暁の森を抜けて

「シルメノー。よい旅を」

「リュイ。よい旅を」

 旅という名の過酷な前途を背負って、すみれ色の瞳の青年は屋敷に残る。諦念も、自由な友人への嫉妬も、隠さなくていい。お互いの暗いところも見せ合って、僕たちはそうやって一緒に育ってきたんだから。

 シルメノー。どうか振り返らずに。そのペンダントがきみを災いから守りますように。

 外の空気に粟立つ肌をさすって、黒スグリの瞳の青年は旅立つ。空気が澄んでいる。自分の先に、どこまでも世界が開けている。どこまでも駆ければ、どこまでもゆける。自分はその力があったのだ。はっはっと速くなる呼吸は、世界への新鮮なときめきと驚きに満ちている。

 青年は駆ける。暁の森を抜けて。振り返ってしまわないように。

 振り返らずとも、僕はきっと何度も、リュイ、きみを思い出す。

 土産話をどっさり持って戻る、なんて約束はしないでおくよ。約束はなし。ただ、お互いに、どうか「よい旅を」。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜の森を抜けて 街田あんぐる @angle_mc9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ