は、ここには誰もいないみたいだけれど」
といった声に、なんとなく棘がある気がして、花月は急いで取り繕う。
「いえ、以前に、宮廷で聞いたことがあるものだから。鬼羅国王は、後宮に他国の王女を迎えているという話を」
言えば言う程、余計に気まずくなる。鬼羅がからかうように言った。
「私の側室に会いたかったのか? それは残念だったな。ああ、もしここが気に入ったのなら、花月がここに来てくれても構わないのだが」
「なっ……ぶ、無礼な! 私は、後宮になど……」
「ははは、知っている。他国の女王を後宮に囲おうなどと畏れ多いことは考えていないさ」
と言って、彼は卓上の
「良かった。火傷にはなっていないわ」
思ったより、顔が近い。鬼羅が、驚いた顔で花月を見下ろしていた。薄暗い部屋の中、揺れる灯が、ただでさえ綺麗な鬼羅の顔に美しい陰影を作っている。突然、花月の鼓動が跳ね上がった。時間が止まったように、身動きが出来ない。二人は、吐息がかかりそうな距離で、長い時間、見つめ合っていた。
じじ、と蝋燭の芯の燃える音がして、溶けた蝋燭が燭台に落ちた。鬼羅が、掠れた声で言った。
「……花月。きみのこの仕草は、心臓に悪い。初めてきみに会ったあの時も、きみはこうして、小さな手で、私の手を包んでくれたが……」
花月は鬼羅の手を離せないまま、眉を寄せて囁き返す。
「……小さな手……? 一体、いつの話かしら。私があなたに会ったのは、昨夜が初めてのはずでは……」
と言いながら、何か、記憶のひだに隠れて思い出せない
「鬼羅様。いらっしゃいますか。
「……ああ。今行く」
花月が慌てて手を離すと、鬼羅は名残惜しそうに右手を握りしめた。彼は暫く花月を見つめていたが、やがて、ふっと笑って言った。いつもの声だ。
「明日、宮殿の方へ出てもらえるか。瑞の宮殿の見取り図を用意したい。侠と
花月は、胸の鼓動を押さえ、辛うじて平静を取り繕って言った。
「……ええ、分かったわ。こちらこそ、宜しく……」
花月は、鬼羅と離れがたい気分に囚われたが、一国の王を引き留めるわけにはいかない。扉まで見送りながら、言った。
「では、また明日に。宮殿に伺うわ」
「ああ。今宵の
その黒い上衣の後姿が、女官と共に宮殿に続く回廊へと消えて行く。扉を閉めた花月は、ずず、と床に座り込んだ。
「心臓に悪いのは、こちらもだわ……」
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